第1話 全裸登校訓練

 全裸登校訓練の紹介番組を見て、緒方智絵里は関心しきっていた。
 大槻唯が裸になり、テレビの中で様々な訓練を受けていたが、当初は人前に出る勇気さえなかった智絵里にとって、あれをやり遂げる凄さに言葉が出ない。
 自分が同じことをできるだろうか。
 無理ではないかと思うのだ。
 デビュー前のオーディション会場でも、あまりの人の多さに臆して、自分なんかがアイドルを目指すのは無謀もいいところだと、帰ろうとしてしまった。たまたまプロデューサーに声をかけられていなかったら、今でもただの一般人のままだっただろう。
 その時の、てっきり事務員かと思って話していたら、実はプロデューサーだった彼に推されてデビューした。最初は緊張してばかりで、何をするにもしどろもどろであったが、やがてはトーク番組に出演したり、大勢の観客が集まる舞台にまで立てるようになったのだ。
 最初は絶対に無理だと思っていたことが出来るようになっていた。
 だからといって、全裸で人前に立つというのは次元が違う。まず恥ずかしくてたまらない。下着だっておいそれとは見せられない。しかも、自分の裸がテレビに映って放送までされるなど、考えただけで気がおかしくなりそうだ。
 それをこなすなど、超人か何かだろうか。
 智絵里は唯を尊敬しきっていた。

「全裸訓練の番組、出てみない?」

 そして、プロデューサーがまさかの話を持って来た時、智絵里はまず真っ先に首を振り、自分には無理だと拒むのだった。

     *

 緒方智絵里は公園のベンチに座り、青空を見上げていた。
「どうしよう……」
 憂いを帯びた表情で、ぼんやりと雲を見つめる智絵里には、仕事に対する深い悩みがあるのだった。
 それは先ほど、事務所でのこと。

「無理です……そんな、私……裸なんて……」

 プロデューサーが持ちかけてきた番組企画に、智絵里はすっかり臆していた。
 テレビ番組に出て裸になるなど、そう簡単にできることではない。
「全裸登校週間の意義は知っている?」
「はい。それは、テレビで見ましたので……知ってます……」
 唯が出たのはドキュメンタリー形式の番組であり、AVではない。祭りや地域行事に風習など、毎週様々なイベントや地域ネタを紹介していく番組で、テレビ局はその一環として全裸登校週間の存在に目をつけて、裸のアイドルを企画したのだ。
 しかし、それを単なるお色気番組で済ませはせず、発祥となった時代や昭和期の出来事など、様々な歴史に触れつつも、それによってどのような子供達が育っていったか。卒業生のコメントを取るシーンも挟み、行事の意義を発信するのが番組の目的だった。
「全裸登校訓練をこなせば、絶対に成長できる」
「そうでしょうか……」
「最初はトーク番組の出演だって考えられなかったし、ライブでセンターも無理だと思っていたはず」
「はい……最初は、そうですけど……」
「できないことをできるようにするために、訓練というものはある」
「それは……そうなんですけど……」
 もちろん、唯に中で大きいのは、自分にはできっこない、真似できない。引っ込み思案で人見知りする面が生み出す気持ちなのだが、そもそも人に裸を見せるというのは、年頃の少女であれば誰もが抵抗を感じることだ。
 やりたくないと、純粋にそう思う気持ちもあった。
「どうしても嫌なら、他の子に頼んでみるけど」
 しかし、そう言われてしまうと、自分が断れば他の誰かにお鉢が回るように思えてきて、断りにくくもなってしまう。かといって、それで裸になる決心がつくかと言えば、そんなはずもなく智絵里は答えに詰まっていた。
「あの……プロデューサーさん……少し、考えさせて下さい……」
 そう答えるので精一杯だった。

