演技の最中にはスイッチが入り、自分の露出度の高さなど忘れている。そんなことより、演技やアクションに夢中になって、役のこと以外は頭に無い。
しかし、ひとたび演技が終われば……。
「うひゃー。早く着替えたいなー」
南光莉はスカート丈の短さを気にかけて、今更になって、捲れないように手で押さえながら移動している。大きな胸が丸々と強調される胸元の形状も、広く空いた背中の露出も気になるようで、光莉は肩を小さく縮めていた。
「トライブイ風見志乃。なかなか、可愛い姿を見せるじゃないか」
スーツで怪人役を演じていた滝和明は、チェーンソーリザードの姿のまま、冗談めかして作り物の右腕のチェーンソーを突きつける。
「変な目で見るなよ。エッチ」
わざとらしく、胸を両腕で隠しながら、プンスカ怒ってみせる顔が可愛い。
「馬鹿め。このスーツの視界の悪さを忘れたとは言わせない。たった数センチの穴しか空いていないから、エッチな部分など見ようと思っても見えはせんのだ」
「たったミリ単位の狭い穴だけで、必要な視界情報を手に入れるのがアクターでしょ? 和明はそんなスーツアクターでしょ? つまり、私のことも狭い視界から覗くわけでしょう?」
「んなことねーって。光莉」
悪ふざけのために演技を続行していた和明は、そこでぱったり演技めかした喋りをやめ、いきなり素に立ち戻る。
「『滝』って苗字で、『和』って名前も滝和也とお揃いのアンタが、何が悲しくて怪人役をしているのかって話だよね」
「ああ、あの人ね。あの役者の名前なんだっけ? あのアクションって、剣友会ばりにキレが凄くてなんかヤバいよ」
和明はスーツの中から体を出して、タオルで汗を拭きつつ私服に戻る。
二人は幼馴染だ。
お互いを下の名前で呼び合い、お互いの家を出入りするくらいには気の置けない仲なので、男の和明としては、別に光莉の視線など気にせずトランクス一丁くらいは晒せる。向こうも和明の裸など気にしないので、光莉の目の前であろうと、かなり気軽に着替えられた。
「そういや、最近になって、やっと初代見てるんだって?」
「おう。動画サイトで公式配信されてるからな」
「ライスピから入ったアンタより、きちんと本編から入った私の方が、色々と勝ち組だとは思わない?」
と、光莉は勝気に微笑む。
「おうおう。親が特撮マニアだと、小さい頃に見せてもらえるから有利だよな」
「ま、親の差だね。私は英才教育を受けた天才なわけだ」
「アリなのか? そういう特オタ的な教育って……」
「アリに決まってんでしょ。小さい頃から南光太郎の格好良さを叩き込まれてこそ、今の私がここにいる」
光莉はえへんと胸を反らして、自信満々に胸元を叩く。
「光莉って本当に光太郎好きだよな」
「だって、一番格好良くない? 惚れちゃうって! 私、初恋あの人だから!」
「はいはい。それでBLACK第一話の例のシーンでだ。光太郎と信彦が一緒に風呂入ってるイケナイ場面で腐った妄想を――」
「誰がするか!」
瞬間、回し蹴りの華麗なスイングが繰り出され、和明は咄嗟に腕を盾にして受け止める。ただ受け止めるのではない。間接でクッションを効かせるようにして、いなすような受け方で威力を和らげているのだ。
和明とて、小さい頃から光莉の夢に感化され、アクションスターを目指してきている。そのおかげで武術の心得を持っているので、咄嗟の攻撃に対する反応は簡単だった。
「お見事」
「赤か」
和明はアンダースコートの色を指摘してみる。
「――ちょっ! 確かに見せパンだけどさぁ!」
光莉はみるみるうちに顔を赤らめ、慌てて脚を戻してスカートを手で押さえた。
「きゃーんわいい」
「殺すよ?」
「すまん! 謝る! この通りだ!」
