「はぁー………………」

 朝から吐き出される宝多六花のため息には、今日のことを思うと学校へ行くのが憂鬱でならず、「はぁ、サボりてぇ……」という、嫌な現実から逃げて先延ばしにしてしまいたい気持ちが大いに宿されていた。
 たぶん。
 いや、確実に。
 六花と同じようなため息を吐く女子は大勢いる。
 しかし、サボったところで、本当に先延ばしにしかならないばかりか、最悪の場合は一人で受けることになるだろう。

 ――内科検診。

 健康診断の日程ごときで、そこまで憂鬱になってくるのは、男女共々上半身裸での実施となっているからだ。
『保護者様』
 などと記したプリントにも、陽春の候、保護者におかれましては益々のご健勝のこととお喜び申し上げます。といった出だしから、健康診断の内容について保護者に理解を求める内容が書かれている。
 それを見た母親の反応といえば、まあ仕方ないでしょ、ぐらいのもので、特に深刻に捉えた様子はない。モンスターペアレントよろしく学校に乗り込むだの、PTAで問題にして騒ぎ立てようといった展開とは縁がなさそうだった。
 別に、乳がん検診でも胸は出す。触診もある。婦人科に行く機会があれば、アソコを診察で診せることにもなる。本当に、仕方がないと思っておく以外に手はなかった。


 当日。
 女子の内科検診に当てられた教室からは、椅子も机もどこかへと消え去って、広々とした中にクラスごとの生徒は並ぶ。担任がついて来ているが、生徒の胸を見ることはない。
 パネル台と呼ぶべきか、仕切りとでもいうべきか。
 パーテーションという名前らしいが、簡易的な空間を作って、脱衣所と検診場所を設けてある。プライバシーが確保され、医者以外の目に触れる恐れがないのは当然の配慮であった。
 それでも。

 はぁ、嫌だぁ…………。

 好きで胸を出したいわけがなく、順番が回って制服を脱ぐ時には、朝のため息を再び吐き出し、鬱々とした気分で脱衣カゴに衣服を置く。ブラジャーさえも外した上半身裸となり、六花は医者の前へと顔を出す。

 うわぁ……。

 内科医の顔を見て、それが率直な感想だった。
 中年である。
 それも、どことなく下品な笑みを浮かべて、人のことをジロジロと品定めしているような、獲物を前に舌なめずりさえしているヨダレの音に、六花は思わず両腕で胸を隠した。
 カッパ型のハゲ。
 ダンゴのような形の鼻は、開ききった毛穴に角質が詰まり、いわゆるイチゴ鼻と呼ぶべき黒い斑点が目立っている。唇は粘液をまぶしたようにねっとりと、体つきも肥満で品がなく、よく見ればズボンがテント張りに膨らんでいた。

 こんなのに胸見せるとか……。
 マジ、ありえないんですけど……。

 このまま中年医師の前へと座り、両腕を下ろすということが、まるで汚物を素手で手づかみすることを強要されているかのように、嫌で嫌で仕方がない。

 っていうか、無理でしょ。

 と、思う。
 思うものの、やらなければ終わらないのもまた現実で、六花はもう座るしかないから座ったとしか言いようがない。見せるしかないから腕を下ろしたと、他にしょうがないから診察を受けていると、それ以外に何の言いようもなかった。
 六花の両腕が下ろされていた。
 腰掛けた太ももはぴったりと閉じ合わさり、背筋はぴんと、綺麗な気をつけの姿勢のように伸びている。姿勢良く前に突き出された乳房は、桃色の乳首を突起させ、甘酸っぱい果実の香りを醸し出す。
 ぴたりと、聴診器が当てられた。
 胸の真ん中でひんやりと、手がかすかに乳房に触れている。揉もうと思えば揉んでしまえるほどの手の接近に、六花は全身を強ばらせ、背中にますます力が入って姿勢が伸びる。
「うーむ」
 中年医師の顔が接近していた。
 これから乳首に吸い付くか、谷間に顔でも埋めて幸せに浸ろうとするような、際どい距離感まで迫った目で、いかにもジロジロといった目つきで眺めている。

