その日は着替えを覗かせないようにして、閉ざしたカーテンの内側でパジャマを脱いで制服を着る。
「ふふんっ」
あえて覗きをさせなかってことで、日和は一人でご機嫌になった。
日和は決して、晴美を嫌ったわけではない。むしろ、好きだからこそ望みを聞いてもらえないことにムッとして、だったら意地悪でもしてやろうとカーテンを閉ざしておいた。こうしてやれば、きっと晴美は驚くだろうという悪戯心からでもあった。
嫌われたと思わせて、残念な思いをさせられた仕返しをする。
日和がしているのは、要するにそういうものだ。
子供じみているとは日和自身思っているが、それでもやらずにはいられなかった。
「……お、おはよう」
玄関を出た先、出迎えに待っていた晴美が不安そうに挨拶する。やりにくそうな、気まずいようなといった顔つきだった。
「ふーんだ」
日和はわざとそっぽを向き、すたすたと早足で進んでいく。
「ねえ、なんか機嫌悪い?」
晴美も早足になり、小走りで日和の隣へ追いついて、不安そうに恐る恐る尋ねてくる。
「別に?」
「でも、なんか怒って見えるし……」
「別に? なんでもないよ?」
「本当に?」
「本当だけど?」
日和はそっけなく返し続ける。言葉の上では否定していても、その語尾の上向いた不機嫌な気持ちの篭った喋り方では、逆に機嫌の悪さを肯定している。日和の目論見通り、この一連のやり取りを通して、晴美の表情はみるみるうちに不安の影へと染まっていた。
「ねえ、まだ怒ってるの? 昨日のこと」
「べつにー?」
「絶対怒ってるよ!」
「ぜんぜーん?」
煽れば煽るほど、晴美は面白いように不安がる。よっぽど、晴美が自分を好きでいてくれている証拠のように思えて、こんなことが少しばかり楽しく思えた。
意地が悪いだろうか。
ほんのりと自覚しつつも、ここまできたらやめられない。
「ねえ、どうすれば機嫌直るの?」
無視して、歩みを速めて晴美を引き離す。
「ねえってば!」
慌てて追ってくるところにキュンときた。まるで子犬が飼い主に置いていかれまいと、必死に足元まで着いてくるような愛らしさを感じて胸が引き締まった。
やめられない、止まらない。
本当にどうしよう。
――このままいっちゃえ!
「教えて欲しい?」
日和はにやりと笑みを浮かべる。
「うん!」
晴美は即座に、かなり反射的に、大きく首を縦にして頷いた。まるで主人に尻尾を振る、可愛い子犬だ。
「じゃあ、ここでキスして?」
――ふふっ、できまい。
日和か腹黒くほくそ笑んだ。
人目のある場所でのキスを要求したら、昨日は散々に抵抗をしめして結局は最後までしてくれなかった。クラスメイトがいつ通るかもわからない通学路では、抵抗感はさらに一段と強まるはず。
できないであろうことを要求して、晴美を大いに困らせる。
「うぅ……」
躊躇い、途方も無く困り果てる晴美の顔が面白かった。
「できないの?」
意地悪く追求してやる。
「だ、だって……」
「ねえ、してよ。キス」
晴美が視線を逸らすのを見て、日和はすかさず詰め寄った。晴美はますます困り果て、困らされることによって追い詰められる。
「……こんな場所だよ?」
晴美は許しを請うような上目遣いまで向けてきた。
だが、許さない。
「してくれないと、私の機嫌は直りませーん」
「そんなこと言われても……」
「ほらほら、ここだよ?」
日和は自分自身のぷっくりとした唇を指し示し、強気なまでに晴美を挑発した。晴美の視点からすれば、日和の唇はそれだけで魅惑的な色香を発しているはずだった。
「でもぉ……」
「いいの? 私とこのままで」
「よくないけど……」
やはり、道の真ん中だ。
同じ生徒やクラスメイトこそ見かけないが、一般の通行人が立ち止まっている二人の横を通過する。その際に、痴話喧嘩の様子をちらりと気にして、横目で一瞬だけ二人の顔を見ていたことは、日和にも晴美にもよくわかった。
同じような通行人が、二人を横切るたびに現れる。
そんな環境下でキスをするなど、やはり晴美には耐え切れないらしい。
「もう! 日和の馬鹿!」
「……あっ」
追いつめ過ぎてか。
逆に晴美の方が言葉を吐き捨て、日和を置いて走り去ってしまうのだった。
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