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  自分で思っていたほど、体を許す準備が出来ていなかった。
 というのは確かなのだが、しかし悲鳴まで上げた理由とは少し違う。

「ひゃ!」

 日和が喘ぎを発したのは他でもない。
 感じたからだ。
 晴美の指先が乳房に触れ、山の頂点と潰してへこませてきた瞬間、静電気の弾けるようなビリっとした性感が乳首に走った。その思いもよらぬ快感に、日和は悲鳴にも似た喘ぎ声を上げたのだ。
 自分で揉むだけでは、これほどの感じはしなかった。
 晴美の指が触れた途端、ここまでの性感が走るなど日和自身でも予想外だ。
 そんな真相をまさか正直に話せるわけもなく、ひとしきり慌てた早口で喋ったあとは、日和はもう黙りこくったまま口を開けない。
 指先であれほど感じるなら、揉みしだかれたらどうなるのか。ましてや服の上ではなく、直に触れられたらどうなるのか。本当のところ興味があるが、さすがに野外で胸を揉まれるのは怖いと思う。
 では、きちんと二人きりなら胸を許してやれるのだろうか。
 まだ、無理かもしれない。
 そもそも、下着姿を見せられるのも、やはり『カーテンを閉め忘れただけ』という心の建前があるからだ。確かに昨夜のプレイでは、日和はより堂々と覗きを許している。最終的には面と向かい合ってまで手ブラやオナニーを披露したわけだが、そんなことができたのも、やはり閉め忘れが起点にあるからだった。
 始まりはそこなのだ。
 まず『覗かせる』ことに慣れていたから、その発展系である『見せつける』行為にまで及んでいる。閉め忘れというスタート地点からレールを延ばし、閉め忘れという建前は死んだように思えて生きているから下着さえ手渡せた。窓越しという路線の上でなら大胆になれたものだが、別の路線に乗り換え変えると話も変える。
 今回は窓越しではなかった。
 閉め忘れからエスカレートしたわけではない、正真正銘のエッチである。無意識のうちに気持ちは切り替わり、前の路線では消えていたはずの抵抗感がここでは復活していた。
 部屋にいなければ、こういうことに対するスイッチの切り替えができなかった。
 やはり、エッチなことは恥ずかしいし緊張する。
 建前で抵抗を和らげなければ、きっとパンツを見せることさえ今はできない。
 どうして昨夜はあんなに大胆になれたのか。
 日和は今になって初めて、自分の性行為にまつわる心を自覚していた。
「ごめんね?」
 なので、謝る。
 自分自身でいけると踏んでおきながら、おっぱいを揉ませてやれなかった。
「い、いや……」
 謝っただけ、晴美は困った顔をする。
 こんなことで頭を下げられても、恐縮させるだけなのだろうが、それでも一言くらいは謝らなければ日和としては気が済まない。
「胸だとちょっと、ハードルが高かったみたい」
「……うん。そうだよね」
 なんとなく、重い。
 別に嫌だったり、不快感を味わったわけではない。本当は快感への喘ぎ声をあげたのだが、耳で聞く分にはリアルな悲鳴に思えただろう。痴漢や暴漢に襲われた女性を彷彿させ、晴美の居心地を悪くさせている。
 それが最も申し訳なく思えて、日和は数回にわたって謝った。
「ベンチ、行こっか」
「……うん」
 晴美に連れられ、とりあえず並んで座る。
 しかし、沈黙は続いた。
「……」
「…………」
 話題がないわけでなく、気まずいがための静寂が二人の喉を締め上げ、下手な台詞は発せない。二人きりの空間の静けさに対し、周囲の喧騒が対照的に響いていた。
 この空気を打開するには、いっそ気持ちよかったと伝えればいいのだろうか。
 頭に案を浮かべはするが、どうしてもそれが最良の一手とは思えず、しかも乳房の敏感さを申告するなど恥ずかしい。かといって他にアイディアが出るでもなく、何も言葉を思いつかないせいで喋れない。
 晴美もきっと同じ状態に陥っていた。
 ――やだなぁ……。
 この状況のことだ。
 晴美と気まずいままでなんて、いたくない。
 喘ぎ声が悲鳴じみていた埋め合わせだ。
 なんとしても打開したい。
 ――そうだ!
 ここで妙案が浮かぶ。
 必要なのは建前だ。
 カーテンをわざと閉め忘れるのと同じように、なんらかのうっかりを根拠にすれば、できることがあるはずだ。
「ちょっと、トイレ行くね?」
 日和は一旦、ベンチを離れ――。
 そして。
 公共トイレの個室でパンツを脱ぎ、日和はノーパンになった。
(……あ、スースーする)
 スカートの内側を流れる大気が、いつもなら布地に包まれているはずの部分を撫でてくる。
 この慣れない感じが落ち着かない。
 トイレを出て、晴美の元へ戻るおり、別に風が強いわけでもないのにスカートを手で押さえずにはいられなかった。もし、不意に突風がきたら。もし、そのせいで通行人に中身を見られたら。恐ろしい可能性ばかりが頭をよぎる。
 ミニスカートなだけに、丈が揺れ動くことさえ気になった。
