その日も日和をデートに誘って、晴美はなんとなく町をブラブラしてまわっていた。映画はもう見たばかりなので、今回はお金をかけずに本当に散歩だけだが、それでも日和は嬉しそうに笑っている。
「ふふーん。ふふーん」
よっぽどデートが嬉しいらしい。
ご機嫌に鼻歌まで歌っていた。
しかも街中だというのに、日和は晴美の腕を掴んで縋りついているのだ。
人目のある中であからさまにイチャイチャするなど、今にもすれ違いにチラチラ視線を寄越される気がして気恥ずかしい。
「ねえ、こんな場所だよ?」
なので晴美は、そんな遠慮したい気持ちを遠回しに伝えた。
接触したいのは山々だが、日和は今にもぷるんと揺れそうなほどの胸をしているのだ。腕へくっつかれると乳房が肘に当たって、街中で股間が反応しそうで困ってしまう。せめて手を繋ぐだけで勘弁してもらいたいのが本心だった。
「いいじゃん別に」
軽く横へ流された。
「いやそんな……。だって、今日は地元なんだよ? 遠くじゃないんだよ? つまり、知り合いに見つかる可能性もあるわけだし」
晴美は言い訳のように述べるのだが、日和はそんな事情などお構いなしだ。
「気にしない気にしない」
「僕が気にするから……」
「いいじゃん。それより、キスしない?」
「なんでそうなるの……」
街中、人ごみの中でキスをするカップルがいるだろうか。
「いいじゃんってば」
日和はむくれる。
「……良くないよ?」
「ねー。お願い」
「駄目」
「お願い」
「駄目だから」
「お願いってば」
日和は執拗に食い下がってくる。
「駄目駄目」
晴美はあくまで断った。
キスそのものはまんざらでもない。むしろ、砂糖の溶けるような甘いキスなら何度でもしたいほどだが、静かに落ち着いて過ごしながらのキスだから美味しいのだ。人目につく場所でするなど真っ平である。そんな目立つところでするよりも、きちんと二人きりで濃厚な口付けを交わしたかった。
それが普通の気持ちだと思うのだが、果たして日和は違うのだろうか。
「だったら、どこならいいの?」
「家とか」
「それじゃあ、つまんない」
「そう言われても、だったら日和はどこでしたいの」
「人前」
日和は不機嫌気味にそう答えた。
「……なんでなの」
「私のこと好きなんでしょ」
「それはそうだけど」
「好きならできるでしょ?」
「だから、何故そうなるのさ」
こうした人目につく場所での口付けなど、当然目立つ。
お互い大人しい者同士、他人の目に晒されるなど落ち着かなくてそわそわするものだと思うのだが、どうして日和がそんなことを言うのだろう。晴美は二人きりで落ち着いていられる時こそベタベタしたいが、日和は果たして違うのだろうか。
どうして、落ち着かない状況でイチャイチャしなくてはいけないのか。
二人の世界に浸れる時が一番ではないのだろうか。
「好きだったら、どこでもキスできるはずだと思います」
日和は強く主張してきた。
「好きだからこそ、二人きりがいいと思います」
晴美も負けじと言い返す。
「なんで?」
「なんでって、普通そうでしょ?」
「そう?」
「そうだよ!」
「そうかなぁ?」
日和はあからさまに首を傾げた。
こちらもきっぱり言うしかない。
「そうだって。人前なんて恥ずかしいし、抵抗あるし、見せびらかすみたいでなんか嫌だ。二人の時じゃないとキスなんて出来ないよ」
「いくじなし」
「あ、そういうこと言う? でも、そんなこと言っても駄目だからね。キスは二人きりの時にしかしないからね」
「ふん。じゃあいいよー」
すると、日和はそっぽを向いてすたすたと早足で進んでしまう。
「あ、待ってよ!」
晴美は慌てて追いかけるが、日和が足を緩めることは一度もなかった。
四六時中、微妙に不機嫌で根に持つような顔をしたまま日和はい続け、この日は最後の最後までなんとなく居心地の悪い気分で過ごしていた。
そして……。
翌朝、いつもなら開いているはずのカーテンが閉ざされていた。