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 このままでは……。
 有村沙弓は危機感を抱いていた。
 性指導制度は法的な強制力で少女を縛り、性交指示を可能とする。拒む権限を持たない沙弓では、校長のされるがままでいるしかない。そのために身を任せ、もう二ヶ月以上にわたって校長とのセックスを繰り返したが、当初はなかった悦びをしだいに膨れ上がっている。
 性感帯が磨き抜かれて、どんどん感じやすくなっていき、校長に犯されることを嬉しく思う自分がいる。
(……違う。本当に嬉しいわけないじゃない)
 きっと、そんな自分にでもならなければ、この苦行に耐え抜くことができないからだ。快楽に流されて、堕落でもしてした方がいっそ楽で、今の自分はそういう方向に流れようとしているのだ。
 冗談じゃない、嬉しくてたまるか。
 沙弓は心のどこかで意固地になり、流されつつある自分の精神を握り絞め、意地でも食い止めようとしている状態だ。快楽になど流されない、心の堕落などしてたまるか。沙弓はそういう気持ちを固めている。
 彼氏である白石冬馬に、せめて心だけでも操を立てたい心理は大いにあったが、何よりも沙弓自身の性格がそうさせている。
 恋人への愛情が深くとも浅くとも、沙弓はきっと今と同じ状態だろう。
 流されてたまるか、心まで堕ちてたまるか。
 確固たる自分を維持していたい。性に乱れて、みっともなく喘ぐ姿を晒すのも、本当ならば自分で決めた相手の前でなければありえない。
「……冬馬」
 校長室を出た時だ。
 沙弓が中でしていることをわかってか、どこか気まずそうでありながら、どうやら今まで待ってくれていたらしい。
「沙弓、行こう」
「うん」
 手を差し出してくる冬馬に対し、沙弓も自分の手を差し出す。手を繋ぎながら歩いていると、すれ違う生徒達の視線は自然と集まり注目される。
 そう、この感じだ。
 周りにからかわれたり、冷やかされることを恐れて隠すくらいなら、堂々と付き合っている事実を表に出して、「付き合ってるけど何?」と、逆に言い返してやる気でいようと、沙弓としては以前から構えていた。
 おかげで二人の交際は周知の事実となり、こうして手を繋いで歩いても、沙弓達をよく知るクラスメイトからすれば、せいぜい「またか」といった具合の反応に落ち着いている。
 もっとも、校長に指名され、性指導対象に選ばれてもなお、今まで通りの交際関係を維持しようとしているのは、一体どう思われているのか。意地っ張りだとでも思っているか、強いと思ってもらえるか。きっと向けてくる考えはそれぞれだ。
「……もうすぐ、だね」
「そうね。もうすぐ」
 何がもうすぐなのか、あえて言うまでもなく、これだけのやり取りでお互い伝わる。もうすぐ三ヶ月という期限が切れ、冬馬とのセックス禁止は解除となる。同時に性行為の実践授業が開始され、沙弓の肉体は学習材料とされてしまう。
 無論、それは辛い未来だ。
 どうにか消し去ることができるなら、是非とも消したいものなのだが、中学生がどこにどう働きかけようと、権力を持つ校長相手に何の結果も出ないだろう。粛々と従う意外の道などなく、だから冬馬としても思うところでいっぱいのはずだ。
 好きでもない男に触れられたくなんてない。
 冬馬にとっても、自分の恋人が他の男に触れられるのは、辛くて悲しいことのはずなのだ。
 お互い、辛い。
 どうして、辛いとわかっていながら付き合い続けているのだろう。そんなふっとした考えが浮かぶのは、実はこれまで何度かあった。そのたびに迷い、考え、別れることも思いつきこそするものの、結局は意地でも関係を保つことにこだわった。
 校長なんかに抱かれてしまい、思いがけず非処女となった沙弓のことを、それでも好きであり続けてくれる冬馬である。校長と何度交わっても関係無い。たとえ辛くとも沙弓がいいのだと思ってくれる彼の気持ちに応えようと、沙弓は心を保ち続けた。
 辛いだけ、別れよう。
 いいや、別れるまではいかなくとも、せめてしばらく距離を置こう。
 思い浮かんだ考えの数々は、冬馬の気持ちに応えて全てかき消し、どこか歪な空気の流れる奇妙な交際を続けている。
 言ってみるなら、裏に秘密を隠した沙弓に対して、冬馬もそれに勘付いて、もうお互いにわかってしまっていながらも、あえて触れずに白々しく付き合っている。とでも言うべき空気の流れる日はそこそこに多かった。
 慣れというものは怖いのか、それとも便利と取るべきか。
 そういった奇妙な空気感との付き合い方も身について、さも何事もないかのようにデートをして、別れ際のキスをしてからお互いの家に帰っている。登下校を共にするため、登校直前に顔を合わせて、挨拶感覚で行うキスすら続けている。
 白々しさなどないかのように振る舞う関係に慣れきって、冬馬の顔に気まずい複雑さが浮かぶことも減っていた。
 今日の冬馬の顔にそれが浮かんだのは、校長室から出た途端の沙弓に対してだった。一瞬だけ目を背けた反応は、随分と久々に見たような気さえしていた。そんな表情もすぐに立ち消え、二人して校長室での出来事などないかのように振る舞って、甘い時間に浸ったように楽しく下校の道のりに入っていく。
 ガードレールの内側を並び歩いて、今日の授業の内容だの、先生がどうだった、友達が何をしたといった雑談を交わして進んで行く。
 ……いや。
 進むというより、むしろ縮んでいると言いたい。
 帰宅後にデートをする日も多いのだが、今日はそんな約束をしていない。部活に勉強もある中で、恋だけにかまけるわけにはいかないと、デートは週に何回までといった話し合いをお互いによくしている。
 つまり、今回は家に帰れば次の朝まで冬馬の存在はお預けとなる。手を握って感じる体温も、声や表情に触れることも、全てがお預けだ。
 明日になれば、すぐにまた会えるとはわかっていても、たまには寂しい気分になる。
 だから思う。
 こうして、家に帰っている際の道のりは、道を進むというよりは、二人一緒にいられる時間が縮んでいる最中なのだ。
 とうとう家の前まで辿り着く。
 二人の家はお互い向かい合わせとなっており、それぞれの玄関に入っていけば、もう電話やSNSでしか繋がる方法はなくなって、直接相手を感じる時間は失われる。いくら一時的な別れとわかっていても、どういうわけか時々寂しい。
 きっと、体調が日々変化を繰り返し続けているように、心の中にも周期があり、それが巡ってくると理由もないのに寂しくなるのだ。明日にはすぐまた会えるのに、それでも寂しい瞬間は、ふとした瞬間に訪れるのだ。
「キスしよう」
 そんな時、魔法で心を見透かしたかのように、どこか真剣な目で言ってきた。
「うん」
 いつも沙弓の方からしているくらいだ。
 特に抵抗があるはずもなく、いちいち許可などいらないくらいに思っているが、熱気の宿る熱い眼差しで言われると、いつものキスとは味わいが違って感じられる。付き合いの長さによって、あって当然の挨拶に成り下がっていたキスに、不思議な魔法でもかかったような価値が付与され、それは新鮮で狂おしいキスになる。
 きっと、これも周期や変調によるものだ。
 食事や睡眠によって体調が上下左右に移ろうように、心の調子も行ったり来たり、その流れの中でふっと湧いて来る魔法のような感覚で、キスの味が増してくるのだ。
 このキスは不意にくる甘美であった。
 沙弓はうっとりとして目を細め、まぶたを閉ざしきっていく。そっとした力で抱き返し、永遠にこうしていたいかのようにキスに浸った。校長がいくら快楽を与えてきても、あんな男とのキスでは決して味わうことのない至高の味がここにはあった。
 だが、今回ばかりはこれだけでは済まなかった。
「!」
 沙弓は驚き、閉じていた目を薄ら開ける。
 急に抱き締める力を強め、後頭部まで掴んできたかと思いきや、舌をねじ込もうとしてくるのだ。沙弓の唇を頬張って、より深く味わおうとしてくる冬馬に衝撃を受け、一瞬の動揺のあとには胸のドキドキとする感覚が残っていた。
 沙弓は唇を薄ら開き、自らの舌を差し出し絡め合う。
 お互いの舌先がぶつかり合い、激しいまでに貪り合った。気づけば沙弓の方からも冬馬の唇を頬張り返し、お互いにお互いを喰らっていた。
 情熱がままにお互いを感じ合い、夢中なあまりに通行人など気にならない。二人きりの世界に浸るあまりに、人に見られていることに気づきつつ、そんなことより冬馬のことしか視界に入らなかった。
 そして、一つの衝動が湧く。

