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「堀さん。今日は身体測定だったよ」
 不意に切り出してくる話題は、今日は学校でどんな出来事があったか、どんな授業をやったり、友達とどんなお喋りをしてきたか。とりとめのない雑談をしているおり、宮村の口から出て来たものだった。
「身体測定かぁ……」
 宮村の体重の軽さを思い出しつつ、堀はベッドの中で身体の向きを変え、彼のブレザーへと手を伸ばす。
 特に意味もなく、宮村の服を掴んでみた。
 本当に意味はない。
 ただ、何気なく触れてみたかっただけ。
「?」
 と、疑問符の浮かぶ反応は予想通りのもの。
 風邪は完全には治っていない。
 ただ、午前中は寝ていたことと、薬を飲んだこともあり、三八度を超えた熱はいつの間に三七度にまで落ちていた。平熱に近い今、万全とは言わないまでも、こうして喋るだけの元気はある。
「なんかねー。精密身体検査っていうのがあって」
「うん」
「誰かそれに選ばれるんだって」
「へー。何すんの?」
「よくわかんないけど、普通は測らないところまで測るんじゃない?」
「腕とか、脚の長さとか?」
「たぶん」
「面倒臭そう」
「選ばれないといいね」
「うん。怠い」
 きっと自分には関係ない。
「ああ、そうだ。宮村、ちょっと頭出して?」
 言われるままに首の角度が下がってきて、前髪が垂れると共に頭が向く。
 堀は彼の頭に手を乗せて、何となく撫でていた。
「堀さん? これは一体」
「さっき頭突きさせてもらったから、そのお礼」
「お礼って……。堀さん、何かあったの?」
「別に、何もないけど。ちょっと八つ当たりしたかっただけ」
「八つ当たりなんだ……」
 ため息のような声が聞こえてきたが、女の子に撫でてもらって、悪い気もしていないらしい。堀はそのまま髪の感触を手に味わい、何気なく耳にも触れ、頬にかけてもひとしきり撫でてやるのだった。

     *

 その教師は満悦の笑みを浮かべて病院から出て来ていた。
 脂肪で腹がたるんだ教師は、ぶよぶよの浮き輪を二重に巻いた体格で、歩くたびに丸く飛び出た腹を揺らしている。頭髪も薄れ、肌の浅黒いこの教師は、皮脂が滲みやすい体質で、見た目にも清潔感があるとは言い難い。
 そんな教師が病院に行った理由は、決して体調不良のためではない。

 ――データの交換だ。

 悪友である医師から、久々に女子高生を裸にしたと報告があったので、教師もまた日頃からの『収穫』を持ち、お互いのお宝を交換し合ったわけだ。
 しかし、それにしても驚いた。
「堀京子とはなぁ」
 思わぬ偶然である。
 教師が普段から目を付けて、いつでも狙っている生徒もまた堀京子だ。ルックスが好みなために惹かれてしまい、あの手この手で収穫を行うようになってから、教師のパソコンには大量の宝物が溜まっている。
 帰宅後。
 風呂や食事など、ひとしきりのことを済ませた後、教師はパソコンを立ち上げて、まずは今までの宝物を鑑賞した。
 マウス操作で画像を開き、画面を大きく占めるのは、白いショーツを逆さ撮りにしたものだ。
「へへっ、撮られているとも気づかずによォ」
 彼女のクラスで授業を行う際、堀に黒板で問題を解かせての写真である。靴に仕込んだカメラで動画を撮り、その動画の中からベストな瞬間を探し出し、それをキャプチャしが画像こそがこれである。
 その画像を例えるなら、柱かビルを見上げたアングルだ。ふくらやぎや太ももがまず目立ち、その先にようやく尻が写っている形だが、馬鹿にならない値段のカメラを使っている。拡大さえしていけば、十分なサイズで尻を堪能可能である。
 バレないことを考えると、後ろから写したものがフォルダの大半を占めていた。
 白、水色、ピンク。
 日によって異なる色が揃っているも、前から写した画像は実に貴重だ。
 教師は別のフォルダから画像を開き、その貴重な宝を画面に表示する。やはり真下から見上げたアングルで、他の写真と同様に柱を見上げたような写りで脚が手前に来ているが、ショーツを前から撮った写真は数枚あった。
 階段の傾斜を利用して、靴のカメラでどうにか撮れたものである。
 そのうちの一枚は、白いショーツに刺繍を入れ、薄らと花を咲かせたフロントリボン付きのものである。また一枚はピンク色の、イチゴのプリントが入ったもの。さらに一枚は水色にイルカのプリントが入ったもの。
 それら過去の宝を鑑賞した上、教師は医師から手にした最新の宝を表示する。