 ――キモっ。

 声には出さないが、そんな言葉が顔には浮かんだかもしれない。
「背中見せてねー」
 一瞬でも乳房を見せずに済む時間が出来るのなら、六花は喜んで背中を向け、診察のために後ろ髪をかき分ける。背中にかかっていた髪を手前に運び、背筋の肌を曝け出し、そして聴診器は当たってきた。
 ぴたり、ぴたりと。
 何度か位置を変えながら、六花の肌に触れてくる金属は、六花自身の体温で少しは温まり、しだいに冷気で身体が驚くこともなくなっていく。「前戻ってねー」
 やはり内心でため息をつき、六花は前に向き直る。
「触診しますからねー」
 医療用語が悪魔の囁く言葉に聞こえ、自分の顔が露骨に歪んでいないかなど、もう六花には気にかけていられない。

 無理、無理無理無理無理!
 本当にありえないし……!

 中年医師はお構いなしに手を伸ばし、六花の両胸を包み込む。
 ブルっと、肌中の細胞が一つ残らず、振動器か何かのように小刻みに震え上がった。

 ホント、無理すぎ……!

 柔らかな乳房が指によって変形していく。
 五指の蠢きによってグニグニと、ゴムボールでも捏ねるようにグニャグニャと、知識のない六花には、それがれっきとした触診の手順なのかがわからない。
 ただ、笑みが嫌らしかった。

 ニタァァァァ…………。

 と、それだけで空気を変質させ、六花の肌にまとわりつく大気が、全てまんべんなく粘り気を帯びているような気がする。蒸し蒸しとした不快な湿気が、実はネバネバとした何かの粘液によって作られて、その中で過ごす羽目になっているような、嫌で嫌で仕方のない感覚に、生理的な拒否感が膨らんでいく。

 こ、こいつ絶対楽しんでるし!
 ありえない!
 っていうかキモイ!

 六花にはわからないが、それでも中年医師は疾患の有無を探り出し、その乳房が健康そのものであると、れっきとした判断を下していた。ただ、そうとわかってもなお、さも判断に時間がかかっているように揉み続けていた。
 中年医師が乳首を摘まんだ時。
「――んっ」
 六花は少し、声を上げた。
「どうしました?」
「いえ、何でも……」
 そう答えて目を逸らすが、そうするしか六花にはなかった。
 ――感じたのだ。
 こんなにキモいオッサンの、ふざけた手つきで、上げたくもない声が急に上がって、他でもない六花自身が密かに驚き、膝の上ではぎゅっと拳を握り締めた。

 んっ、ちょっと……。
 本当に……おかしい……。

 クリクリと乳首を弾き、転がすように刺激してくる。摘まむ際の指圧に強弱をつける。乳輪をぐるぐるなぞる。ボタンでも押すように指を押し込む。
 ひとしきり攻め抜いて、それから中年医師は、またしても乳房を包み揉みしだく。
「健康的なおっぱいだ」
「おっ、いえ、その……そうですか……」
 医者のくせに、その言葉が「ちぶさ」でも「にゅうぼう」でもなく、何の躊躇いもなくオッパイなどという単語を使ったことに、六花は引き攣りながら驚いた。
 そして、なおも揉み続けていた。
「張りがよく、シコリは無し。生理は順調ですか?」
 医師らしい問診が行われ、明らかに必要がなくなっても、卑猥な両手は乳房から離れない。
「……はい」
「特に風邪を引いたとか、ダルかったとか、最近そういうことはありませんでしたか?」
「はい。特には……」
 そこには技巧があった。
 身体の火照りを引きずり出し、素肌を敏感にさせていき、しだいしだいに甘い痺れが走るようになっていく。揉んでくる指使いが心地よく、乳房の芯から快感が広がって、細胞を侵食していくように乳首の先まで満たしきる。
「皮膚の血色も良いし、特に疾患は見受けられません。側湾症の方を調べますので、もう一度背中を向けて、立って頂けますか?」
 やっと手が離れた頃には、六花の体質や、処女でオナニーぐらいしか経験のない身体でありえる極限まで、性的な指摘に対して敏感になりきっていた。


