第2話 懲罰室

 懲罰室の戸が開かれ、里英は緊張ながらに入っていく。
 てっきり、絵に描いたような拷問室を想像していたが、部屋の真ん中に机がいくつか置かれているだけで、ただの寂しい教室に過ぎない。鞭もなければ竹刀もなく、怖い想像が裏切られたことには、むしろホッとしていた。
 しかし、一人の男の先生が待っていた。
「どうも、市道先生」
「時間通りに来たわ。話していた通り、披露してもらうわよ」
「もちろん。あの子もそろそろ来る頃だ」
 二人の交わす内容からすると、里英をここに案内して、何かを見せようとする予定は事前に組まれていたらしい。
 その時、里英の後ろで戸が開く。
 入って来たのは、一人の女子生徒だった。
 セーラー服のスカーフが青い。
 例に漏れずスカートは未着用で、ショーツは膝にかかっている。確か一年生は足首と言っていたから、上級生というわけか。
「彼女は山本沙緒里、二年生よ」
 瑠華先生が名前を紹介する。
「……ど、どうも」
 それに釣られて、里英は軽く会釈をした。
「はーい。どうも」
 人の良さそうな笑顔を浮かべ、沙緒里は里英に手を振った。微笑ましいものでも見守るような目を向けられ、それがどこかくすぐったい。沙緒里先輩からすれば、里英は可愛い後輩というわけなのだろう。
 沙緒里先輩はパドルを手に握っていた。
 ヘラやしゃもじにも似たそれを沙緒里先輩は男性教師に手渡した。続けて膝に絡むショーツを上げ、きちんと正しい穿き方をしたかと思いきや、なんと挨拶まで行った。
「山本沙緒里のショーツを脱がせて下さい」
 男性教師はそれを脱がせた。急に先輩の前にしゃがんでショーツを掴み、一瞬にしてずり下げたのだ。
(え!? どういうこと!?)
 理解が追いつかない。
 どうして一度は普通に穿いたのか、それをわざわざ下げたのか、見るに困惑している里英を余所にして、沙緒里先輩はショーツの穴から足を持ち上げどかしていく。
「ありがとうございます」
 脱がせてもらって、お礼まで言っていた。
 男性教師は脱がせたショーツを机に置くと、パドルをしっかりと握り込む。
(まさか、懲罰って……)
 その内容が見えてきた。
 確証はないが、きっとそうに違いない。
 そして、その答えは今にわかる。
「よろしくお願いします」
 沙緒里先輩はしっかりと、深々と頭を下げて、礼をしていた。
(何この本格的な雰囲気は)
 例えるなら、武術における試合前、礼儀作法に則り互いに礼をする瞬間だろうか。背筋はピンと真っ直ぐに、腕もしっかり伸ばす形で、沙緒里先輩は綺麗な礼の形を作っている。写真に撮ればマナーのお手本になりそうなほど、それは綺麗に整って見えた。
 数秒間、先輩はそうして頭を下げていた。
 それから、気をつけの姿勢に戻るなり、次の瞬間には男性教師に背を向ける。
 机の上に上半身を寝かせると、男性教師に向かって尻を突き出していた。教室で使う机より、いくらか低い机のため、折れ曲がった腰の角度は直角よりもさらに深い。頭の位置が沈んで尻だけが高らかに、足も少しばかり開いていた。
 机の足に合わせる形で、沙緒里先輩は両足の幅を広げていた。
 そして、そんな突き出された尻を男性教師は近くで見下ろし、パドルを手の平に打ち鳴らしていた。
 一体ここで何が起きるか、これでもう明らかだった。
 つい先ほど浮かんだ予感は、そのまま正しいものだったと里英は悟っていた。
(いや、でもこれって……本当にやるの……?)
 事前に予想していながら、それでも困惑を隠せない。
 実は何かの冗談で、自分はドッキリ番組にも出ているのではないか。テレビ番組の壮大な企画により、おかしな世界を周辺に作り上げられ、それに驚いたり戸惑ったりする里英の姿をどこからか撮影しているのではないか。
 男性教師がパドルを振り上げ、今にもそれを振り下ろそうという瞬間、一体どこにカメラは隠れているのかと、里英は周囲をきょろきょろと見渡してしまう。
 あちらこちらに泳ぎ回る里英の視線は、しかし次の瞬間には一点に釘付けとなった。

 パァン!

