彼女を連れ歩くことには、ただ嬉しさだけでなく、こんなに可愛い日和をものにしている優越感があった。さっきからすれ違う男の視線が日和の谷間や太ももに向いているが、胸が大きくて脚の艶かしい彼女がいるなど、みんなさぞかし羨ましいのだろう。
ピンク色の可愛らしいシャツから覗く、大きな乳房の摺り合わさった色めく谷間。揺れるミニスカートからチラつく太ももの白さ。そんな自分の格好に恥じらい気味になりながら、遠慮がちに裾を握ってくる仕草。
日和の全てが可愛く思えた。
しかも、日和の今日の下着は昨夜と同じ。
晴美がオナニーに使用して、肉棒に巻きつけたものなのだ。そんな下着を日和がつけているというのは、動物がナワバリに自分の匂いをつけるのと同じように、まるで彼女にマーキングをしたような気分がする。
そして、日和もそれを拒否していない。
佐藤日和は自分のもの。
そういう気持ちがどこからか沸いていた。
こんなにも可愛くて、しかも気の合う彼女が出来て幸せだ。
だが。
しかし、話題に困った。
晴美の計画では、まず日和を映画館へ連れて行き、小説原作の人気作品を鑑賞することに決めている。そのあとでお昼にお茶をして、あとは一緒に書店巡りをして帰るだけ。いたって単純なスケジュールだ。
問題は駅で次の電車を待ち、一本先の駅で降り、そして劇場まで徒歩五分ほどの道のりをいくまでのあいだ、なにか楽しい話題でも振るべきではということだ。
仮にも初デートなのだから、それなりにリードしてやりたい。
だが、晴美の頭の中では、会話のネタになるべき事柄がすっかり枯渇しているのだ。
観に行く映画は小説原作。
日和も晴美も、お互いに気に入っている作品の映像化た。よくある漫画やアニメの悲惨な実写化とは違って、原作ファンでも納得のいく出来栄えだと評判なので期待している。上手いこと落とし込んでいるという話なので、面白いかな、楽しみだね。という会話も本当ならできたはずだが、それは実は学校の休み時間で消化している。
では成功した漫画アニメの実写映画とは何か。という話題も考えたが、それもそれで、もうしたことがあったので、ここで振っても今更になってしまう。
困ったことに何も浮かばず、結局は一つも口を利かないまま映画館に到着し、チケットの購入まで終わって座席での上映待ちとなってしまった。
「…………」
口を開きたいのは山々だが、晴美は相変わらず消化済みの話題しか思いつかない。
「………………」
日和も同じ。
何度もこちらをチラチラ見ては口を開きかけ、何かの話題を振ろうとしている。しかし、日和からも結局は何も出ず、沈黙が続いている状態だった。
それが、少し気まずい。
お互い慣れ親しんだ間柄。
ネタさえあれば、本当なら会話は弾む。
普通の友達とは上手く喋れず、晴美も学校では適当な相槌だけで済ませてばかりだ。日和の口下手さには引けを取らない自負があるが、日和が相手であれば、まるで明るい友達グループのように少しは盛り上がったり、笑いあったりできるのだ――ネタさえあれば。
なければただ、黙るしかない。
昨日のエッチについて話を振り、たくさん言葉責めをしてやることも思いつきはする。あの告白のあと、好きな人になら苛められてみたい。好きな人が相手なら色々平気な気がする、ということを、日和はメールで伝えてきた。
だから晴美も言葉を投げかけ、昨晩はサディスティックに楽しんでいたわけだ。
日和の色っぽさについて、今付けている下着について、耳元に囁いてあげる方法も浮かびはする。
だが、今はデート中だ。
デート中にそれはいけない。
「いよいよだね」
やっとのことで、そういう話の振り方もあったことを思いつき、言ってみる。
「うん。楽しみ」
「だね」
「うん」
会話はこれで終わった。
これではいけない。
せっかく誘っておきながら、きちんと楽しませてやれなくては意味がない。どうすればいいのか頭を回すが、そうこうするうちに上映開始が迫ってきて、証明が落とされ放映前の予告映像が流される。
「観てる最中って、喋る?」
再び話を振ったはいいが、それは上映中にお喋りをするタイプかどうかの確認だった。
「喋らないよ? 終わるまでは」
聞くまでもなく、日和なら静かに鑑賞するに決まっていた。
こうなったら、言葉以外のアプローチだ。
晴美は決意を固める。
そして。
黙って手を伸ばし、そっと日和の手を握った。
「――晴美?」
