*第二十巻「夫婦の話」のあと
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オレの名前はソウ。モトラドだ。
小型車のトランクに積んで持ち運べるように設計された、ちょっと特殊なモトラドだ。もともと車体が小さいが、ハンドルやシートを折り畳むと、さらにコンパクトになる。まあ、速度は出ないけどな。
オレの乗り主の名はフォト。性別は女。年齢は十七。黒い髪は背中まで長い。
つい先日、とある夫婦からの仕事を引き受けた。記念写真が欲しいらしかったが、カラー写真の現像が終わる前に、夫の方は亡くなってしまった。依頼主が亡くなるだけでも驚きなのに、実は夫はスパイだったとかで警察が捜査にやって来た。
そして、奥さんまでもがスパイだった。お互いがお互いに、スパイだと気づかないまま社会的身分を保つために結婚して、スパイ同士で夫婦生活を営んでいたのだ。
さて、大事なのはここからだ。
奥さんが逃亡したあと、フォトの鞄からいつの間にか、試し撮りした白黒写真だけがなくなっていた。代わりに鞄のポケットには、何故か大金入りの封筒が入っていた。わざわざ説明するのも野暮な話だが、まあ何だかんだで記念写真は欲しかったのだろう。
この先が問題だ。
そう、捜査は終わったはずだった。
何もかも、めでたしめでたし。
良い話だったなーと、締め括られたはずだったのに、どういうわけかフォトの体に、再び捜査の魔の手が伸びてきたのだ。
あれから、数日後のことだ。
「フォトさん。ちょっとお話いいでしょうか」
店の前に一台の車が止まり、チャイムが鳴らされ、フォトが玄関を開けると偉そうな警察がずかずかと踏み込んできた。
背後に二人。若い部下を引き連れた偉そうな警察は、顔立ちが醜いので醜男とでもしておこうか。
こいつらは普通の警察ではない。もっとヤバイ連中だ。
巨大な犯罪や、重大な事件――、それこそ、国家を揺るがすような事件を取り扱う連中。この国ではなんと呼ばれているかは知らないが、いわゆる公安警察だ。
「あなたから奥さんのもとへ、何かが渡っていることが判明しました」
白黒写真がバレたわけではないのか?
いや、もしかしたら、わかっているが余計な真実は伏せているのかもしれない。
――え、あの写真が?
なんて、うっかり口にしようものなら、
――おかしいですね。写真、とは一言も言ってはいませんが。
といった具合だろう。
「ええっと、ですね。あなたがスパイと断定されたわけではありません。あくまでも容疑の段階ですが、つきましては――」
醜男はつらつらと用件を述べる。
つまりはこうだ。
フォトから奥さんへと、『何か』が渡ったことが判明したので、実はフォトもスパイで、グルだったのではという疑いがかかっている。我々はあなたを疑っていますと、わざわざ伝えに来るなんて、どうぞ警戒して下さいというようなものだ。もしも本当にフォトがスパイで、しかも今から逮捕されるわけでも、軟禁されるわけですらないのなら、逃亡の猶予が出来るというわけだ。
まあ、本当に逃げるかどうか試そうって腹なのだろうが。
さらに話を聞いてみれば、どうもそういう目論みではなさそうだった。
「疑いがかかっているわけですが、確認さえ済めば容疑が晴れるか、もしくは確定します」
まとめるとこうだった。
逃げた奥さんを追って情報収集をしていると、この国には過去にもスパイがいたことが明らかとなり、その特徴はフォトとよく似た容姿の少女だったとか。一度は捕らえて、身体検査によって隅々まで調べたが、どうも逃げられてしまったらしい。
そして、見た目の特徴が似ているフォトがここにいる。
そりゃあ、調べないわけにはいかない。
服を脱がせて、以前捕らえた過去のスパイと同じ特徴はないか。つまり、同じ場所にホクロがあったり、そういったことを誤魔化すための整形手術の痕跡があればアウトってわけだ。
フォトの生い立ちから考えれば、どこにもスパイをやる暇なんざない。
別に逮捕とはならないだろうが、容疑を晴らす方法が問題だ。
身体検査。
全裸にして、隅々まで観察して、穴の奥まで特徴を確かめる。恥じらいある乙女ってものをある意味では殺しにかかっている。
「おい。違法じゃないのか?」
と、オレは言った。
「裁判所から既に令状も出ています」
ってことは、無理に逆らえばこっちが違法扱いか。
「わかりました! その検査。受けます!」
おい、いいのか?
