前の話 目次 次の話




 勝負がつくなり、すぐにリーダーは言ってきた。
「約束だよ?」
 幼い笑顔で穏やかに振る舞っていたが、そこには約束を破ったら許さないかのような意思を感じた。
「本当に脱げって?」
「うん。約束だもん」
「ねえ、もし自分が同じ立場になって、裸になれって言われたらどう思う?」
 そう返してみることで、どうにか反省を促すきっかけを掴むなり、裸を回避する道を探りたかったが、しかしリーダーはあっけからんとしてこう答える。
「でも、女同士だよ?」
 なのに、何の問題があるのか。
 不思議そうにきょとんとしていた。
 もしかしたら、同性かつ年下でもある自分達の視線など、大したことはないはずだと考えているのかもしれない。
 男の前で脱ぐのと、女児の前で脱ぐのなら、女児の方がずっといいのは確かだが。
「じゃあさ。次のゲームでお姉ちゃんが勝ったら、今度はあたしが裸になるよ?」
 それなら条件は同じはず。
 だから文句はないだろうと言わんばかりに、リーダーは自分が負けた際の条件を提示してくる。
「……なら、次のゲームは?」
「うーん。縄跳び?」
「縄跳び、か。小学校以来だな……」
 小さい頃の体育の授業で、縄跳びなんてものがあった記憶があるだけで、ここ最近ではそんなものは触りもしない。今の授業にある科目は、サッカーやバスケットボールが中心で、他にはバレーやマラソンあたりか。
「自分も脱ぐって、絶対に約束できる?」
「うん。できるよ?」
「写真、撮られたくない。写真を撮るのに使えるもの、全部出して。わかる場所に置いてくれたら、脱いであげるよ」
 結局のところ、チヒロは自分が裸になる形で落としどころを見つけていた。
 そうでなければ、収まりそうにない空気を感じたのだ。
 おかしな約束とはいっても、破ったら酷いと言わんばかりの表情が、実のところチヒロの声色や態度と共に、一瞬にして広がっていた。元を辿れば、自分達こそ催眠スプレーを使っているのだが、そこには幼い我が儘もあるのだろう。
 約束したのに、守ってくれなきゃおかしいのにと、必死になって駄々を捏ね、何人も何人もが、大声で喚き始める展開が脳裏を掠めた。
 そんな収集のつかない事態は手に負えない。
 それに女児が相手なら、という妥協もあり、チヒロは確かに約束通りに脱ぐことを宣言した。
 みんなには携帯機器の端末を提出させた。
 何も取り上げるわけではなく、決まった場所に一時的に置いておき、チヒロが裸でいるあいだは、写真撮影の機能があるものには絶対に手を触れない。必要なルールを課した上、その通りに端末を一箇所に並べさせることにより、チヒロは初めて両手を背中に回す。
 脱ぐ段階になって、みんなのジロジロとした視線が集まる。
(注目しすぎ……)
 やはり、恥ずかしかった。
 これで周りが異性であり、男子特有のいやらしさに満ちた視線が殺到していたなら、その恥ずかしさは今の比ではないだろう。同性の年下という点に救われ、過剰なまでの羞恥心とまではいかないものの、少しくらいは頬が染まるのだった。
 指先でホックを外す。
 肩紐を一本ずつ下ろし、ブラジャーを外した瞬間、歓声が広がっていた。
「おおっ」
「すごーい!」
「たぷたぷしてるー」
「ああいうのが、エッチなおっぱい?」
「大きい方がいいのかなぁ」
「うーん。ああなるのかぁ……」
 その瑞々しい膨らみを見ることで、関心したような感激したような、輝いた目を向けてくるのが大半だったが、とはいえ十人以上もの女児がいる。細かく見れば反応はまちまちで、顎に指を当てながら、何やら考え込んでいる女児もいた。明らかにチヒロと自分の胸を見比べて、何かの葛藤を感じている姿があった。
「あれが将来の目標だ」
 などと、はっきりと口にする声が聞こえた。
「うーん」
 首を捻るような反応もあった。
 大きな胸に憧れたり、逆にそれだけ大きいと困った悩みも出るのではないかと、不安がるような顔も見受けられた。
「次はパンツだよ」
 ブラジャーだけで止まっていると、リーダーが指摘してくる。
「わかってるから」
 チヒロは腰の両側に指を差し込み、少しずつ下ろし始める。
 するすると、下へ下へと下げていくにつれ、女児の期待に満ちたような眼差しが、今度は下半身に集中してきた。
(まったく、そんなに注目して……)
 周りは服を着ている中で、自分だけが全裸になるのは、やはり抵抗というべきか、屈辱感が湧いてくる。ショーツを下げる手が途中で止まってしまいそうだったが、ここまできたらやけくそだ。
(ええい)
 裸ぐらい、なってやる。
 思い切って脱ぎきると、女児達が一斉に注目してくる先は陰毛だった。
「あ、毛だ」
「そっか。生えるんだよね」
「いくつからだっけ」
「そんなの人それぞれだよ?」
 やはり、女児から見たチヒロの身体は、自分達が将来なるかもしれないお手本なのだ。自分の胸が大きくなったら、やがて毛の生える年頃になったら、ああいった具合になるのだろうかと、未来に思いを馳せた視線は多かった。
「ねえ、お姉ちゃんはいつから生えたの?」
 リーダーが訪ねてくる。
「え、いや……。あんまり覚えてないけど、五年生か六年生ぐらいの時だったような」
「そっか。それくらいかぁ」
 答えを聞くなり、女児同士が顔を見合わせ、ヒソヒソと話し合う気配が広がる。
 しかし、あまりお手本になどなってはいられない。
 下着姿でもそうだったが、全裸にまでなっての居心地の悪さは相当なものである。気まずいような、それとは少し違うような、微妙な心境になってくるのだ。女児相手とはいえ、湧かないわけでもない羞恥心のこともあり、服を着ているべき場で裸でいるのは落ち着かなかった。
「あのさ。脱いだばかりで悪いんだけど、早く服が着たいなー」
 どうすれば服を着てもいいのか。
 遠回しに、その条件の提示を求めた。
「じゃあ、さっき言ったみたいに、お姉ちゃんが縄跳びで勝ったら着ていいよ? あたしが負けたら、あたしが脱ぐね」
 チヒロが勝てば、裸が入れ替わるわけである。
 年下の小さな子を脱がすのは、それはそれで良い気はしないが、ならば自分が勝った時にでも止めればいい。
「わかった。早く縄跳びやろう」
「うん。ルールは一番多く飛んだ人の優勝ね」
 実にシンプルだった。
 女児達はそれまで使っていたトランプを片付けて、どこからか縄跳びを持って来るなり、それらは次の参加者達の手に渡っていく。リーダーの手にも縄跳びは握られて、そしてチヒロの手にも渡されて、縄跳び大会の準備は整った。