 実に良い音だった。
(いったぁ……)
 自分が叩かれたわけでもないのに、里英はついつい自分の尻を押さえていた。

 パン! パン! パァン!

 パドルの平面が尻たぶにぶつかることで、手を打ち鳴らすよりも高い音が響き渡って、それが里英の鼓膜を貫く。
 沙緒里先輩のお尻は左右片方ずつ、どちらも赤らみを帯びつつあった。
「あれがうちの学校の体罰よ」
 隣の瑠華先生に目をやると、次は自分の番であるかのようにパンツスーツのベルトを外し、脱ぎ始めている。
「え、あのっ、先生?」
「今回見せているのはお手本ね。もちろん、口頭での説明で済ませることもできるんだけど、実演した方がうちの学校に対する理解も深まるでしょう?」
「いや、あの……!」
 ちょっと待って欲しかった。
 何というべきか、落ち着いていられずに、体中がそわそわしていた。叩かれるたび痛そうな音が鳴り、見ていて引き攣るもそうなのだが、どうして瑠華先生まで脱ぎ始めているわけなのか。
 瑠華先生はまともな格好をしていた。
 きちんと下半身にも着衣を身につけ、下腹部の露出などせず、当たり前の姿で里英の隣に立ってくれていた。いわば外の常識を知り、世界観を共有してくれる唯一の存在のように思えていたのが、やはりこの世界の住人だったかのようなショックで動揺していた。
 裏切りとは言わないが、心境としてはそれに似ている。

 パァン! パァン! パァン!

 鳴り響く音の中、先生までもがショーツを脱ぎ、下半身裸となっていた。
 その矢先、男性教師の手が止まる。
「終了だ」
 教師がそう告げた時、沙緒里は机から上半身を起こすなり、すぐに前に向き直る。
「ありがとうございました」
 改めて頭を下げ、お礼など言っていた。
 お願いします、ありがとうございました――礼儀作法におけるやり取りとしてはわかるのだが、この目で見ていて信じられない。お尻を叩いてもらってお礼というのは理解を超えていた。
 沙緒里先輩は男性教師の手からショーツを受け取り、それをゆっくりと穿き直す。
 しかも、許可を求めた上である。
「山本沙緒里、ショーツを穿かせて頂きます」
「いいだろう」
 そのやり取りの上で、穿き直していた。
 きちんと穿ききることはなく、それを膝の高さに留めた後、先輩は軽い挨拶を最後にこの懲罰室から出て行った。
「頑張ってね? 転校生」
 笑顔で里英に手を振りながら、戸の向こうへと去っていた。
「…………」
 言葉が出ない。
 閉じた戸板を呆然と見つめたまま、里英はどこか放心した顔で、この校舎に入ってから今までの、一連の出来事全てに対して整理をつけきれずにいた。
(私の入る学校って……)
 里英は青ざめていた。

 私の入る学校、ヤバすぎ!

 ただの当たり前の結論を心が叫ぶ。
 だが、これまで見たもの全てに向ける里英の気持ちは、そのたった一言に尽きるのだった。

     *

 次は瑠華先生が上半身を机に預け、尻を高らかに目立たせている。
 実に豊満で厚みがあって、ボリューミーなお尻であるが、今はその色香に注目している場合ではない。

 パァン! パァン! パァン!

 今度は先生が叩かれている。
 瑠華先生はこう言った。

 ――今度はあなたがお仕置きを受ける番よ?

