前の話 目次




 その夜は自室でノートパソコンを立ち上げて、実際に静太にされた数々のことをネタにした官能小説を執筆した。初めて胸を揉みしだかれ、秘所を触られ、耳元で股の濡れようを指摘される。胸が破裂しそうなほどの緊張感と、顔が焼けただれそうなほどの恥ずかしさを思い起こし、それらを丁寧に文章で表した。
 書いたのは痴漢小説だ。
 電車の中で体を触られ、びっくりしながらも感じてしまう。今日の体験を参考にした心情描写だけでなく、「あれ? 感じてる?」「君ってやらしい子だね」といった言葉攻めで脚色を加え、エッチな妄想を膨らませながら筆を進める。
 書いているうちに股のあたりが疼いてしまい、何度も手を止めては秘所を触った。
「あっ……。うん……」
 気持ち良さにうっとりしながら、濡れてしまった手をティッシュで拭き、執筆を再開する。すぐにまた触りたくなってきて、愛液を垂らしてティッシュで拭く。自慰行為と執筆を交互に繰り返して、夜中までに書き上げる。
(私って変態かなぁ……)
 気にしつつ、二人きりの部室で静太の顔色を伺った。昨日はあんなことをしてしまったが、そもそも静太は気づいてくれたのだろうか。
「文乃?」
「は、はい!」
 急に名前で呼ばれてドキっとして、文乃は頓狂な声をあげてしまう。
「昨日のことなんだけど」
「あ、うん! 昨日はその……。色々あったね」
 思い出すだけでも顔が真っ赤に染まり上がり、静太と目を合わせていられなくなる。自分のような引っ込み思案な子なんかでは、とにかく思い切った行動を取らなければ気持ちは伝えられないと考えていた。だからといって、よりにもよって官能小説など読ませてしまって、自分は気でも狂ったのだろうか。
 普通に考えれば、おかしい行動なのはわかっていた。いや、本来なら理解できて、行動を取るにしても何か別の方法を選んでいた。ところが、気持ちを伝える方法を考えているうち、自分の特技は文章くらいだと思い至り、ならば文章で伝えようと思いつき、だったら『私』が体を許すシーンを見せれば、嫌でも気持ちは伝わるだろう、だなんて突飛すぎるアイディアを浮かべてしまい……。
 人は意外と暴走するものなのか。はたまたは勢い余って分別がつかなくなるものなのか。冷静に考えればおかしい方法で行為を伝え、結果として身体を貪られた。
(あれ? 静太君はどういうつもりで……)
 胸を触られ、アソコを触られ、自分はそれを許してしまったが……。
「文乃」
「う、うん。何?」
 どんな話を振られるのか。文乃は緊張で体を固める。
「あのさ、俺……」
「うん」
「あの文章で刺激を受けてしまったというか、興奮したというか。そのさ、登場人物のモデルが丸わかりな分、余計にその人の顔を浮かべやすくて、それでつい……」
 ああ、静太も暴走したのだ。自分が濃密な性描写など見せたばかりに、あろうことか自分の性的欲求まで書き込んだばかりに、『ひょっとして触っても平気なんじゃ』と、魔が差すようなきっかけを与えてしまった。
「私はその……。平気だよ?」
 平気と答えるのもどうかと思いつつ、自分が隙を与えたせいなのでそう答える。
「そ、そうか」
「うん」
 やり取りはこれで終わった。
 元々、文乃も静太もあまりお喋りな方ではない。別に会話自体は普通にするし、話の合う二人は普段から色んな話題を共有している。ただ、それは相性が良いから出来ているようなもので、他のクラスメイトとはあまり口を聞いていない。明るい友達グループだとか、華やかな集団には入り込めないからだ。
 そういう性質の持ち主同士が話題を失い、黙っているしかなくなった。しかも話題が話題だっただけに、微妙に気まずい沈黙が流れていた。
(ああ、どうしよう……)
 あまり沈黙ばかり流れていると、どことなく不安が込み上げる。
(嫌われてないかな?)
 普通に考えれば、文乃のした行為は変態すぎた。あれを一時の暴走だったとしても、いつも官能的な文章を書いていることは事実だし、静太に甘い言葉を囁いてもらって、体の色んな部位を攻めてもらう想像をしながら自慰行為にふけっている。はしたないことには変わりない。そんな女は嫌われてしまうかもしれない。
 もし、静太に嫌われたら。
 他に仲良くなれる男の子なんて絶対いない。
(どうしよう。どうしよう……)
 不安が膨らみ、内心の焦りで肌汗が滲む。
「文乃」
 その時、再び名前を呼ばれた。
「あっ、うん。何?」
「あの文章、どれくらい本気だった?」
 官能小説を話題に出され、文乃は深く俯いた。
「え、えーっと……。どの部分のことかな」
「いや、それは……」
 言えない部分なのだろうか。
 ということは、性描写の部分か。文乃が自分の妄想を書いてしまったはしたないシーンを挙げて、どれほど本気なのかを尋ねている。やはり、淫らな女の子だと思われている。
「私が本気だったのは、その……」
 あの一文に決まっている。
 しかし、そんなことは口には出せない。
 出せないから、文章にしたのだ。
「俺の感想を話すことにする。たぶん、あの小説に登場する男の人って、語り手である『私』のことを――その……可愛いとか、思ってるはず」
 瞬間、ドキっとした。
 文乃が書いた登場人物など、『静太君』と『私』の二人だけだ。
「本当?」
 文乃は聞き返す。
「間違ってない――と思う。その子のことが気になってるから、ああいうへんな悪戯もしたくなるんだろうし、それで実際にやっちゃったんだよ。だから、もしあの作品が本気なんだとしたら、わかるよな?」
 思いがけない展開だ。
 まさか、これは夢ではないか?
「……うん」
 文乃は頷く。
「良かった。『静太君』と『私』って、両想いだったんだな」
 夢ではない。
 しかし、信じられない。
 まさか、こんな形で成功するなんて、もはや夢にも思っていなかった。
「あ、あの! 静太君こそ本気だよね? あれを読んで、本気でそういう解釈をしたんだよね?」
「そうだよ。ちょっと驚いたけど」
「……良かった」
 伝わった。
 自分の今まで抱き続けてきた密かな気持ちは、たった今伝わった。静太はあれを読み解いて、文乃の望み通りに解釈してくれたのだ。
「静太君、好き」
「俺も文乃が好き、文乃がいいよ。他の奴じゃ嫌だ」
 静太はきっぱりと言い切って、嬉しくなった文乃はついつい肩をすり寄せて、懐いたように体をくっつけずにはいられなくなってしまう。すると胸板に抱き締められ、文乃はそのまま彼の体温を味わった。



 
 
 

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