 ――動画だ。

 診察室に仕掛けたカメラで、風邪を引いた堀に脱衣を求め、上半身裸にさせた上、最後には触診まで行う一連の内容が納まっている。
 ニヤニヤが止まらなかった。
 着替えの盗撮はあるものの、ここまで上手く乳房が写ったことはない。堀の胸や乳首を生まれて初めてまともに拝み、教師はティッシュへの射精を行った。
「……にしても、宮村だろ?」
 ここ最近、堀と宮村が仲良くしている場面を見て来たが、どうも二人は交際を始めているらしい。教師の身でありながら、取られたなどと考えるのはおかしいが、そういった気持ちは沸いてしまい、宮村伊澄に対する憎しみは抱いてしまう。
「一体どこまでしてんだ?」
 もし、既に最後までしたことがあったら……。
 いいや、まだであったら、堀の乳房を最初に拝んだ男は自分になる。いつから付き合っているのかは知らないが、日が浅ければキスがまだでもおかしくないくらいだ。
「ふん。そいつはいい」
 恋人に先んじて見てやった可能性があると思えば、それはそれで面白い。
 だが、堀が処女か非処女かは、やはり不明なのだ。
 できれば、知りたい。
 果たして、そんなことを確認する手段はあるだろうか。
「ん? あるなぁ」
 教師は精密身体検査のことを思い出す。
 どうも、片桐高校はとある調査機関と契約を結んでおり、毎年一人の生徒から詳細な身体データを取るという。それに堀京子を指名すれば、あるいは確認可能だろう。問題は同意書にサインをさせる方法だ。
 協力金が出るため、毎年誰かはサインをするが、内容が内容だけに、話を持ちかけても拒まれる可能性は高い。貧乏であったり、家庭に事情があったり、少しでも断る可能性の低い生徒を毎年のように狙うらしいが。
 堀京子はそうでもない。
 だが――。
 ここであの切り札が役に立つ。
 教師はまた別のフォルダをクリックして、宮村伊澄の裸を表示した。
 実は以前、医師は男子の盗撮をしたと語っていた。
「こんなタトゥーだらけの彼氏だもんなぁ」
 驚きのデータを前に、教師はにったりとほくそ笑む。
 男子の裸など撮っても面白くもない。医師にもそちらの気があるわけではなく、初めて男の盗撮と聞いた時には耳を疑ったものだが、もしや使い道があるのではと、何となく撮影しておいたものらしい。
 聴診のためにシャツを脱がせ、裸体を拝み、医師は随分と驚きながら、思わず学校名まで尋ねてたという。タトゥーを入れた高校生に大して、親の顔が見てみたい、という言葉のように、こんな少年の通う学校を知ってみたい心境だったという。
 すると片桐高校と答えたため、ふと思ったのだそうだ。
 脅迫材料を入手しておけば、使い道があった時の役に立つ。
 何となく、念のため、撮るだけ損をするでもなし、といった気持ちでの撮影だったそうだが、まさか本当に役立つ機会が巡ってくるとは思わなかった。
 これさえあれば、堀を脅すことができる。
 彼氏が退学になってもいいのか?
 などと言われれば、恋人なら下手な犯行はできないはずだ。

