第7話 終わりがあるかもわからずに

 ひとしきり揉みしだき、手の平で味わうことに満足しきった中年は、また次の行為に移り始める。
 まず一度は尻の真後ろから離れていき、テーブルに置かれた一つの器具を持ち上げて、顔の正面へと現れる。
 中年の目的は、その器具を見せびらかすことだった。
「そ、それは……!」
 鏡流は戦慄する。
 一体、それがどのような用途で使われて、どのように鏡流のことを辱めるつもりでいるのか。見ただけで簡単に想像がついてしまう。
 それを挿入するのはどちらの穴か。
 それさえも、薄々と予感できてしまう。
「おやおや、ちょっと表情が変わったようだね」
 戦慄する鏡流に対して、中年は愉快そうにしているのだった。

 それは大きな注射器だった。

 ただし、採血を行ったり、ワクチンを注射するような、医療の注射器として見かけるそれではない。
 ペットボトルほどのサイズのそれは、針といっても管から液薬を注入する用途のものだ。皮膚を破って突き刺すのでなく、元から存在している穴に挿入して、そこへ注入を行うための注射器には、これから鏡流に注ぎ込まれる液薬が詰まっている。
「これはね? 媚薬系の薬なんだよ」
「な、なに……!」
 ただでさえ、鏡流はこれまで何度も喘ぎ散らしている。激しい快楽を与えられ、執拗に髪を振り乱すこともしている。
 もしや媚薬の一つや二つ、最初から打たれているのではと、実のところ薄らと、確信はないが疑っていた。もしその疑惑の通り、この肉体には今も媚薬成分が入っているとしたら、これからさらに追加されることになる。
 追加されたら、自分は一体どんな状況に陥るのか。
 いや、追加であろうとなかろうと、どうあれ鏡流は今まであれだけ感じてきたのだ。そこに媚薬があろうとあるまいと、感じたものは感じたのだ。
 そんな鏡流に対して、これから媚薬系の薬が注入される。
 想像するに、どうしても戦慄しか浮かばない。
「お尻から、入れてあげるよ」
 にんまりと笑う中年の顔が邪悪に見えた。
 その瞬間、シャッターの開閉音が聞こえてきた。機械触手の排出を気配で感じて、機械性の手が二つ、尻に近づいていることを悟った鏡流は、さらに中年の後ろ側、モニターの様子に気づいていた。
 プローブのカメラから、尻を揉まれていた時からずっと、後ろ側の中継は続いている。
 そのプローブ越しのアングルが、斜めから真正面へと調整されて、その上で尻たぶに手の平が置かれていた。親指から小指にかけて、構造こそ人間と同じでも、表皮を構成する素材は生物のそれではない。
 文字通り機械的な手に尻たぶは掴まれて、割れ目が左右に引っ張られる。皮膚が少し左右に伸びて、そのついでに皺も左右に伸ばされての、肛門があらわとなっていた。
 中年がモニターの前から動き、鏡流の後ろ側へと回り始める。
 よく見えやすくなったモニターは、その画面サイズに合わせて肛門を実物以上に拡大している。皺の一本一本から、毛穴にかけて細かく観察できてしまうほど、画質に満ちた画面を見ることで、鏡流は羞恥による苦悶を味わう。
 自分でも観察する機会のない、見ようと思ってもおよそ見えようのない部位が突きつけられ、これがお前の肛門だと言われているような状況は、顔が耳まで染まり変わっていくほどに、悶絶ものの出来事だった。
 中年の足音と共にアングルが変わる。
 肛門を真正面から映すプローブが横へと動くのは、中年が注射器を使うのを邪魔しないための調整だ。少しばかりポジションを変え、斜め後ろに下がりつつ、なおも肛門を捉え続けるカメラによって、鏡流はそれを目の当たりにさせられた。
 目で見ずとも、本当は感じ取ることが出来てしまう。
 器物の接近を映像越しに、視覚的にも理解することで、鏡流は自分の身に迫る出来事を必要以上に近くしていた。感覚が鋭くなって、情報を正確に読み取るように、徐々に迫る先端の、あと何センチで接触するかにかけてでさえも、鏡流は感じ取っているのだった。
 肛門に先端が触れる。
「感じやすくなって、潮もいっぱい噴くようになる薬だ」
 そんなものを注入するための、管状の針が皺の窄まりを広げていく。閉じ合わさった部分に押しつけることで、徐々に押し広がっていく形で、それは肛門に収まっていく。
 ただ肌で感じているだけではない。
 そこにあるモニターのせいで、皺が管の太さに合わせて広がって、その内側に飲み込んでいくまでの有様は、必要以上にありありと伝わっていた。
