3:スリーサイズ、乳がん検診

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「むーりぃ……」
 森久保はしゃがみ込んでいた。
 体育座りの脚に身体を埋もれさせ、より全力で肌の見える面積を減らそうとする涙ぐましい努力が伝わって来る。
「も、森久保さん……」
 メジャーを用意した途端にこれだ。
「メジャーを巻くには……絶対、腕を下ろさなきゃいけなくて……そんなの、もりくぼには……もりくぼには……」
 よほど隠していたいのだろう。
 あるは乳房の上で目盛りを合わせることで、そのまま胸を触ってくると思っているのだろうか――もちろん、そうしたいが。
 どうしよう、このままでは進まない。
 困ったところで、微妙な案が浮かんでくる。
「そうだ。森久保さん。下から順にいこう」
「し、下からぁ……?」
「でね。バストを測る時は、後ろ側で目盛りを合わせるから、胸はまだ見せなくていいよ」
 正直、本当は見たくてたまらないのだが、ここは自分の欲は抑えて森久保に気を遣う。乳房を後回しにしたところで、どうせヒップを測る時には、ショーツに顔を近づけることになるのだから、役得には変わりがない。
「うぅぅ……パンツにも、触らないように、気をつけてもらっても……いいでしょうか……」
「あ、うん……」
 本当は触りたいが。
「だったら、ここで中止なんてわけにも、いかないだろうし……頑張ろうかと……」
「そうだよ。先に進まないと」
「うぅぅぅぅ…………」
 無理だ無理だと思いながらも立ち上がる森久保の挙動は、いかにもカクカクとしていてぎこちなく、胸も当然のように隠したままだ。
 本当はショーツだって隠したくてたまらないことだろう。
 手が何度か下へ行き、手の平でどうにか守ろうとする素振りを見せるが、たとえ両手を使っても、ショーツの面積を覆い尽くすことは不可能だ。結局、胸を隠すことに集中するしかなく、森久保はブラジャーを強く抱き締め続けている。
 そんな森久保へと、メジャーを持って近づくと、明らかに警戒したような激しい緊張で体中が硬くなるのが見て取れた。
 こうなると、悪事で獲物を追い詰めている気分になる。
 元を辿れば、自分は教師に仕事を丸投げされただけなのだが。
「じゃあ、測るからね」
 自分は森久保の隣に立ち、横から腕を回していった。まるで抱きつこうとするように腕をやり、そうすることでメジャーを引っかけ、目盛りを合わせるために巻きつける。
 すると、指がショーツの生地に触れてしまい、心臓がビクっと跳ね上がった。
 触ってしまった。
 こうもじっくりと拝むだけでも凄いことなのに、そればかりか今の自分は、森久保の下着に指まで触れさせてしまっている。触らないように気をつけて欲しいと言われた矢先、ゆっくりと指を離すが、生地の感触は皮膚にしっかりと残っていた。
 このままではより大きな欲望が膨らみそうで、それを必死に自制しながら目盛りの数字を頭にいれる。
 メジャーを上へとずらし、今度は腰のくびれた部分に目盛りを合わせた。
「うぅぅ……もりくぼの……ヒップとウエストが……把握されてしまって……もりくぼは……どこかに消えたい心境に……なってきます……」
「あ、あとはバストだけだから」
「ううううう…………」
 今、森久保の心境はどんなものなのだろう。
 下着姿で立たされて、体重を知られた上、スリーサイズのうち二つまでを自分に握られてしまっている。何か弱点でも知られた気分がするのだろうか。ただただ、恥ずかしい気持ちがいっぱいに膨らんでいるのだろうか。
 とにかく、自分は後ろに回り込み、目盛りを合わせる準備をする。
 綺麗な背中にかかったブラジャーのラインと向かい合い、ホックの部分や肩甲骨にかかった肩紐を見て、自分はごくりと息を呑む。
「メジャーは森久保さんが持ち上げてくれる?」
「わ、わかりました……あぁ……これで……うぅぅぅ…………もりくぼの、バストサイズが…………」
 森久保は自らメジャーをつまみ上げ、自身のブラジャーの上に乗せてやる。
 自分はすぐに巻きつけて、ブラジャーの生地に指を触れさせながら、目盛りを合わせて数字を確認した。
「あ、そうだ。アンダーバストも……」
「アンダーバスト……トップとアンダー……両方わかれば、ブラジャーのサイズもわかってしまいます……そんなの……もりくぼには…………」
「頑張って、じゃないと……」
「終わらない……終わらないくらいなら、いっそ…………」
 その方がマシとばかりに、森久保は改めてメジャーをずらした。
 自分は再度数字をチェックし、これまでの全ての数字を書類に書き込むのだった。

     *

 マニュアルに沿って進めて来たが、さすがにおかしいのではないだろうか。
 あまりにも公的な文書で書いてあり、それを教師に渡された上、森久保の方から疑問が出てくるわけでもなかったから、今までは検査を進めてきた。
 しかし、問診でも思ったが、いくら何でも医者がやるべきではないだろうか。