 智絵里が公園で悩んでいるのは、そうした経緯からのこと。

 行事の意義については、解説もあれば卒業生の熱い語りもあり、番組さえ見れば十分に伝わって来た。それをこなし、乗り越えれば成長できる。そういう気は確かにするが、番組が高視聴率を得た理由には、女の子の裸も間違いなく絡んでいる。
 どんなに真面目にやっていても、少女の胸や尻が映る時点で、そういう目で見る男の子はたくさんいるのだ。
 そう思うと、結局はAVに出るかのようで抵抗がある。
 かといって、では大槻唯がAV女優に見えるかといえば、唯は決してそちらの世界に転向していない。唯はただアイドルとしての仕事をこなしただけで、智絵里としては体を売ったものとは見做していないが、いざ自分が出演となった途端にエロ動画に出されるような抵抗は湧いてきたのだ。
 それも全裸登校週間の意義に言わせれば、そういった目を向けられようと、堂々と振る舞う度胸を養えるという話になる。
 それは、わかっている。
 そういう意義くらい、わかってはいるのだ。
「でも、そんなの絶対……向いてないし……」
 できっこないと思う気持ちばかりが胸に膨らむ。
 あれは唯が凄かったのだ。
 自分に同じことなどできはしない。まず裸で人前に立つ度胸がない。訓練とはいうものの、自分などスタート地点にすら立てないような気がしていて、智絵里はすっかり俯いていた。
 その時だった。

「智絵里ちゃん!」

 突然の声と共に背中を叩かれ、心臓が跳ね上がった。
「ひゃん!」
 と、声まで出して驚いていた。
「どーしたの? お悩みごとかな?」
 大槻唯だった。
 驚かされたショックもそうだが、ちょうど全裸訓練について悩んでいる時に、まさにその番組に出ていた唯に声をかけられ、心臓がすっかり騒がしい鼓動を上げていた。
「ゆ、唯さん……私……」
 智絵里はそして、事情を語った。
 持ちかけられた企画と、それを自分にはできっこないと思う気持ちを口にした時、唯は励ますように肩を叩いてこう言った。
「アタシだって最初は緊張しまくりだったし、心臓が破裂しそうだったよ」
「え、そうなんですか……?」
「だって裸だもん? そんなの、絶対むーりぃってカンジ? 最初の一歩がすっごく重くて、緊張しまくりだったよ」
 唯の言葉は意外であった。
 思い返せば、番組開始あたりのシーンでは、確かに緊張した素振りはあった気がする。何日もかけて撮影した映像を繋いでいき、放映時間の中で日数が経過するので、見終わる頃には成長した唯の姿ばかりが印象に残り、冒頭での唯については気づけば忘れてしまっていた。
「でも、裸が放送されちゃうなんて……」
「そーだよねー。だからさ、抵抗あるなら断っちゃってもいーんじゃない?」
 唯はそんなことをあっさり言う。
「いいんですか? そんな……」
「だって裸だよ? フツーは大事にとっとくし? テレビに映したくないって思うのは、まーいいんじゃないかなー?」
「そうですか……でも、どうしよう……」
 断ってもいい。
 そうはっきりと言ってもらえたおかげで、選択肢の一つが明確になっていた。性格的にあまり言いにくかったことなのだが、こうして肯定してもらえたことで、今ならプロデューサーに頭を下げ、出演を拒否することもできそうだった。
「でもまー、やって後悔はしてないかなー。ああいう番組に出たからって、誰にでも裸を見せびらかすみたいな? 品のないカンジになったわけじゃないし、度胸がついて心がビッグになった感覚はすっごいあるよ?」
 唯は自慢げに、誇らしげにそう語る。
「ライブでもさ! 会場がどんなに大きくたって、アタシにはあの経験があるって思ったら、ぜーんぜんキンチョーしなくなっちゃったよ!」
 笑顔が輝いていた。
「唯さん……!」
 その眩しい笑顔を見ていると、自分もこうなってみたいような憧れが胸に疼いて、やっぱり気持ちが変わってくる。
 抵抗感がまるっきり消えたわけではなかった。
 しかし、おかげで決心がつき、やはり番組に出てみようと思うことができたのだった。