僕たち人間とこの世界は、<神の淫夢>によって脅かされている。
神は実在する。全ての人間の意識の遥か奥、集合無意識の海の深みに、神は存在している。
この概念上『神』と呼ばれるものに最も近い絶対存在は、僕らの意識の遥か奥底で有史以来ずっと眠り続けている。眠っているから僕ら人間には全くの無関心で、それゆえ無慈悲で公平だ。
ある時、神は淫夢を見た。
神は全知なので、この世に存在するありとあらゆるエロを一度に夢に見てしまった。
そして神は全能なので、眠りの邪魔になる、この人間の意識では見ることすらできないほどの巨大な淫夢を切り離して捨ててしまった。捨てられた淫夢は集合無意識の海の底から泡となって、いくつもの小さな泡に分かれながら、上へ上へと浮かび上がっていった。
上へ―――僕たちの意識へ向かって。
僕らの意識へ浮かび上がった<神の淫夢>は、その『全知』と称される普遍性ゆえに僕らの意識に溶け出して、個人の抱える固有の欲望と混じりあう。
そしてその<淫夢の泡>が僕らの意識よりも大きかった時、淫夢は器をあふれて現実へと漏れ出すのだ。
かくして神の淫夢と混じりあった僕らの淫夢は、現実のモノとなる。
*
「ちょっと君、待ちなさい」
コンビニを出ようとした時、時槻雪乃は後ろから店員の男に呼び止められた。
一体何の用があるのか。泡禍を探すパトロールの帰り、何か買っていこうかとコンビニに立ち寄ったが、土壇場になって今は小銭を減らすのはやめておこうと思いとどまった。そこまで財布がピンチなわけでもなかったが、無駄遣いはやめようと考え、結局は何も買うことなく立ち去ろうとしていた。
呼び止められたのはそうした時であった。
「なんですか?」
雪乃はひどく不機嫌がちに振り向く。街をまわっても何ら収穫はなく、もう今日はさっさと帰って休もうかと思っていた時だ。不意に他人に止められては、少しはイラつきもする。
だが、その不機嫌な顔もすぐさま崩れ去った。
店員の顔はどこか奇妙だった。
目が虚ろで焦点が合っておらず、ひたすら虚空を見つめている。肌はどこまでも蒼白で、色白というより病的に白い肌をしている。息は興奮したかのように荒れており、美貌の雪乃を前にしてか、興奮してハァハァと呼吸音を立てている。
男の異様な様子もさることながら、気づいてみれば雪乃以外には一人の客もいない。ここは割りと駅の近く、交通量の多い割と繁盛しやすい条件の土地に思えるが、なのに深夜でも早朝でもないのに客が雪乃一人など、おかしいといえばおかしい状況だ。
自動ドアのガラスの外も、何故か人の姿が消えている。夕方近く、まだまだ通行人がいてもおかしくない道のはずが、雪乃とこの店員以外には全く人の気配がないのだ。
まるで、二人きりの空間が出来上がっているかのような状況だ。
もしや、今ここで何かが起こりかけているのだろうか。
「君、何か盗ったでしょ」
「いえ、別に」
意味のわからない疑いに、雪乃は警戒心を強めた。雪乃はもちろん無実であるどころか、結局は何も買わずに帰るところだったので、商品に手を触れさえしていない。一方的に疑惑をかけてきているのは明らかだ。
しかし、雪乃はそんなことよりも別の意味での警戒をしていた。
今にもでも泡禍が起こるのではないか。そうした警戒の元、雪乃はきりっと視線を強め、ポケットの内側にあるカッターナイフの存在を意識した。
今はセーラー服、ゴシックロリータの装いはないが、いざという時の備えには問題ない。あとは油断はしないことだけだ。
「最近、万引きが多くてね。今日も商品の計算が一個合わなかったんだよ。君、ポケットに何か入っているんじゃないの?」
「何もありませんが」
厳密にはスカートのポケットにはカッターナイフがあるが、商品とは関係がないので言う必要はないだろう。
いつでも取り出せるようにと、雪乃はポケットの内側に手を差し込む。
すると――
「……っ!」
――あるはずのない四角い感触に、雪乃は驚愕した。
雪乃は間違いなく、商品に手を触れもしていない。なのにポケットの中には、ビニール包装に包まれた四角いゴムの感触があった――ケシゴムだ。