 それが根元まで収まると、注入は始まった。
「うっ……んっ、ぬ……ぐ…………」
 ゆっくり、ゆっくりと押し込まれ、鏡流は腸内に流れ込んで来る感覚に対して、苦悶に近いものを浮かべている。
「うっ、うう……」
 苦しいような違和感に、頬を引き攣らせていた。
「ほーら、だんだんと浸透していくんだ」
 中年がゆっくりとしか注入しようとしないのは、一気に注ぎ込めば反射のように隙間から噴き出るからだろう。あるいは噴き出ようとする水圧に押し返され、注射針が抜け出てしまうのかもしれない。
 そうならないためなのか、様子を見ながら徐々に注入しているのだ。
 腸壁が薬液を吸収して、体内に取り込んでしまうまで待ちながら、何度も何度も感覚を空け、本当に少しずつ注入する。
「はぁ……あっ、はぁ……こ、これは……うっ、くぅ…………」
 半分以上が注入され、体内への成分循環が進むにつれて、鏡流はその効果を実感していた。
「おやおや、気持ち良くなってきているね?」
「あっ、くっ、んぅ…………」
 嬉々として指摘してくる中年の、その言葉の通りであった。
 顔が火照っている。
 頬や額に微熱を感じて、しかし風邪でも引いているような、体調の悪さがある感覚とはまた違う。顔ばかりか胸もアソコも肛門も、その他の手足や胴体すら、全身にかけてふつふつと、何かが軽く沸騰しているかのようだ。
 激しい沸騰というわけではない、熱したお湯が少しだけ泡を上げ始めた程度の、本当に淡い沸騰が肌中に行き渡っている。
 もし今、触られてしまったらどうなるか。
 鏡流は皮膚が敏感化しているのを感じていた。
 必要以上に鋭敏かして、神経が快楽信号を通しやすくなっている肉体に、もしも刺激を与えられてしまったら、一体自分はどれほど感じることになるのだろう。
 鏡流はもはや恐れ始めていた。
「この媚薬はね? どうやら、あの人身売買組織が君の愛液を分析して、君の体質に合わせて作ったものだそうだ」
 などと解説しながら、もう残りは四分の一もない、少量の液薬を注入しきる。
 この注入のあいだ、押し込まれるそのたびに、鏡流は肛門の内側に水っぽさを感じていた。腸の中に水溜まりが作られて、尻を揺すればその水面もまた揺らぐかのような、体の内側に隠れたコップに注ぎ込まれた気分を味わっていた。
 だが、それも浸透によって消えていく。
 腸壁が成分を取り込んで、水分も吸収して、だからコップに例えるとするのなら、ガラス自体が水を飲み、自身の内側を満たす嵩を減らしていた。
 その全てが吸収された頃、まるで見計らったように素早く、さっと針は引き抜かれる。
「ひゃっ!」
 たったそれだけで、自分でも驚くような高い声が上がっていた。確かに勢いこそありはしたが、ただ抜かれるだけのことで、脳まで痺れて一瞬は頭が真っ白になるほどに、恐ろしい快楽が走ったのだ。
(ま、まずい……!)
 さしもの鏡流も恐れていた。
 ここまで敏感になった肉体で、本格的な刺激を受けてしまったら、自分は一体どうなってしまうのか。
 乳首が突起している。
 クリトリスも突起している。
 感じやすい部分から、性感帯とは程遠い、普通なら感じなどしない部位にかけてまで、うずうずと熱っぽく疼いている。もしや風に吹かれただけで気持ち良く、アソコに大きな刺激が走るのではないかとさえ、鏡流は大真面目に予感していた。
 尻から機械の両手が退いた。
 今の今まで、指が食い込むことで伸ばされていた皮膚は、元の形状へと縮み直した。
 格納部へ引っ込んでいく、それら手を搭載した機械触手と入れ替わりに、また新たにシャッターの開く音がして、尻のすぐ背後には二本の触手が現れる。
 影がぬっと浮き出る気配を、モニターなどなくとも鏡流は感じていた。
「ま、待て……」
 鏡流は思わず懇願した。
「お前はどうせ我を抱くつもりだろう? そんな、このようなものを使わずとも……!」
 中年の肉体と直接交わり、肉棒を入れてもらう方がマシだと、鏡流は本気で思ってしまった。どんな形状のものが現れ、それが性器と肛門に迫っているか、その気配を感じはしていたが、モニターを見るなり戦慄は強まった、
 まずい、それはまずい。
 マシンの持つ力によって、人間の指や肉棒とは比べものにならない刺激を与えられたら、本当に気がどうにかなってしまう。

