第5話 買い手の男
落札が決まってから、最後に耳に残った言葉がある。
「――最高の商品だ」
高く売れて大満足だと、上擦った声音で囁かれ、それが妙に記憶に焼き付いている。
出荷に当たって、鏡流は肛門に何かを挿入された。
錠剤が腸内で溶け出して、その成分が広がることで意識を失い、目覚めた時には見知らぬ場所に閉じ込められ、なおも相変わらず手足の自由がないのだった。
「お目覚めかな」
恰幅の良い中年がそこにいた。
「時間は知らんが、いい朝だとでも言っておくか」
鏡流は心底不快そうにしながら、自分の置かれた状況を素早く確認して、部屋の広さや構造にも意識を走らせる。脱出について考えているのはもちろん、手足にきちんと力が入るか、能力を発揮できるかも気にかけたが、この拘束を自力では破れそうにないのは相変わらずだ。
その上、場所も時間もわからない。
衣服は一着たりとも着せられておらず、今回は目隠しの布も始めから外されていた。
手足にベルトが巻きつけられ、身体が拘束された上で鏡流が置かれているのは、ただの椅子だとは思えない。感触に意識をやれば、固い板にクッション素材を取り付けているのがまずわかるが、それから頭や背中、脚の感触から伝わるのは、一枚の板が可変式に折れ曲がり、そうして椅子の形となっていることだ。
複数の板を繋いだ継ぎ目の感じが肌で読み取れ、だから自分を捕らえるシートの構造が脳裏に浮かぶ。
手首や足首、膝や肘、両手や両足を束ねて拘束するのでなく、やはり片方ずつをバラバラに、ベルトによってシートの上に封じている。
より細かく意識をやれば、自分が座っているシートは、もっと自由自在に変形するのだろうと予想がついた。
人型の板なのだ。
四角形を並べることで人型を模しているような、その形状は一枚の板が折れ曲がるものではない。腕が置かれた部位、脚が置かれた部位は、それぞれ独立して可動して、手足の動きをある程度操ることで、人のポーズをコントロールできるに違いなかった。
そんな囚われの鏡流の真正面に、恰幅のよい中年がバスローブを纏った姿で、ご機嫌にワイングラスを揺らしている。その背後には随分と大きなモニターが、人が両手を広げるよりも画面サイズのある機器が置かれている。
そこに映ったデータを見て、鏡流は嫌悪感から目を逸らす。
画面を二分割する形で、性器と肛門が同時に表示されていた。桃色の肉ヒダと、皺の窄まりの並んだ画面に、自分の身体データがどれだけ細かく取得されているかを思い出し、改めて恥じらいを覚え、その頬を薄らと染め上げているのであった。
しかも気分の悪いことに、周囲には複数のカメラが置かれている。鏡流を包囲するように、いくつもいくつも、三脚台でカメラを設置している上、天井からも監視カメラが稼働している。
こうもありとあらゆる角度から、人を撮影したいらしい。
「いやぁ、君は美しい! 本当に」
中年はワインを飲み干し、すぐそこにある小さなテーブルへと、空になったグラスを置く。
「想像以上の出費になったが、君を手に入れただけの甲斐はある。こうも美しく、そして強い女性が、この手で思い通りに出来るのだから」
迫ってきた中年は、じゅるりと舌なめずりを行いながら、ニヤニヤと両手を伸ばしていた。
乳房を揉まれ、その恥辱感に鏡流は顔を歪める。
「いやぁ、実に柔らかい。この感触が3Dモデルにも反映されているのだろう? 乳輪のサイズも、乳首が突起した場合のサイズも何もかもが」
「……らしいな」
恥辱でしかない計測を思い出し、鏡流の顔の歪みは深まっていく一方だ。
本当に嫌悪しか感じない。
