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「……脱ぐわけ、ないよ。だいたい、どうして裸になって欲しいの?」
 相手が男なら、その目論見はわかりやすいが。
「あのね? お姉ちゃんって、あたし達より大人でしょ?」
 と、リーダーは言う。
「それはそうだけど」
「お姉ちゃんの胸って大きいし、凄くスタイルがいいから興味があるの」
 目がキラキラと輝いている。
 女児ということもあってのことか、そこには同性愛の気も感じられず、ただただ本当に好奇心から見たがっているらしい。綺麗な宝石を見てみたい、綺麗なお花を見てみたい。そして、お姉ちゃんの体つきを見てみたい。
 同性の年下故の、憧れの気持ちもあっての要求なのだろう。
「いや、でもね……」
 そうおいそれと脱ぐ気にはなれない。
 相手は人の写真を撮るような子供であり、裸になればそれも撮られかねない危険がある。一度裸を撮られてしまえば、それがどう扱われることになるかの保障もない。いくら純粋な興味とはいえ、昆虫図鑑の昆虫でもあるまいのに、簡単に衣服を手放す気にはなれなかった。
「脱がなくたって遊べるでしょ?」
 だから、チヒロはそう答えるのだが。
「えー!」
「脱いで脱いで!」
「見たいよー!」
「ブラジャーってどんなの?」
「ねえ、いつから胸って大きくなるの?」
「早く早くぅ!」
 途端に要求が激しくなり、周りを囲む全員が脱いで脱いでとの喝采を浴びせてくる。脱がないことには収まりがつきそうにはなかったが、かといって簡単に脱げるはずもなく、チヒロはそんな中心に立たされて、困り果てるばかりであった。
「バラ撒くよ!」
 ついにリーダーは声を荒げる。
「だ、だって……」
「バラ撒くったらバラ撒く! 嫌なら脱いで!」
 我が儘を意地でも通そうとしていた。いくらこの中では大人びている方とはいえ、所詮は自制心の足りない子供であった。
「わかったから……」
「え、本当!?」
 その輝く目を見た瞬間、「しまった!」と激しく後悔した。
 押し負けて折れたというより、あまりの勢いを前にして、つい口走ってしまっただけの言葉だったが、そのうっかりした一言で喝采は鎮まっていた。リーダーもすっと落ち着き、チヒロが服を脱ぐ瞬間を今か今かと待ち侘び始めているのだった。
(どうしよう……本当に脱ぐのはちょっと……)
 この人数にまじまじと見られていては、女児が相手だろうと少しは恥ずかしい。
 それに、いくら男がいないとはいえ、人に囲まれた中心で脱ぐというのは、ストリップショーのように思えてますます抵抗感が強まった。
(ちょっと冗談じゃないけど……でも、ここで拒否したら……)
 周囲から集まる期待の眼差しを裏切って、やっぱり脱がないと言い出したら、全員そろって一体どれだけ荒っぽくなるだろう。催眠スプレーのような危険物を持っていたこともあり、何をしでかすかわからない危険も感じた。
「下着まで、だからね」
 チヒロはまず、ブレザーを脱ぐ。
 カーディガンのボタンに手をかけると、周囲から集まる眼差しは、明らかに期待に輝いていた。
(こんな小さい子達に、言うことを聞かされるなんて……)
 ボタンを一つずつ外していき、水色のカーディガンを脱いだ次には、白いワイシャツのボタンを外し始めた。そのボタンを一つ外していくにつれ、腹から胸へと、しだいに隙間が伸びていく。
 内側の肌がちらつくせいか、女児達はチヒロの前に集まって、一人一人が前のめりで覗き込む。やがてボタンを外しきり、ワイシャツを左右に広げた瞬間、驚くような関心したような声が広がっていた。
「わあっ」
「大きい!」
「将来ああなるの?」
「秘訣とかあるのかな」
 女児達はチヒロの胸を見ることで、それぞれに自分の未来を想像していた。自分もいつかはこうなるのか、それともここまでにはならないのか。思い思いの未来を見ながら、リーダーも自分自身の胸を意識していた。
 同性の年下である以上、男が女を見るような露骨な視線はそこにはない。
 そのほとんどは、自分の将来を思った視線であった。
 女児達にとって、チヒロのスタイルは未来の見本と言えた。
「お姉ちゃんみたいになりたいなー」
 憧れさえ向けられていた。
 女児達にとって、チヒロの巨乳は我がことのような関心事にもなっている。その体つきに憧れる視線もあれば、巨乳だと肩が凝りそうといった声も聞こえて来た。
「そ、そう……」
 チヒロは胸中複雑である。
 女児の視線が恥ずかしすぎるほど恥ずかしいわけではないが、注目を浴びながら何かをするのはやりにくい。多少は頬も染まってしまい、あまり居心地の良い状況とは言えなかった。
 あと一枚。
 チヒロはスカートのホックに指を絡めてそれを外すと、腰横のファスナーを引き下げる。太ももをわずかに露出した時、腰の締め付けが緩んでばっさりと、スカートは足元にドーナツ状に落下していた。
 これで上下共に下着姿で、チヒロは女児達の視線を一身に受け止める。
「きれーい」
「いいなー」
 憧憬の眼差しがより集まる。
 その興味津々の視線の数々は、居心地をより一層悪くしていた。
「ねえ、どうしたら下着も脱いでくれる?」
 リーダーがとんでもないことを言い出してくる。
「い、いや……それはさすがに……」
 こんな格好になっただけでも、十分におかしいのだ。
 これ以上は無理がある。
「うーん。でも、こっちは写真も荷物もあるしなー」
 どうしてやろうか、わざとらしく迷った風にしてみせながら、やがて思いついたようにリーダーは言う。