 そもそも、ただ男性とすれ違うだけで、通行人にバレないかと不安になった。
 しかし、半ば恐怖からくる緊張感は、晴美のベンチへ戻った瞬間に別のものへと変化した。
「お待たせ」
 そう言って、隣に腰を落ち着ける。
 すると、途端にじわじたとした切ない熱さが下腹部を満たす。甘い欲求が沸き立ち、外だというのに日和は秘所を気にして手で押さえ、いじらしく太ももを摺り合わせた。
「あのね、晴美。私って、いつもカーテン閉め忘れるよね」
 覗き覗かれの話題を、かなり遠回しに切り出した。
「……毎朝、ね」
「だから、私はそういう、うっかり屋さんなわけでして――。昨日から履いていたパンツが、やっぱり思っていたより汚れていたかなって」
 決して、ストレートには打ち明けない。
 あくまでも遠回しな言い方で、察してもらうことを前提に日和は話した。
「もしかして日和、今ってスカートの中――」
 案の定。
 晴美は察した。
「……うん」
「え、ええと……。今さっきのこのタイミングで、何故そういったことを」
「空気を入れ替えたくて」
 つまり、お互いの気まずい空気を解消したい。『空気』という言葉を含めただけ、割りに直積的な言い回しなようでいて、やはりどこか遠回しに、まるで部屋の空気でも示すようなつもりで日和は言った。
「そっか。でも、何故またそのような方法を」
「さっきのアレ、決して嫌な思いをしたわけじゃないので。ちょっと自分でもビックリするようなことがあったと言いますか。私もその……。晴美が考えるようなこと、興味がないってわけではないから、少々そのアピールをと」
 遠慮がちに、かなり控えめな口調で日和は語った。
 いきなり胸など揉みしだかれては、自分がどうなってしまうのかわからない怖さがある。快楽の海に溺れはしないかと不安だが、もっとその手前。接触のない方法でスリルを味わうのなら、むしろ楽しめる。
 という気がした。
 現在の建前設定は、要するに愛液でカピカピになったパンツが今になって気になって、アソコが痒いので仕方なく脱いでいる、というものだ。
 そこまで明確に通じているかはわからないが、少なくとも何らかの建前を張り、それを理由に『仕方なく』ノーパンになっていることは、晴美は理解している顔だった。
「じゃあ、そのアピールには応えた方がいいってことかな」
 気まずそうだった表情に、ちょっとしたニヤけが浮かぶ。
「その通りです」
「もちろん、無茶は無しだよね。僕以外の視線は……」
「うん。晴美以外は嫌かな」
「わかった。じゃあ、どうしよっかな。ひとまず、脱いだものは僕が預かっておくよ」
「……はい」
 ――ドクン。
 心臓から深い鼓動が鳴った瞬間、来た、と感じた。
 胸の奥から湧き上がる羞恥が、風通りの良くなったスカートの内側が、今にもパンツを求めている。どうしようもない落ち着かなさで、すぐにでもトイレへ駆け戻り、脱いだものを履きなおしたい気持ちにかられる。
 衣服は体を隠す防壁だ。
 盾は自分の手で握ってこそ安心感が沸いてくる。
 それを今、ポケットにしまっていた昨日のパンツをゆっくり取り出し、安心を手放す心細さを嫌というほど味わいながら、晴美の手に預け渡した。
「すぐには返さないからね」
 手渡したパンツが、晴美のポケットへ消えてしまう。
 秘所を守ってくれるものが、なくなった。
「さて。これで日和のスカートの中はどうなってるの?」
「え? そんな……。言わせる気?」
 この状況は晴美も十分理解したはず。履いていないことなど今更確認するまでもなく、ましてや通行人が増えている。
 初めにいた人気のない茂みと違って、石畳の通路に開けたこのベンチの前は、さっきから何人もの男女が行きかっている。近くに学校でもあるのか、休日練習から帰る運動部の学生姿がちらほら見える。ジャージを来た男女、テニスラケットをバッグで背負った高校生、あるいは野球ユニフォームの男児、様々だ。
 そんな人通りのある場所で、はっきりと口にするなどしたくない。
 しかし。
「言って欲しいな」
 晴美の期待に満ちた顔。
 そんな表情を見せられては、日和は弱かった。
「の、の………ノー…………ノーパン…………です」
 随分小さな声で、日和は言った。
「小声でもいいけど、聞こえにくいな。僕の耳元に囁いてよ」
「……うん」
 日和は晴美の耳へ顔を近づけ、再び言う。
「……ノーパン……です」
 とうとう言わされ、顔がみるみる熱くなる。
「履いてない?」
「……履いてません」
 じんわりと広がる顔の熱さは、すぐに顔面から耳へ渡って熱気を帯びさせ、日和の顔は真紅に染まっていった。
 ノーパンプレイだ。
 今さっき気まずかったばかりで、おさわりはしないだろう。
 しかし、直接的な行為がない分、果たしてどんな風に苛めてもらえるのか。不安なようで期待してしまうマゾヒズムが疼きだし、日和はほのかに恥らった。




 
 
 

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