 ――乳がん検診。

 乳房を触診してしこりを探すマニュアルがあるのはいい。
 女の子の胸に合法的に触るチャンスは言うまでもなく嬉しいもので、正直なところ触りたくてたまらないが、本当にそんなことをしてもいいのかと疑問もある。
 さすがに保健室を飛び出して、教師の下に確認に行った。
 だが、確かめてみたところで、渡したマニュアルに間違いはないという答えだ。
「それより、早くやっておいてもらえない?」
 とまで言われる始末で、こうなったらやるしかない。

「お願いします。ご協力下さい」

 保健室に戻った後、自分は森久保に頭を下げてお願いしていた。
「むーりぃ……」
「お願い……」
「もりくぼは……そんなこと……了承、できないぃ……」
「やらないと終わらないし……」
「うううぅぅぅ…………」
 押し問答がしばらく続いた。
 胸を出したがらない森久保と、検査を済ませないといけない保健委員の、何度でも繰り返し行うお願いと、無理だ無理だと答える森久保のやり取りが展開され、その間の森久保はしきりに机に視線をやっていた。
 森久保は本当に机の下に潜るのだろうか。
「終わらないと帰れないよ?」
「うぅぅ……それも困るぅ…………」
 やっとのことで、森久保は背中に両手を回し、ブラジャーを外しにかかるのだった。
 指先でホックを見つけ、ぱちりと外した瞬間に、カップが緩んで少しばかりの隙間が生まれるのが見て取れた。
 ごくりと生唾を飲まずにはいられない。
 これからブラジャーが外れていき、乳房を拝むことになる。
「胸を出すのは……初めてだから、緊張して……指が震えて……うぅぅぅ…………」
 森久保は片腕で胸を隠して、右手だけを使って肩紐を一本ずつ下ろしていく。左右の紐が両方とも下へとずらされ、次に腕と身体の隙間から引き抜こうとするのだが、反射的に左手に力が籠もり、去らんとするブラジャーを握力で引き留めていた。
 脱がなければいけない意思で右手は動き、恥ずかしくて無理だという思いで左手はブラジャーを握り締めている。
 これでは右手と左手の戦いだ。
「うぅぅ……あうぅぅぅ…………」
 しばし両手が争った末、森久保はどうにか左手の意思を押さえ込み、右手でようやくブラジャーを抜き去った。
 あとは腕をどかしてしまえば、その下に隠れた乳房が見えるわけだ。
「腕をどかしたら……もりくぼの胸は白日の下に……うぅぅ…………」
「とにかく、まずは座ろうか」
「はいぃ……」
 森久保を座らせると、自分も椅子に腰かけて、お互いに向かい合う。
 あとは森久保が腕を下ろすのを待つだけだ。
「うぅぅぅぅ…………」
 腕を下ろそうとする森久保だが、やはり簡単には胸を出せないらしい。抱き締める力を緩め、下げようとはしてみても、次の瞬間にはぎゅっと隠し直してしまう。そんな動作を何度も何度も繰り返して、ただそれだけで時間が費やされる始末である。
 しかし、やっとのことで両手がだらりと下へと下がり、森久保の乳房があらわとなった。
「もりくぼの胸が……白日の下に……」
 まずは見惚れた。
 オッパイなどアダルトサイトでしか見たことがなかったのに、今自分の目の前には森久保の実物がある。ささやかな膨らみ具合で、うっすらとして可愛らしい。桃色の乳首が蛍光灯の光を帯びて、とても色鮮やかに見えるのだ。
 検診をしないといけない。
 果たして理性を保てるだろうかと、まずは乳房に左右差がないかの観察を行う。目立った差は特にないので、特に大丈夫なのだろうか。
 皮膚を観察したところで、自分に血色の良し悪しなどわからない。
「うぅぅ……もりくぼの胸が、こんな風に観察されて……うぅぅぅ…………」
「一応、視診だから」
「わかってはいるけど……こんなの…………」
 森久保の赤らんだ顔は、とっくの昔から耳まで染まりきっている。今となっては表情さえも激しくゆがみ、両膝に置かれた拳もプルプルと震えている。
「触診、するからね」
 ……いよいよだ。
 生まれて初めて乳房に触れる体験に、さすがに理性が弾け飛びやしないか我ながら心配しながら、自分は両手を近づける。
「うぅぅぅ……あうぅぅぅ…………」
 森久保は緊張でますます硬くなっていた。
「や、やるからね」
「はいぃ…………」
 森久保の乳房へと、それぞれ四本の指をやる。小指から人差し指にかけての指の腹で、上から下へと撫で下ろすかのような、押し流すタッチによって、まずは鎖骨に触ってから、乳房の柔らかな領域へと踏み込む。
 これがオッパイの感触……!
 目が血走りそうだった。
 柔らかく、ふんわりもっちりとした感触が指を襲い、両手が欲望のままに動きたがる。いっそ検診など忘れて揉みしだきたい衝動に駆られながらも、自分はマニュアル通りの触診をこなしていった。
 自分から見た右の乳房に、まずは押し流すタッチを施す。
 左側の乳房にも、同じく上から下に押し流し、しこりと呼ぶべき感触はないか、指に神経を集中した。
 外側から内側へと、逆に内から外へと押し流す方法も駆使して、しこりの有無をじっくり探り、さらにはピアノの伴奏のようにリズミカルに指を押し込んだ。
 ……ううっ、揉みたい。
 邪念が膨らみ、とうとう最後には手の平に包み込み、しっかりと揉み始めるのだった。
「あぅぅぅ……もりくぼの胸が……あぅぅぅぅ…………」
 森久保は目をぎゅっつ瞑ったまま、みるみるうちにまぶたの力を強めている。歯を食い縛る力で顎を震わせ、顔から蒸気を上げんばかりの恥じらいを放出していた。
 手の平には柔らかな感触が跳ね返る。
 押し込んだ指を脱力すると、乳房の元の形状に戻ろうとする力によって、ふわっと押し返されてしまう。それを味わうために繰り返し押し込み脱力して、やればやるほど森久保の乳首は硬くなり、いつしか手の平の中央には、硬い突起がぶつかるようになっていた。
 乳首を刺激したらどうなるだろう。
 つい、好奇心を抑えられなくなる。
 とうとう森久保への気遣いを忘れてしまい、自分は左右の乳首をそれぞれつまむ。軽い力で指に挟んで、強弱をつけて乳首を揉む。
「ひぅぅぅ……そんなぁ……もりくぼは……さすがに限界ぃ…………」
 閉じたまぶたにより大きな力が宿り、頬も強張り表情はますます歪む。
 で、でも……我慢できない……!
 頭では理性を取り返そうと、欲望を心の中から押し出そうと力強く踏ん張るが、手は性欲に飲まれて動き続ける。一度揉み始めてしまった手は、乳房を存分に味わい尽くすまで、もう止まる気配がない。
 乳首をくりくりとやり続け、揉みしだいてしまうこの両手は、理性を復活させて食い止めるまでに何分もの時間を要した。