「ここで演技力を駆使しても、誠意がないのはバレバレだから!」
「オーノー! マジで殺されるゥゥゥ!」
***
それは照明の一切落とされた部屋である。
何も見えないほど、暗い。視界は全て黒一色に塗り潰され、見える景色の何もない深い暗闇だけの部屋。
そんな部屋の中心で、ボウッ、と火が空気を燃やして弾ける音が鳴り、次の瞬間にはロウソクの灯りがつく。ゆらゆらとした小さな小さな火が、三本あるロウソクのそれぞれで、完全な暗闇だった部屋をほんの少しだけ照らし出す。
薄く淡い光で浮き上がるのは、仮面をかけた三人の男達の姿であった。彼らは自分達の机を部屋の中央へ寄せ集め、机をくっつけた三角形で席を取り、各自の机に一本ずつのロウソクで自分の元を照らしている。
「我が名はロード」
一人の赤い仮面の男が言う。
「我が名はバロン」
その男の仮面は黄色い。
「我が名はデューク」
そして、青の仮面である。
色違いの仮面で顔を隠した三人は、お互いの名をコードネームで呼び合っているのだ。ここまで雰囲気作りを行って、各自お気に入りの仮面まで購入する徹底ぶりでありながら、名前は本名を呼び合うのでは、どこか滑稽になってしまう。
暗幕までかけて部屋を完全な暗闇に変え、あえてロウソクを灯しているのは、全てそういう雰囲気を醸し出すためなのだ。
そう、悪の雰囲気を。
「バロン。デュークよ。我らの目的は理解しているな?」
ロードはそんな問いを口にする。
「当然です。忘れるわけがありますまい」
と、バロンが答える。
「我らオルゴム帝国の目的は、女の子のエッチな姿を集めることにある」
デュークも続けて答えた。
「そうだ。既に我々は学校中の女子生徒の情報を把握し、美人で可愛い少女らのリストを揃えている。この神聖なる情報リストから、狙うべき女子達を決定するのだ」
ロードが手にしている黒い皮製の冊子には、全校生徒の中から選びぬかれた、何十人という女子のクラスや名前、顔写真までもが載せられている。必ずしも細かいデータが揃っているわけではなく、顔と名前だけの女子も多いが、特に情報量の多い女子の場合は身長やスリーサイズまで入手してある。
「ロード様。我らが標的とすべきは、やはり南光莉ではないかと」
バロンの言葉を聞くと、名前順になった冊子のページを開き、ロードはその顔写真と名前を載せた一面を見る。
身長、一七五センチ。
中学の頃から演劇部と映画研究部を掛け持ちして、凛々しい顔つきのため、男役を演じてきた経歴がある。宮本武蔵を初めとして、美麗な少年として沖田総司、あるいは佐々木小次郎を主人公にした作品にも出ているようだ。
「バロンよ。して、その作戦は」
「南光莉は映画研究部で変身ヒロインの撮影を行っております。それ以前にも、時代劇で剣術の殺陣に力を入れ、アクションシーンとあらば積極的に名乗りを上げていたとか」
「なるほど、アクションへのこだわりを利用しとうというわけだ」
「左様。奴めを格闘技の果たし状で公衆の面前に引きずり出し、戦いの中で恥ずかしい目に遭わせてやるのです」
そんなバロンの計画を聞くに、すぐにデュークが口を開いた。
「ならば、プロレス部のあの男が適任であろう」
彼ら三人は財力を持っている。
金の力があれば、目にかけた男子生徒を雇うのも簡単だ。
***
南光莉の前にその男が現れたのは、四月の学校が開始されて間もない時である。
「お前が仮面美少女トライブイだな?」
高身長で並みの男子よりも足の長い光莉だが、その光莉よりもさらに大きく、ガタイの良い強面の男が、朝の廊下で光莉の前へズカズカと肩を揺らしてやって来たのだ。
「アンタ何のようだ? オッサン」
