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 セリアンヌは毎朝早くから稽古に励む。セリアンヌだけではない。王国騎士団に所属する多くの騎士は日々の鍛錬を欠かさない。昨日の自分よりも強くなるべく、常に剣技を磨いているのだ。
 いつ魔物と戦うことになるかもわからぬ身だ。セリアンヌやその他大勢の騎士達も、これまで一日として稽古を休むことはしていない。怠けることで剣を鈍らせ、魔物に命を奪われるような失態など犯してはならないと心がけていた。
「せやぁああ!」
 声を張り上げながら、セリアンヌは連続斬りで攻め込んでいく。小振りな攻撃で一つ一つの威力はないが、手数の多さで相手を追い詰める技である。振りぬくたびに手首を反転させて斬りつけて、相手に反撃の隙を与えない。稽古相手の男は防御に必死になっていき、やがて守りが間に合わずに隙を見せた。
「そこだ!」
 一閃。
 セリアンヌはすかさず突きを繰り出し、相手の喉元に切っ先を押し付けた。
「……ま、参りました」
 相手は降参する。
「まずまずといったところか。もう少し付き合えるか?」
「もちろんです。自分も精進しなければなりません」
 お互いに構えを取り直し、改めて稽古を再開する。
 今度は相手もセリアンヌの連続斬りに対応した。守りに徹する点は変わらないが、ある程度太刀筋を見切ったのだろう。先程のように苦しげな防御ではなく、余裕ある守りでセリアンヌの手の内を読んでいる。やがて腕力の低さに付け込み、相手はセリアンヌの握る長剣を思い切り払い打った。
「しまった!」
 セリアンヌは唖然とした。
 払い打たれたことで、剣を握る腕が外側へ飛んでしまう。セリアンヌは男勝りの強さこそあるが、腕力が上回っているわけではない。男女の筋力さで剣を弾かれ、正面ががら空きとなってしまい、斬るも突き刺すも自由な大きな隙を与えてしまった。
「今度はこちらです!」
 相手はすぐに斬りかかる。横振りの一撃だ。
「なんてな」
 セリアンヌは中へ舞い上がり、飛ぶことで横一閃の剣をかわした。かわすだけでなく、刀身の真上に着地するようにして相手の剣を踏みつけながら、セリアンヌは自分の長剣を振り下ろす。相手の頭を叩き斬る直前で、寸止めで剣先を静止させた。
 踏まれた剣は切っ先が地面に埋まり、セリアンヌの足が邪魔で相手は反撃に移れない。もちろん頭に剣が触れている時点で勝負はついているわけだが、仮に兜でもかぶって防いだとしても、自分の剣を踏まれたこの状況から再度攻撃に移ることはできそうになかった。反撃封じを重ねられ、男の完敗であった。
「またまた降参です。さすがです。セリアンヌさん」
 稽古相手は素直に負けを認め、セリアンヌの力を称える。
「貴様こそ、一度見ただけの私の技に対応しきったな」
 相手の力量に関心するのはセリアンヌも同じであった。
「いえ。やった! と、そう思ったところで反撃を食らいました。セリアンヌさんは腕力の低さが弱点ですが、それを補うだけの工夫された立ち回りが厄介です。隙を突いたと思ったのに避けられるては中々勝てません」
「だが、私は避けてから隙を突くやり方で戦っている。最後の一瞬だが、大振りに出ないで反撃に備える気持ちがあれば、まだ勝負は続いていた」
「なるほど。セリアンヌさんも、連続斬りの時はパターンが一緒です。自分は一回では見切れませんでしたが、中には初見で対応しきる人もいるかと」
「うむ、だろうな。私もまだまだ油断できない。もう一勝負といかないか?」
「是非」
 そして、お互い三度目の稽古に入ろうとしていた。
 その時だ。
「ははっ、真面目ッスねぇ」
 さも努力をせせ笑うような不快な声が聞こえてきた。
「デュックか」
「そういうあなたはセリアンヌちゃん。朝からプリっとしたケツがたまらんねぇ? ずっとケツの肉がプルプルと揺れてたぜ?」
 言われた途端、セリアンヌはすぐさま剣を向け、デュックに向けて切っ先を突きつけた。
「貴様! 口を慎め!」
 セリアンヌは怒気をあらわにする。
「あれ? 怒った?」
「当然だ。人の体のことをいちいち口にされて不快でないはずがないだろう」
「だったら、そんな鎧なんて着なきゃいいんッスよ」