     *

 乳房の検診が終わった瞬間だった。
 森久保は改めて腕のクロスを固めて身を守り、警戒心でいっぱいの様子になった上、次の検査内容を伝えた時には、本当に机の下に潜ってしまった。
「森久保さん……」
 一体、どうすれば検査を続行できるのか。
「むーりぃ……もう、むーりぃ……お願いだから、何かの間違いじゃないか……もう一度先生に、確認して欲しいです…………」
「でも、迷惑がられるかも」
「そうかも、しれないけど……でも、むーりぃ…………」
「わかったよ。じゃあ、もう一回だけ」
 乳房を存分に味わったことで気が咎め、ここは森久保の言う通りにしようと思った時、この保健室の中で電話がなる。
 ……内線だ。
 そういえば内線電話があったと気づき、出ても大丈夫だろうかと迷いつつ、自分は恐る恐る受話器を取る。
『君ね。まだやってるの?』
「……え」
『森久保乃々の検査よ。まだやってるのかって聞いてるの』
 どうやら、終了の報告がなかなか来ないものだから、痺れを切らして電話をかけてきたらしい。
「すみません。まだ途中で……」
『早く済ませてもらえる?』
「あ、待って下さい! やっぱり、あのマニュアルは間違いじゃないかって! 内容が恥ずかしいから、森久保さんもどうしても受けられないって――」
『はあ、面倒臭いわね。森久保さんに変わってくれる?』
「……わかりました」
 良くも悪しくも、教師の口から直接森久保に伝えてもらえる流れとなり、自分は机の下に向かって呼びかける。
「森久保さん。電話、変わってって」
「もりくぼですか? もりくぼが電話に出るんですか? 人と話すのも、そんなに……得意じゃないのに……」
「マニュアルが間違いじゃないかって話、森久保さんに直接話したいって」
「うぅぅぅぅ…………」
 嫌がりながらも、ようやく机の下から出て来る森久保は、やはり胸を力強く隠したまま、肩も小さく縮めて猫背になり、視線から裸を守りたい思いをひしひしと伝えてきながら、自分のこの手から受話器を受け取る。
「そんなぁ……これ……間違いじゃないぃ……?」
 一体、どんなやり取りなのか。
 察するに、マニュアルはあれで合っているとはっきり言われ、森久保はそれでショックを受けているようだ。
「ええ? それは……困るぅ……プロデューサーさんに、迷惑は……かけられない……」
 ここでは何を言われているのか。
 どうしてプロデューサーなどという言葉が出て来たのかは、いまいち想像がつかなかった。
「……わかりました。うぅぅぅ」
 どうあれ、結局は検査を続行することになり、森久保は受話器を置いた。
「大丈夫?」
「うぅぅ……もりくぼの……所属事務所に、苦情を入れるって、言われて……プロデューサーさんに迷惑をかけたら、嫌われるかもしれないから……」
「そっか。そんなことを……」
 ほとんど脅しのような言い方をされたのだろう。
「検査の続きを……お願い、します…………」
 本当は無理だと思い気持ちでいっぱいなのだろう。
 それでも、続行を決めたからには……。