     *

 堀京子はぞっとしていた。
 太った教師に呼び出され、何の話かと思いきや、精密身体検査の信じられない内容を引き受けるように頼まれたのだ。身体測定をわざわざ裸で受ける上、アソコや肛門まで調べるなど理解できない。
(おかしいわ。人権とかどうなってんの!?)
 そんなものを引き受ける生徒がいるのだろうか。
 協力金の額を見た時は、さすがに少しは心が揺れるも、自分の体を売り物にするかのようで抵抗感の方が遥かに上回った。
「すみません。私にはちょっと無理です」
 そう答えるしかなかった。
 ところが、辞退の姿勢を見せた途端、急にニッタリといやらしい目つきを向けてくる。いかにも悪巧みをしている顔に、見ていて怖気が走ってしまう。
「これ、なんだかわかるかな?」
 おもむろにスマートフォンを出したかと思いきや、教師が見せつけてきた画像にぎょっとした。
「み、宮村!?」
 それも裸の、腹をアップにタトゥーの撮った写真である。
「君達、付き合ってるって噂だけど」
「そうですけど!?」
 堀は夢中で答えた。
 急に写真を見せられた衝撃と動揺で、わけもわからず無意識のうちに、意味もなく声を荒げて答えていた。
「君は知っていたのかな。これについて」
 この瞬間、堀がまず恐れたのは、宮村がどんな不良扱いを受けるかということだ。こんなタトゥーを入れるからには、過去にカツアゲをやった経験でもあるのではないか。喧嘩に万引きなど非行経験があるのではないか。
 そういった疑いをかけられるのではないかと恐れ、堀は勢いよく机を叩いて立ち上がる。
「違います! 宮村はそんな人じゃありません!」
「え? でもタトゥーはこの通り……」
「そうじゃなくて! 宮村はそんな喧嘩とかしないし、ヤクザでもないし、タバコだって吸いませんから! そういう感じじゃありませんから!」
「うん、そっか。でもこれが他の先生方に知られたら、退学とかそういう話になるかもしれないよね?」
「それは……」
 きっと、そうかもしれない。
 あってはならない事態がありありと頭に浮かび、堀は少しずつ青ざめていく。
(待って、というか……)
 そして、堀は気づいた。
 教師の自分を見る目がいかにいやらしく、鼻の下の伸びきったものなのか。ニッタリとした視線が胸のあたりを向いていることにも、妄想で緩んだだらしのない唇にも、全て気づいてしまった。
(どうして、こんな話を私に?)
 宮村伊澄本人を呼び出して、本人に直接注意をするのでなく、^どうして恋人である堀に伝えてくるのか。
「今ならね。これを知っている教員は僕だけだ。僕さえ黙っていれば、彼の身には何も起きないし、君達の関係も今まで通りだと思うんだよね」
(待って……これって、本当に…………)
 顔からみるみるうちに血の気が引く。
 すーっと体温が下がっていき、背筋には寒気が走る。
「僕はね? ただ精密身体検査を受けてくれる生徒を探しているだけで、君達をどうこうしようとは思っていないんだけど、どうかなぁ?」
(本当に……脅迫…………)
 力が抜け、堀は椅子に腰を落とした。
 ……怖い。
 こんな風に人を脅し、従わせようとしてくる大人が恐ろしい。その恐怖を前に、強気な言葉を出せずに萎縮している自分がいる。
(警察? こういうのって、警察?)
 しかし、自分の学校で働く教師を訴えるなど、一度も想像すらしたことがない。誰かを犯罪者として摘発したことなどない、ただの真っ当な少女にとって、目上の大人を糾弾するのは想像以上に勇気のいることだ。
「今ここで答えを決めてくれないと、先延ばしにはさせないよ?」
 考え、迷う時間さえ奪ってくる。
 堀はますます縮こまる。
(どうしよう……こんなの、どうすれば……)
「さあ、堀さん?」
 教師はニヤニヤと書類を差し出し、堀の前へとやってくる。検査内容の書かれた紙には、同意を示すための記入欄があった。
 ペンが堀の手元へ置かれる。
 このペンを握り、名前を書けということだ。
「あの、先生……本当に……」
「もちろん、そこに名前を書いてくれれば、何も知らなかったことにしておくよ」
「……わかり、ました」
 観念するしかないようにペンを手に、堀はぞっとした青い顔のままに名前を書き込む。その書類が教師の手元へ行くことで、自分の運命が決定されてしまったような心地がした。

 宮村……私………………。



 
 
 

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