幻の肉が手に入り、それをマリーサが調理した。
大皿の上に最高級の肉が盛り付けられ、そしてマリーサも望んだ通り、二人での食事を楽しむ時、あまりにも衝撃的な美味に打ちのめされ、アリッサは昨晩までの不安も何もかも忘れてしまった。
アリッサが抱えていたのは、罪を犯したことで捜査され、捕まりやしないかというような、暴かれて裁かれることへの恐怖であった。そうした切実な感情が一瞬にして消え去るほど、幻の絶味が生み出す衝撃は強かった。
幸せな時間を過ごしたと言える。
大事なメイドであるマリーサが嬉しそうに、だからアリッサも嬉しくなり、楽しく肉を頬張る時間はかけがえのないものになっただろう。
生涯、きっと大切な思い出となる。
しかし……。
『裸にマントを羽織り、通行人に裸体を見せつける変質者が出現』
町にいくつかある看板や掲示板に、そんな張り紙があるのを見て、アリッサは見るからに青ざめていた。
(嘘、これって……)
出没日時まで書いてあり、アリッサのことに間違いない。
罪人を追うための捜査が行われるのかどうか、そこまではわからないが、少なくとも住民に注意を呼びかける程度には、衛兵の動きがあったのだ。
いいや、もうこの町は去る。
消え去る自分には関係無い。犯人たるアリッサが消えるのだから、変質者の正体が明らかになることも決してない。
そう、そのはずだ。そうに決まっている。
そうなることとを努めて信じようとしながら町を出て、馬を走らせ検問所へと、そして検問所の衛兵に通行証を見せてやる。きちんと通行証さえ持っていれば、ここであの時のような検査は受けずに済む。
ここを無事に通過して、家まで帰ってしまったら、あとは忘れるだけでいい。アリッサ自身が全てを忘れ、気にしないように努めれば、それで全ては終わるのだ。
「おや?」
だが、その衛兵はアリッサの顔を見るなり首を傾げ、次の瞬間には妙にニタニタとした怪しい微笑みを浮かべてくる。
「何よ」
「お前、鉱山にいただろ」
「っ!?」
アリッサは驚愕した。
「俺ってな。現場で奴隷共の監視をやってたんだが、あれって衛兵を使ってるんだよ。今日はたまたまこっちに回されていたんだが、まさかまたお二人を見かけるとは思わなかった」
鉱山で二人に検査をしてきた男とは、また別人のようではあるが、どうやらあの場にいた人間らしい。もしかしたら、奴隷の野次馬に混じって、この男もアリッサやマリーサの裸を見ていたのかもしれない。
「それとな。これもお前じゃないか?」
衛兵は一枚の紙をアリッサに突きつける。
「ち、違うわよ!? 馬鹿じゃないの! どうして私だと思うのよ!」
アリッサは激しく否定しながら大声を上げていた。
それは町の看板や掲示板で見たものと同じ、裸マントで徘徊する変質者への注意を呼びかけるものだった。
「いいや? 鉱山長が間違いなくアリッサを見たと言っていたが?」
衛兵がそう言うなり、信じられないものを見る目がマリーサから向けられる。見開いた瞳が突き刺さり、マリーサの視線があまりにも痛い。
「ちっ、ちが! ありえないわよ! 見間違えじゃない? でなきゃ他人のそら似よ!」
「マントだって、報酬で得た装備と同じ種類だったそうだが?」
「……そ、そ、それだって……偶然っ、そうよ! 偶然に決まっているわ!」
否定するアリッサは、明らかに動揺していた。
妙に強い言葉で否定して、妙に激しく怒鳴っていれば、逆に怪しく見えることなど頭の片隅ではわかっている。わかっていても、つい条件反射のように声は荒くなっていた。涼しい顔であっさりと否定して、さらりと流すクールな対応がまるでできずに、まして失礼な言いがかりを逆に糾弾するような、いつもの調子も発揮できない。
冷や汗が噴き出していた。
目がそこら中に泳ぎ回っていた。
「お前自身は鉱山長としか顔を合わせなかったつもりだろうが、あの晩の暗闇には、実はもうちっと目撃者がいてな。といっても二人くらいだが、いずれも金髪ロングのめちゃくちゃな美人だと言っていた。マントの種類についても証言は全員分一致している――お前だ」
アリッサ自身が行う否定などまるで無視して、衛兵はアリッサが犯人であると断定しきっていた。
「それは……その……それは、ちが、ちがくて…………」
もう疑いを突っぱねようとする言葉も吐けず、あわあわと口を動かし、情けなく後ずさることしかできずにいた。
「アリッサ…………」
マリーサからの悲しいものを見る眼差しこそ、一番辛いものだった。
「もう町では噂になってるぜ?」
「噂って……」
「アンタら、雷竜狩ったことで名が知れてんだ。そのアリッサらしき人物が裸マントで徘徊しているのを目撃した。言いふらすに決まってるよなぁ? 今から町に戻ってみろ。きっと、変人を見る目でお前のことを見るだろうよ」
衛兵から下される言葉の一つ一つが心の不覚に突き刺さる。
「そんな……そんな……」
「本来なら逮捕だが、見逃してやってもいい。全裸で土下座すればな」