 ――このまま冬馬を家に誘いたい。

 至高の味に浸ったせいか、今度はもっともっと味わいたい欲望が膨らんでいた。
 校長のせいで膨らむ欲望は、快感を無理に教え込まれてのものである。あれが入れば何度も絶頂できることを体が覚え、パブロフの犬のように性行為さえ始まれば興奮するが、校長の顔を見たり、声を聞いたり、誘われた時点で興奮したことは、そういえば一度もない。
 情熱の末の衝動は、やはり恋人相手でなければ生まれない。
 きっと、今のここからの流れこそ、本当にあるべきセックスの形だ。
 お互いを求めるあまりにもつれ込む時間に浸ってみたい。
 ……したい。

 沙弓の中で衝動が膨らんで、見れば冬馬も、このままでは消化不良で終わりそうな、本当はまだ求めたくて仕方のない顔をしている。
 冬馬も自分と同じ気持ちであることが嬉しい一方で、まだ禁止期間が終わっていないことのへの恨めしさで歯を噛み締めた。
「沙弓、期間さえ終われば、必ず誘うから」
 冬馬から吐き出されるのは、せめてもの決意の言葉だ。
「うん。絶対、約束だから」
「そうだね。約束」
 お互いに見つめ合い、別れ際に改めてディープキスを行って、名残惜しさに一分以上は貪り合って、ようやく二人は帰っていく。
 玄関のドアを背に、家の中に入った沙弓は、胸に広がる急速な寂しさを副作用のように感じていた。
 恋は麻薬という言葉は、一体どこで聞いたものだったろう。
 この副作用を止めるには、より存分に冬馬を味わう以外になさそうだった。