もちろん、良くないとは言っても、令状には逆らえないが。
「どうぞ調べて下さい。自分の無実を証明したいです!」
なんて馬鹿正直な。
フォトの生まれた国では、『人類皆仲良し』とか、『愛は世界を救う』とか、現実離れした用地な戒律がたくさんあって、おおむね皆がそれを信じていた。
だからフォトも、真面目に人を神事、人を疑わず、人を騙さず、人を傷つけず、全ての隣人を愛していれば、素敵な人生になるとしんじていたのだ。
他意のない誠実な身体検査だと信じているのだろう。
そりゃ、公安のやることだ。屑が素直な人間を騙して、いいようにしてやろうとしているわけではないが、もしも女の裸を見たいだけの屑が公安の中にいたとしても、フォトはその人を信用してしまうだろう。
フォトが連れていかれた施設の部屋は、シミ一つない真っ白な壁に床に天井が広がって、いるだけでぼーっと心が病みそうだ。
「では身体検査を開始します」
醜男が言う。
「はい!」
フォトは素直に返事をしている。
「ここで全裸になって下さい」
「わかりました」
茶色のチノパンに、薄手のセーターを、フォトは何の疑いもなく、だけど恥ずかしそうに脱ぎ始めた。
醜男以外にいるのは、検査に関わる白衣の男が数人だ。
醜男はここに立ち会うだけで、女の裸を医学的な意味で観察できるのは、白衣の男達だけなのだろう。
セーターを脱ぐと、ブラジャー付きの上半身が現れる。チノパンを脱げば、白いショーツの尻が現れる。
「いひ」
醜男の奴、嬉しそうに顔色を変えやがった。
「…………」
「…………」
対して白衣の連中は、実に事務的な真面目人間の表情で、フォトの裸を見ても欠片も興奮していない。
ブラジャーを外して乳房を出すと、パンツ一枚の格好に。
パンツも脱ぐと、いよいよ一糸纏わぬ姿だ。
せめて大事な部分は手で隠していたいのが人情だろうに、フォトはバカ正直な気をつけの姿勢で全てを晒している。胸は丸見え、アソコの毛まで見られ放題。白衣どもは真面目だが、醜男の顔つきは、だんだんと言い訳の聞かないいやらしさになっていた。
「うーむ。いいオッパイだ」
ぐっと顔を近づけて、醜男はフォトの乳房を品評する。
隠す気もないとは恐れいるが、フォトもフォトで、それが職務上の必要行為だとでも信じているのか。顔を真っ赤に染め上げて、恥ずかしいのも我慢しながら、どうぞご覧下さいとばかりに背中を反らし、胸を突き出している有様だ。
どうしたものかとオレは迷ったが、醜男の下心など知らない方が幸せだろうか。
しかし、こんな奴が公安警察で権力を持っているなんて、スパイが紛れ込んでいるよりも恐ろしい真実じゃないか?
ポチっと。
ボタンでも押すみたいに、醜男は人差し指をフォトの乳首に押し込んだ。
「……ん」
何やら我慢の声を漏らしたフォトは、醜男のご立派な職務行為を真摯に受け入れ、好きなように乳首を触らせている。
「さて、調べろ」
権限は醜男にあるわけだ。
指示が出てから、初めて白衣の男達は動き出し、今度こそ『仕事』のためにフォトの裸を観察する。ほとんど点検だ。機械整備の人間がメンテナンスを行ったり、出荷前の商品チェックで破損がないかを確かめたり、そういう光景と変わらない。
いたるところを触られていた。
うなじに指を当て、肩の肉を掴み、背中を撫で回す。あらゆる部位に顔を近づけ、至近距離から観察する。
「ホクロの一致は」
その隣で一人だけ、書類を片手に突っ立っている男がいた。
「背中、腕、いずれも一致無し」
「手術の痕跡無し」
検査を行う面子がそう言うと、そいつは書面にペンを走らせた。
「乳房を確認します」
そう言って、白衣の一人が両胸を鷲掴みにして揉みしだいた。
実によーく確かめていやがる。細やかな指使いで、もっとじっくりいくかと思えば、用など一瞬で済んだとばかりに、すぐに揉むのをやめてしまった。
「どうですか」
「豊胸などによる胸ではありません」
「触感の一致は」
「書面にあったスパイの乳房の感触と酷似して、もっちりとした弾力にあたるものの、乳首の色合いが異なります」
「では脚をお願いします」
「了解」
どれだけ事務的なやり取りだ。
それはそれで嫌なものだと思うのだが、フォトは真面目な顔であり続けている。この光景を眺める醜男だけが、楽しいものを見て喜ぶ表情でおいでなわけだ。
