第2話 催淫にかかる美羽

 催淫能力を持つ女性は、この一週間のあいだ活動を控え、真面目な生活に徹していた。
 周囲に調査の気配を感じたのだ。
 最近、住宅付近で見回りが増えている気がする。つまり探されている気がする。自分が調査対象になっていないか、女性は不安に思い始めていた。
 女性は決して、この手の危機に対して嗅覚を働かせ、正確に察知できるプロではない。気のせいなのかもしれないが、捕まっては元も子もなく、町で好みのタイプを見かけても、目で追うくらいのことしかしていない。
 ほとぼりが冷めるまで、数ヶ月でも数年でも我慢して、やっとのことで活動を再開するべきなのだろう。
(あーあ、引っ越しが自由に出来たら……)
 拠点を好きなように変えられれば、捜査の気配を感じる心配もなく、日本中を点々としながら獲物にありついて生活できる。
 だがそれにはいくつか問題がある。
 人間の生き血を得るためには、いちいち提供者を探して協力関係を結ばなくてはならない。道端で襲いかかる手もあるにはあるが、そんなことをすれば通報されるに決まっているのでリスクが高い。
 人工血液が日本各地のそこら中で手に入るならいいのだが、アクア・エデンでしか販売されていないので、どうやって生命を維持するかが課題となる。
 一つの拠点に居付くなら、一度でも提供者を獲得できれば、特定の相手とのみ取引を続けられる。拠点を点々とする場合、提供者に着いてきてもらえるならいいのだが、そうでなければ引っ越した先でその都度作り直す必要がある。
 という手間が元から考えられる中、そもそも島の外では吸血鬼は生活が許されていない。無理に出て行き、島以外で生きていこうにも、吸血鬼を想定とした制度が何も確立されていないので不便極まる。
 まったく面白い話だ。
 窮屈な監獄とて、なるほど吸血鬼向けに整備は進んでいる。何も導入されていない外の世界と、仮にも保護区であるアクア・エデンでは、どうしても暮らしやすさが変わってくる。
 外のことを考えた途端、ここにいることの利点が見える。
 だがやはり、窮屈なものは窮屈だ。
 この息苦しさは悪いことでもしなければ晴らせない。今ある自由だけでは満足できず、かといって政治に働きかけても、実現は何年後、何十年後かもわからないなら、いっそ好き勝手な生き方をした方がいいではないか。
 だからこそ、催淫能力を積極的に行使して、同性愛の性癖を満たすことに決めたのだが、今はそれを我慢している。
(いつまで大人しくしていればいんだか)
 女性にとって、少女の肉体を楽しむことはライフワークそのものだ。生き甲斐を封印することほどのストレスはなく、やれカラオケだのボウリングだの、他のことをして誤魔化してみてはいるものの、鬱憤はなかなか解消しきれない。
 カラオケでの誤魔化しなど、そう長くは続かない。
 やはり自分には同性の肉体が必要だ。
 そんなある日のことである。

 あれは……!

 女性は衝撃を受けた。
 とても魅力的な同性を見かけてしまったのだ。
 しかも、知っている。
 この手の活動に手を染めて、悪い人間とも関わるようになってから、何度か話には聞いたことがある。要注意人物として写真まで受け取って、好みなので頭に叩き込んでおいたその顔、その名前は――。

