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 意地悪、しすぎたかな?
 一時は日和の方が機嫌を損ねていたのだが、仕返しのあまりに今度は晴美の方がヘソを曲げる結果となった。
 さすがに申し訳なくなった。
「あのさ、ごめんね?」
 教室に着いてから、日和は晴美の席まで言って一言謝る。
 しかし。
「ふんっ」
 プイっと顔を逸らされて、悪いと思っていた気持ちが一瞬にして反転する。素直に謝っているのに機嫌を直してもらえない。日和は意地になって顔を背けた方向へ回り込み、顔を覗き込むようにして強引に謝る。
「ねえ、ごめんね?」
「ふん」
 それでも、逆方向へ逸らされる。
「ごめんねってば」
「ふーんだ」
「ねえねえ」
「知らなーい」
 何度謝ろうとしても、晴美はどうしてもそっぽを向く。こうなっては日和も唇を尖らせて、ぷんすかと怒り始めた。
 そんな態度を取るのだったら、もう知らない。
「こっちこそ知らないよ。ばーか」
「ふん。ばーか」
 仕方がないので日和は自分の席へ戻っていき、機嫌の悪そうな顔をしながら本を読む。教室の中で、とっくにクラスメイトが集まっている時間帯にこのやり取りだったので、さすがに多少は目を引いてしまったのが気まずかった。
 付き合い始めてからは、お互いそういう事をおおっぴらに話すタイプではないので、周りには自分達の関係は喋っていない。隠そうというわけではないが、気恥ずかしい恋愛話をする相手がいないので、話題にする機会がなかった。
 それでも二人で図書室へ行ったり、何かと喋ることが増えたので、最近の二人は仲良しだなと感じているクラスメイトは十分いる。中にはもしや付き合っているのでは、と勘ぐる者もいるが、好奇心からぐいぐい迫って関係を聞き出そうとするタイプの人間は、幸いこのクラスにはいなかった。
 なので、付き合ったからといって、その件についてクラスメイトに絡まれたことは、現時点では一度もない。とはいえ、今の一連の痴話喧嘩によって、二人の関係を怪しんでいたクラスメイト達の中では、疑惑が確信に変わっている。ああ、こいつら付き合ってるな。と、少しでも敏感な人間はみんな感じ取っていた。
 ただ、それだけ。
 気づかれたからといって、特に何も起こらない。
 二人に対して、特別に踏み込もうとする者は特にいないのだ。せいぜいひっそりと陰で噂になるか、付き合っているらしいよと、本人達の知らないところで密かに話題の種にされる程度で終わるだけで、何らの害は発生しない。二人が付き合っている事実など、クラスにとっては数ある話題の種の一つで終わるだけのものだ。
 親しいグループ同士でなければ余計な干渉はしてこない。クラスのそういう体質は日和には有り難い。良く言えば平和で静か。悪く言えば冷たいクラス。晴美との関係が出来上がるまでは寂しい日々を送っていたが、それはそれで楽な部分もあり、孤独感と付き添いながらも一人で過ごす時間は嫌いじゃなかった。
 だが、晴美との時間はもっといい。
 二人で過ごす時間。一緒にどこかへ出かけたり、窓越しに話をしたり、登下校をするのはそれだけで幸せな気持ちがする。とても嬉しいことなのだ。だからこそ相手を思い通りにしてみたくなって、好きなように幸せを貪ろうと人前でのキスをせがんだのかもしれない。それをしてもらえていれば、それが晴美の自分に対する気持ちの強さを証明する事になっていた。
 思い通りにならなかったので、腹いせをした。
 すると、晴美が拗ねて怒り出した。謝っても無視されて、中々許して貰えない。
 考えれば考えるほど、元はといえば自分が悪い。
 だけど、謝ったのに許してくれない。

 うん! 晴美だって悪いもん!

 そう結論に至った。
 そして学校終了から帰宅、夕食と入浴を済ませた夜。
 窓を開いてみれば、晴美側の窓はカーテンと共に閉ざされていた。それ自体なら、別に二十四時間いつでもカーテンを開けているわけではないので、問題じゃない。ただ、身を乗り出してノックをしても返事がないのは問題だ。
 コンコン。
「もしもーし。留守ですか?」
 帰ってくるのは静寂だ。
 単に部屋にいない可能性もあるのだが、晴美のいつもの生活リズムであれば、基本的には顔を出し合う頃合いだ。
 なのに、返事がない。
「出直そう」
 日和は諦めて窓を閉じ、後でまたと思ってカーテンも一緒に締める。
 すると、だ。
 コンコン。
 と、窓を拳で打ち揺らす音が聞こえてきた。
「晴美? なんだ。いるんじゃん」
 ちょっぴりむくれて、日和は窓を開け直す。
 しかし。
 確かにノックが聞こえたはずが、にも関わらず晴美の窓は閉まっている。たださっきと違うのは、カーテンの端っこが窓の隙間からはみ出ていることだ。つまり晴美は日和の窓をノックした後、急いで隠れたというわけだ。
「ピンポンダッシュならぬ、ノックダッシュ?」
 なんてやつだ。腹立たしい。
 よし、仕返しだ。
 日和は手の平でバンバン叩き、素早く自分の部屋へ引っ込み締め直す。するとカーテンを閉ざした向こうから叩き返され、ムキになった日和はさらにその仕返しをしようと窓を開く。
 バンバン。
 窓を叩いて揺らす。一応、割れないようにと加減は念頭に置いているが、なるべく音の出る叩き方を意識した。
 今度は逃げない。
 晴美が仕返しのために顔を出すのを待ち伏せし、窓が開く瞬間を狙い……。

 ――ガラッ

「パンチ!」
 額の下、目と目のあいだの日和の鉄拳が直撃する。
「いったぁー! なにすんのさ!」
 そして、晴美は大きくむくれた。
「だってムカついたんだもん」
「それは、日和が無茶言うからだろ? 人前でキスとかさ」
「いいじゃんケチ!」
「ケチとかじゃないしー。見せびらかしたくないだけだしー」
「そんな事いって、本当は度胸がないんでしょ? わかるんだからね」
「なんだって? じゃあ日和には度胸があるの? どれくらい?」
「それは……わ、私から晴美にキスできるくらいはあるよっ」
「本当に?」
「本当だもん!」
「証明できる?」
「ううー……」
「できないよね。そんなに目立つの好きじゃないよね。お互いそのはずだったけど、どうしてあんなこと言ったの?」
「それは……」
 言えない。
 好かれている実感欲しさだったなど。ましてや、ちょっと意地悪をしてやろうと迫ったことなど打ち明けられない。
「あんなに言ってくるんだもん。ほんと焦ったよ」
「だから謝ったのに」
「わかってるよっ。じゃあ、おやすみっ」
 晴美は一方的に窓を閉め、自分の部屋へ戻ってしまう。
「馬鹿バカばか。ふーんだ」
 日和も腹を立てて窓を閉め、布団に潜り込んでさっさと寝た。



 
 
 

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