    *

 白石冬馬は言うまでもなく悶々としていた。
 制度や約束など無視して、いっそのことあのまま誘ってしまおうかと、本気で考えたくらいである。
 しかし、校長に逆らうことは、法に逆らうことと同じである。
 恋人同士のセックスを一定期間禁止して、そのあいだは校長に沙弓の肉体を独占させる。許されるのはキスのみで、違反すれば何らかの罰則があるだろう。どんなに納得がいかなくとも、破るのは得策ではない。
 消化不良でならない感覚を振り切って、どうにか勉強に打ち込んだり、風呂や食事を済ませた後、部屋で一人きりの時間を過ごす。
 そうしていると、何時間も前に忘れたはずの悶々とした思いは蘇り、冬馬はとうとうスマートフォンの中に溜まったデータに手をつけた。
 本来なら、見てはいけないものが詰まっている。
 交際の末に仲を深めて、きちんと誘った上でなければ許されない。どうしても見たければアダルトコンテンツに触れるしかない、女の裸というものが、冬馬のスマートフォンには溜まっているのだ。
 それがネット上でかき集めた画像なら、思春期の男子にはありがちなことだ。
 だが、他ならぬ沙弓の裸とあっては、冬馬にも相応の罪悪感があるのだった。
 校長から送られてきた動画の数々を見るために、音が漏れないようにイヤホンを付け、心の底では沙弓に悪いと思いながらも再生する。
『んあっ、あん! あん! あん! あん! あん! あん! あん!』
 それはホテルで撮影したものだった。
 高級な部屋なのか、王室を思わせる丸い大きなベッドが絹のカーテンに囲まれている。そんなカーテンの正面だけは開いてあり、きっと三脚台か何かに立てたカメラから、大胆に弾み上がるすべらかな背中が撮られていた。
『あぁぁ! あぁっ、あん! あぁん! あぁん!』
 沙弓は自ら動いていた。
 仰向けの校長に跨がって、白い尻を上下に弾ませ、ポニーテールを激しく踊らせながら交わっている。
『あぁっ! あぁぁん!』
 イったのか、何なのか。
 不意にビクビクと震えて背中を反らし、かと思えばぐったりと、休みが欲しいかのように背中を丸めて前のめりに、ベッドシーツに手を突いていた。
『はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……』
 肩が上下に動いている。
 それは疲弊のせいばかりでなく、熱と興奮を帯びたものなのだ。
『君も楽しんでるねぇ?』
『何度も言わせないで。断れないから、いっそそうしているだけだから』
『そうだね。それでもいいから、いっそうのこと、もっといっぱい味わったら?』
『…………』
 後ろ姿から放たれる空気感で、これがたとえ動画であっても、沙弓の不満じみた苛立ちの顔が目に浮かぶ。心の底では校長を受け入れてなどいないとわかり、冬馬としても安心するが、それでも冬馬は胸に苦しさを感じている。
 沙弓が他の男と交わる光景など、面白いはずがない。
 だが、たとえ校長が相手であっても、大好きな沙弓の裸がある。他でもない沙弓の乱れた姿がある。苦しく思える光景でも、見ればどうしても興奮してしまう。
 しばらくして、沙弓はべったりと体を倒し、校長に体重を預けていた。
「沙弓……!」
 そんな風に密着する場面への、校長への嫉妬や恨めしさを抱きつつ、冬馬はなおも食い入るように動画を見た。
 抱き合うような密着で、結合部だけがカメラに向くことで、肉棒を咥えた膣や肛門がよく目立つ。しかも、元々かなりの画面サイズに対応しているデータのため、スマートフォンのような小さな画面で見る場合、気になる部分に狙いを絞り、拡大することが可能であった。
 どれほど良いカメラで撮ったのか。
 ヒクヒクと蠢く桃色の皺に、血管の浮き出た肉棒も鮮明だ。
『あぁ! あん! あん! あん! あん!』
 尻が上下に弾むことで、肉棒が繰り返し見え隠れしていると、コンドームの表面に塗り広がる愛液のヌラヌラとした光沢までよくわかる。さらに細かく観察すれば、激しい出入りでしだいに泡立ち、白い塊のような汚れが出来上がるところでさえ鮮明だ。
 この動画を見ながら、冬馬はティッシュを消費した。
 沙弓に悪い、申し訳ないとは思いながらも、どうしても沙弓の裸が見たくて見たくて、消化不良のような気持ちを誤魔化すために自慰をした。校長なんかに送られてきたデータであるとわかっていながら、そうせずにはいられなかった。



 
 
 

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