 満面の笑顔で言われては敵わない。
 だが、思わずにはいられない。
 ここにはまだ来たばかりで、転入手続きさえも済んだばかりの里英に対して、一体どんなお仕置きの理由があるのか。

 ――自分は何もしていないって思うでしょう?
 ――そうよ。何もしてないわ。

 なのに、どうして里英にもお仕置きがあるのか。
 その理由をたった一言で語ってしまう。

 ――事前に体験して、この学校への理解を深めるためよ。

 言いたいことは本当に色々とあるはずなのに、何かを言いたい気持ちだけが先行して、肝心の言葉が何一つ浮かんで来ない。それよりも困惑や衝撃の方が頭の中をぐるぐる回り、もはやまともにものなど考えてすらいられない。
 戸惑いから抜け出せないまま、瑠華先生は自分自身のことを手本にして、里英の目の前で叩かれていた。

 パァン! パァン! パァン!

 やはり、痛そうな音である。
 先ほどの先輩といい、先生といい、大丈夫なのだろうか。
「水瀬、だったな」
 その時、男性教師が里英を向く。
「あ、はい……」
「痛そうに見えるだろうが、腫れさせるのは重い罰を与える時だけだ。ちょっと音を鳴らすコツがあるだけで、想像しているほどの痛みはないから安心するように」
「は、はい……」
 そう言われても、腫れさせるケースもあるかのように言ってはいなかったか。そもそも、この学校では何をしたら罪が重く、どこまでなら罪が軽いのか。どんな基準で重い罰と軽い罰に分けているのか。
 遅刻、居眠り、物忘れでも叩かれるのか。
 それとも、万引きや喫煙ほどの非行を犯して初めて叩かれるのか。
 様々なことが気になって仕方がない。
 しかし、疑問をぶつけることもできずに、里英はただただ見ているばかりだ。
 ほどなくして先生へのスパンキングも終了して、瑠華先生は同じように礼を行う。受け取ったショーツを穿き、パンツスーツを身につけて、元の普通の格好へと戻っていくが、先生のまともな姿を見ても、もう目の前の人間を同じ世界の住人とは思えなくなっていた。
 同一の世界の人間だと思っていたら、そうではなかった衝撃で、心の中に先生に対する線が生まれてしまっていた。
「さて、水瀬さん?」
「はい、なんでしょう……」
 不安しかない。
 里英のことを見ながら、妙にニヤニヤしているが、本当に不安しかない。
「教師である私もまた、お手本を披露したわ。あなたのために、二人もお尻を叩かれたことになるわね」
「それはその……まあ、そうですね……」
 誰がそんなことを頼んだか。
 と、思わず言いたくなるが、喉まで出かけた意見は引っ込めた。おかしなことを口走り、それを罰の対象にされたとあってはたまらない。
「生徒だけでなく、教師である私の姿も見ておいた方が、色々と納得しやすいでしょう? 次はあなたの番なんだから」
「へ?」
「だから、言ったでしょう? 口頭での説明で済ませることなく、実際に見てもらった。なら、次は体験もしてもらうわ」
「一応聞きますが、遠慮させて頂くというのは……」
「なしよ」
 きっぱりと、即答だった。
(……いや、いやいやいやいや!)
 里英は思わず後ずさる。
 瑠華先生はこんな学校に籍を置いているわけだから、この学校に慣れているかもしれない。お手本を見せるためだけにお尻を出し、叩かれてみせることさえ、現にやってみせている。
 しかし、里英はまだ初めて来たばかりで、こうした校則の数々も直前まで知らずにいたわけで、体験など遠慮したい気持ちは山のように大きく膨らんでいた。そもそも、転校先を今からでも変えられないかさえ、密かに考え始めていた。
「ああ、ちなみにね。あなたのご両親、ここの卒業生だそうじゃない」
「そうなんですか!?」
 それは知らなかった。
