第1話 転校先は羞恥学校

 水瀬里英は驚愕していた。
 親の転勤の都合で遠くへ引っ越すこととなり、それに伴い転校手続きにやって来たのだが、ここがこんな学校だとは知らなかった。
 変わった校則があるとは聞いていたが、誰がこんなことを予想するだろう。
 既に何度か町の徘徊はしていたので、この学校の制服を外で見かけた覚えがある。
 当然、その時はごくごく普通にセーラー服を身に纏っており、どこにでもいる女子学生にしか見えはしなかった。
 だが、こうして校舎の中を訪れ、屋内を歩く生徒を見るとどうだろう。

 誰一人としてスカートを穿いていない。

 しかも、そのことに誰も疑問を抱いていない。
「あ、おはよー」
「おっはー!」
 などと、ごくごく普通に挨拶まで交わしている。
 国によって文化が違ったり、考え方が異なることがあるのは知っている。風土や歴史の違いによって生じる国民性で、日本人が海外で暮らしたり、逆に外国人が日本に来た時、ギャップに驚いたという経験をテレビやネットで見聞きした覚えがある。
 だが、これはそんな次元に収まるだろうか。
 一体どれほど大きな違いがあれば、こんな文化が生まれるのか。
(これじゃ異世界じゃん!? 別世界じゃん! 何!? パラレルワールド!?)
 里英は本気でそう感じていた。
 既にこの学校の制服は用意してあり、実際に着替えてきているのだが、これではスカートを穿いている自分の方がおかしいのではないか。それが当然という世界に来たからには、逆に自分の方が異質な感覚の持ち主ではないか。
 本気でそんな心配をしたくなる。
 だいたい、見る人見る人、どの女子も微妙に歩きにくそうにしている。本人達は何も困った顔はしていないが、里英から見ればぎこちなく、歩幅も小さく見える。
 気づけばショーツまで下げてあるのだ。
 とある女子は膝に絡ませ、とある女子は足首まで下ろしている。
(なにこれ! なんで! どうして!?)
 周りの様子に驚きながら、戸惑いながら歩いていると、生徒達の方も里英に気づき、向こうの方は逆に疑惑のような眼差しを浮かべてくる。
「え、なにあれ」
「なんでスカート穿いてるの?」
(は!?)
「あ、わかった」
「転校生じゃない?」
「だよねー」
「じゃなきゃ絶対おかしいもん」
(はいぃぃ!?)
 本当にそういう目で見られてしまった。
 スカートを穿いているこちらの方が、何か怪しむような目で見られてしまった。転校生という名の異邦人でもなければ、スカートを穿いて歩くなどはありえないことらしい。
 異世界、平行世界。
 本来いた場所とは異なる次元。
 本当にそういう場所に来てしまった気持ちになりながら、里英は手続きのために進路相談室へ向かって行く。
 ドアをノックし、返事を待ってから入室すると、そこには一人の女教師が立っていた。
「ど、どうもおはようございます……転校手続きにやって来ました水瀬里英、です…………」
 ショックのせいか、オロオロとした小さな声が出てしまった。
「おはよう。私が市道瑠華ていうの。よろしくね?」
「はい。よろしくお願いします」
 女性を前に、まず確認してしまったのは下半身だ。
 瑠華先生はきちんとパンツスーツを穿いている。下半身裸でもなければ、ショーツを下げた状態でもないらしい。
「あら、私は普通の格好よ?」
 こちらの視線に気づいてか、瑠華先生は苦笑していた。
「あ、すみません。色々と驚いていて……」
「そうね。外から来た子なら、それが普通の反応よ。ここではちょっと普通じゃない校則が当たり前になっていて、生徒達も最初は戸惑ったりするんだけど、だんだんと馴染んでいくの」
「ちょっとどころか、だいぶ普通じゃない気がしますけど……」
「まあ、そうよね。ま、聞きたいことはいっぱいあるだろうけど、その前にまずは手続きの方から済ませちゃいましょう」
 そう言って瑠華先生は椅子を引き、里英に座るように促してくる。
 最初は手続き用の書類に目を通し、それに記入を行った。
 それさえ済めば、いよいよ気になる校則についての話になり、瑠華先生はまず真っ先に厳しい顔でこう言った。
「この学校ね。校則違反には厳しいのよ?」
「そうなんですか? いえ、そうですよね」
 厳しくもないのにあんな格好をするとは思えない。
「どれくらい厳しいかっていうと、まず下着は学校指定のものに決められていてね。まあ、指定のものでも一応種類は多いんだけど、どれもきっちり白なのよ」
「色が決まってるんですね」
「色だけじゃないわ。学校指定って言ったでしょう? もし指定以外のものを穿いていたら、それがたとえ白であっても、校則違反として体罰を受けることになる」
「体罰!?」
 里英はそれにも驚く。
 古いアニメの再放送なら、悪いことをした生徒が廊下に立たされているシーンを見たことがある。昔ならそういうこともあったらしいが、里英の場合はそんな経験はなく、たまたま点けたテレビのチャンネルで偶然そういうシーンを見た時は、とても驚いたものだった。
 だが、誰一人スカートを穿かない様子を見た後では、冷静に考えれば体罰の存在くらいで驚くのもおかしいだろう。もっと奇妙なものを見ているのに、それに比べればまだ普通の話を聞いて驚きすぎた。
「まあ、体罰はとりあえず後にして、あなたも見たでしょう?」
「はい。誰もスカートを穿いていないなんて……」
「そ、それがうちの校則よ。女子はスカートもスラックスも着用禁止。さすがに登下校の時は穿くけどね、学校の中では脱いでもらうわ。それから、一年生はパンツを足首まで、二年生は膝まで下ろしておくの」
「歩きにくいんじゃ……」
 まず先に指摘するのがこれなのも、我ながらどうかと思うが、着用禁止に加えてそれは一体どうなのか。冬は寒くないのか、生理の時は穿いていいのか。自分でもずれていると思う疑問が次々と湧いて来る。
「歩きにくいんだけどね。それも慣れよ?」
「……そ、そうですか」
「ま、次は学校の案内をしましょうか。一通りの場所を教えるから、着いて来てもらえるかしら」
「わかりました」
 そうして進路相談室の外へ出て、先生の案内で里英は学校を見て回る。
 校舎の中を徘徊して、保健室の場所、職員室の場所、理科室、音楽室、部室棟や体育館に、寮の場所など、主立ったところを教えてもらう。
「それから、次は懲罰室よ」
「懲罰……室…………」
 聞くに里英は青ざめた。
 普通でない校則のある学校、そこにある懲罰室と来れば、もしや体罰の内容も、廊下に立たせたりビンタをしたり、といったレベルでは済まないのかもしれない。
(鞭打ち? 拷問?)
 いや、まさか。
 さすがに、そこまでは……。
 そうは思いたいのだが、こうして案内を受けているあいだにも、スカートを穿かない生徒達をいくらでも見かけている。この変わった世界の中では、あるいは過酷な体罰もありえるのかもしれない。