雪乃が見ていたのはペットボトル飲料だけで、そもそも文房具のコーナーはまわってもいないのに、こんなものが入り込むはずがない。そう、あるはずのないものが入っていた。
間違いない、雪乃はそう感じて咄嗟にカッターを抜く。
「私の痛みよ――」
断章詩と共にカッターの刃を伸ばし、今にも手首に傷を刻もうとする。
しかし……。
ガシッ、
店員の素早い動きに腕を掴まれ、カッターを持つ手首を持ち上げられる。釣りあげられた腕に雪乃の足は浮きかけになり、バランスが崩れる。
「危ないなぁ、こんなものを振り回すなんて」
「離しなさい!」
雪乃はもがくが、男の力には敵わない。またたくまにカッターを取り上げられ、強引に事務室まで引っ張り込まれた。
*
「…………」
事務室の中、雪乃はじっと睨むような視線を店員に送っていた。
カッターは既に没収され、店員の机の上に置かれている。さらにはポケットの内側を探られて、何故か紛れ込んでいたケシゴムを万引きの証拠として押さえられた。スカートの上から、太ももを撫で回す触り方にひどく不快感を感じながら、見つけ出されたのだ。
「やっぱりねぇ、こういうのは良くないんじゃないの?」
良いも悪いも元から盗ってはいないのだが、清算の済んでいないケシゴムを証拠にされた手前では、弁解などできようもない。雪乃は何も言う事なく、ただ店員をじっと睨んでいた。
『しくじっちゃったわね』
背後から聞こえる風乃の声に、ぎりっと雪乃は歯を噛み締めた。
間違いなく、この店員の男は<泡>を内包している。風乃の嘲るような声は確実に当たりだたことを暗示しており、なのにむざむざカッターを奪われた自分の失態が情けなく思われる。わざわざ出てくる風乃にもイラつくが、何より自分がミスを犯した点が雪乃の気分を悪くしていた。
『ここはどうやら、少女を閉じ込める檻だったようね。盗みの罪で鎖をかけて、女の子を捕らえたあと、男は一体どうするのかしら?』
風乃の囁きから、これから起こされる店員の行動に予測がついて、雪乃は息を呑んだ。女ならば絶対に遭いたくない、しかし逃げ場がなければ抵抗できない事態が待っている。ましてや武器を奪われた今、雪乃は下手な動きが取れないのだ。
おそらく、ここは一種の異空間のような状態にあるのだろう。さきほど自動ドアの外に通行人の姿がなかったことといい、相変わらず店員と雪乃の二人以外には誰もいないことといい、二人だけがこの場に隔離されていることは明らかだ。
店員から引き起こされているのは、誰かをコンビニという空間に閉じ込める現象だったのだ。
「他にも何か盗ってるんじゃないの?」
「盗ってないわ」
雪乃はきっぱり否定するが、店員が信じるはずもない。
いや、そもそも信じる信じないという問題ですらない。男の興奮しきった息遣いと、虚ろながらも欲情しきった目つきを見るに、一体どんな目的で疑いをかけてきたのかも想像がつく。店員は淫らなことを考えているのだ。
『神様もいやらしい夢を見るのかしらね。それが泡となって浮かび上がって、引き起こされる泡禍は一体どんなものかしら?』
風乃はただ嗤っている。
これから雪乃が受けるであろう仕打ちに、にやりと笑みをこぼしていた。
「本当にこれだけ? ちょっと身体検査をするから、立っていたまえ」
店員は雪乃ににじり寄り、腕からボディチェックを開始した。肩の上から肘にかけて、そして手首までを順々に撫でるようにして触ってゆき、服の内側に隠されたものがないかを確認していく。
抵抗も考えたが、雪乃はひたすら耐えていた。
『そうよ? 今は受け入れるのが懸命な判断。<泡>を持った相手に<断章>無しで挑むなんて、自殺行為だものね』
そう、雪乃はチャンスを伺っていた。
どこかのタイミングでカッターを取り返しさえできれば、あとは焼き払ってしまえばいい。雪乃はそのための機会を狙って、獲物を狙う獣のように目を細める。