光莉に対する妙な意識を感じて、滝和明は光莉を庇うかのように前に立ち、額に傷のある顔を見上げる。とても同い年には見えない、三十代か四十代といった方がまだわかるような歳のいってみえる男の顔は、ヤクザだとか不良とか、明らかにそういう筋の人間にしか見えない。
要するに怖い顔なわけだが、加えて筋肉のがっしりついた広い肩幅と、巨大な体躯をもって相手を威嚇しにかかる態度を見れば、警戒せずにはいられない。
冷静に考えれば、他クラスの生徒が、何かの用事で光莉に話しかけているだけなのだが、とても常識的な判断では捉えられないほど、光莉に対する何か嫌な視線を彼は放っていた。
「滝和明。お前には用は無い」
「何ィ?」
「俺の名は郷田秀樹。プロレス部所属で、いやゆる悪役レスラーを目指している」
「悪役だと?」
「そう、悪役。そして、南光莉は正義のヒーローというわけだ。ヒーロー役者と悪役がここにいるなら、答えは一つしかないんじゃないか?」
そうか。決闘の申し込みだ。
これが同じプロレス同士だとか、スポーツ選手同士の話なら、まだしもわかる。向上心を持つ人間なら、誰かにライバル意識を持つことはあるだろうし、勝負を挑んで勝ちたい気持ちくらいは普通だろう。
しかし、ガタイの良い筋骨隆々の男がだ。光莉がいくら稽古を積んできているとはいえ、女を相手に決闘を挑み、女を相手に勝ちたがるものなのだろうか。確かに光莉には例外といえる身体能力こそありはするが、常識的には女より男が強い。そして、強い者が弱い者に挑み、わざわざ勝ちたがるなど、単純に言えば理解不能だ。
だから、和明は言った。
「お前、まるで意味がわかんないぞ?」
まともな人間なら、女を殴ることには心理的な抵抗がある。
いや、もっと言えば、何の理由もなく他人を殴ること自体を躊躇う。
お互いに了承済みの格闘選手同士でなら、わからないこともないのだが、光莉は格闘家でもなければ武術家でもなく、単にそれがアクションの役に立つから学んだだけの、アマチュアのアクション俳優のようなものだ。
プロレス部の人間にとって、決闘を挑みたいほどライバル視する存在には思えない。
「わからないか? 俺はこの世の正義ってやつを叩き潰したいのだ」
「正義って?」
「悪を憎み、悪を討つ。テレビの中の悪役とヒーローは、わかりやすく両者極端に分かれているものだろう? 俺は悪として正義を討ちたい」
「単なる役者相手に?」
「そうだ」
「頭は大丈夫か?」
「大丈夫だ」
「うーむ……」
そもそも、どこでトライブイの話を聞きつけたのだろう。
短編映画数話分を春休みや授業のない最初の数日中に撮り溜めして、一本につき三十分前後あるものを三部作で発表する予定が組まれている。制作こそ進んでいるが、まだ企画の発表は大々的にはしていないので、何も知らない方が多いはずだ。
別に隠しているというわけでもなく、ペラペラ喋る部員もいるので、情報が伝わることには不思議はないが、こんな厄介な人間の耳に入っていたとは驚きである。
「断るよ」
光莉が言った。
「何ィ? 俺の挑戦から逃げるのか」
「私にとって、アクションは誰かを楽しませるためにある。特撮ヒーローって娯楽作品に人を惹き込んで、楽しませる。作品を生み出すのが目的であって、本当に戦いをやるのは、私の主義でも何でもない」
「逃げるのかと聞いているんだ!」
「私はプロレス選手でも何でもない」
挑発が挑発として通じていない。光莉はこうして正論で突き放し、まるで眼中にないかのように秀樹の横を素通りした。
***
南光莉にとって、元々の興味はアクションである。
だが、アクションにも演技はいる。戦闘に関する動きだけでなく、シチュエーションによってはスーツの中から感情を表現しなくてはならない。例えば自分の能力を把握していない設定のヒーローなら、戸惑いながら戦うことになるし、弱気な主人公が変身したなら、戦闘時にも腰の引けた雰囲気を出す必要がある。