中年の手の平が持つ温度も、少々汗ばんでいる感触も、それが乳房に食い込んで、指の動きに応じて変形までさせてくる感じにも鳥肌が立ってくる。
「では楽しい時間を始めよう」
中年の手が離れた。
てっきり、そのバスローブを脱ぎ散らかし、自らの肉体で辱めにかかってくるのかと思いきや、どうやらこれから鏡流を嬲るのは、またしても機械のようだった。
鏡流から距離を置き、自身のソファに腰を沈めた中年は、ニヤニヤと人の様子を見守り始める。
すると、シートが可動した。
脚が突如として持ち上がり、上へ上へといくにつれ、さらに左右に広がっている。やがて分娩台さながらの形となって、鏡流の脚はM字開脚と同じになっていた。
あけっぴろげの股から、性器が丸見えになっている。
中年の視線だけでなく、いくつもあるカメラの存在を思って、鏡流の脚には反射的な力が籠もっていた。開こうとしてくる力に抵抗して、閉じようとしたものの、それが無意味な抵抗なのは言うまでもなかった。
脚の付け根、内股にある筋が伸びるほど、鏡流の脚は大きく開かれ、そればかりか尻が少しだけ手前に引き出されている。アソコが目立つだけに留まらず、肛門さえも見えているのを、鏡流は肌でひしひしと感じていた。
「いやぁ、お似合いだ」
「黙って欲しいものだ」
こんな姿をお似合いと言われ、嬉しいはずなどない。
「君のことは既にたっぷりと楽しんでいる。こういう風にね」
中年の背後で画面が切り替わり、今度は写真でなく、3Dモデルで作成された映像が動いていた。
『あっ、あん! あぁん! あぁん!』
紛れもなく、それは鏡流自身の喘ぎ声だった。
録音した声なのか、合成音声なのか、3Dモデルである鏡流が喘ぎ散らかし、必死なように髪を振り乱すのは、その四つん這いの姿勢で後ろから、一人の男に貫かれているためだ。
目の前の中年男性を再現した高精度のグラフィックが、同じく本物の鏡流にほど近い、やはり細やかな精度で再現され、3Dモデル同士がセックスを繰り広げる。
『あぁっ! あっ、あぁん! あぁん!』
画面の中の、自分ではない自分が恍惚して、明らかにセックスを楽しんでいた。
「こんなものを……」
よくも下らない映像を作った上、見せつけてくれたものだと怒りを抱く。
実際の人間二人をグラフィックで再現して、絡ませた上で本人に見せつける。鏡流に対する恥辱的な嫌がらせは、怒りと同時に深い嫌悪ももたらしている。
そして、こんなM字開脚で、ろくに抵抗もできないくせに、アソコも肛門も丸見えの姿で怒りをあらわにしたところで、滑稽なだけだと気づく。
自分の滑稽さが情けないあまり、浮かんだはずの怒りが引っ込み、ただ無念と屈辱だけが胸中を漂っているのであった。
「気に入ったかな?」
「気に入らないな」
鏡流は率直な答えを出す。
「これは残念だ。まあしかし、せっかくだから、君自身の映像でも鑑賞しながら、これから起こることを楽しんでもらいたい」
「楽しいのはお前だけだろう」
「なに、嫌でも楽しくなる。なにせ、それ相応の快楽が約束されているのだから」
その言葉を聞くと同時に、鏡流の全身に張り巡らされていくものは警戒心だ。一体、どこから何が来るか。あの競売の場で味わったような、機械性の触手でも来るのだろうと予想はついていながらに、いつどこから未知の攻撃が飛んで来るかもわからない、多大な警戒心が指先にまで行き渡っていた。
聞こえるものは、覚えのあるシャッターの開閉音だ。
このシートを支える支柱、さらにその台座に格納された触手が排出され、機械関節をくねくねと可動させながら、蛇が鎌首をもたげるように、いかにも狙いを定めているのが鏡流の真正面に、視界に現れていた。