 それは二本のドリルであった。

 もちろん、掘削のドリルではない。
 機械触手の先端に器具を搭載した上で、回転機能を備えての、その見た目自体はバイブとアナルビーズに過ぎない。
 だが――。

 ――キュィィィン、

 と、回転している。
 モーターからの駆動音が耳に届いて、モニターの中では実際に回転している有様が確認できる。
 それは容赦なく迫って来た。
「大丈夫大丈夫」
「や、やめろ! そんな――そんなものを――」
 鏡流の荒げる声など聞きもせず、二本のドリルはそれぞれの埋まるべき場所を目指して近づいて、容赦なく抉り込もうと接触した。
 その瞬間、多大な快楽が迸った。
 激しい電流が走るあまりに、背骨がどうにかなったかと思うほど、あまりにも強烈なものを感じた鏡流は、本当なら高らかに仰け反っているはずだった。
 狼が遠吠えをする際のポーズほどには、本来ならば背中が反り上がっている。
 しかし、ベルトによる拘束がそれを許さない。

「あっ、あぁぁああああああああああああああ―――――――」

 絶叫。
 と、同時に。

 ガタッ、

 と、背中に巻きついているベルトは、浮き上がろうとする力に引っ張られる。留め具にかかった負荷と同時に、シートや台座全体にも衝撃が及び、揺れる音が鳴るのであった。

 ガタッ、ガタッ、

 それは一度のことでは済まず、繰り返される。

 ガタッ、ガタッ、

 何度も、何度も、繰り返される。
 目玉を剥き出しにするほど目を見開き、体を仰け反らせようとして、その動きで執拗に髪を弾ませ続けている。

 ガタッ、ガタッ、
 ガタッ、ガタッ、
 ガタッ、ガタッ、

 そうやって繰り返され続けていれば、いつかはベルトを固定する留め具が外れ、その背中は本来の反り具合にまで反らされるのかもしれない。

 ガタッ、ガタッ、
 ガタッ、ガタッ、

 だが、当分はそうならない。
 本来の筋力が発揮されない肉体と、耐久性の高いベルトに、その留め具部分では、一体どれだけ気が遠くなる時間をかけて、それを繰り返すことになるかはわからない。
 それでも、それは繰り返される。

 ガタッ、ガタッ、
 ガタッ、ガタッ、
 ガタッ、ガタッ、

 気持ちいいあまりの反射的な動きを鏡流自身にも制することはできもせず、鏡流は胴体をバウンドさせ続ける。
 日頃の彼女を知る者が、今のこの鏡流の姿を見たのなら、とても想像のつかない有様に対して、一体どんな衝撃を受けるかもわからなかった。

     *

 鏡流が快楽地獄に飲み込まれ、もはや自我など失っている姿を眺め、中年男性はワイングラスを揺らしていた。
「いやぁ、これが見たかった」
 もちろん、ごく普通にベッドに招き、セックスをしたい願望がないわけではない。
 だが彼には、機械に女を犯させる性癖があった。
 そのための特別設備で、今まさに鏡流を襲っている二本のドリルの、バイブの方には柔らかなイボが搭載されている。それがツボ押しのように膣壁を刺激して、引っ掻きながら出入りするだけではなく、モーターによる回転機能で、より激しい快感を鏡流にもたらしている。
「あぁぁぁぁ――あっがぁぁぁああああ――――――」
 これほど大きく絶好して、ヨダレまで垂らして喘いでいる鏡流の、もはやものさえ考えられない状態では、自分がどれだけ背中を浮かせ、ベルトを持ち上げ続けているかも、一切の自覚がないだろう。

