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 しかし、どうしてあの冬崎瑞葉が、変身ヒロインもののキャラクターショーツを穿いていたのか。
 翌朝、土曜日。
 木茂桜太は首を傾げた。
 キツいツリ目の顔立ちで、黙々とノートを取っては、授業前に教科書などを捲って予習をしている。休み時間は難しそうな本を読み、図書室に通い詰めては何冊も読破して、通知表では五段階評価のオール五を勝ち取っているような優等生だ。
 しかも、眼鏡。
 優等生な上に眼鏡だなんて、綺麗に属性にはまっている。
 中学二年のとき、実施された五教科テストで成績優秀者の表彰も行われた。体育館の朝礼時に上位十名が段を上って、校長から一人ずつ賞状を受け取るのだが、そこには当然のように瑞葉もいた。
 そういえば、美術部の活動で美術館へ赴くようなこともあったが、そこで偶然にも瑞葉の姿を目撃したことがある。声をかけるほど仲良くないので、そもそも嫌われているので見かけたからどうということはなかったが、プロの画家が描いた作品を前にして、ぼーっと魅入られたかのように鑑賞していた。
 桜太は主にライトノベルを仮に図書室に出入りするが、たまたま瑞葉を目撃した際その手に握られていた本は、恐ろしいことに哲学者の著書だったりした。そんな本をさも嬉しそうに、プレゼントを受け取った子供が喜ぶような顔をしながら借りていたのは、開いた口が塞がらなかった。
 完全に文化系の趣味に染まっている。
 どう考えてもアニメを見るタイプじゃない。まして日曜朝の変身ヒロインなどありえない。
 そうはいっても、桜太のスマートフォンに保存されているのは、キュアでプリティなヒロインイラストをプリントしたパンツの尻だ。あのあと、パソコンに移して実際に画面いっぱいに拡大したが、左の尻たぶにはホクロがあった。
 あれは果たして、何だったのだろうか。
 証拠さえ残らなければ、きっと夢だの見間違えだのと思い直したことだろうが、何度見ても子供向けのショーツである。

 まあ、今日もあれをオカズにするかな。

 桜太は駅前ビルのエレベーターに乗り、上階のフロアで降りてアニメショップをまわる。高校一年の資金力でブルーレイなどは買えないが、漫画やライトノベルはある程度贅沢に変えるほどのおこずかいを貰っている。もちろん無駄遣いはできないので、迷った挙句に片方を買ってもう片方は諦めることも多いのだが。
 ライトノベルのコーナーへ行き、まずは新発売のチェックを行う。
「お、あったあった。最新巻」
 目当てにしていた作品に手を伸ばせば、すると同じ本を取ろうとした誰かの手とぶつかり、桜太は「すみません」と口にしながら自分の手を引っ込める。
「ああ、いえ」
 曖昧に答えながら、やや遠慮がちに本を手に取る少女を見て、桜太はまたしても度肝を抜かれることとなった。
「えっ!? 冬崎さん?」
 間違いなく、冬崎瑞葉。
 ピンク文字の英単語がプリントされたシャツを着て、その上にはレディースもののジャケットを羽織っている。紅色のスカートは学校生活のときよりも短めで、太ももが約半分ほど露出していた。
 瑞葉はしばらく固まっていた。
 桜太も同様に硬直。
「……」
「……」
 やや長い沈黙が続く。店内BGMとして流れるアニメソングと、他の一般客の喧騒だけが、二人のあいだを流れていた。
「アンタ! なんでこんなところに……!」
 思い出したように口を開くのは、瑞葉の方が先だった。
「い、いや冬崎さんこそ……」
 桜太はチラチラと、瑞葉の手にあるライトノベルに目をやった。それはお色気描写の濃いラブコメ作品であり、表紙の美少女はスカートからパンチラを披露している。慌てて手で押さえている風に描かれているが、脚の端から見えるピンク色が隠れていなかった。
 しかも、その作中での卑猥な描写たるや、セックスこそしてはいないが、風呂場で男女が身体を密着し合うシーンがある。騎乗位やバック挿入を彷彿させる形で男女の密着した挿絵が描かれている。エロ本同然の内容なのだ。
 ひょっとして、隠れオタクか?
 桜太の場合は友達こそ少ないものの、全く誰とも喋らないわけではない。部活であれば多少は話の通じる相手がいるし、高校に入ってからは打ち解けやすい仲間も出来た。だから趣味を打ち明ける相手もいたのだが、もし特に話せる相手がいなければ、趣味なんてものは胸に秘めているしかない。
「これはお使いよ? 兄弟がいるから頼まれたの。私のものではないわよ?」
「……そう?」
「そうよ。じゃあ私は行くからね。変態さん」
 冷たく言い残して、桜太を横切りさっさとレジへ行こうとする。
 そんな瑞葉を、
「魔法つかい」
 たった一言で呼び止めた。
 瑞葉はピクンと頭を弾ませ、ぎょっとした顔で肩と頬を強張らせる。桜太が口にした単語は例の変身ヒロインの関連語句であり、作品を知っている人なら反応する。まして昨日パンツを晒したばかりの手前、瑞葉の足が止まらないわけがなかった。
「あれはえーっと、妹のおあがりで……」
「兄弟に妹がいるの?」
「い、いやぁ……」
 引き攣った顔からするに、明らかに嘘だと桜太でも察せられた。
「それにお下がりなら聞くけど、おあがりなんてサイズが合うの?」
「…………」
 瑞葉は何かを言い返そうとして、口を開きこそしていたが、結局はパクパクと開閉するだけで言葉はない。何も言えずに押し黙っていた。
 チャンスだと、桜太は思った。
 もう一度、あの恥じらう顔を見てみたい。日頃からキツい顔をして、人のことを嫌って睨みまで利かせてくる女に、慌てふためく表情をさせてやりたい。
 その感情が、桜太の心に何かのスイッチを入れていた。
「意外だなー。冬崎さんとここで会ったって、友達に教えてもいい?」
「だ、だめっ!」
「なんで?」
「な? なんでって、その……」
 まあ、単純に恥ずかしいのだろう。女の子だっていうのに、委員長とあだ名がついたことまである真面目ちゃんなのに、エロ本同然の作品を買っていただなんて、死んでも言いふらされたくはないだろう。
「とりあえず、レジ行こうか」
「……そ、そうね」
 瑞葉は重い足取りでレジへ向かう。
 桜太はどこか楽しいような、けれど緊張の面持ちでその後ろに並んでいた。上手くいけば面白いが、もしも駄目ならビンタの一つでも喰らうだろう。
 桜太は既に瑞葉の脅迫を画策していた。



 
 
 

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