「そうはいくまい。騎士にとっては鎧こそ制服のようなもの。みんなきちんと着ている。重いだのという理由で着ていないのは貴様だけだ」
 今日も寝癖が飛び出ている。だらしのない頭を直そうとする気持ちもなく、服装すらボタンが一つ二つずれている。衣服だけなら高級なものを持っているだろうに、上は上等なシャツであったが、下は貧民の履く安いズボン。上下で完全にアンバランスだ。
「いいじゃないッスか。必要なときは俺だって着てるんッスから」
「鎧だけじゃない。その服装も、身だしなみもなんとかするべきだと思うが?」
「いいじゃないッスか。面倒臭い。アンタこそ稽古やりすぎですよ」
「貴様がサボりすぎているだけだ!」
「へいへい。んじゃ、明日ね。明日、手合わせお願いしまーす」
 デュックはやはりあくびをして、眠そうな顔でどこかへ歩いて行ってしまう。セリアンヌはその背中を見送ることなく振り返り、稽古中の相手に向き直った。
「あの人はどうしようもありません。セリアンヌさん。我々がしっかりしましょう」
「そうだな。すまない。もう少しだけ付き合って欲しい」
「もちろんです」
 三度目の稽古を開始して、激しく剣をぶつけ合う。
 今度はセリアンヌが圧倒的だった。やはり連続剣による手数の多さで攻撃するが、指摘された通りに似通った太刀筋ばかりにならないよう意識する。途中でわざと手を緩め、相手が長剣を弾いてくるよう誘い込み、乗ってきたところで剣を引っ込め空振らせる。その空振りの剣とすれ違いになるようセリアンヌも突きを繰り出し、相手の鎧の肩口を叩いてやった。
 完膚なきまでのセリアンヌの勝利だ。
「うぅ、痛ぁ……。やられました」
 男は弱った声を出す。
 稽古なので一撃を加える際は手加減し、鎧の上から攻撃したが、それでも多少は痛みが響くようだった。
「まんまと誘いに乗ったのが敗因だ。私の手が読めなかったか?」
「そうですね。ちょっと引っかかっちゃいました」
 相手は苦笑した。
「休憩しよう。そのあと、今度は別々の相手と手合わせだ」
 同じ相手とばかり手合わせをしても仕方が無い。より多くの騎士と戦うことで、多種多様の剣技に対応できるように己を鍛える。それこそが王国騎士の信条だ。
「はい。自分は護衛隊の仲間とやってみます。セリアンヌさんの動きを少々参考にしてみようかと」
「そうか。私は現討伐部隊の腕前でも見てみようか」
 セリアンヌは闘技場で見世物になることが担当で、魔物退治に出かける討伐隊は別に編成されている。この前までは国外に出ていたが、ここしばらくは王宮で休養を取るというので、手の空いている体力の余った騎士を見つけて声をかけよう。
 セリアンヌは心に決め、水筒から水を飲んで休憩を終了する。素振りを開始し、しばらくしてから稽古場に顔を出した討伐隊員の一人を見つけ、手合わせをお願いする。さすがに魔物退治の経験を積んでいるだけあって、討伐隊メンバーの実力は護衛部隊の比ではなかった。
 王国騎士はそれぞれ役割が振り分けられ、王族護衛、闘技場、討伐部隊と、各部隊に振り分けられる。討伐部隊は最も死亡率の高い危険な隊だが、魔物相手の戦闘経験が多い分、長年生き延びている騎士の実力は相当なものになっている。逆に護衛隊だと実践の機会がぐんと減るため、王国騎士の中では最も弱いのが現状だ。
 セリアンヌは全部隊を経験している。入団してしばらくは護衛にまわされていたが、実力が認められて討伐部隊へ移動、数々の戦果を挙げていくうち、やがて現在の闘技場の任に就かされている。
 討伐経験のあるセリアンヌの実力は、王国騎士の中でも随一のものになっていた。
「はぁ、はぁ……。やっぱ勝てませんね。セリアンヌさんには」
 手合わせをした結果、討伐メンバーの一人が根を上げた。
「では他に相手はいないか?」
「俺がいきます!」
 別の男と剣を交え、重々しい太刀筋には腕が痺れた。腕力差は身に染みるが、ステップで翻弄してかわしていき、一瞬の隙を見て鎧の胸元を剣の側面で殴打する。セリアンヌの勝利となった。
「さすが、闘技場に就いても腕は落ちていない」
「俺もセリアンヌとやりたいね」