触手は二本だ。
そのどちらも、先端にプローブを生やしている。ペンよりも長く、華奢な少女の手首より細い棒状の器具は、先っぽに丸みこそ与えてあるものの、どことなく尖っても見えるのだった。
二本という事実一つで、鏡流にはその狙いが正確にわかってしまう。だから何とかその部分を守り、これから起こる出来事を阻止したい思いを抱くのだが、手足の拘束と、筋力が普段の半分しか発揮できない状態で、ただただ心の中で警戒心を働かせてみたという、それ以上の結果にはならなかった。
プローブの表面には、どちらにもローションが塗られている。
まだ何の行為も始めていない、乾いたアソコに対しても、問題なく入るであろうプローブが迫ってくる。二本の先端がそれぞれアソコに、肛門に押し当てられ――
――ずにゅぅぅぅぅ。
と、押し込まれてくるのであった。
「ふっ、ぐぅ――」
鏡流はすぐに苦悶を浮かべた。
想像以上にあっさりと滑り込み、そしてピストンも始める二本のプローブは、出入りを始めて間もなく快楽を与え始めている。膣壁に、腸壁に、プローブの出入りが擦れることで、その摩擦から刺激が走る。
「んっ! んっあっ、あぁっ! あっ、あっ! あっ!」
出入りのたび、甘くも激しい電流が走っている。M字に広がる脚の中へと駆け巡り、刺激のせいでピクっと跳ね上がる。その際に内側からベルトを持ち上げて、留め具部分の金具が音を何度か鳴らしている。
「あっ! あぁっ! あっ、あっ! あっ!」
鏡流は髪を振り乱す。
強烈な刺激によって、激しさを帯びて髪を振り、それが頬や額に張りついている。感じれば感じるほど、体表が徐々に汗ばんでいき、裸体がどこかしっとりとして見え始めていた。
「んっぐぁ――あぁ――あぁぁぁ――!」
プローブの先端にはカメラが搭載されていた。
鋭利なようで丸みを帯びた先端部のカメラによって、膣内や直腸の中身が直接覗き見られている。
「あっはぁ――あっ、あっくぁ――あぁぁ――」
そして、それはモニターに映し出されていた。
壁にカメラを押しつけて、周りの景色は何も映らず、レンズと接した部分しか見えない形で、モニターの中には二分割の映像が流れている。
「んぅぅ――んっ、あっ、あぁぁ――あっ、あぁ――」
映像では壁が動いていた。
実際にはカメラ自身が動いているのだが、ピストンに応じたリアルタイムの中継は、レンズと接した部位が往復スライドを繰り返しているのだ。
「あっ、がっ、んくぁっ、あぁ……あっ、んあっ、あぁ……!」
鏡流は快楽に振り回される。
我慢でも意識して、抗ってみようにも、迫り来る刺激を堪えきれずに、どう足掻いても喘ぎ声は出てしまう。手足はモゾモゾと動き続けて、脚の筋肉もぴくりと跳ねる。
「ふっくぁ――あっ、んぁぁ――――」
喘ぎ声を噛み殺そうとしてみても、たった数回、申し訳程度に押さえるのがせいぜいで、いくらでも溢れる声を延々と塞ぎ続けることはできない。
「やっあっ、あぁ――あっ、んぅ――んっ、あぁ……!」
鏡流の額はより汗ばみ、張りつく髪の量は増えていく。
「んくぁっ、あぁ――あっあぁ――!」
アソコから汁気が増え、最初に付与されていたローションだけでは説明がつかないほど、その滑りは良くなっていた。膣壁が愛液を分泌して、それがプローブの表面にあるローションと混ざり合い、しだいに混合液となっていく。さらに愛液の量が増え、割合が逆転するにつれ、ローションの存在はみるみるうちに薄められていく。
「あっあぁぁ――あっ、あぁぁ――あっ、あぁ――――!」
鏡流は絶頂に近づいていた。