 ……矢来美羽。

 吸血鬼だけが通える学校、月長学院に通いつつ、陰陽局風紀班で活動するワルにとっての厄介者。悪事を働く吸血鬼なら、できれば会いたくない人物筆頭なのだが、それを道端で見かけた女性の中に生じる衝動は、関わりたくない気持ちでも、捜査の手が及びかけているのかという危機感でもなかった。
 彼女のことをどうしても辱めてみたい。
 あの服の下を確かめたい。感じさせた時の声が聞きたい。表情を見てみたい。
 同じ顔でも、写真と現実ではまるで印象が違っていた。写真を見た時から好みだとは思っていたが、現実に目の当たりにした瞬間、女性は胸を貫かれていた。
 どうしよう、どうしてくれよう。
 相手は陰陽局の人間だ。
 リスクは計り知れないが、どんなに危険な相手とわかっていても、衝動が大きく膨らんで止まらない。責めればどんな風に感じて、どんな声で鳴くのかが気になって仕方がない。
 そうだ、やってしまおう。
 ここまで気持ちが膨らんでしまったら、もう止まることなど考えられない。たとえリスクはあっても、優先すべきは生き甲斐である。矢来美羽の肉体である。
 果たして、彼女にはどれほど催淫が効くだろう。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 たとえ効き目が薄くとも、地道に効果を浸透させ、何度でもかけてかけてかけまくり、そして最後には――堕とす。
 女性は美羽の元へ近づいていく。
 パトロールの最中なのだろう。
 警察の制服とは異なり、軍服を着ている美羽なのだが、確か威圧感を与えすぎないため、コスプレ感を出すことが狙いなのだったか。
 ここは観光地だ。
 アミューズメントパークでは警備員にも相応しい格好をさせよう、といった発想なわけである。
 そんな軍服の美羽の傍らに立ち、女性は声をかけてみる。
「ねえ、あなた。風紀班の方かしら」
 市民が警察に話しかけるようなものだ。
 道に迷った。スリに遭った。仲間とはぐれた。何かしらの用事で警察を頼る人がいるように、風紀班を見かけて声をかける市民がいても、そう不思議なことではあるまい。
「ええ、どうかしましたか?」
 何の疑問もなく、美羽はこちらを向く。こちらの顔を見たことで、美羽に特別な反応は見受けられない。
 そうだ、彼女は知らないに違いない。
 今まで手を出してきた女の子達の中には、もしや催眠のかかりが弱くて、後から被害届けを出した者もいるかもしれない。催淫能力を悪用する吸血鬼の存在自体には、ひょっとすれば気づいているのかもしれない。
 だが、まだ犯人を特定していない。
 顔や名前が絞り込めているわけではないはずだ。
 だから女性の顔を見たところで、美羽は何も特別な反応を示さない。よほどポーカーフェイスが得意なのでない限り、犯人の方から声をかけられ驚いた、などという反応は見せないわけだ。
 女性は美羽を知っている。
 月長学院に通うため、学院の寮で生活をしていることも、これまで何人もの吸血鬼に対抗して、その身柄の確保に成功していることも把握している。
「そうね。ちょっと困ったことがあって……」
 果たして、彼女にはどれくらい効果があるだろう。
 催淫能力のかかり方には個人差がある。大抵は心を持たない操り人形と化すのだが、中にはそうなってくれない子も存在する。もし矢来美羽へのかかりが弱く、操るような効果を発揮できなければ、その時点で多大なリスクを背負うことになる。
 能力を発動して、その術中に落とそうとした場合、しかもそれに失敗した場合、相手は感覚的にそれに気づく。まして特殊能力に縁のある吸血鬼ともなれば、その奇妙な感覚を気のせいで片付けてくれることはない。
 果たして、かかるか、かからないか。
 かかりが弱かった場合のリスクのために、緊張感が大いに膨らむ。体中が硬くなり、冷や汗さえ噴き出てくるが、女性は催淫能力を発動した。
 発動条件は目を合わせること。
 視線の重なった相手を催眠状態に落とし発情させる。
「えっ? んっ? んぅ……!」
(かかった!)
 美羽は急に顔を赤らめて、太ももをもじもじと、切なそうに擦り合わせる。
「ま、まさか……!」
 美羽は驚愕していた。
 奇妙な術をかけられた感覚で、相手が同じ吸血鬼であることに、初めて気づいたようだった。
「ふふっ、素敵……」
 いい反応だった。
 一体、何を想像してか、顔を赤らめながら狼狽している姿がたまらなく可愛らしい。
「催淫能力……!」
 一瞬、胸がドキリとする。
 どうやら、勘は外れていなかった。住宅付近でパトロールが増えているのは、今まで手籠めにした女の子の誰かが被害届けを出しているせいなのだ。
 催淫にかかった相手は、個人差はあれども記憶がまともには残らない。かなり曖昧な情報しか、警察にはいっていないはずではあるが、少しは正確性のある情報が運悪く渡ったのだろう。
 ちょうど、美羽には一定の耐性がある。
 普通はぼんやりとした目になって、意識はほとんど朦朧とするのだが、彼女ははっきりとした自我を保っている。まさか、ここまで耐性が強いのは初めてだ。
 果たして、いつも通りの効果は出るだろうか。
「ついて来てもらうわ」
「か、体が……!」
 美羽の体が歩き始める。
 きちんと操縦は可能なようで安心した。
「大声を出したり、仲間に合図を送ることは禁止するわ」
「――っ!」
 言葉を囁くと同時に、美羽は肩をびくりと強張らせる。どうやら本当に合図を出そうとしていたらしい。
 だが、術はかかった。
 もう美羽は手に入れた。
 目指すはホテルだ。
 ラブホテルにチェックインして、夜通し肉体を弄ぶ。矢来美羽の胸は、アソコは、一体どんな具合をしているのか、これからその全てを確かめる。

