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 お姫様抱っこでリーナを抱き上げたキアランは、嬉しそうに首に腕を回してくるリーナの笑顔を見つめながら、自分達の家へと戻っていった。ジョードが勝手に服を処分したせいで、新しい服を持ってくる手間がかかったが、家に着く頃にはリーナはすっかり眠っていた。
 たくさんのことをジョードにされて、リーナは決して折れなかった。
 信じて良かった。
 いや、信じて待っているしかなかったことが、もどかしくてしかたがなかった。本当は何か出来ればよかったのに、初夜権ばかりは法律で決まったことなので、キアランどころか大半の国民が逆らえずにいることだ。
「あー良かった! ねえ、キアランくーん! リーナちゃんの処女は凄かったよ?」
「えっへへへ! 尻コキしちゃった」
「僕のペニスの形も覚えさせてきたんだよ?」
 リーナとの夜を逐一報告してくるジョードに対して出来たのは、恨みがましい目でにらみ返すことだけだった。
 だけど、リーナはジョードなんかに負けなかった。
 リーナは本当に強い。
 昔からそうだった。
 あれは確か、まだ十歳にも満たない頃。
 初めてリーナと仲良くなったのは、確かジョードにイジメを受けていた時だ。弱くて反撃できないキアランを相手にして、ジョードは何度も何度も棒切れで叩かれて、キアランは泣きながら腕で頭を庇うことしかできなかった。
 その時だった。
「やめなさい!」
 振り下ろされる棒切れを受け止め、キアランを守っている一振りの木刀があった。割り入ったリーナがジョードの攻撃を止めたのだ。
「やるんなら、私が相手になってあげる!」
 ジョードはかかって来いと言わんばかりに構えたが、リーナの剣術に手も足も出せていなかった。
 その次の日、またジョードに苛められた。
「昨日は邪魔が入ったけど、今日こそ君を鍛え直してあげるよ」
 そんなことを言いながら、今度はジョードも立派な木刀を持ってきていた。
「そうはいかないわよ。そういうのは鍛えてるって言わないの。最低なイジメよ!」
 またリーナが庇いに現れ、キアランは救われた。
 次の日も、また次の日も、リーナはキアランを守ってくれた。
「なんかあのデブ。キアランのこと狙ってくるけど、私が守ってあげるから安心してね?」
 もうその頃から、すっかりリーナに惚れていた。自分を守ってくれる強くて可愛い女の子が、まるで自分の心を照らす太陽のように思えて、見ているだけで眩しいようで暖かい。一緒にいると日向ぼっこみたいにポカポカする。
「ねえ、リーナ。僕にも剣を教えてよ」
「どうして?」
「リーナが教えてくれたら、いつかジョードに勝てる気がする」
 そう頼んだのが何歳の頃かは覚えていないが、やっぱり十歳かそのあたりの時だった。
「ふーん? じゃあ、私がキアランの師匠だね!」
 リーナは少し驚いたような顔をして、嬉しそうに頷いた。
 それから、すぐに稽古は始まった。
「何事も実践よ! どんどん打って来なさい!」
「駄目! 踏み込み弱い!」
「ああ、手首の返しも遅い!」
「違う違う! 今のはもっとこう、足で踏ん張る? そうすれば、体重で押し返せたのに!」
 まるで本当の先生のように厳しかったが、キアランは一生懸命学び続けた。
 もっとも、結局は未だに一度も勝っていないが……。
「ねえ、私さ。キアランのこと好きみたい。好きってわかる? 恋人になったり、結婚したりしたいってこと」
 リーナの方から、唐突に告白してきた。
 まるで自分の気持ちに戸惑っているような顔をして、頬を赤らめながら気持ちを告げて来られた時は、夢でも見ているのかと思った。自分の想っていた女の子が、まさか向こうの方から告白してくるなんて、とても嬉しいことだった。
「どうせ勝ち目ないのにさ。それでもキアランって何か真剣で、ずっと稽古つけてるあいだになんだか……」
 付き合い始めたのが十歳の頃からなのは、今でもはっきりと覚えている。
 小さい頃は手を繋いだり、一緒に出かけたり、それくらいだったが。
 胸が膨らみ始めてくると、お互いの態度が変わり、なんだかそわそわしたりして、一緒にいると落ち着かないような時さえあった。
「……さ、触ってみる?」
 胸を揉んだきっかけも、リーナからだった。
 何でもかんでもリーナからだ。
 いや、結婚はキアランの方から申し込んだが、初めてのキスも、それ以上の性行為も、そういうことに興味ありげにしているキアランの態度を見て、リーナの方から勇気を出してくれたことばかりだ。
 そして、初夜権前夜の日も――。

「私の心にはキアランしかいないから! アンタは信じて待っててくれればそれでいいんだからね?」

 そう言って、強引にキスをしてきた。
 強い意志の宿った瞳に問答無用で圧倒され、キアランはコクコクと無言で頷いていた。
 自分に比べてリーナの方が逞しくて、これでリーナを信じてやれなかったら、果たして自分は何なのだろう。
 何があっても、信じなければ――。

「やあ、キアランくん。リーナちゃんを素敵な状態にしておいたから」

 薄笑いを浮かべるジョードと入れ替わりで、部屋に立ち入ったキアランが見たのは、全身を精液濡れにされた異臭漂うリーナの姿であったが、キアランは構わず咄嗟に駆け寄っていた。

 ジョードに抱かれた過去は消えない。
 けれど、今からでも一矢報いることはできるはずだ。

 たった一度でも剣で勝てれば、少しは目にもの見せてやれるはずなんだ!




 
 
 

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