 ガタッ、ガタッ、
 ガタッ、ガタッ、
 ガタッ、ガタッ、

 と、しつこく揺らし続けている自覚もない。
「いつ見てもいいものだよ」
 正気を失うほどの巨大な快感に飲み込まれ、自分がどれだけ叫んだり、どんな風に身体をよがらせているかの自覚もない、そんな状態の女を見たい。
 機械的に感じさせられ、いいように喘がされる姿を見るのが面白い。
 そんな性癖である中年は、ご機嫌にワインの香りを嗜んで、鏡流の姿を肴に啜っていた。
 バイブの竿が持つ回転ギミックは、実はただのドリルではない。まるで指輪をいくつも積み上げてあるような、三重の複数回転を搭載している。
 さらにバイブとアナルパールのどちらにも搭載される機能は、内部を展開図として投影し、感じやすい位置を画像にマッピングするものだ。
 今、モニターを見れば、膣内と腸内の、両方の図が画面分割によって表示されている。内部を擬似的に平面化し、図として出力した画像の、いくつかのポイントには、レーダーのような赤い光が、ブリップが点滅しているのだ。
 さらに膣圧や肛門圧も、ライブ中継のように表示している。
 バイブに、アナルパールに、絶えずかかり続ける圧力の数字を見れば、ぎゅっ、ぎゅっ、と、繰り返し力がかかりつづけていることがありありと現れている。
 刺激に対する反射で筋肉が可動して、何度でも締め上げているのだろう。圧力がかかるたび、その一瞬だけ表示される数値は大きくなる。
 やがて、次の瞬間だった。

「あっがぁああああああああああ――――――――!」

 鏡流は盛大に絶頂していた。
 今までで一番激しく、放出する水分も多くして、面白いほどの噴水を噴き出していた。まるでスプレーからの噴射を横から眺めたような光景がそこにはあった。
「はっはっはっはっは!」
 中年は高笑いした。
「はぁーっはっはっはっはっはっはっはっは!」
 愉快で愉快でたまらなかった。
 もし潮吹きのその場所に、アソコの上に手をかざしていたのなら、随分な水圧が手の平にかかってきたのではないだろうか。それに二つの穴から表示される圧力も、絶頂の最中は最高潮になっていた。
「そうかそうか、イク時が一番締まるようだ」
 中年は大笑いした上で立ち上がる。
「君はね? 鏡流」
 どうせ聞こえてなどいない。
「あああっあっぁぁあああああ――――」
 イってもなお続く刺激のせいで、それどころではないだろうが、そうとわかっていながらも、中年はご機嫌なあまり喋らずにはいられなかった。
「君はまだ、観客の慰み者なのだよ」
 この部屋には始めから、いくつもの三脚台や、天井からの監視カメラを設置して、その全てを可動している。
 それら全て、録画のためなどではない。
 観客への中継なのだ。
 金持ちである中年は、しかし鏡流を買うのに多大な出費をしているので、元を取るため客を集めた。カメラを介して視聴者を寄せ集め、そして客達には商品を売ることに決めている。
 愛液や母乳を採取して、それをマニアに売るつもりだ。
 母乳の出る薬も買っているので、それを飲みたがるマニアックな客から金を取り、出費の埋め合わせをするのである。
 そして十分な回収を済ませた上で、ようやく彼は鏡流をベッドで抱くつもりでいる。

     *

 鏡流は自我を保っていた。
 いや、正確にはドリル機能が停止して、少しでも休憩が与えられるその時だけ、どうにか頭が真っ白な状態から立ち戻り、ものを考える余裕を得られるのだ。
 そのたびに、まだ自我を保っている自分に気づき、鏡流は心に強く決意を抱くのだった。
(希望は……捨てない…………)
 きっと、助けは来る。
 そう願いながら、またドリル機能が可動して、ピストンが始まる頃には頭が真っ白に、ただ大声で喘ぐだけの物と化す。盛大な潮吹きを、それから何度も、何度も繰り返し――。

     *

 それを目の当たりにした救出部隊は、大きな衝撃に打ちのめされた。
 あの鏡流が、こんなみっともない姿に……。
 惨めにも尻を突き上げ、股からは愛液を好きなだけ垂らした情けのない四つん這いで、起きる気力もないような顔をしている。
 救出部隊の彼らが来た頃には、彼女を人身売買にて購入した男性は姿を消していた。組織の情報も得られなければ、買った彼の手がかりすらなく、ただ鏡流を救うという目的だけが、妙に虚しく達成されているのであった。