     *

 美羽は自由を制限された。
 女性の視線が重なって、一瞬でも見つめ合ってしまった時、急に何かの呪縛がかかってきた。目には見えないものが肉体に入り込み、頭のてっぺんから爪先にかけて、隙間なく浸透してくる感覚は、吸血鬼の特殊能力に違いなかった。
(ひょっとして、この人が……!)
 件の催淫能力の持ち主ではないか。
 まさか犯人の方から声をかけられ、しかも美羽を標的にしてくるとは思わなかった。
 どうやら彼女の能力は、命令によって相手の肉体を自由に操ったり、特定の行動を禁止できるらしい。仲間への連絡は咄嗟に考えるわけなのだが、禁じられた瞬間から、体の中に呪縛のかかる感覚が確かにあった。
 脳の中に特定動作のロックをかける機能でも存在して、その設定が弄られてしまったような感覚で、ポケットに手を忍ばせることが出来ない。禁止された動作を取ろうとすると、まるで磁石の反発でも働くように、思った通りに腕を動かすことが出来ない。
 美羽の足はホテルに向かっていた。
 最初は口封じなり、邪魔な捜査の手を消すことでも考えているのかと予想して、戦々恐々とした美羽だったが、どうやら彼女の狙いは美羽そのものだ。
 目的地のホテルが見えてきて、女性がチェックインの手続きを始めたことで、美羽は自分の未来を具体的に悟っていた。
(せ、せ、セックス……!?)
 狼狽せざるを得ない。
 催淫能力の持ち主がレズビアンであり、同性狙いの犯罪者であることは知っていた。それを捜査し、取り締まる側である美羽のことさえ、この女性は餌食にしようと考えている。
(ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!)
 抗おうとは考える。
 だが、悠々と歩く女性の後ろについて、美羽はここまで歩いてきてしまっている。関係のない場所へ向かったり、立ち止まる行為が出来ず、まるで肉体が美羽ではなく彼女の脳信号をキャッチしている。
 二人でエレベーターに入って行き、さらには部屋のドアを開けるまで、その一連の流れは傍からどう見えるだろう。どこからどう見ても、友人同士か何かの仲で、ごく普通に一緒に部屋を取り、一緒に過ごそうとしている光景だ。
 怪しく見えることなどまずないだろう。
 美羽と女性の二人を見かけ、それを怪しみ通報する市民やホテル従業員には期待できない。