 まさか、親さえこの世界の出身だったとは、ならば自分はもはや異世人の血を引いているようなものではないか。
「娘をよろしくって、言われているわ」
「そんなぁ……ママぁ…………!」
 きっと、今ほど情けない顔をした瞬間はない。
 他ならぬ親がそれでは、転校先を変えるという目論見は一気に困難になってくる。
 しかも寮に入ることになっており、眠る時から朝起きる瞬間まで、里英はこの学校の敷地内に身を起き続けることになるのだ。
 先が思いやられるとはこのことか。
「あのぅ、本当に叩くんですか? 私のお尻も?」
「何言ってる。さっきから言ってるだろう。転入にあたって、この学校について体験してもらうと」
 男性教師がそう答える。
「でもその……なら、せめてスカートの上からとか……」
 里英は小さな望みにかけ、体験する内容を和らげようと試みた。
 痛いのは嫌だ。恥ずかしいのも嫌だ。何より、お尻ペンペンなどという屈辱は、マゾヒストでもなければ喜ばない。
「どうする? 市道先生」
「駄目よ。ここで甘えさせちゃ」
 男性教師の方は里英に妥協しかけたが、瑠華先生の方がきっぱりしていた。
「だそうだ。残念ながら脱いでもらう」
 こうなると圧を感じる。
 生徒と教師では立場が違う。
 普段の生活や勉強から、評価を付ける側と付けられる側に分かれている。自分の進路を左右するかもしれない目上の大人に、生徒の立場ではあまり強い意見が言いにくい。世の中には教師に暴言を吐く子供もいるのかもしれないが、少なくとも里英はそんな性格をしていない。
(プレッシャーが……ちょっと無理、負けそう……)
 気持ちとしては、あくまで体罰の体験は避けたかった。
 だが、里英の味方をしてくれる人が誰もいない。目の前にいる大人二人がどちらも同じ意見で迫り、教師という立場から圧力をかけてくる。こうなれば押し潰され、折れてしまうのも時間の問題に過ぎなかった。
 何か上手い言葉はないか。
 魔法のような言葉は浮かんで来ないか。
 ギリギリまで頭を回し、考えてはみたものの、結局里英の口から出るのはこんな言葉だ」
「……その……脱ぐんですか? スカート」
 淡い期待を込めていた。
 叶わないとはわかっていながら、そんなことはしなくていいと言ってもらえるように願いを込めていたのだが、わかりきった結果があるだけだった。
「その通りだ」
 男性教師がきっぱり答える。
「さあ、早く脱ぐのよ? どうしても脱げないなら、私も一緒に脱いであげるから」
 瑠華先生の申し出は、果たしてありがたいものなのか。
 そういう肩の持ち方をして欲しいわけではなかったが、体罰を体験させる点に関して、この二人の教師は決して譲ってくれないだろう。
(……や、やだなぁ)
 サイドホックに指をやり、外そうとしてまず躊躇う。
 脱ぎたくない、脱ぎたくない、パンツだって見せたくないのに、下半身裸など……そんな拒みたい思いは膨らむが、それをぶつける勇気はない。あくまで脱げと言う教師に、はっきりとノーを伝えるパワーを発揮できない。
 ここが普通の学校なら、きっと言えたはずだった。

 ――それはおかしいと思います。そんなことできません。

 と、言えたと思う。
 しかし、誰もがスカートを穿かずに歩き回る学校では、きっと里英の主張の方がおかしいのだ。この二人の教師の方が正常で、スパンキングを嫌がる里英の方がわがままで聞き分けのない子供ということになるのだろう。
 フィールドが違うのだ。
 それを当然とする学校の中で、そういう環境に立たされた上で圧力がかかってくる。フィールドもろとも撥ね除けてまで拒むには、相応のパワーを持った性格でなければならないものだ。
 一般的な少女に過ぎない里英には、それほど強い心のパワーはない。
 押し黙ったまま、圧力に屈してスカートを脱ぐのだった。