「そうだ。だったら、ゲームで勝てたら下着は脱がなくてもいいよ?」

 選択権は自分にこそあるように、そんな提案をしてくるのだった。
(だから下着は……)
「トランプでどう? ババ抜きにしよっか」
「ババ抜き、ね」
 本当にそういった遊びがやりたいのかと、改めて思ったチヒロだが、わざわざ攫った相手を遊び相手にするのはどういうわけか。
「ね、やるでしょ?」
「わかったわかった。じゃあ、こっちが勝ったら、元の格好に戻ってもいいかな」
 対抗するように、チヒロもそんなことを思いつく。
 全裸になる賭けに対してなら、逆に勝てば服を着てもいいはずだ。
「いいよ。じゃあ、参加者はジャンケンで決めるから、ちょっと待っててね?」
 そして、ゲーム直前に始まるのは、女児同士で行う参加者の相談と、その枠を取り合うジャンケン大会だった。誰もがチヒロと遊びたがり、参加を希望してジャンケン大会に加わるも、一部はそれを遠巻きにしていた。
 やりたくない子もいるのかと思ったが、そうでもない。
 どうやら、この女児達のルールでは、一回目のゲームに参加したら、二回目では参加権を失うらしい。そこで今回はゲームをパスして、次のゲームへの参加を狙って権利を温存しているようだった。

