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 パンツがない!?

 更衣室で着替える際、南光莉はすぐに気づいた。着替え袋にきちんと詰めていた下着が、そうそうなくなるわけがない。自分で失くすというより、むしろ盗まれた可能性の方が高いことには、この時点で気づいていた。
「信じられない。誰が人の下着を……」
 生徒だろうか。教師だろうか。
 それとも、外部からの侵入者?
 いくらかの可能性が頭をよぎるも、犯人に心当たりはない。盗みをやりかねない生徒や教師など、光莉は知らない。そんなことより、今日は体操着などを持って来ていないので、ノーパンのままスカートを履き、ノーパンのまま移動しなくてはならないのだ。
 セーラー服に着替えた光莉は、スカート丈をあと一センチだけ長くして、そうと悟られないように出来るだけ堂々と更衣室を出る。
 すごく、気になった。
 尻の肌にスカートの生地が擦れて、歩くたびにスリスリと撫でられる。
 普通にしていれば大丈夫とはわかっているが、慣れない感じにどうしても中が気になり、ついついスカートを手で触ってしまう。階段を上るのにもお尻を押さえ、廊下を進むにも手を前に当てていなければ、落ち着いて歩けもしなかった。
 そして、そういう状況の矢先だ。
「よう。南光莉」
 決闘の申し込みを断ったはずの相手、郷田秀樹が光莉の前を立ち塞いだ。
「あなたは……」
「なんだか今朝とは様子が違うな。スースーするんじゃないのか?」
「!」
 光莉は反射的に表情を強張らせ、頬を大きく引き攣らせた。
「おん? どうした?」
「まさか郷田くん。あなたが?」
「さあ、何の話かな? 何がまさか俺なのか。言いたいことが意味不明だが、ちょっとした雑談として俺の好きなパンツの柄を教えてやる」
「――っ!」
「ずばり、ピンクだ!」
「やっぱり、アンタ……!」
 光莉は確信した。ピンクとは間違いなく、光莉の今日履いていた下着の色なのだ。
「ピンクをベースにして、黒い装飾が縫い込んであるのがいい。サイドの部分が紐のようになっているのが最高だと思うぞ? 俺はな」
 全ての柄が言い当てられている。 
 もはや間違いない。
「返せ!」
 光莉は声を荒げた。
「返す? 俺が人に返すものなどないが、もしも決闘を受けるなら、俺の好むパンティをプレゼントしてやろう」
 秀樹は大いにニヤけた顔を浮かべていた。
「断ると言ったら?」
「売り飛ばすかもな。誰かさんの顔写真付きで」
 なんて卑劣なやつだろう。
 光莉は憤りを覚えた。
 人のショーツを盗み、あまつさえそれをネタにして脅迫する。そんな男を放っておけば、また別の女子生徒さえも被害に遭うかもしれない。

「いいだろう。その勝負、受けて立つ!」

 光莉は高らかに宣言した。

     ***

 場所はプロレス部のリング場。
 トライブイの衣装に着替えた光莉は、ロープに四方を囲まれたリング内へと飛び込み、目の前にいる郷田秀樹を指して宣言する。
「お前のような男は許さない!」
 今はアンダースコートを履いてきている。
 辛うじて、ノーパンではない。
 観客としてリングを取り囲む男達にパンチラを見せびらかす羽目にはなるが、見せパンと普通の下着は別物だ。確かに見られないにこしたことはないが、蚊に刺される程度のレベルだと思えば、なんてことはないのだ。
「ルールはこうしよう。先に三回ダウンした方の負けとする」
「随分とアバウトだけど、異論はないよ」
 お互いに構えを取り――

 ファイト!

 真っ先に仕掛けるのは秀樹だ。秀樹は丸太のように太い腕を振り回し、ブンブンと空気を切る音を鳴らしながら、右腕のチョップを連発する。普段は折り込み済みの殺陣で、相手がどう動くかは概ね決まっていることが多いのだが、ここでは違う。決定されたパターンではないので、出だしは慣れずに、相手のチョップの指先が、光莉の鼻先を掠めてしまった。
 しかし、要は切り替えである。
 予め決まったアクションに慣れているとはいえ、そのキレをよくするための武術経験が、この場で大いに活かされている。例えば剣道をやっていたおかげで間合いが読めるため、相手の腕の長さに対して、どこまで下がればチョップが当たらずに済むかがわかる。動体視力で腕の起動も読めるため、避けることに苦労はなかった。
 慣れなかったのは出だしだけだ。
 光莉は相手のチョップのタイミングに合わせ、身体を横向きにしながら、秀樹の右肩方面へと回り込む。裏拳を叩き込み、足ではかかとを蹴ることで、秀樹はちょうど、身体が反転して仰向けに寝かされるような形で攻撃を受けることになる。
「ぐおっ!」
 倒れた。秀樹はマットに背中を打った。
「これで一回。ゲームに例えるなら残機二つだね」
「やるねぇ」
 秀樹はすくっと立ち上がると、後ろ走りで背後へ下がり、ロープに背中をつけた反動を利用しながらタックルで向かってくる。光莉は競技体操の華麗な側転を披露して、横への移動でやりすごした。