日和は少し驚いた顔をして、しかしすぐに上映が始まったので、何も言わずに手に力を込めて握り返す。
映画上映の約九十分間。
最後まで手を繋いだまま鑑賞した。
基本的には映像に集中しながら、ふと何度か、繋ぎ合った手の体温を感じ取る。胸をドキドキさせながら映画を楽しみ、上映が終了したあとは、そのまま流れで、手を繋ぎ合ったまま劇場を後にしていく。
無言のままではあったが、街中さえも手を繋いで歩いてしまう。
そしてファミレスへ足を運び、二人用の席に向かい合って座るため、離れる必要性が生じるまで握り合った手は離れない。そのいざ離す段階でも、お互い何度も指を絡め直し、本当に席に着くまでには時間がかかった。
離したあとはお互い名残惜しい気持ちを抱え、手の平に残留した相手の体温、手汗の触感をなんとなく握り締めた。
「映画、楽しかったね」
日和が言った。
「うん! あの例のシーンやるかなーって気にしてたけど、本当にやるからびっくりしたよ」
「私も! あそこはやっぱり外せないもんね」
ようやく、会話に弾みがかかった。
やはり小説原作なので、どのシーンが再現され、どこが残念だったかなど、映画の内容についていくらでも語り合う。
作品にはしばしばファン注目の人気シーンや台詞などがあったりするが、それらがことごとく押さえてあり、キャスティングも上手いことやっていた点。ただ、どうしても多少はカットが入るので、是非とも映像で見たかった部分が見られなかった点。
挙げられるポイントを挙げていき、少しは残念だったところもあったが、総合的には良作で原作ファンにもお勧めだということで落ち着いた。
そして、話題が落ち着き静かになる。
そこで日和は、注文していたドリンクのストローから口を離し、ゆっくりと呟く。
「……ありがとう」
「え?」
急に理由のわからないお礼を言われ、晴美は少々戸惑う。
しかし、すぐに心臓が跳ね上がった。
「……初デート。楽しいかも」
そんなことを、日和はとても恥ずかしそうに、照れ隠しで顔を若干下げながら、ほっそりと口にしたのだ。
もう心臓を狙い撃ちされたも同然だ。
ドキドキしすぎて胸が壊れる。
「い、いえ! どういたしまして!」
晴美は相当、緊張に上がりきった硬い声を発していた。
「あのね。一緒に出かけられるだけで嬉しくって、楽しいの。だから、話題がないときはそんなに頑張らなくても大丈夫だよ?」
「う、うん」
「でね、今日の映画……。一人で観るより、絶対に楽しかった」
日和は自分の手をいじり、気にしてみながら言っていた。それは晴美が握った方の手だ。
少しは楽しませてやれたらしいことに、晴美は我ながら安心する。
「うん。僕も」
「ねえ、次はいつ誘ってくれるのかな」
日和は期待に満ちた顔で身を乗り出す。
「つ、次って。まだ帰るわけじゃないのに気が早いなぁ」
「だって楽しいもん」
「まあ、僕も楽しいけど」
「どこでもいいの。どこでも。とにかく晴美と一緒にどこかへ行ければそれでいいから、なんなら近くのコンビにに誘ってくれてもいいよ」
「……うーん。そんなにどでもいいのか」
さすがに本当にコンビニに誘うなどできないが、図書館へ行くのもいいかもしれない。デートといえば遊園地や水族館が真っ先に浮かびやすいが、日和としては賑やかすぎる場所はどうなのか。植物園なら物静かな方だろうか。
次に誘う場所を浮かべつつ、晴美もドリンクを飲み干した。
「じゃあ日和。家デート。とかは?」
「行きたい! あと、晴美も私の部屋に来て欲しいな」
「なら、そのうち」
もう数回デートしたら、お互いの部屋を出入りしよう。
などと、晴美は心に決めるのだった。
午後は書店巡りを行った。
二人が来ている町は元々本の多いところで、大型書店はもちろん古本屋も充実している。それらの店を二人でまわり、特に買うわけでもない本の背表紙を一緒に眺め、まるで博物館か美術館でもまわるような感覚で書店を歩く。
本が大好きな晴美にとって、日和にとっても、これで十分楽しかった。
なんというか、落ち着くのだ。
自分の好きなもので溢れた空間。
ただそれだけで、なんとなく、ずっとそこで過ごしてみたい気分になる。好きなジャンルの本棚を前にしていると、その感情は特に強くなった。
大衆向け小説のコーナーをまわり、海外ファンタジーのコーナーをまわり、ライトノベルの棚を眺め、何冊か手に取っては買うか買わないかしばし迷い、しかし財布の中身には限りがあるので棚へと戻す。