     *

 レジャーシートが敷かれた上に膝を付き、チヒロは配られた手札を握る。
 参加している女児は三人。
 チヒロ自身も含め、四人でババ抜きを始めたさらに周囲は、未参加の女児達によって囲まれている。周りはみんな服を着ているのに、自分だけが下着姿でいる感覚は、どうにも慣れないものがある。
 徐々に羞恥心は引いてきて、そこだけは慣れてきたのだが、早く服を着たい気持ちは収まらない。
(さっさと勝って……ても、運だし……)
 時計回りの順番で手札を抜き合う。
 チヒロの手札から一枚が抜かれると、今度はチヒロが隣のカードを抜く番となる。引いたカードでエースが揃い、それを捨てればチヒロの残りは二枚となる。もうじき勝負がつきそうな頃合いになってはきたが、時間と共に三人の女児達の手札も減っており、まだ勝利を掴めるとは限らない。
 この遊びはいわばバックドアだ。
 ファイヤウォールを迂回して、懐に入り込むための入り口を作る。女児達の心を暴き、どうしてこんな真似をするのか問い質す。心のハッキングこそが今のところの目的だ。チヒロはそのために遊びに付き合い、女児達の様子を窺っている。
 参加している三人は、どうも素直に楽しんでいた。
 引いたカード一枚に一喜一憂して、嬉しそうに手札を捨てたり、むぅーっと唸ってジョーカーを迎えている。顔に出ているあたりを見れば、誰がジョーカーを握っているかは、簡単に読み取れた。
(私の番、か)
 ぐるりと一周順番が回り、またチヒロが相手の手札からカードを選ぶことになる。
 その手札は三枚。
(さて)
 今からカードを取る相手が、まさしくジョーカーを引いた瞬間に難しそうな顔で唸って、丹念に手札をシャッフルしていた。顔にはっきりと出ていた子で、ジョーカーを見極めるのは難しくなさそうだ。
 自分から見て、まず右側のカードに指をやる。
「へへ」
 勝ち誇った笑みが見えた。
(へえ、これがジョーカー)
 それを抜いてもらえればしめたものだと、そう言わんばかりの表情は、あまりにもわかりやすかった。顔にはっきりと書いてある勢いで、しかも別のカードに指を移してみせた途端、表情は一変していた。
「あっ……」
 と、今のカードを引いてはくれないのか、あからさまに残念がるような、待って欲しいかのような顔をしていた。
(はいはい。ま、引いてあげてもいいけど……)
 今は服を着たい。
 接待よりも、この格好を何とかする方を選んで、チヒロは容赦なく左側のカードを取る。ジョーカーではない、手札を減らせる可能性のある方を引き抜いた瞬間に、チヒロはぎょっとした顔をしていた。
「え……!」
 それはジョーカーだった。
 馬鹿な、避けたはず。
 相手は非常にわかりやすいタイプで、あからさまに顔に出ていた。それを利用し、きちんとジョーカーを避けたと持っていたら、そのジョーカーをピンポイントで引いてしまった。
 一瞬、何が起こったのかがわからなかった。
「引っかかったー!」
 嬉しそうにはしゃぐ反応に、チヒロはようやく理解した。
(だ、騙された!?)
 初めから計画的だったとでもいうのだろうか。
 ジョーカーを引いた途端に難しい顔をして、自分がジョーカーを握っていると、わざとらしくアピールした上、チヒロが選ぶカードに対しても、逐一表情を作ってみせていた。右端をジョーカーに見せかけて、それを避けさせることにより、チヒロがババを引く可能性を上げていたのだ。
(舐めてた……子供だからって、完全に舐めてた……)
 むしろ、チヒロの方が放心して、ショックが顔に出そうであった。
 どうにか表情を引き締めて、気を持ち直して手札を混ぜる。次の順番の子にカードを取らせ、ゲームを進行させるのだが、チヒロの手からジョーカーは抜かれなかった。それどころか、チヒロから選んだカードで手札を減らし、勝利へと近づいていた。
(ま、まずい……このままじゃ……)
 負けたら下着を脱ぐ約束をしていしまっている。
 そして、その約束を破ろうものなら、みんなの心を開くどころか、荷物を返してもらったり、写真を消してもらうことすらできなくなる。
 危機感を胸に抱え、嫌に緊張しながらゲームを続けた。
 そのうち、一人また一人と上がっていき、一対一の状況が出来上がり、そんな展開になるまでチヒロはジョーカーを握り続けていた。そして、チヒロと一緒に残っているのは、チヒロにババを抜かせた張本人だ。
「あたしが勝っちゃうかもね」
 向こうは本当に楽しそうにしているが、チヒロとしは笑えない。
 ここに居たくて居るわけでなく、脅迫によって無理に付き合わされて行うゲームでは、純粋に楽しめなかった。
 女児の方がチヒロの手札を選ぶ。
 もし、ここでジョーカーを引いてもらえなければ、ババ抜きはチヒロの負けだった。
(どうするの? 負けたら本当に脱ぐっていうの?)
「うーんと、どれにしよっかなー」
 女児はわざとらしく時間をかけ、じっくりと迷ってみせている。二枚きりの手札に手を伸ばし、右と左のどちらにも、交互に指をやっている。取られたくない数字のカードに指が来れば、胸が異常にドキドキして、ジョーカーの方に指が来れば、お願いだからそれを引いて欲しいと内心で訴える。
(早く、選んで……)
 勝敗の別れ道に立った緊張感で、鼓動が激しくなっていた。
(ほら、早く……!)
 果たして、顔に出ていたのか。
 単なる直感によるものか。

「これ!」

 やがて、ようやく女児が狙いを決め、抜き取った方のカードは、チヒロにとっては取られたくなかった数字の方のカードであった。
「あっがりー!」
 チヒロが手札を全て捨てきり、勝利の喜びで嬉しそうに両手を上げてはしゃいでいる。
「やったねー!」
「見ててドキドキしちゃった!」
「勝った勝った!」
「おめでとー!」
 他の女児達が仲間の勝利を称え、喜び合っている傍らで、チヒロはその手に残したジョーカーを握って呆然としていた。
 負けたら全裸になる。
 その約束の上で本当に負けてしまって、心が冷え切っているのだった。



 
 
 

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