「おおおおっ!」
「パンツ! パンツ!」

 リングを取り囲むプロレス部の観客達は、今の側転でチラついた赤いアンスコに反応して、下着が見えたと思って喜んでいる。光莉からすれば、フェイクを見せただけなので、平気といえば平気なものの、ここまで騒がれると気になってくる。
「パンツじゃないから! アンスコだから!」
 後ろの観客へ怒鳴っているうちに、秀樹はラリアットをかまそうと迫ってきた。光莉はスライディングで相手の腕をくぐり抜け、そのままの勢いでロープへ駆ける。
「トゥア!」
 飛び乗った。高いジャンプ力を駆使して、ロープの真上へ乗り上げて、まるでトランポリンでも利用するかのように、さらに高く飛び上がった。

「トライブーイ! キィーック!」

 上空からの落下を利用して、相手の胸板へ一直線に突っ込む形でキックを決める。直撃した秀樹は勢いよくマットに倒れ込み、ブーツに胸を踏まれたまま動かなくなった。
 これで二度ダウンさせた。
 あと一回で勝利だ。
「って、撮影じゃないのに台詞言っちゃったよ。あー……。恥ずかしい」
 まるでこの歳になってごっこ遊びをして、それを人に見られてしまった気分だ。
 それだけではない。

「おおっ、トライブイ! つえぇぇ!」
「赤いパンツのトライブイ!」

 喝采を浴びる自体は悪くはないが、ジャンプ技を披露したため、スカートが完全な形で捲れてモロに中身が見えたのだろう。
「だからパンツじゃない!」
 再び怒鳴るが、男達の中では、見せパンも普通のパンツも同じらしかった。
「パンツじゃない? だったら、もっと自由に覗かせてもらうぜ」
 その時だ。
「!」
 足首を掴まれた。
 秀樹は豪腕で光莉の足を持ち上げて、そうしながら倒れた姿勢から起き上がる。引きずり倒されることとなった光莉は、ここに来て一回目のダウンをしてしまい、しかも相手の握力はかなり強い。当然、足を引っ張り、引き抜こうとする抵抗をするのだが、技とスピードで勝負をしていた光莉にとって、プロレスで鍛え抜かれた巨大な体格からなる筋力には、力比べでは一切の勝ち目がない。
「このぉ!」
 残されたもう一方の足で蹴る。
 だが、それさえ掴まれて、両方の足首を秀樹の手に確保されてしまった。
「ようし! 俺のまんぐり固めを喰らうがいい!」
 そうして秀樹が行ったのは、光莉に対して強制的にポーズを取らせる固め技だ。言葉通りのまんぐり返しの姿勢で、腰を高く持ち上げられ、開脚を強いられる。抵抗が出来ないように両腕とも引っ張られ、手首から先は秀樹の尻に踏まれてしまう。
「そ、そんな! このぉ!」
 絶対に脱出不可能な形で、まんぐり返しのまま固定されてしまった。両足を暴れさせたところで、太ももに乗せられた手が、足での抵抗をもコントロールして、蹴りを出させないようにと押し返している。
「ぐっへへへ! これがお前のパンツ! いや、アンスコなのか?」
 秀樹は丸出しのソコへ顔を近づけ、わざとらしく眺め回す。
「そんなジロジロと! 変態!」
「見せパンなんだろう?」
「だからって、これは――」
 顔にかけた仮面の下で、光莉はみるみる赤面した。
 撮影のために少しは腹を括るのとは違い、心の準備の無い形で、光莉の意志を無視した形で不特定多数にポーズが公開されている。布に守られているとはいえ、それでもアソコに顔が接近して、存分に視線が注ぎ込まれる。
「ほう? 手前は全く無地なのに、お尻の方にはフリルっていうのか? なんかヒラヒラした装飾がついているじゃないか」
 秀樹は喜んだ声で解説する。