晴美も日和も、一緒になってそんなことを繰り返した。
ところが、どうしても欲しい本に行き会った。
「高い……」
「高いね」
晴美は二人で苦笑いを浮かべた。
一応、それは単なる文庫本に過ぎない。
しかし、その分厚さはレンガ並みだ。
妖怪をテーマとして扱うその小説シリーズは、一冊ごとのページ数がとにかく多く、五百ページや六百ページなどまだ少ない。千ページ前後などざらに出て、二人が今目にしている最新版に至っては、約千五百ページが上下巻に分かれているのだ。
となると、値段も上がる。
上下巻それぞれ千五百円する本を両方買えば、合計三千円となる。大人の財力でなら買おうと思えば買える値段だが、中学生の金銭事情では、よほどのおこずかいをくれる家庭でもない限り、三千円は十分に大金だ。
デートで消費しながらこの出費では、財布の中身も寂しくなる。
「割り勘しよっか」
提案したのは日和だった。
「割り勘って、本を?」
「うん。二人で買って、二人のものにするの!」
「なるほどねぇ」
一緒に何かを共有したくての案なのだろう。物を割り勘しても、どちらが管理するかが面倒だが、そう考えると日和の気持ちも可愛く思える。ここは面倒を買ってでも日和の考えに乗ってみたい。
「よし、割り勘しよう」
晴美がそう決めると、日和はとても嬉しそうな顔を浮かべた。
本は上下とも同じ値段。
二人並んでレジへ行き、精算した後のレジ袋は男である晴美が持つ。荷物持ちだ。
買ったあとの日和はいつになくはしゃぎ気味になり始めた。
「へへ、買っちゃった。買っちゃったねっ」
本当に嬉しそうに言いながら、晴美の腕にしがみつく。肘に大きな乳房があたり、その柔らかな弾力が嫌というほど伝わり、晴美は改めて意識した。
今の日和は露出度が高い。
覗こうと思えばいつでも谷間を拝める上、日和は晴美の視線を嫌がらない。胸への視線に気づくと、日和はむしろ見えやすいように腰を屈めたり、シャツの胸元を引っ張り、露出面積を増やしてくれるほどなのだ。
どうして、こんなに肌の見えやすい服を着てきたのだろう。
ひょっとしたら、日和自身、晴美を刺激するつもりではないだろうか。
つまり、もしかしたら……。
――いけるのではないだろうか?
胸の底から邪念が沸き立つ。
覗き覗かれが続いていたせいもあり、まだこれが初デートにも関わらず、日和はオナニーまで見せてくれている。胸やアソコまでいくと抵抗があるようだが、手ブラという形でなら下着を取ってもらえたし、毛布で隠されたとはいえパンツも脱ぎ、考えてもみれば日和は晴美の前でとっくに全裸になっている。
だったら、いきなり本番は無理だとしても、ある程度のことはさせてもらえるはず。
晴美は欲望の実現を目論む自分の気持ちをなんとなく自覚し、しかし昨夜の興奮を思うと自分の心に歯止めが効かない。
「ね、ねえ。公園にでも行かない?」
「公園? いいけど」
日和はきょとんとしたような不思議そうな顔で頷き、なんの疑いもなく晴美へ着いていく。
書店を出て、十分程度歩いたところにはやや大きい公園がある。ブランコや滑り台のある普通の公園と違い、晴美が向かったのは、どちらかといえば自然が多く、身を潜められる茂みのあるような広めの公園だ。
当然、そんな公園へ向かう目的は、日和を茂みへ連れ込むことだ。
「どうしたの? こんな場所で」
人気のない茂みの奥、木々の陰へ連れて行くと、日和は不思議そうに首を傾げた。
本当に疑いがない。
「あ、わかった。ギュってしてくれるんだね。ギュって」
日和は一人でそう納得して、照れたような喜ぶような、期待に満ちた笑顔を浮かべながら、どこか恥じらいがちに肩を縮める。
「う、うん。まあ……」
晴美が今、日和のその体を狙っていることなど気づきもしていない。
「じゃあ、お願いします」
「……うん」
晴美はゆっくり、日和の両肩へ触れ、胸の中で抱き寄せる。柔らかな身体を腕に包むと、晴美の身体へ向かって日和の乳房がプニっと潰れる。晴美はその胸の感覚へ神経を集中し、心地良い体温を感じながら背中を撫で回した。
腰へ手をやり、堪能するように締め付ける。
「えへっ、温かいな」
日和は嬉しそうに、小さく呟いた。
その体を好きなようにしてやりたい、男としての欲求に日和は気づいていないのだろうか。
「ねえ、日和」
「なあに?」
「その……」
胸、触っていい?