演技力を磨くのにこしたことはないので演劇をやり、映画研究部にも入り、周りから薦められる形で主役を演じることになっていた。
やるからには本気でしっかり。
そう思っている光莉は演技自体は真剣だ。
それが例え、スクール水着の尻をアップで撮られる撮影だとしても、男性ウケを狙ったエロ有りの作品だとは名言されていたので、きちんと演じぬかなくてはならない。
プールサイドで体を濡らした光莉は、尻の後ろにカメラの気配を感じながら、ゴムに指を入れてパチンと引っ張る。ズレを気にして直すシーンだけでも、複数回にわたって撮り直し、これは既に十回目以上の撮影だ。
「うーん。もう一回頼むよ」
部長の武田陽太は頭を捻り、納得がいかないかのように言う。
「またですか? もう……」
仕方なく、プールサイドで立ちポーズを取り直し、尻をアップに映したデジタルカメラの存在を感じ取る。
尻のゴムにさりげなく指を入れ、引っ張り、パチンと鳴らす。
ただ、それだけ。
「うーむ」
しかし、映像を確認した陽太は、やはり難しい顔をして、未だ納得いかない様子を見せる。
武田陽太はオープンスケベだ。
自分が変態であることを隠さないため、セクシーなシーンが撮りたい時は、恥じらいなく積極的に口を出す。特撮ヒロインをやろうとなった際、ミニスカートにアンスコを入れ、擬似パンチラを多様しようと言い出したのも、元を辿れば陽太である。
エロに煩く、こだわりが強い。
だから、サービスシーンへの熱意は強く、いかに男心をくすぐるかについてばかりを考えている。
そう、熱意なのだ。
光莉がアクションをこだわるように、陽太はエロスという方向に熱を上げ、そういうシーンの作り方に対して熱心に頭を捻る。映画やドラマにあったセクシーシーンを参考にする。太ももの映し方、胸やお尻を撮るアングルについて、実践や研究を繰り返す。
そういう熱意もあるのだろう。認めないとまでは思わない。
ただ、それを撮られるのは当然女で、今回は光莉自身が被写体だ。
お尻を集中的に撮られるのは、気になって気になって、もう仕方が無い。カメラレンズの気配を肌で感じるだけでも、たちまち落ち着かない気分になって、演技に入り込むのにも時間がかかってしまう。
じぃぃぃ……。
お尻にカメラがあるということは、それを持つ部員の視線も同時にある。今はクラスメイトの男子が、合法的に光莉の尻を眺め回しているわけだ。視姦といっては失礼かもしれないが、相手にそういう気持ちが有る無しに関係なく、視線が集中的に突き刺さっている時点で、尻肌がじりじりと焼けるようで本当に気になるのだ。
光莉は決して、アイドルや俳優になりたいわけではない。
スタント、スーツアクター。
そういう方面で活躍したいと願う光莉は、例えば戦隊スーツで顔が隠れることなど何も気にも留めない。分自身に注目を集めたい意欲がない。「私を見て!」とでもいうような、目立ちたい願望がどこにもない。
むしろ、ヒーローというキャラクター像を影で支え、それを格好良く見せるための柱になりたいとすら思っているので、光莉自身が表に出て目立ったり、みんなの人気を集めるということには欠片の興味もないのだ。
もちろん、普通の演技にだってやりがいはある。
主役を張って作品を作るのだって、十分に面白い。
しかし、作品を生み出す一人になりたいことが第一の欲求なのだ。アクションとは異なる通常演技であっても、主役であっても、作品を作るということに貢献して、確かに特撮を生み出せるのだから、張り切って頑張れる。
つまるところ光莉の信念は、自分も作品制作に関わる一人という点にある。