「へぇ? そうだったのか!」
「俺さっき手前しか見えなかったからなー」
「残念! 俺は初めから両方確認できてたぜ?」

 男達は口々に声を上げ、一人一人が喜んでいる。
「くぅぅぅ! 離せ! 勝負はダウン回数で決めるんだろう!」
「ああ、そうだ。お前はプロレスラーではないからな。だから、面倒なルールは無視して実力を発揮してもらったが、こうしてパワー比べに持ち込めば、トライブイも大したことない」
 太ももを押さえる手が、揉むように動き始める。
「やめろぉ!」
「ふふっ、だったら脱出してみせろ。さもないと、ダウン回数を決める勝負なのに、寝たまま起きない相手じゃあ、カウントでも数えるしかなくなるだろう?」
「……くっ!」
 上半身を弾ませたり、脚を閉じようと試してみる。体重を乗せられた手を引っ張り出せないかと苦心もして、どうすれば脱出できるかを光莉は必死に試している。ほんの少しずつであれば、捕らわれた両手が出せそうなので、時間さえかければ逃れることは可能だろう。
 しかし、秀樹がそれを許すはずがない。
 せっかく封じた両手がこのままでは解放されると気づくなり、秀樹は改めて体重をかけなおして、尻を置き直して脱出分を打ち消しにしてしまう。
「残念だなぁ?」
 光莉の視点からは、自身のV字になった太ももから、勝ち誇った顔で表情を覗き込んでくる秀樹の微笑みがよく見えた。
「こんのぉぉ!」
 悔しくなった。体さえ自由なら、簡単には負けないのに。
 負けないのに! 負けないのに!
「俺は今からパンツを脱がす!」
 秀樹は高らかに宣言した。
 その瞬間、観衆達は明らかに期待に満ちた顔をして、血走った目でリングに押し寄せる。まるでゾンビ映画のワンシーンでゾンビが群がる光景のように、光莉のアンダースコートが脱げる一瞬を見よう見ようと身を乗り出す。
 このままじゃ! このままじゃ!
 光莉は焦った。
「さあ、行くぜ?」
 アンスコに指がかけられ、少しだけ持ち上がり、光莉は一層もがきあぐねた。
「やめろ! やめろォ!」
 一層、両足を暴れさせた。
「おっと!」
 だが、脱がせている隙に暴れた脚を秀樹は改めて押さえつけ、再び脱がそうとしては、また暴れる脚を押さえ直す。押さえてはずらし、押さえてはずらしを繰り返し、時間をかけて順調にアンダースコートをずらしていく。
「卑怯者! 正々堂々と戦え!」
「喚いても無駄だ。もうすぐお前のケツの穴が見える頃合なんだ。そして、肛門が見えれば次はマンコだ。じっくり拝んでやるから覚悟しておけ?」
「冗談じゃない! お前なんかに見せてたまるかァ!」
 その時、皮肉にも秀樹の放った下衆な言葉からの連想で、この場を切り抜けるかもしれない一手を閃いた。
 尻に潰され、体重で封印された光莉の両手は、幸いなことに表が上を向いている。指は相手の割れ目の近くにあり、光莉は秀樹の肛門を探り当て、それ以外の尻たぶの部分にも爪を食い込ませてやるため――。

 ――ズブリ。

 深々といった。
「アーッッッ!」
 秀樹の甲高い声が上がった。
 同時に相手の軸が緩み、一瞬だか太ももを押さえるための手から力が抜け、隙といえる隙が出来るや否や、光莉は秀樹の顔をキックで打ち上げた。
「ハァ!」
「ブヘェッ!」
 ただ蹴ったのではない。蹴ると同時に体を押し出し、秀樹の尻から光莉は両手を脱出させたのだ。
「これで脱出――――」
 出来た。脱出は出来た。
 しかし、である。
「!」
 光莉は驚愕した。
 顔面にキックを受けたせいで仰け反った秀樹は、筋力を駆使して体を支え、どうにか背中をつかずに済ませる――だけでなく、身体を足で押し出す光莉のアンダースコートを手で掴み、直前で脱がせたのだ。
 見られこそしていない、はず。
 だとは思うが、どちらにせよスカートの中で下半身は剥き出しになり、アンダースコートは膝に絡まる形となる。
 このままでは中身を見られかねないのはおろか、しかも自由に動けない。
 動けなければ、今度はノーパンでまんぐり固めを決められる恐れだってある。
 腹筋の力で跳ね起きるようにして膝立ちになり、ポールに尻をぶつけることでスカートを固定しながら、すぐにでも履き直そうと光莉は急ぐ。
「させるかァ!」
 そうはさせまいとする秀樹がタックルで向かって来るので、履き直す動作は中断せざるを得なくなる。光莉はロープに沿って体を転がし、スカートが遠心力で持ち上がってしまわないように、手で押さえながら逃げ切った。
 が、追撃が来る。
 ドロップキックだ。
「喰らえい!」
 両足を束ねたジャンプキックに襲われ、光莉は両腕をクロスしたガードで受けるが、パワーに押されてマットに倒れる。咄嗟にスカートを押さえることは出来たので、やはり見られずには済んだはずだが、二回目のダウンを取られてしまった。
 このままでは勝てない! どうすればいい!
 アンダースコートが膝に絡むせいで動きは制限され、アソコもお尻も見せたくないので、ミニスカートのまま余計に動きが取りにくい。かといって、気にしていては勝ち目がない。
 どうすれば……。
 晒すしかないのだろうか。
 パンツを取り戻す戦いなのに、それではまるで割に合わない。