などとは、急には聞けない。
昨日のプレイではなんとなくスイッチが入り、言葉責めまで行えていたのだが、今はそんな頼みをいきなりできるほど心の準備が出来ていない。
だから晴美は、何を言うでもなく無言で手を動かし、腰から脇腹へなぞっていくように、手の平をだんだん乳房へ接近させる。
――ドクン。
心臓が高鳴った。
腹を撫で上げ、とうとう乳房への接触直前までやってきたのだ。あと少し手を上へスライドさせれば、もう日和の下乳に触れられる。
「ねえ、どうしたの? 晴美?」
「い、いや……。その……」
この手を上げれば、揉んでしまえる。
揉みたい。
日和の胸を、この大きな乳房を揉みしだきたい。
揉みたい、揉みたい。
「晴美? は、る、み、くん? ねえってば。なにか言ってよ」
日和はただただ、晴美の胸に抱かれてはしゃぎ気味になっている。内気な性格にしては妙に高いテンションでいるところが、抱きしめられて喜んでいるのだという確かな証拠だ。学校にいる時の日和では、こうも明るくなることはない。
どうして、他人には決して見せない明るい顔を日和は見せてくれるのか。
答えは一つ。
日和は晴美を好きでいてくれているからだ。
ならば、揉んでしまっても平気ではないか?
いや、どうだろうか。
好きだからこそ、いきなりこれはどうなのだろう。
もちろん、今まで覗きをしていたこと、昨晩のプレイと、早すぎる関係を結んでいる。きちんと恋仲が成立したのは、ついこの前の話でありながら、普通のカップルとは初めから何かが違っている。
揉んでいいのだろうか?
いいのだろうか……。
……駄目だ。
どうしても、日和を性欲の対象に見てしまっている。男とはそういうものだが、そういう目でばかり日和を見てしまう自分が醜い人間に思えて、晴美は沸き立つ邪念を封じ込めた。
「ご、ごめん!」
晴美は抱き締める腕を放し、日和から数歩の距離を取る。
「あれ? 晴美?」
日和はますます首を傾げた。
どこまでも、晴美を疑ってなどいないのだ。
「僕、悪いこと考えているよ? 覗きもやめられなかったような人だし、そりゃ昨日は色々とあったのは百も承知ではあるんだけど……」
「ん?」
日和は不思議そうな表情だ。
晴美の言いたいことが、これだけでは日和に伝わりきっていない。
「だからね、つまり……。僕は日和のこと、欲望の対象のように考えているかもしれなくて、それって純粋じゃないよね。たぶん。純愛とか、なんか恥ずかしい言葉になっちゃうけど、そういう綺麗な愛じゃなくなっちゃうよね。あんまりエッチなことばっかり考えちゃ」
「……そっか」
ここまで話して、ようやく言いたいことが伝わった。
晴美はどうしようもなく、日和の体に興味がある。男なのだから当然だ。そこに女の体があれば、ましてや下着姿やオナニーを見せてくれる恋人とあっては、色んなことを期待してしまうのも仕方がない。
しかし、そういう目的ばかりで日和を見ては、日和に対して失礼ではないのだろうか。
途中までは日和の胸に取り付かれ、揉みしだきたい欲求に負けていたが、晴美は本当に直前のところで思い留まったのだった。
「だから一応、謝ろうかなって。デート中だったのに変なこと考えちゃったから……」
晴美は懺悔のように小さく言う。
すると、日和もかなり言いずらそうにしながら、遠慮がちに言い出した。
「そっか。悪いことじゃ、ないと思うけどな……」
「――え?」
「だって、男の子なら仕方ないんだろうし……。それに、何度も言うけど、私のことをエッチな目で見るのが、好きな人かそうでないかで全然違うよ? 晴美になら、そういう目で見られても平気だし……」
「う、うん。そうなんだろうけど……」
「カーテンだって、わざと開けていた私も同罪というかなんというか……」
「あ、うん……」
それはそうなのだろうが、日和を悪く言うのは遠慮され、晴美はやたらに躊躇いながら頷いていた。
そして。
「おっぱいだよね?」
――ギク!