 討伐部隊のメンバーは次々にセリアンヌに挑戦し、連戦に次ぐ連戦にも関わらずセリアンヌは負けを知らない。たったの一敗もすることなく全勝してのけ、一通りの稽古を終えてその場でみんなで休憩ムードに突入した。
「やはり皆強いな」
 セリアンヌが口にすると、男達は一斉に喋り始める。
「いやいや、あなたほどじゃないっつーの」
「セリアンヌさんにはまだ一勝もできてません」
「っていうか、討伐部隊に戻って欲しいですよ。俺らだけでオーガだのドラゴンだの相手にするのはしんどいしんどい」
 皆、以前は同じ部隊で活動していた。セリアンヌの異動が決まってからは自分達だけで魔物の住処を渡っているが、危険な相手だけに頼もしい仲間がいなければ心細い。セリアンヌの強さを恋しく思うメンバーは多かった。
「私も戻りたい気持ちはある。闘技場も構わないが、ここまで専属的な騎士を出す必要があるだろうか。手の空いた騎士だけで仕事を回せば良い気もするが、そういうわけにはいかないのだろうか」
 むしろ護衛隊員でも使った方が、実戦経験の少ない彼らが闘いを経験できる。常に王国内にいるのだから、よほどちょうど良い気がしていた。
「討伐隊から引き抜いた方が、見世物には最適なんでしょね。強いわけだし」
「あのデュックとかいう奴もうちの出身だしな」
「ああ、あいつ魔物相手でも割とふざけてるよな。ドラゴンに石ぶつけてガキの悪戯みたいに喜んだり。命が懸かってるっていうのに、殺されそうになるまで本気を出さない奴だ」
「てめぇ一人なら構わねぇが、部隊で行動している時までやめて欲しいよな」
「そう考えると、デュックが闘技場専属になったのは割りと正解な気はするが」
 男達は口々に語っていった。
 確かにデュックは強い。強いのはいいが、魔物さえも甘く見ている。良く言えばオークやゴブリンだろうと手抜きの剣術で勝てるほどの実力者だが、そうした油断が命取りになることは百も承知のはずである。にも関わらず、彼はふざけた振る舞いばかりなのだ。
 およそ三メートルほどある緑色肌の巨人を討伐する時、デュックは寝ている巨人の肛門に剣を突き刺したことがある。睡眠中に寝首を取る作戦を組んでいたのに、部隊命令すら放棄してウケ狙いに走ったのだ。本人は尻を抑えて大騒ぎする巨人を見て大笑いして、それは楽しそうであったのだが、巨体の魔物に暴れられたせいで対応する部隊の面々は余計な体力を使う羽目になり、しなくても良かったはずの苦労をして討伐した。
 ゴブリンの巣へ攻め込む時も、彼は単独で行動して寝込みへ忍び込んだことがある。勝手に寝首でも取ってくるかと思えば、その時のデュックがしたのは落書きだ。洞窟で寝ているゴブリン達の額や頬に『肉』だの『豚』だの書き散らし、目の周りを黒く塗り潰しもしていた。やってのけた本人は大喜びだが、おかげで本来なら出ないはずだった負傷者が出た。部隊の中にたまたま笑いに弱い男がいて、落書きされたゴブリンの顔が面白すぎて戦闘中に笑ってしまったのだ。隙を見せてしまった男は攻撃を受けて怪我をして、全治二週間の傷を負っている。笑う方にも責任はあるが、デュックが余計なことをしなければその時の怪我人は出なかった。
 デュックとはそういう男だ。
 なるほど、実力はあるのだろう。おふざけをかましながらも今まで生き残っているのは大したものだ。
 だが、相応しいと言えるだろうか。
 騎士とはもっと真剣に己を磨き、国と国民の平和に尽くす存在だ。おふざけをかまして命がけの戦闘中に笑いを取ったり、つまらない悪戯を仕掛けた挙句、闘技場では対戦相手にわざと手加減をして遊んでいる。そんな人間が王国騎士を名乗るべきとは思えない。
「そういや、魔物相手だと鎧着てたっけ」
「着ていたり着ていなかったり。気分屋だから、なんとなく慎重に身を守ろうって気分になった時しか着ないんだよ」
「ああ、週に一回でも着てれば多いほうだな」
「あとは権力者様に服装なんかで怒られたくない時か」
 本当にそうした時しか鎧も着ない。薄手のシャツ一枚で山を登り、火を吐く竜と一戦交えてしまう男だ。大したものといえだ大したものだが、相応しい身の振る舞いが一切ない。心の底からふざけた男であった。



 
 
 

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