二本目の腕がどうようにチェックされ、次は背中を触られた。背後に回りこんだ店員は、全体をまんべんなく撫でるようにして、首の付け根から腰周りまでを余すところなく触ってゆく。特に腰へのチェックが重点的で、お腹にまで手を回しながら、執拗に撫で尽くしてきた。
そして前から胸を鷲掴みされるが、雪乃はなおも耐え続ける。恥ずかしさに顔を赤らめながらも、机に置かれたカッターへの意識は絶対に外さない。
モミモミモミ……
検査と称した乳揉みはしばらく続き、店員は雪乃の胸を揉みつくす。服の上、ブラジャー越しでも乳房は柔らかく変形し、指の動きの応じてもっちりと形を変える。その乳肉の変形は、服のシワの動きからでもありありと伺えた。
時には脇に手を差し込み、指でくすぐり、再び胸に手を戻す。しだいに乳房が熱くなり、服の内側で乳首が立ち、感じたくもない快感に雪乃はかすかな身もだえをする。
ブラジャーに物を隠すなど雪乃はもちろんしていないが、女ならどこにでも商品を隠し持てるということだろう。元よりそういう目的を持った店員は、無遠慮な乳揉みを繰り返した。
延々と揉まれ続けた挙句、ようやくその手は胸から離れる。
「座りなさい」
今度は椅子に座らされ、雪乃は革靴を脱がされた。靴下の内側に物があるかどうかなど、目で見ればわかるはず。それをわざわざ、店員は触ってチェックしていった。
黒いソックスの上から、店員は雪乃のふくらはぎを揉む。
その肉感の柔らかさを味わいながら、手をゆっくりと足首で滑らせ、足の甲から平までをまんべんなく撫でつくす。そして両手で持ち上げて、クンクンと鼻音をたてて匂いまで嗅いだ。
「もう充分でしょう?」
雪乃は強気に問いかける。
全身を触らせたのだから、少なくとも他にも盗ったものがあるという疑いは消えるはず。そうなれば、検査を建前にしたセクハラも終わるはずだ。
そう踏んだが、店員はそこで卑猥な笑みを浮かべた。
「まだ見ていないところがあるだろう?」
上半身をチェックし、足までチェックし、残っているのはスカートだけだ。
「くっ…………!」
雪乃は悔しげに歯を噛み締めた。
抵抗さえできるのなら、相手が普通の人間なら、雪乃はとっくに相手の股間でも蹴っているところだろう。カッターなどなくとも、雪乃にはそれぐらいはやる気概がある。
だが、店員は普通じゃない。
既に普通の人間から変質して、人の形をしたベツモノへと化している。そんな相手に丸腰で挑むことはできず、やはり今のところ様子を伺うしかない。
セクハラも充分に最悪な事態であるが、生命を脅かすような状況でないことは不幸中の幸いだ。むしろ、これまでの<泡禍>の危険性を考えれば、この程度で済むうちならばだいぶ幸運である。
そう、この程度で済んでいるうちは……。
「もう一度立って」
店員の命令に、屈辱を飲み込んで雪乃は従う。
スカートの前に屈みこんで、お尻に手を回してぎゅっと掴んできた。
「っ! そんなとこまで……」
店員は雪乃の尻肉を揉みしだく。全ての指を踊らせて、たっぷりと揉みまわす。割れ目のあいだに指を入れ、開かせるかのような動きで揉んでくる。
さらに太ももの裏から表を撫で回し、スカート越しとはいえ秘所に指を押し当てる。
嫌がる雪乃は太ももをよじり、反射的にその手を防ごうとする。だが、強引に触れてくる男の指にその程度の抵抗は通用せず、結局は指先で秘所を愛撫された。
こんな大事な場所を知らない男の指にこねられている、ひどい屈辱に雪乃は顔を歪め、男から目を背けた。
「服の上からじゃ、何も見つからないね」
「…………」
「でも、内側を見たら何か出てくるんじゃないの?」
「……!」
男はここで満足するつもりはないというのか。
このままでは、一体どこまでされるかわからない。早く反撃のチャンスは来ないのかと雪乃は焦るが、今カッターを奪い返しにいっても男にやられるだけだ。もう少し、様子を見るしかない。
何もできない歯がゆさで雪乃は顔をしかめていった。
「さあ、まずは胸を見せてもらおうか」
男の下心満載の指示に、雪乃は従うしかなかった。
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