太もも、膝、ふくらはぎ、足の甲から裏側まで、くまなく観察と触診を行うが、スパイとのホクロやアザの一致とやらはいずれも無し。
しかし、どこまでフォトは正直なんだ。
だんだんと、体全体が硬直して、表情も見るからにこわばって、まるで痙攣してるみたいに震え始めた。顔の染まりっぷりも、いつの間にか耳まで及んで、もうジュワっと顔から蒸気が噴き出ておかしくない勢いだ。
それでも、フォトは素直に耐えている。
真っ直ぐに姿勢を保って、検査を妨げないように背筋もピンと伸ばしている。恥ずかしがったり、手で隠したり、身じろぎすれば、検査がやりにくいはずだと思っているからだ。
「下腹部に移ります。自分の足首を掴んで下さい」
本当に配慮がないな。
フォトがどんな気持ちかわかっているのか。ひょっとして、こいつらは本当に商品か何かの点検と同じつもりでやってるのか。真面目さが勢い余って、恥じらいだとか、人の尊厳といったものを忘れてはいないか。
しかも、ポーズもまずい。
全裸の女が自分の足首を掴むってことは、体を前屈状態に折り畳んで、丸出しの尻を高らかに掲げることになってしまう。
「わかりました」
言うまでもなく、フォトは素直に従うだけだ。
尻の割れ目が左右に開ける姿勢だから、フォトの肛門が視線に曝け出されている。醜男はわざわざポジションを移動して、好みのアングルから眺め始める。
「肛門の皺の数は」
書類片手の男が尋ねる。
「確認します」
と、白衣の一人が尻の穴に顔を接近させた。
さすがにフォトもやばいだろう。
あれだけ至近距離に顔があったら、呼吸の息もかかってくるし、じっくりと観察してくる視線の気配も如実に違いない。
一本、二本などと声に出し、本数をカウントして数えている。
「本数不一致。色合いも一致しません」
カウントした本数に対して、書類持ちの男はデータを確認しながら答えた。
「性器を開きます」
「サーモンピンクと一致しますか」
「一致しますが、膣口の形状が異なります」
「スパイの膣口は数センチ程度の極小の穴でしたが、サイズが違うと」
「はい。それよりは広く、指が二本以上入ると思われます」
「了解した」
とはいえ、これで終わったか?
顔の目や鼻から始まって、手足の指の一本ずつから、穴の中まで確かめたんだ。しかも不一致が多いのなら、もう十分なはずだろう。
オレはそう思ったが、
「待て」
醜男が余計な思いつきを顔に浮かべた。
「私がそれを確かめよう」
なんと、醜男の奴。
本当に指が二本以上入るかどうか。確かめるために挿入しやがった。
「んくぅ……!」
準備無しでの挿入だ。
フォトは苦しそうな声を上げた。
「なるほど、まずは一本目」
醜男はご丁寧に左手を尻に置き、丹念に撫で回しながら、右手の中指を出し入れする。それが済んだら一度引き抜き、人差し指と中指を同時に挿れ、ピストンを行いやがった。
「あっ、くぅ……!」
畜生、フォトが嫌がっている。
もう耐えることはないんだぞ?
もう我慢しなくていいんだぞ?
「ほうほう。これはいけない穴ですなぁ?」
ほれみろ、醜男は下心を隠してもいない。
「ま、まだ……私の無実は……」
「ああ、もうちょっとで晴れるよ」
「あっ、あぁ……ありがとう……ございます……んんぅ……!」
ありがとうじゃないだろう。
そいつがやっているのは、もうただの手マンじゃないか。尻をナデナデと可愛がっていやがる左手の動きも、おかしいとは思わないのか。
「おい!」
たまらずオレは声を上げた。
「なんだね?」
「何もかも不一致。指も入った。別人だってわかっただろう」
「ま、それもそうだ」
醜男は不満そうに切り上げて、フォトの膣内から指を抜く。
「おめでとう。これで君の無実は晴れたよ」
何がおめでとうだ。
最後まで偉そうなやつめ。
「よかった。私、スパイじゃないって!」
そんなこと、オレは初めからわかっているが。
最後までフォトは誰一人疑わず、本当に容疑が晴れたことを喜ぶ顔で、この場所から去ることとなったのだ。
ったく、なんであんな男が公安に?
この前の連中は、もう少し良心的だったはずなんだが。
案外、あいつもスパイか?
というより、組織を内側から腐らせるガンかもしれないな。本当に味方な分だけタチが悪い。いっそ敵か何かの方がマシだろう。
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