自分自身に注目を集め、ファンを集め、人々にアピールしたい気持ちは一切ない。無いにも関わらず、お色気チックなアングルで自分の体を撮らせたり、パンチラしたり、まるで光莉自身の存在を男性にアピールするかのようで、光莉にとっては何か違うのだ。
初めから、私を見て! という欲求でもあるのなら、水着の上からお尻を強調したアングルの映像を撮るくらい、まだしも平気だっただろう。
光莉にとっては気になることで、そこにカメラがあると落ち着かない。
例えるなら、これからトイレで用を足したいのに、すぐ近くに人がいるから、出すに出せないかのようなそんな気分。
それに、恥ずかしい。
ずれた水着を直す動作ということは、お尻がある程度出ているのだ。撮影のために尻肉をハミ出させ、それをカメラの前で直してみせる。
「南くん。やっぱり、お尻の出し方にポイントがあるんだよ」
「出し方ですか?」
「ちょっと来てくれる? お尻をこっちに向けてさ」
そんなことを真剣な眼差しで、作品のためであるかのように言う。日頃はもう少しいやらしくニヤけているのだが、実際に撮影を行い、女子が太ももを出す時には、何かに熱心に取り組む努力の表情になっているので、一応真面目なのだなと思ってしまう。
セクシーシーンばかりに真面目になられても、困るばかりではあるのだが。
「あ、はい」
光莉は腰をくの字に折り、前かがみで両手を膝に置くことで、陽太部長にお尻を向けた。
「晶くん。どう思う?」
「大きくて、ボリュームは十分でしょ? 今までの映像だって、十分迫力あるじゃない」
視線は部長だけではない。
脚本担当の湊晶。
ビデオカメラを握る安藤幹也。
合計三人の男の先輩が、陽太を中心にしながら、群がるかのように顔を近づけ、それぞれの視点から光莉の尻を眺めているのだ。まるでお尻を差し出しているかのようで、存分に眺め回されるこの状態は、より余計に落ち着かなかった。
「ヒップはいくつだっけ?」
幹也に問われた。
「え? えっと、九六センチです」
「撮るにあたってはさ。やっぱり、九六センチっていうサイズ感を強調したいよね。だから下から見上げるアングルになるわけだけどさ。もっと内股の隙間まで撮るっていうのは?」
「アソコを撮るのはどうかなぁ? やってはみたいけど」
陽太の頭が股下を覗こうと動き、光莉は自身の太ももの隙間にさりげなく目を落としていたため、自分のアソコを眺める部長と目が合ってしまう形になる。
「あのっ、股間アップはNGでお願いします。お尻だけでも、色々とキツイものがあるので」
「いいよ。お尻だけでも十分エロいし。現物を見ている俺達は嫌でも勃起するけど、画面を介するのと生を見るのとでは、やっぱり気持ちも変わるからねぇ」
「あのさ。左右両方ともハミ出して、両手の指で直すのはどう? 今まで撮ったのは全部片手でしょう?」
と、幹也の提案。
「いいね。ちょっとTバックになるまで食い込ませてくれる?」
賛同した陽太はそんな指示を出した。
「え? それはちょっと、さすがに……」
今までは着衣の上からなので、なんとかやってはいたものの、光莉は自分の肉体を売りにしたいとは思っていない。ちょいエロならばと、企画段階では「やりすぎないで下さいね?」としか光莉は言わず、衣装の露出度が上がった以外は、実際に服の上から軽く覗かせる程度のものしか撮っていない。
例えば、胸の谷間にカメラが接近した時は緊張したが、セクシーな私服を着たい女性が、日常で谷間を軽く出すのは十分ありえる。それと同じ範囲と思ったので、恥ずかしさを覚えながらも撮影を受け入れた。