「全裸になりなさい?」

 女性は命じてくる。
「くっ……」
 手がその通りに動き始めた。
 軍服のボタンを外し、着衣をたくし上げ、体がストリップを初めてしまっている。止まれ止まれと、いくら頭の中で念じても、自分自身の動きを停止できない。
(止まって! 止まってってば!)
 心の叫びが意味をなさない。
 自分の体が自分のものではなくなって、一つまた一つと足元に脱いだ着衣が積み重なる。
 どんなに強く念じても、両手が背中の後ろへ回っていき、ブラジャーのホックを外すことを止められない。ショーツの両側に指が入って、下がっていくことを止められない。
 美羽は全裸になっていた。
 靴下まで脱ぎきって、一糸纏わぬ姿で女性と対峙する羽目になり、いやらしい視線が体に這う。
 本当に同性愛者だ。
 人を性の対象にして、触ったり味わってみたい欲望の宿った眼差しで、彼女は美羽の体を見ている。
 それでなくとも、同性同士でもあまり体を見せ合うことはない。学校の体育やプールでも、服の内側で着替えるなどの技を使い、わざわざ下着や裸体を晒したりはしないのだ。
 だが女性の持つ下心は、ニヤニヤとした男性に視姦されることと変わらない。美羽が味わっている恥ずかしさは、異性の眼差しと同等のものだった。
「ああ、そうだ。喋っていいわよ?」
「あなたが……。催淫能力を持つ犯人ね?」
「知っていたの?」
「陰陽局を舐めないで頂戴。あなた、必ず捕まるわ」
 こんな状況とはいえ、顔ははっきり確認した。
 身元の特定など、もはや簡単だ。
「でも、ここまで来ちゃったし、どうせ捕まるとしても、楽しまなくちゃ損ってものじゃない?」
 女性はくすくす笑って視線をやり、美羽の肢体を細やかに視姦してくる。乳房の形を目でなぞり、鳩尾やヘソを伝ってアソコまで確かめる。
「ジロジロ……見ないで頂戴……」
 体は決して動かない。
 美羽は当初、催淫能力を単なる発情や催眠と捉えていた。性的興奮状態に陥れ、なおかつ意識を朦朧とさせる。頭にひどく霞みがかかり、意識活動が正常ではなくなるものとばかり考えていたのだが、肉体の主導権をかなり具体的に握られている。
 目を合わせた瞬間から発動して、相手の自由を奪う能力なのだ。もしかしたら、本当は操り人形のように他者の肉体を操作する能力で、それが発情や催眠といった方向に磨かれているのかもしれない。
 このままでは好きにされ放題、美羽自身も性犯罪の被害者になってしまう。
(嫌よ……そんなの……!)
 先ほどから、動け動けと、美羽は自分の体に念じ続ける。ふとした拍子に能力の効果が弱まり、抵抗する隙が生まれはしないかと期待して、ずっと体を意識しているが、指の一本すら一向に自由にならない。
 女性の手が伸びてきた。
(イヤイヤイヤイヤイヤ――――――)
 せめて首だけでも動いたなら、きっと激しく振りたくり、懸命になって拒否の姿勢を示しただろう。
 だが、気をつけでいることしかできず、女性の手はそのまま乳房へ触れてきた。指先がそっと触れ、それから食らいつくようにして揉みしだかれ、美羽は全身を戦慄させた。
「――――っ!」
 本当に揉まれている。
「ああ、いいわぁ……形も、触り心地も……」
 女性は恍惚とした顔で指を踊らせ、柔らかな指遣いで乳房を捏ねる。
 刺激が走った。
「なっ……! んぅ……!」
 揉まれた部位から肩にかけ、鋭い電流でも走ったような、強烈な刺激に目を丸める。
「あら? 感じちゃってる?」
 女性は乳首を指でくすぐる。
「んぅぅ……!」
 ますます強い刺激が走り、美羽は歯をきつく食い縛る。
「感じるわねぇ? 気持ちいいわねぇ?」
 女性は上擦った声で人の様子をからかいながら、ますます活発に乳首をくすぐる。
「んっ! あっ、あぁ……!」
 美羽は身悶えしていた。
 やられているのは乳首でも、しまいには下腹部すら引き締まり、愛液が滴り始める。触られてもいないアソコが切なくなり、太ももを擦り合わせ、その隙間には汁気の広がりが及んでいた。
「あぁっ、あぁ……!」
 腰がくねる。
 片方の乳首をくすぐられると、そちら側の肩が反射的に引っ込んで、入れ変わるようにもう片方を前にしてしまう。すると女性はそちらの乳首に集中するので、美羽は結果的に乳房を交互に差し出し続けていた。
「あぁっ、あぁ……!」
 快楽は想像以上のものだった。
 催淫能力から予想こそしていたが、果たしてこの気持ち良さに耐えきれるのか。ここまで大きな快感では、いずれ心が堕ちてしまうのではないかと不安を煽られ、美羽は緊張と危機感に囚われていた。
「うっふふ? 感度の方はいいみたいね?」
「それは……あ、あなたが……んっ……!」
「エッチな才能がないと効き目も薄いのよ」
「なっ……! さ、才能って……!」
 元から淫らだと言われたような屈辱と、自分でも知らない真実を解き明かされてしまった恥ずかしさで、怒りと羞恥で美羽は二重に赤らんでいた。
「ひょっとして、普段から自分で触っていたり?」
「そんなこと! しないわよ……」
 美羽は急にムキになる。
「自分でオナニーしてイっちゃったり?」
「だ、だから――そういうことは――――」
 その次の瞬間には狼狽気味だった。
「あら、ろくにオナニーもしないの?」
「そういうことじゃ――んっ、あっあぁ…………!」
 乳首に走り続ける刺激によがり、美羽は髪を振り乱す。悩ましげな表情で息遣いを熱っぽく、頭の中にすら刺激を感じて、気づけば肩を上下させていた。