日和は承知していたのだ。
悪巧みを見抜かれていたような居心地の悪さに襲われ、晴美は大きく顔を歪めた。
「えーと、まあその……。否定したら嘘になる。かな? なんて……」
「揉もうとしてたもんね」
「えっ、うん。まあ……」
なんとも予想外で、晴美はますます頭が下がってしまう。
どう見てもなんの疑いもない様子だったような気がしたが、こうも当然のように色情を看破されているとは思わないだが、考えても見れば、女の子は男のいやらしい視線に敏感なものなのだと、どこかで聞いたのを思い出した。どこから生まれた説なのか、果たして本当に根拠のある話なのかはわからないが、少なくとも仲良し相手の気持ちが読めても不思議はない。
きっと、実際のところ茂みへ連れ込んだ時点で日和は色々とわかっていたのだろう。
「私は人の視線には敏感なので、本当は晴美がどう来るかなーっていうのを。ちょっとね」
そんなことを申し訳なさそうに言ってくる。
もし揉んだら、それは許してもらえたのか。
それとも拒絶されたのか。
そこまではわからない。
いくらカーテンをわざと半開きにする子とはいえ、恥を知らないかといえば、そういうわけでもない。一般的な少女とはズレた部分があるのは確かにしても、覗かれたがる性癖さえ覗けば全く普通の女の子だ。
受け入れてくれたのかもしれないし、怒られていた可能性も捨てきれない。
「そうだったのか。やられたなぁ……」
「やっちゃいました」
もう、お互い苦笑するしかなかった。
疑いのない無垢な少女の顔をして、実のところ男の出方を伺うなど、日和もとんだ悪い子ではないか。
下手をすれば、気まずくなってもおかしくない。もし胸を触って、怒られるなり拒絶されるなりしていれば、もう口など開けない空気になっていた。
そういう橋を渡っていたばかりだというのに、そんなことは既にどうでもよくなった。
そんなことより、日和の悪戯な一面を知れたことが、まるで冒険で宝物を発見した瞬間のように嬉しかった。
「さて、晴美君」
日和は場を改めるべく一言入れ、そのままストレートに尋ねてくる。
「揉みたい?」
そう問われては、見抜かれていた邪念を今から否定しても仕方がない。
「……うん」
悪事を認めさせられるようで、少し居心地が悪かったが、晴美は小さく頷いた。
すると。
「……わかった」
日和はやや躊躇いがちに、ほっそりと呟いた。
「え? わかったって、それってその……」
「いいよ? よくないけど」
「どっちなのさ」
「えーとね。思いきり揉むのは駄目。指でツンツンするなら有りということで」
日和にとって、許せるラインはそこらしい。
「うん。わかった」
もし怒られたり、泣かれたりでもすれば、晴美はひたすら戸惑うか、あるいは何をするでもなくじっと下ばかりを向いていることになっていた。そんな矢先に乳房をつつくことが許されても、どこかやりにくい心地がする。
どうしても、遠慮のある手つきになってしまうが。
晴美は人差し指を真っ直ぐ伸ばし、日和の胸元へ運んでいく。乳房の膨らみの頂点へ向け、乳首のボタンでも押すようなつもりで、プニっと。胸を柔らかに潰した。
「ひゃ!」
「え!?」
悲鳴を上げられ、まるで熱い火に触れてしまった瞬間のように、晴美はほぼ反射的に手を引っ込めた。
「あ、あの! ごめんなさい!」
自分の悲鳴を、日和はただちに謝罪してくる。
「い、いやそんな……」
おっぱいをつつかれ悲鳴を上げた。
そんなことを謝られても、晴美としては困るばかりた。
「――へ、平気かなって、思ったんだけど。ほら、覗かせたりはしたし、昨日は色々すごかったし、つついてもらうだけならって思ったの。――ええと、つまり、少しなら受け入れられるかなって思って――なのだけど――」
日和も随分慌てた早口になっている。
「いや、あの。ごめんね? 日和」
「だから! 違くて――いけるかなって、自分でも思ってて。ちょっとならって思ったのに、やっぱり駄目だったみたいで……」
「う、うん! わかった! わかったから」
つまるところ、一人で自転車を漕げると思い込んでいたらすぐに転んだ。できると思い込んでいたことに挑戦したら、即座に失敗したということか。
もちろん、自分でつつくだけなら大丈夫だと言いながら、そこで悲鳴を上げてしまうのは理解できない部分があるが、そう解釈すればわかりやすいだろうと晴美は自分で納得した。日和自身でさえ、自分がどこまで晴美に体を許せるのか、把握していない状態だったのだ。
「…………」
口を結ぶ日和。
「………………」
何かしら言葉をかけはしたいのだが、思いつかない晴美。
とうとう本当に気まずくなり、重い空気が二人の肩に圧し掛かった。