このお尻の撮影に関しても、スクール水着は授業で着る。海で着るビキニでも、お尻の肉は十分に出るものだ。ちょっとばかり、ほんの少し、見られてしまうくらいなら、これも日常の範囲と同じだとうかと思って、そして部長の熱意に押される形で、まあ仕方が無いかとお尻を撮らせることに決めたのだ。
だが、Tバックはさすがに聞いていない。
露骨なアングルというだけでも気になるのに、そこまでお尻を出してしまうのは、光莉としては覚悟の範囲を超えていた。
「駄目? Tバック自体を撮るんじゃなくて、どこまでハミ出ているのがいいかを、少しずつ調整して確かめたいんだけど」
「うぅ……」
「お願い! 普段はクールで格好良く。だけどセクシーなシーンを入れるから、きっと色んな人が風見志乃というキャラクターに惹かれるはずなんだ。どうしても駄目かな?」
そこに熱意が欠けていれば、作品のためだという気持ちを感じなければ、きっと光莉は迷いもせずに拒否しただろう。別に押しを強くされれば断れないような、自己主張の出来ない性格などではなく、むしろ光莉は意見をはっきり声に出す。目上の部長が相手であろうと、こんなハレンチなお願いであれば、常識的に突っぱねたはずだ。
しかし、やはり一種の真剣さを感じてしまったのだ。
いやらしいかもしれないが、少しはそういう気持ちもありそうだが、お色気描写を真剣にやろうとしている。
馬鹿みたいで、笑いたくなる話だが熱意が相手だと光莉としては断りにくい。
熱意や真剣さには弱かった。
「Tバックは撮らないで下さいよ? 本当にちゃんとお尻が隠れている時に撮って下さい」
「わかった。約束する」
かくして、光莉は尻たぶをほとんど見せる流れとなるのだった。
***
水着を引っ張り、尻の割れ目に引き込むのは、隠れた場所でやらせてもらった。三人の目から離れて、尻を見せないところで指を入れ、持ち上げるように引っ張り、食い込ませる。どうせ見せるわけだが、作業はなんとなく隠したかった。
「どうですか?」
腰をくの字にすることで尻を差し出す。
「うん。いいねえ!」
褒める晶。
「肌の面積が出ると、改めて大きさがよくわかる」
幹也のコメント。
光莉は歯を食いしばった。
「南くん。ちょっと、背筋をピンと伸ばしてくれるかな」
「は、はい」
陽太に言われ、光莉は姿勢を変える。
「うーん。ボリューム感があって、普通に履いているだけでも、水着を内側から膨らませているのがよくわかったからね。Tバックのように食い込んでいると、プリプリなおかげで割れ目の下の方では隙間に布が沈んでしまっている」
「そんな詳しく言わないで下さいよぉ」
光莉はまだ経験すらない処女なのだ。
自分のお尻について詳しくコメントされるのは恥ずかしかった。
「駄目駄目。撮るには撮るんだから、南くんも自分の体を把握しないと。Tバック状態で面白いのはね。尻の割れ目に布のラインが入っているわけだから、丸ーい尻たぶが二つに分割されるでしょう?」
「それは、そうだろうけど」
「丸と丸! ふっくらした丸いお肉が二つ並んでいるのが見応えなわけなの」
「え、うん。そういうものですか」
「そうそう。ちょっとかかとで弾んでみて」
「こうですか?」
つま先は地面から離さない、ごくごく軽い力だけで体を弾ませる。
「うん。プリンとかゼリーつついたみたいに、プルプルって振動するよね」
「うっ、だからそんな詳しいコメントは……」
「布をちょっとだけ出してみようか」
「……はい」
陽太はチェック作業をしているのだ。光莉のお尻にどう魅力があり、どう映像にするのが一番なのか。具合を見て確かめることで、カメラワークを試行錯誤している。
割れ目に沈めた布を引きずり出し、ある程度のところまで、お尻を半分も隠さない程度のわずかな箇所まで引っ張り出す。お尻にキツいゴムが食い込み、肉がプニっと浮き出ているのが自分自身でよくわかった。