「光莉!」

 リングに飛び込む一人の影。
「和明?」
 現れた滝和明の姿に目を丸め、醜態を晒しかねない危険な状況に身内まで現れたことに光莉は慌てる。
「貴様! これは一対一の勝負だぞ?」
「そんなことはわかってる」
「なら何故来た!」
「撮影から戻ってきたら、プールの方へ向かっていく怪しい人影が見えたんでな。気になって後をつければ、お前が女子更衣室に忍び込むのがわかったんだ。そして、この騒ぎというわけだからピンと来たぜ」
 和明は光莉に手を差し伸べ、受け取った光莉は尻を押さえながら起こしてもらう。ただ立つだけでも、見せないように気を使う必要があったが、ここでも中身は守りきれた。
「和明。あいつ人の下着を……」
「わかってる。ちょっと動くなよ?」
 和明は光莉の背後へ回り、しゃがみ込み、膝に絡まるアンダースコートを手に掴んだ。
「――ちょっ!」
「この大衆の前で下手に動いたら、中が見られちまうんだろ?」
 それはそうだ。
 しかし、だからといって――。

 大勢の人前で、人にものを履かせてもらう。

 膝で掴まれたアンダースコートが、人の手によって肌を上り、やがてスカートの中まで入ってくる感覚は、気恥ずかしいというか何というか。小さな子供が親に世話を焼かれるような年頃の扱いを受けているようで、そんな姿を人々に見られてしまって情けない。
 情けなかったが……。
 これで動ける!

「さあ、次はこっちの番だ!」

 勝負はお互い二回ダウン。
 つまり、次を先に取った方の勝利となる。
「和明は下がってて!」
 光莉は秀樹へ向かっていき、秀樹はチョップで迎え打つ。横振りの一閃を、しゃがんでくぐり抜けるようにして、光莉は秀樹の背後を取った。
「トゥア!」
 光莉の蹴りは、秀樹の膝裏を打つ。膝かっくん――というわけではないが、その要領で間接を折り、秀樹は一時的にバランスを崩すことになる。
「オリャア!」
 そこに続けて回し蹴り。後ろへのめった秀樹に対し、上半身を狙った一撃は、ちょうど相手のダウンを狙うに相応しい一撃だ。威力に押される形で、秀樹は後ろに倒れそうによろめき、全身の筋肉を硬直させることで姿勢を意地する。
 そこに隙があった。
 姿勢を維持することに力を注いでいる間にも、光莉はリングロープへ飛び乗って、まるでトランポリンで飛び上がるような要領で空中の高所へと舞い上がる。

「トラーイ!」

 体操選手のような横回転で身体を何重にもスピンしながら、空中で弧を成しながら、背筋からつま先までを真っ直ぐに伸ばしたままの宙返りで、縦向きにくるりと回る。
「きりもみ――」
 横回転のまま、ドリルかスクリューで突っ込むように、秀樹の胸板にキックの足をぶつけ込む。秀樹は後ろへのめっていき、よろめきで胸板が足場に変わったのを利用して、光莉はキックの足をバネに再度空中へ舞い上がる。
「――反転!」
 真っ直ぐ、身体を直線のように伸ばした宙返りで一回転しながら、落下速度を利用して、二連続目のキックを決める。
「キィーック!」
 必殺技を受けた秀樹は、リングロープへと吹き飛ばされ、ダウンで崩れていった。
「どうだ!」
 勝利後の決めポーズ。
 手を裏返し、甲を相手に向けた形のVサインでポーズを決めた。

「ふははは! 仮面美少女トライブイ! 見事に俺を破ったな?
 だが、これは始まりに過ぎない。悪のオルゴム帝国との戦いはこれから始まるのだ!」

「オルゴム帝国!?」

「じきにわかるさ。じきにな……」

 かくん、と。
 それまで保っていた意識が、ぷっつりと切り落とされるかのように、郷田秀樹は気絶したまま起きなくなる。
 倒したのだ。
 郷田秀樹を――。
 そして、彼の口にした言葉が光莉の心に引っかかり、それを気にせずにはいられなかった。



 
 
 

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