     *

「いーち、にーい、さーん、しーい、ごっ」

 声出しによる合図と共に、縄跳びは行われた。
 チヒロを中心にして、その左右にはそれぞれ三人ずつ、合計で七人が縄跳びを跳ぶことになり、ちょうど右隣にはリーダーが飛び跳ねている。チヒロも合図に合わせて飛び続け、今のところミスの心配なくこなしていた。
 とはいえ、あまりにも気恥ずかしかった。

 ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ、

 当然、そういったことになる。
 ミニメロンに及ぶか及ばないか、といった具合の豊満な丸みをぶら下げて、ブラジャーによる固定も無しに飛び跳ねれば、上下にぶるぶると動くに決まっていた。靱帯に負荷がかかっての痛みもあるが、大胆な乳揺れを披露することで、注目も集まっていた。
「わー!」
「あんなに揺れるんだね!」
「ぷるぷるしてる!」
「すっごーい!」
 それは珍しいものを見て感激する顔だった。
 さすがに女児だけあって、男の子らしい興奮とは少し違う。性的な眼差しよりも、珍しい動物や植物を見てはしゃぐ方に近い、そういった興奮が広がっていた。
「ぷるぷるー!」
 どういう興奮の仕方かはわかっていても、嫌というほど乳房に注目が集まって、凝視され尽くすわけである。
(やりにくい……!)
 さすがに恥ずかしかった。
 揺れ動く有様を見せている状況も、注目が集まっている状況も恥ずかしかった。
「十一、十二、十三、十四」
 しかし、気を抜けばミスをしてしまう。
 今度こそ勝たなければ、そう思って縄跳びに集中しようとするのだが、数を数えるかけ声はしだいにペースを上げていた。出だしはもっとゆったりしていたのを、カウントが上がるにつれで微妙に速度を上げているようだった。
(そっか。カウントが進んだ分だけ――)
 その分だけ、素早く飛ばなくてはならないのが、この縄跳び大会というわけだ。
(本当に、気が抜けない……!)
 集中していなければ、そのうち必ず足を引っかける。
 その前に他のみんながミスをして、都合良く全滅してくれれば良かったが、さすがに元気な子供達だけあってのことか、まるで足を引っかけそうな様子もない。左右の様子を横目で気にかけた先にあるのは、余所見をしながらでも問題なく飛び続ける姿であった。
(うそっ、こっち見ながら……!)
 人の乳房を気にしながら、それでいて問題なく飛んでいた。
 みんなが乳揺れのことを言っているから、自分も見てみたいような気持ちに駆られ、見よう見ようとしてくる様子の左右の女児は、それでもミスの気配すら見せていない。
「二十、二十一、二十二」
 カウントが二十を超えても、誰一人足を引っかけない。

 ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ、

 延々と注目を浴び続けての縄跳びは、さらにペースを上げていく。
 最初は数秒に一回という、縄を地面にだらりと引きずらせてもよかったペースから、しだいに秒間一回に、秒間二回のペースに上がり、きちんと腕に負荷をかけ、回転を維持していなくてはいけなくなってくる。
 それだけペースをあげながら、きちんと素早く飛んでいれば、それだけ乳揺れも激しくなる。
「おおおおっ」
「あんなになってるよー?」
 乳房の上下に弧を成すスイングは、より大胆に激しくなっていた。上下運動のペースが上がり、それにつられた乳揺れも動揺にペースを増し、乳首が真上を向こうとする勢いで持ち上がる。逆に真下を向こうとする勢いで垂れ下がる。

 ぶるん! ぶるん!

 もはや何かを振り回している勢いだ。
(も、もう! 痛いし恥ずかしいし!)
 クーパー靱帯が伸びてしまう。
 チヒロはますます顔をらめながら飛び続けるが、運動にスタミナを費やして、体温が上がっているせいなのか。そこに羞恥心も加わってか。赤面ぶりは強まって、トマトのように染まりきるのは時間の問題のはずだった。
 そうまで赤くなった顔で、チヒロはなおも縄跳びを続けていた。
 最後まで生き残った人の優勝というルールで、未だに誰も足を引っかけないおかげで、二百回を超えようという数字に近づいても、なおもカウントは止まらない。
 二百である。
 ここまで来て、まだ誰もミスをしない。
(いつ終わるの!? せめて、一人くらい落ちない!?)
 そう思った時だった。
 願いが通じたかのように、やっと一人がミスをした。
「あっ、あー! 新記録出そうだったのに!」
 一人の幼い声が、悔しそうな声を上げていた。
 そのまま続いていれば、その子にとっては記録更新のはずらしかった。
(これでまず一人! あ、あと五人)
 生き残った人数に気づいた途端、チヒロは軽く絶望に駆られた。
 カウントは三百を超えていた。
 なのになお、横目で様子を見てみれば、チヒロほどには集中をしていない、乳房に興味津々の視線が向いているのがわかる。ミスを気にして、少しくらいしか意識を逸らせないチヒロと違って、女児達もそのリーダーも、始終余所見をしながらでも、三百を超える回数を飛び続けていられるのだ。
(みんなかなり体力あるんじゃ……)
 いい加減に靱帯が傷んでいて、負荷を思うと早くやめたい気持ちでいるのに、まだ胸の平らな女児達は、そもそもそんなことを気にするはずもなく、平然と飛び続けている。
 どこにそんな体力があるのか、不思議だった。
 早く、ミスをして欲しい。
 自分よりも先に足を引っかけて欲しいのに、いつになったら二人目が落ちるのかもわからないまま、回数は五百すら超えていた。
 そこまで来て、やっとのことで二人目が落ちていた。
 だったら、三人目はいつ落ちるのか。
「リーダーはね? 千回超えるよ?」
「千って……」
 もはや絶望的だった。
 少なくとも、その回数を超えない限り、チヒロに優勝の見込みはないというわけだった。

「あ……!」

 その時、チヒロはぎょっとしていた。
 この勝負はもう勝てない――決して、はっきりと諦めたわけではない。ただ勝ち目のない可能性が頭を掠めただけで、必ずしも士気を失ったわけではなかったが、頭のどこかでは考えてしまっていた。
 ここは早めに負けておき、次のゲームにでも希望を賭けた方がいいのではないか。
 少しでも、そんなことを考えた瞬間だった。
 考えたことが体に出てしまったかのように、チヒロの足には縄跳びが引っかかっていた。
 そうして、負けを悟ると同時である。

「かんちょー!」
「ひゃん!」

 足を引っかけたと当時の辱めは、不意打ちで肛門を襲ってきた。
 その最悪の悪戯に、悲鳴を上げたと同時である。

 チョロ……。

 すぐに涙が出た。
(う、嘘でしょ……!?)
 まさか、こんなことがあっていいのか。
 指で肛門を貫く攻撃だけでも、十分にありえないものに感じられたが、チヒロの中でカンチョーに対する気持ちは消し飛んでいた。肛門を突かれた事実を忘れるほど、よろ大きなショックがチヒロを襲ったのだ。

 チョロロロロロロロロ――――。

 信じられないものを見る目という目。
 しかし、一番信じたくないのは、チヒロ自身なのだった。



 
 
 

コメント一覧

    コメント投稿

    CAPTCHA