「着衣の良さっていうのは、内側から膨らんでいるのがわかることだよね。ボリュームのあまりにシワがピーンと伸ばされてて、ゴムからは肉がはみ出る」
「ああ、はい。よくそこまで語れますね。ほんと」
エロのためにここまで言葉を尽くし、熱い持論を展開できるのは、馬鹿らしいというか、逆に関心するというか。ただオープンスケベなだけなら、時と場所を守ったトークが出来るような相手なら、相手がいやらしいことを考えていても、光莉はさほど引かないタイプだ。
まあ、男はそんなもんだろうと、光莉としては悟りきっている。
もちろん、常識外れのセクハラでもあれば普通に怒るが、撮影という目的と、撮り方に関する考察という事情がある今は、むしろ諦めに近い気持ちが沸いていた。物凄く恥ずかしいわけだが、逆に言えばここまでが限度のラインと約束されているようなものなので、限度ギリギリの場所で恥ずかしいのは仕方が無い。
「わかった! 真下だ! カメラは真下に潜り込んで、上から下りてくるお尻を撮る。それからカメラを移動し、ゴムをパツンとやるのを撮って、プールの水面を見つめる凛々しい表情に移るんだよ」
これはという案を浮かべた陽太は、嬉しそうにそれを語った。
「おお! だったら、胸元を直す仕草も入れよう!」
幹也のカメラを握る手には気合いが篭る。
「じゃあ、さっそくアングルを確かめるから、幹也君は仰向けに!」
「うっす」
「南くんは幹也君の顔に座って――いや、本当に座るわけじゃないよ? 座るみたいにしてお尻をどんどん近づけて、アングルを確かめさせてあげて?」
「えー……。そんなことするんですか?」
「するの! 時間勿体無いから、早くやるよ!」
ああもう! やるっきゃない!
腹を括った光莉は、仰向けになった幹也の頭を挟む形で直立し、まるでスクワットでもするかのように腰を下ろした。人の顔に尻を押し付けるという、失礼極まりない気もする行為への純粋な抵抗感と、自分のお尻が男の顔の目と鼻の先へ行くことになる恥ずかしさで、なんともやりにくい気持ちがしたが、光莉はやった。
幹也の顔にお尻をギリギリまで接近させ、あと一センチでぶつかりそうな距離感から、相手の顔の気配を如実に感じた。
立派な顔面騎乗位ではないだろうか。
ある程度の性知識のある光莉は、セックスのプレイ方法にある一つを連想して、それを人前で披露している恥ずかしさに顔をみるみる染めていく。
これって、おかしくないだろうか。
いや、今更だ。
だいたい、顔面騎乗位なんて連想をしたと口にすれば、光莉の方こそいやらしいことになってしまう。
「ふー……」
「………………っ!」
息がかかってきて、ゾワゾワした。
もちろん、故意ではない。単純に普通の息がかかるほど、少し近づけすぎたのだ。
適当に数秒数えてすぐに直立に戻った。
「いやぁ! オッケーオッケー! これで撮り方が決まったよ!」
幹也は嬉しそうに言う。
「よし! このシーンは今日中に終わらせよう」
と、晶。
「さあ、やるぞ! 位置について? よーいアクション!」
陽太の指揮で撮影再開。
撮影された映像は、まるで濡れ場を撮影するアイドルのイメージビデオだ。胸やお尻を強調するような、そういう種類の映像で、まずはパツンとゴムを直す。カメラに向かって、ゆっくりと腰を下ろしていくことで、画面に光莉のお尻が迫る。
アングルは正面に移り、さりげなく胸元を気にして直すのだ。
その際、胸を引っ張ったせいで見える谷間がよく目立った。
演技には集中できなかった。
恥ずかしさに意識が取られて、気持ちの切り替えが調子良くいかなかった。
しかし、その表情こそがそそる――エロい!