「あぁ……あっ、んあっ、あぁ……!」
性器から掻き出され、体表を流れ広がる愛液が、いつしか肛門のプローブに絡みつく。そのピストンに巻き込まれ、直腸の中に愛液が紛れ込むようになるほどに、鏡流の分泌量は増えている。
「あっ、あぁぁ――あっ、あぁ――」
それだけ感じる鏡流の下半身は、やがて一回のピストンごとに絶頂への階段を上がり始めた。
「あ! あっ! あっ! あっ!」
一回ごとに、段階的に、何かが弾ける予感のような、そして破裂するかのような予感は膨らんでいる。
「あっんっ! あん! あん! あん!」
その一方で愛液はかき混ぜられ、白く泡立ちまでしていた。蜜壺の中身が増えるだけ、プローブの出入りは水分の固まりを捏ねていることになり、そのかき混ぜが泡立ちを生み出している。泡立ったものは白い汚れの固まりとなり、プローブの見え隠れする部分や、結合部の周囲に広がり付着していた。
「あぁ――――」
もうその時は近い。
「あっ、あぁぁ――あっ、あぁ――」
ただただ、気持ちいいばかりでものを考える余裕を持たない鏡流だが、自分がどのような状況に置かれているか。
「んくぁ――あぁぁ――あっあぁぁぁ……!」
あともう少しで自分は一体どうなってしまうのか、無意識のうちに悟っている。
「あっくぁ――あぁぁぁ――――」
やがて、それは来た。
「――――――――――――――っ!」
それまで、散々に大きな声を吐き散らし、喘いでいた鏡流の口からは、むしろ何の声も出ていない。ただ絶叫のように口だけを大きく開き、驚愕のように目も見開き、胴体を可能な限り浮き上げていた。
分娩台のような形となったシートには、胴体に巻きつくためのベルトもある。背中がシートから浮き上がり、胴体のアーチを成そうにも、ベルトの存在がそれを阻む。
しかし、背中とシートのあいだにまったく隙間が出来ないわけでもなく、どうにか浮きうる範囲まで、鏡流の腹はベルトを持ち上げ浮かんでいた。
僅かな隙間だけを作って、その背中は反りの少ないアーチとなっていた。
プシャッ!
と、潮も上がっている。
ただ一瞬の噴水か、あるいはスプレーの噴射に似て、何滴も何滴もの、おびただしい量の滴が放射状に舞い上がる。それが花咲き拡散して、床を少しばかり汚す以外にも、鏡流自身の腹や内股にさえ、それは降りかかっているのであった。
プローブが抜け出ていく。
「んっ!」
その抜ける瞬間の刺激さえ、確かに膣壁や腸壁を擦っている。最後の最後であと一回だけ、鏡流はプローブによる声を上げていた。
よく濡れたアソコからプローブが抜けた途端、だらっとだらしのないヨダレが溢れている。愛液によるコーティングが表皮に広がり、そのまま膨張していく愛液の面積は、すぐにでも肛門に至って皺の窄まりを濡らしていた。
そして、プローブの先端からは糸が垂れている。
どちらからもだ。
膣に入っていた方はもちろん、肛門に入っていたプローブからさえ、伝い流れて来た愛液を受け取り存分に濡らされている。それが滴の玉を垂らして糸を引き、二本のプローブのどちらからも、ぷらぷらと揺れていた。
「うっ、くぅ……」
鏡流は歯を噛み締め、睨むような目で糸を見る。
憎いのはあの男、そして自分を買った目の前の中年だ。
しかし、こうして鎌首をもたげ、蛇のように自分を見つめる機械触手の、先端のプローブを目にしていると、それも自分を辱めた悪者の一員に思えてくる。
道具というより、辱めに参加した生物の一員に見えて来る。
だが、やがて目を背けた。
自分自身の体液が糸を伸ばして、ぷらぷらと揺れている光景など、いつまでも見ていたいものではないのだった。