その晩のことだ。
アリッサは眠れずにいた。
二つあるベッドの片方で、マリーサはとっくに寝息を立て、それどころか宿全体にかけても寝静まっている。酒で騒いでいる者がいれば、少しは声が聞こえるだろうが、そうした様子もなく静寂そのものだ。
眠れない理由は一つ。
体中が疼いている。日中に何度もイったはずなのに、まだ物足りないと体が叫び、アナルパールへと手を伸ばす。それを使ったわけだったが、好きなはずのアナルオナニーを始めても、心のどこかで「これではない」と思ってしまう自分がいる。
そして、思いつくのは裸マントだ。
「おかしい……まずいわよ……私……」
自分は異常者の行動を取ろうとしている。
そうと頭でわかっているのに、アリッサは魔法のマントに手を伸ばし、全裸となった上で身につける。
(何考えてるの? 馬鹿なの? どうかしたの? 狂ったの? これじゃあ本当の本当に変態でしょう? 私は、私は狂ったの? あ、後戻りできなくなるわよ?)
心の中に浮かんでは消え、浮かんでは消え続ける声は、これから取ろうとしている行動を自分自身で止めようとするものだった。
そんな理性の働きによる制止は、せいぜい着替えをぎこちなくするだけで、あとは部屋を出ていく足取りを緩める程度のものにしかならなかった。
宿をこっそりと抜け出して、アリッサは裸マントでの徘徊を始めてしまった。
「まずいわね。私、本当にこんなことしてしまって……」
深夜の暗い町中は、夜空に輝く星の海と巨大な月がどうにか照らし、加えて夜目が利いてくることで、どうにか辺りを見渡せる。
……誰もいない。
明かりのついた建物さえ見当たらず、誰もが寝静まった静寂さは、ただ時間が変わっただけで別世界を歩いている気分になる。
「すぐ、戻るわよ。せめて、すぐに戻るの……」
もはや変質者の行動を取り始めてしまったアリッサは、それでも理性を引きずって、早々に切り上げることで自分の中の何かを守ろうとしている。自分は正常な人間で、過剰な逸脱はしていないと、そう思っていられるラインを自分の中に作り上げ、その内側にいようとしている。
しかし、誰もいないのだ。
しばらくは歩き回って、付近の様子を見てみるも、急に物音が聞こえてビクっと振り向いてみたところで、そこにいるのは野良猫にすぎない。人間が見当たらない。世界には今、自分しかいないような気持ちになる。
こうなると、どうしても試してみたくなった。
「ま、まあ? 誰もいないわけだし?」
そう、誰もいない。
目撃さえされなければ、アリッサの変態行動はアリッサ自身しか知らずに済む。やるだけやって忘れてしまえば、それで何も問題はない。多少ラインを越えたとしても、忘れればいいという理屈がアリッサの中で構築される。
そして、アリッサはマントを外して全裸になった。
「何よこの解放感」
気持ちがいい。
それは性的な快楽とはまた違い、全てのしがらみも何もかもがなくなって、何物にも囚われない、解放された感覚の気持ち良さで心が高揚するのだった。
「でも、駄目よ。やりすぎは良くない。良くないから……」
一度は脱ぎ捨てたマントを拾い上げ、羽織直して、改めて徘徊する。
肌に直接マントが擦れる感触と、夜の気温のひんやりとした感触も、どちらも皮膚に直接あたってくる。
その時だった。
(誰かいる!?)
それは遠目に人影を見てのことだった。
向こうがアリッサに気づいたかまではわからないが、建物が作り出す影の奥から、さらに濃い黒の蠢きが見え、優れた視力と夜目のおかげで、それが人影であることに気づいたのだ。
「ど、どうしようかしら」
アリッサの中には、あらぬ考えが浮かんでいた。
「どうせ、裸はたくさんの人に見られているし」
どこか言い訳がましく、理屈が構築され始めていた。
検問所での体験も、鉱山での体験もある以上、もはやあと何人に裸を見られても、もう特別に心が傷ついたり、精神が削れることはない。恥じらいがまだ完全に消えきったわけではないまでも、慣れるところまでは慣れてしまった。
ここでもう一度露出をして、他人に肌を見せたとて、これ以上の傷は増えない。
だいたい、身分を隠してのことであり、貴族としてのアリッサは世間的には恥辱の体験などしていないことになっている。ここで出会う町の人間など、今後また顔を合わせる機会などないだろう。まして、単なる通行人なら、尚更接点がないはずだ。
薄暗い中で露出狂が現れたところで、それがアリッサだと発覚する可能性は、果たしてどれほどあるだろう。
つまるところ、まるで露出行為のデメリットが少ないかのように考え始めていた。
そして、普通の常識に囚われたままではできないような、解放感に満ちた行動を取ることでの、独特の高揚感にアリッサは酔っているのだ。
アリッサはそのまま突き進む。
向こうからも、通行人の影はそのまま迫って来る。
お互いの距離が縮むにつれ、しだいに相手の顔が見えそうで、けれど絶妙な影がかかって具体的な顔立ちまではわからない。そんなほどよい距離感に達したと見るや、アリッサはがばっとマントを左右に開き、自分の裸を見せつけた。
「――――っ!?」
当然、相手はぎょっとしていた。
アリッサはすぐに曲がり道の影へ逃げ込み、姿を消そうと走り出す。
しかし、影に飛び込んだちょうどその時、激しい動揺と困惑に満ちた声で、なんと名前を呼ばれたのだ。
「アリッサさん!?」
ぎょっとして足を止めてしまう。
そんなアリッサの背中へと、早足で近づいてくる足音に、恐る恐ると振り向いてみれば、アリッサは初めて相手の顔立ちを見て悟った。
……鉱山長だ。
最初は親切な提案をして、身体検査を受けた扱いにして、実際には裸になどなるまでもなく鉱山に出入りさせようとしてくれた。その張本人がこんなところを歩いていた上、どんな偶然か、アリッサが働いた奇行を目撃したことになる。
動揺したいのはアリッサの方だ。
相手の顔立ちが見えない距離でマントを開き、見せつけたのは、そうすれば自分の顔も向こうからはわかるまいと思ったからだ。しかし、目がアリッサよりも良かったのか、相手にはアリッサの顔つきが見えていたらしい。
「違うわよ! 私はっ、私は何もしてないから!」
動揺はさらに激しさを増す一方で、心臓がみるみるうちに活発に、胸の内側で音が大きくなっていく。
アリッサは逃げ出した。
全力で駆け出して、元の宿に駆け込んで、部屋のベッドに潜り込む。
眠れはしない。
この先、一体どうなってしまうのか。後で悪いことになりはしないか。不安で不安で仕方がなく、まともな眠気などやっては来ない。一睡もできないままに朝を迎え、二人きりの部屋の中ではマリーサはメイドとして振る舞いアリッサの世話をしてくる。
「どうかなさいましたか?」
着替えの最中、マリーサはアリッサの様子に気づいて尋ねてくる。
「別に、何でも……」
言うわけにもいかず、アリッサはそう答えるしかないのだった。
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