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 あんまりな扱いを受け続け、屈辱にまみれた野之宮明日美であったが、ところが不意にこの状況を打開するチャンスが訪れた。
 それは葉山自身の口から発せられたこの言葉だ。
「明日はあなた達に二人きりになってもらいます」
 それだけなら、おぞましい命令にすぎない。
「もしもお二人が仲直りできて、きちんと友達同士になれたと見なされれば、今回のあなたの状況を『解除』または『軽減』することを約束致しましょう」
 またとない好機だった。
 それをもたらしたのが、明日美を貶めた張本人というのは気に入らないが、背に腹は帰られない。栗木ごときにパンツを見せたり、お尻を叩かれなくて済むというなら、いくらでも仲良くなったフリぐらいはしてみせる。
「そいつに嘘はねーの?」
 念を押すように確かめると、葉山はゆっくりと頷いた。
「もちろんです」
 こうなったら、やるしかない。
 気合を入れて、というのもおかしいが。どん底からの脱出、という意味で意気込んで放課後を迎え、いつもの空き教室で二人になる。
「なあ、もうなんもしねーからさ。そろそろ許してくれねーかな」
 明日美は馴れ馴れしく肩を組み、肘にべったりと胸を当ててやった。決して好きでやっているわけではないが、これぐらいのスキンシップがないと葉山の目が誤魔化せないはずだ。
「え、許すって……」
「なあ、このまま仲直りしてさ。友達になろうぜ? あんだけ人に恥ずかしいことしたんだから、もう十分だろ? これでおあいこだ。な、いいだろ?」
「そ、それは……」
 栗木はうじうじと答えをしぶった。
 そういうところが苛々する。
 言いたい事があるのなら、はっきり言えばいいというのに。
「そうだ。さすがにケツ叩いたりパンツ見せたりは勘弁して欲しいけど、下着の色くらいだったらいつでも教えてやるよ。その方があたしもマシだし、お前だって女の子の情報握れて面白いだろ? な。いいよなそれで」
 自分なりに話を持ちかけてみるが、どうしたって栗木は目を逸らし、明日美と視線を合わせまいとしてうじうじする。口をもごもごさせては押し黙り、何か言うのかと思えば無言続きという、先程からそればかりだ。
 本当にうざったい。
「おいおい。なんか言ってくれよ」
 つい苛立ち混じりの声を出してしまい、それに栗木はビクっとする。
「うっ、うん。その……」
 何も答えない栗木を見ていると、やはり我慢が効かなくなりそうだ。自分の主張をしようともせず、誰にも何も喋ることなく押し黙る。それで一体誰が得をするというのか。そんな事では何も相手に伝わらないし、見ている方も苛々する。だから栗木は嫌いなのだ。
「どーなんだよ。なあ、喋ってくれって」
 明日美はとにかく、栗木に意見を言わせようと苦心した。
「なーなー栗木ー。栗木くーん。お前の声を聞かせてくれよー」
 調子良く頬をつついて、頭をポンポン叩いてやる。ただでさえ肌をくっつけてやっているのに、栗木の汚い髪や頭まで触ってやるなんて、明日美からすれば大サービスだ。撫でてあげたり、聞かれてもいない下着の色を教えてあげたり、まさに身を切るような思いで交流を図るのだが、これだけ働きかけても会話にならない。
 ったく、肝心のこいつが糞じゃ意味ねーじゃねーか。
 何がイジメ撲滅委員会だ。
 イジメ側への制裁と共に被害者のケアも試みる。明日美への仕打ちはともかくとして、目標だけ見ればなるほど立派なことの上ない。だが、栗木のようなコミュニケーション能力に欠けた内気な男は、こちらがここまで働きかけたにも関わらず口一つ聞きはしない。当の被害者に変わる気がないのに、葉山は本当に栗木を変えることなどできるのだろうか。
 ま、無理に決まっている。
 あたしは適当に仲良しのフリして、ちょっとばかし友達やって、葉山さえ消えればあとは自然消滅のように交友関係は終了だ。
「おいよー。なんも言わねーのは無しだろ。せめて、仲直りしてくれる気があんのかぐらいは言ってみろよ」
 いつまでたっても喋らない栗木にまくしたてる。
「あ、明日美さん……」
 ようやく、栗木が声を発した。
「おう、なんだ?」
 やはり陰気なオーラに満ちていて、相変わらず気持ちの悪い声だ。耳が腐るような心地さえするが、明日美はぐっと我慢する。
「あ、あの……」
 じれったい。
 もう、さっさと言えばいいのに。
 明日美は栗木の言葉を待ち構える。
 そして、栗木はぼそぼそと呟いた。
「友達……。なってくれるの?」
 小さな声だった。
「ああっ、なるなる!」
 どうにか聞き取った明日美は、元気良くそう答えた。
 すると、栗木の表情はほんの少しだが明るくなる。
「それじゃあ、下着の色も……」
「教えてやるって。いつでの聞けよ」
 本当は真っ平だが、どうせタダでは逃げ切れない。

「それじゃあ、お尻とおっぱいは自由に触っていいって本当?」

「……は?」
 明日美は一瞬にして凍りついていた。



 
 
 

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