……とのことだった。
***
郷田秀樹は呼び出しを受けていた。
暗幕で薄暗くされた教室で、ロウソクだけが淡い灯りとなっている。そんなオルゴム帝国を名乗るグループの本拠地で、決闘を申し込んだ結果の報告を行ったのだ。
「何? 断られただと?」
「申し訳ありません! ロード様!」
秀樹は深々と頭を下げる。
「馬鹿者! あれほど上手くやれと言ったろうが!」
ロードの叱責。
「愚か者め」
と、デューク。
「この失態をどうしてくれましょうか」
バロンは仮面の裏側で声を荒げた。
彼らが何者かはわからない。きっと生徒には違いないが、どこのクラスで何年生か。正体に関するヒントはない。
ただ、報酬を出すとの甘い誘いに乗せられて、秀樹は南光莉に決闘を申し込んだのだ。
彼女をリングに上げ、公衆の面前でエッチな目に遭わせろという要求。
「私に考えがある」
その時、デュークは言った。
「今日の映画研究部の撮影では、南光莉はスクール水着を着ている。つまり、女子更衣室には奴めの脱いだパンツがある」
「いい考えだデューク。更衣室からパンツを盗み出し、それを利用してトライブイ南光莉をリングへと引きずり出すのだ!」
***
滝和明は学校を離れた山の上で、林を切り開いた平地の中でトラの怪人スーツを着た演技をしていた。両腕のクローが武器となるトラタイガーは、顔をリアルなトラの着ぐるみにして、マントを着せたぐらいの昭和チックな簡素なデザインである。
タイツに毛皮を縫い込んでいるだけなので、首から下の身体の可動はやりやすい。
もちろん、視界の制限はある。そこまで重いわけではないが、頭に異物を被せた重量分、首が左右に傾きやすい。
「チェーンソーリザードは敗れたようだが、このトラタイガーは違う! 奴ごときとは比較にならない強さで、トライブイを圧倒するのだ!」
カメラの前に向かった、視聴者に対する自己紹介。
今頃の光莉はプールサイドで水着撮影をしている頃だろうが、別々のシーンを撮るため、今日の和明は光莉とは別行動にまわっていた。
もっとも、シーンは短い。
ここで撮るのは顔出しシーンのようなもので、奴は敗れたようだが、次はこのトラタイガーだと、名乗りを上げる。ここで撮影した、このまた次のシーンから、今度は本当にトライブイ風見志乃の前へと姿を出すのだ。
「いいよ。オッケー!」
撮影終了の合図が出て、和明は着ぐるみの頭を脱ぐ。
「いやぁ、今日は楽なもんだな。アクションはいつやるんです?」
「明日だって」
答えるのは平崎香澄。
ロングヘアーの香澄はヒロイン役で、今日は出番がなかったが、作中では風見志乃を支えるための重要な役を受け持っている。改造人間である志乃の理解者となり、心の支えとなるべく寄り添う存在なのだ。
そんな可憐で優しい役に似合って、風貌だけを見るなら、風に髪でもなびかせれば絵になるような、長い黒髪に白い肌が映えわたった美人である。
「明日か。クローを武器にしたアクションを研究しないとな」
「そうねー。あの子に負けてられないものね」
「ああ、あいつ熱心ですから。差をつけられたくなかったら、あんまりサボる暇を与えてくれないんですよね」
和明もまた、スーツアクターだとかスタントとか、殺陣をやる仕事がしたい。光莉と幼馴染であるせいか、小さい頃から動き方の練習をしている姿を見て、それに感化される形で和明もまたそういう仕事の存在を知ったのだ。
なので武術関係の習い事をして、体操競技を学び、毎日のように筋トレやジョギングは欠かさないなど、必要なことはサボらない。スーツの場合は顔が出ないとはいえ、手足を使った動作の取り方も演技のうちなので、光莉と同じ理由で映画と演劇を掛け持ちしている。今は映画撮影に集中している期間だが、それが済めば演劇の稽古が待っているのだ。
コメント投稿