 中年医師はこの学校が大好きだった。
 言うまでもなく、上半身裸での検診を行っているからであり、女子高生の乳房に毎年のように興奮している。検診の範囲で好きなだけ揉みしだき、手の平に感触を覚えさせ、あとでいつでも思い出せるようにして帰っている。
 最初はそんなつもりで医師になったわけではなかった。
 医師免許を持つからには、医学大学に入学して卒業できるだけの頭脳がないはずはなく、診察を行う技量があればこそ病院にも勤めている。おっぱいが見たいだの、婦人科医になって色んな女性のアソコを見ようといった動機では、決して医師を目指しなどしなかった。
 ただ、いつしか学校医の仕事が舞い込み、図らずも女子高生の裸に触れる機会を手に入れてから、この中年医師は変わったのだ。
「綺麗な背中ですねぇ……」
 真っ白な素肌を眺め、中年医師は感心する。
 生徒の名は宝多六花。
 一見クールに見える顔立ちと、冷たい台詞で男を見下しそうな印象は、さてどこまで当たっているか。あるいは的外れかもしれないが、少なくともこの中年医師は、初めて顔を見てそう感じた。
 だからこそ、その顔が羞恥に歪み、真っ赤に染まり上がっている光景の面白いことといったらない。
 中年医師は女の子のそういう顔を見るのが大好きだった。
 そして、それでも側湾症の有無を見抜くだけの目は持っており、ピンと伸ばした背筋を見ただけで、平気そうだと直感していた。一応作法に則り、前屈の姿勢を取らせ、腰がくの字に折れることで、尻が自分に接近してくる瞬間を楽しんだ。
 もしも背骨の歪みが見受けられ、側湾症であると診断する場合、肩甲骨の高さが左右で違うこともある。そもそも、もっと目に見えて背骨がぐにゃりとしているケースもあるが、六花にはどちらもない。目視ではわかりにくい、微妙な歪みといったこともあるものの、仮にも見抜ける中年医師は、れっきとした診断自体は下していた。
 だから、あとは少しばかり楽しむのみ。
「ふーむ」
 まだ判断がつかないフリをして、尻に顔を近づける。
 スカートが短い。
 一応、下着はきちんと隠れていたが、それにしたってギリギリの丈の長さは、前屈でもすれば簡単に丸見えになるに決まっている。普段からミニにしていて、調整を忘れたのだろうか。
 下から覗いてやろうと腰を折り曲げ、見てみれば、影の奥からクロッチの白い生地があらわであった。
 尻と太ももの境目となる、尻のたれ目のラインが見える。太ももの狭間にあるクロッチから、尻にかけてのショーツの三角形は、布地が割れ目に食い込んでいる。
 スカート丈の上からでさえ、むっちりとした丸いカーブがよくわかる。丈を捲り上げたなら、そこにはどんな美尻があるか。大きくて丸っこい膨らみの山二つが、部屋の明かりの具合で輝いてみせるのか。
 眺めるだけで股間が反応して、射精しそうにさえなってくる。
 あとはリンパか。
「いいですよー。じゃあ、その立ったまま、今度はこっち向きねー」
 尻の光景は向こうへと行ってしまうが、次は太ももの付け根を触診することになる。
「…………」
 今更になって、六花は腕をクロスに胸を覆い隠している。まあ、見せる時間を少しでも減らしたいわけだろう。
 そんな恥じらいが中年医師を喜ばせると、果たしてわかっているだろうか。
 いずれにせよ、太ももへと手を伸ばす。
「…………っ」
 スカート丈にかすかに隠れた付け根に触れ、六花は表情を軽く歪めた。 むっちりと柔らかい。
 じっくりと、丹念に指を動かし、手の平全体を使って前後にさすると、ついついアソコも擦ってしまう。
「っ」
 明らかに反応した。
 時間さえあれば、もっともっと丁寧に遊んでやるが、生徒全員の健康チェックを済ませなくてはならないあたり大変だ。あとは手早く終わらせようと、俺はもう片方の太もも付け根も揉みしだく。
 症状、無し。
 そうとわかっても、あと十秒は無意味に揉む。
「はい終了。戻っていいですよー」
 六花は高速で背中を向け、足早に去っていく。
 何事もなかったように、中年医師は次の女子生徒の相手に取りかかった。


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