散々だった。
イカされたせいで疲弊して、余計に休む羽目になってから、やっとのことで小屋を出る。体こそ元気を取り戻したものの、アリッサはまるで痩せこけたようなげっそりとした顔をしていた。
(まずいわ……私……)
もう自分で自分を誤魔化すには限界がある。
自分は変態かもしれない。
ある程度までなら、生理的な反応だから当たり前、特別におかしいことはないと、自分に言い聞かせることができたのだが、ああも気持ち良く絶頂してしまってはもう駄目だ。
(やばい、まずい、これ以上おかしなことが起きたら、なんかもう後戻りできない気が……)
アリッサは始終そんなことを考えながら足を進めて、ついに頂上へ辿り着く。
そこには岩の塔があった。
あるいはトゲや針と例えてもいい、細長い形の岩は、自然にできたものなのか、はたまたは人工物か、鉱山の人間にもわからないらしい。遠目にはいかにもほっそりしているが、近づけば近づくほど、実際には巨大な樹木をいくつか束ねた程度の太さをしているのがわかってくる。
その岩には一つだけ穴がある。
そして、穴の内側はちょっとした小屋程度のスペースがあるらしく、かつて魔物が作った巣ではないかという説もある。もしも説の通りなら、今は別の魔物が空き家をそのまま利用しているというわけだ。
「……はぁ、いるわね。マリーサ」
岩の塔を前に、迂闊な接近を避けた十メートル以上の距離を取り、アリッサは穴の様子を窺っていた。
「元気がないようね」
「元気な方がおかしいわよ」
「それもそうですね」
「……はぁ、さっさと倒したいけと、そこらの石ころは前に書物で見たことがあるわ。金属を食べるスライムのフンだって」
「武器や防具を溶かされる恐れがあるわね」
マリーサは涼しい顔でそう言った。
「なにか嬉しそうじゃない?」
「嬉しい? まさか、ああいう検査を受けて気分は悪いままよ」
後ろの重役三人組を気にせずに、マリーサはしれっと答えるが、あまり精神的に堪えて見えない。むしろ、何か良いことがあったような顔さえして見える。
(私みたいに、何か変なことに目覚めてないといいけど……)
ともかく、魔物の種類はわかっている。
金属を溶かす性質のスライムが何度も行き来したせいで、岩の足場がだんだんと長い時間をかけて削れていき、やっとのことで出来上がった足跡があったのも確認している。
こうした魔物の痕跡を追いかけるような冒険は、特に経験則に基づいているわけではなく、アリッサもマリーサも、もっぱら書物の知識を元にしている。
冒険を繰り返していれば、知識だけでは正しい判断ができず、いつかは思わぬ事態に遭うかもしれない。
もっとも、そうなったらそうなっただ。
自分には優れた剣の腕があるのだから、切り抜けることはできるだろう。
「アンタ達、炎でも何でもいいから、適当な魔法をあの中に撃ち込みなさいよ」
アリッサは三人組を振り向き言う。
「ええ」
「我々ですか?」
「いやいやいやいや」
臆病なのか、三人揃って後ずさる。
「魔法で死ねばそれでよし。仕留めにきれなくても、トドメなら私達で刺すから……やりなさい?」
低い声で圧をかけ、それに引き攣った三人組は、渋々ながらに前に出て、それぞれの呪文を唱える。火炎弾が穴の暗闇に撃ち込まれ、弱小ならば生きてはいない。そうでなくとも、ダメージは受けただろう。
スライムは這い出て来た。
「はいはい、生きてたのね。アンタ達、下がっていいわよ」
アリッサは早く面倒を片付けようとばかりに剣を抜き、スライムへと迫っていく。
弱らせはしたのだ。
さして俊敏にも見えないスライムなら、ゴーストと同じように刀身に魔力を通し、そのまま斬ってしまえばいい。
「いくわよ。マリーサ」
「そうね」
マリーサもここで仕事を済ませようと、同じく隣で剣を抜き、スライムへと突き進む。両手でも抱えきれないような、巨大な青い塊は、たぷたぷと揺れるばかりで身動きの様子を見せてこない。
弱っているのか、スライムなりに作戦でもあるのか。
どちらにしても、自分達の腕でスライムごときなど負ける要素はない。
「消えなさい」
アリッサが剣を振り上げる。
そして、マリーサと共に斬りつけて、同時に刃を食い込ませた瞬間だ。
「っ!?」
「なっ!」
二人同時に驚愕した。
スライムが弾けたのだ。
まるで膨らんだ水風船が破裂したかのように、四方に飛沫が広がって、アリッサやマリーサの身体にも降りかかる。スライムの生態を思えば、この液体を浴びてしまったことには恐怖しかない。生物を体内に捕らえ、溶かすように食べる以上、だったらこの体中にかかった液体も、人間を溶かす強力な酸性ではないかと、二人揃って恐慌していた。
だが、恐れた事態はどうやら起きない。
恐怖に引き攣った顔は、徐々に平静なものへと立ち戻り、どうやら本当に身体が溶ける恐れはないとわかって安心する。
知識漏れだ。
どんなに数多くを学んでいても、たまたま知り損ねてしまう事柄が時としてあるものだ。あるいは九割は記憶できても、一割は忘れるようなこともある。トドメを刺さしたスライムが最後の足掻きで破裂して、自分の周囲に被害を与えようとすることは、こうして二人の知識から漏れていたのだ。
書物で学んだ知識、騎士団の指導で得た腕前。
この二つのみを頼りにしていた二人は、実際の冒険で得た経験則というものが足りていない。つい知識通りに考えてしまい、想定外の事態というものに想像を働かせていなかった。
「……ま、まあいいわ。驚いたけど、助かったじゃない」
「……そうね」
「確かに、今ので死んでいたら笑えないけど、運良く何ともなかったわ。だいたい、これも運のうちかしら? 私の幸運でついでにマリーサも守れたわ」
アリッサは素でそんなことを考えていた。
自分の豪運のおかげである。運の力がマリーサさえも守ったと――つくづく、アリッサは自信家なのだった。
だが、次の瞬間である。
しゅぅぅぅぅぅぅ………………!
まるで鉄板の上で水を蒸発させているような音が聞こえた。それも、アリッサやマリーサ自身の肉体からだ。
やはり、本当は身体が溶けてしまうのかと、改めて恐怖を浮かべ、引き攣った顔で自分達の肉体を確かめるが、溶けているのはビキニアーマーの方だった。
「な、なによこれ!?」
「これじゃあ、あぁ……!」
待ってくれとばかりに、徐々に消滅していくものへと手を触れて、握り締め、しかしそんな行動に意味があるはずもない。アリッサがどうしたところで、マリーサが自分の胸を抱き締めても、消滅を食い止めることなどできはしなかった。
二人は全裸になってしまった。
結果としては大量の魔物を倒し、元凶であるスライムも討伐した。スライムの持つ魔力が他の魔物を引き寄せていたので、残党を駆除することで数を減らすことはあっても、増えることはもうないだろう。
その残党の数というのも、たかが知れている。
依頼は完了で問題なかった。
ただ……。
「これ、帰りはどうするのよ! ねえ、マリーサ!」
「何か貸してもらえるといいのだけど……」
全裸など今更ではあるのだろうが、自信満々にスライムを斬った上での、いかにも油断した結果の手前、単に裸になるよりも恥をかいた感覚が強い。穴まで覗き尽くされた身であっても、二人は新鮮な恥じらいで顔を染め上げ、両手でアソコと胸を隠しているのだった。
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