勝ち誇った顔で衛兵は言う。
「土下座って……」
「そうすりゃ、罪状に対して十分な罰を受けた扱いにできる。だが、せっかくの良心的な提案を蹴ろうってんなら、逮捕で何日か牢屋に入ってもらい、そこで兵士の世話をしてもらうことになるだろうな。ああ、世話ってのはもちろんペニスのな」
「……っ!」
アリッサは引き攣った。
どこまで要求されるかはわからないが、その職場の実態や環境によっては、最後までさせられることになる。
そうなるくらいなら、全裸土下座の方がマシなのは明らかだ。
「わかったわ。全裸土下座をするわ」
答えたのはマリーサだった。
「マリーサ!?」
「私一人で十分かしら」
驚き、動揺したままのアリッサを横に、マリーサは交渉の試みに出ていた。
「駄目だ。きちんと犯人に反省してもらわないとな」
「わかったわ。だったら、私もアリッサの土下座に付き合うわ。その方が一人でするよりは楽だろうし、あなたは二人分の裸を拝めるわ。問題ないでしょう?」
「なるほど、そりゃ問題ないな」
「なら成立ね。アリッサ、早く脱ぐわよ」
マリーサは早速のように、さっさとメイド服を脱ぎ始める。
「え、ええ……」
アリッサも遅れて脱ぎ始めた。
気まずいことこの上ない。
きっとマリーサには白い目で見られている。本当は内心どう思っていることか、無言で裸になっていくマリーサのことが怖い。
(マリーサ……)
何と言えばいいのかもわからない。
怒っているのか、謝れば許してくれるのか。それとも、自分の意思で裸マントで出歩いて、見せつける行為までしてしまった変態の不審者などには、もう今まで通りの心で接してくれることはなくなってしまうのか。
深い恐れと不安を抱き、アリッサはショーツを脱いで下腹部まで曝け出す。
そして、二人揃ってまずは正座を行った。
屈辱で頭がどうにかなりそうな、しかもマリーサも巻き込んでいることへの罪悪感で、アリッサはこれ以上なく表情を歪めている。
「……どうも、申し訳ありませんでした」
「私からも、申し訳ありませんでした。アリッサには姉である私からよく言って聞かせます」
床に両手を突き、二人揃って額を擦りつけていた。
男にとって、全裸の美女がこうして足下に揃っているのは、きっと面白い光景なのだろう。アリッサは後悔の念に駆られながら、目尻に涙を滲ませて、あとは衛兵の気配だけを足音から感じ取っていた。
上から、じっくり見下ろしてくる。
自分こそが貧民となり、高慢な権力者にひれ伏しているかのような気持ちがする。
さらに衛兵は後ろ側へ回り込み、それぞれの尻を覗いていた。肛門が剥き出しの、尻毛も生えた穴を視姦するため、しゃがみ込んでまで顔を近づけていた。まずはマリーサの尻を凝視する気配を感じ、身動きによる衣擦れの音から、今度は自分の肛門が視姦されていることが如実に伝わる。
アリッサの尻毛もびっしりと、大量に伸びている。
何が面白くてか、衛兵は毛の一本を指でつまんで引っ張って、その一本の箇所だけ皮膚が盛り上がる。皮膚を引っ張られている感触が肛門の皺に繰り返される。
「うっ、くぅ……」
「どうした? もっと謝れ、許して欲しいと懇願しろ!」
「は、はい! お願いします! 許してください! もうあんな真似は致しません! 二度としまえせんから、許してください!」
「はははははは! アンタほどの美人がこんな惨めな真似をよォ! ははっ、面白ェ! 許してやるよぉ!」
だが、許すと言いつつ衛兵はアリッサの尻をひとしきり撫で回す。きっとマリーサの方も撫で回し、この機会に人の尻で手の平を喜ばせ、欲望を満たしていた。
どうにか、許してもらうことはできた。
罪を清算した扱いとなり、罪状が消えたはいいが、元の町へ戻るまでの道のりは、始終気まずいままだった。
マリーサ……。
いくらなんでも、どう思われたことだろう。
自分から徘徊して、露出狂の真似をしたのだ。
どんなに軽蔑されたとしても、おかしくない。
「お嬢様」
馬で並走しているマリーサから、いつものメイドとしての調子で、不意に声をかけてくるのだった。
「う、うん。なにかしら」
「家に戻ったら、後で私からもお仕置きをさせて頂きます」
「なによ……メイドがご主人様にお仕置きって……」
「そうすれば私もお嬢様を許します」
「なによ……メイドの……くせに…………」
口を開けばそんな言い方をしてしまうが、アリッサは泣きそうになっていた。涙ぐんでいるせいで、声が震えかけていた。
「今まで通りでいましょう。そして、また一緒にどこかへ出かけましょうね」
「……え、ええ。そうね」
少しだけ、心は晴れた。
……良かった。
自分に仕えるメイドがマリーサで、本当に良かった。
…………
………
もっとも、マリーサとしては『お仕置き』を楽しみに、内心では歓喜に満ち溢れていることに、アリッサは気づいていないのだ。
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