ドラマの子役を演じる十三歳の少女:真原美波の元に、とある児童文学のドラマ化の仕事が舞い込んだ。
 しかし、その原作はお色気シーンがたっぷりで、登場人物の恥じらう様子をきっちり再現しなくてはならず・・・・・・。


子役のパンチラ撮影!?


 子役デビューを果たして数年の経歴を持つ少女、今年で十三歳になる真原美波の元には、児童文学の連続ドラマ化の仕事が舞い込んで来た。
 そして、その最初の気持ちがこうである。
「へえ? やったね!」
 素直にチャンスだと思った。
 まだ中学生になったばかりの美波は、いつか大きくなったら大物女優として大作映画に出演して、大きな家で暮らしてみて、などと目標を胸にしている。
 かなり漠然と、ビッグになりたいと思っている。
 その衝動を半ば本気で抱えている中学生は、自分に舞い込む仕事に張り切っていた。それをこなして成功すれば、経歴を一つ増やせるわけで、それを無邪気に良い事として喜んでいるわけだった。
 ただ、美波はその原作の内容を知らなかった。
 読書そのものはたまにするので、児童文学というなら、今まで読んできた本のイメージで、だいたいは合っているだろうと、かなり漠然としか考えていなかった。まさかその作品にはお色気表現が入っていて、それを実際に撮影することになろうとは、このときの美波はまだ想像さえしていなかった。
 実態を聞いたとき、美波は露骨に引き攣っていた。
 原作は小学校を舞台にドタバタの日常を送るコメディタッチの作品で、主人公は六年生の女の子だそうだ。中学一年生になったばかりの美波が、一二歳の役をやるのに無理はなく、ひとまずそこはいいにしてもだ。

「パン……チラ……?」
「そ、パンチラ」

 撮影現場の椅子に深々と腰を下ろして、美波のことを見上げてくる監督から、第一話の撮影シーンについて聞かされた時、美波は露骨に引き攣っていた。
「パンチラですか?」
「そうだよ?」
「き、聞いてないっていうか……」
「だろうねぇ、言ってなかったもの」
 監督は当然のようにそう答える。
 事前に話したりしていたら、断られるかもしれないじゃないかと、目がそうはっきりと語っていた。
 いやいや、待って欲しい。
「あのっ、そのっ、えっと――それって、コンプライアンスとかその――――」
 下着を映すような撮影なんて、是非とも遠慮したいところである。何とか回避したい思いが真っ先に膨らんで、かといって目上の監督に真っ向から逆らえるわけでもない。目の前に座っている人物は、それなりに地位を確立している監督で、大人の女優ですらあまり声を上げにくいと聞いたことがあるくらいだ。
 そんな少々怖い人物相手に、美波としてはたったこれだけでも、十分に勇気を振り絞ったつもりであった。
 そして、言ってしまってから後悔した。
 美波は別に、小心者の性格はしていないが、とはいっても怖い監督である。出演者に怒鳴りつけて、大の男すらビビらせたことのある人物である。怒れば怖い、怒鳴ってくるかもしれない大人を前に、美波の心の中身はこうだった。
(や、やばっ、キレられたらどうしよう!)
 正直に言って、緊張していた。
「あれぇ? 君は将来、大物になりたくないのかなぁ?」
 しかし、監督は怒らない。
 怒るのでなく、わざとらしく首を傾げていた。
「え? ああ、はい! なりたいです!」
 拍子抜けはありつつも、美波はきっぱりとそう答える。
「なりたいよねぇ?」
「もちろんですよ! 大物になって、豪邸に住んだりしてみたいに決まってますよ! そう思わない方がおかしいですよ!」
「うんうん、そうだよねぇ? 夢くらい誰だって持つし、一パーセントでもそうなれる可能性があるなら、頑張ってみたくなっちゃうよねぇ?」
「はい! もちろん!」
「でさ、君は僕の経歴とか、色々と知っているよねぇ?」
「知ってますよ? 色々、有名な映画に名前が出てたりして――」
「ってことはだよ? この仕事で成功して、僕に気に入られるっていうのは、大物への第一歩じゃないのかなぁ? ただの小さな一歩じゃないよ? 大きな一歩だ。そんじゃそこらの一歩なんかより、ずっと価値があると思うけどなぁ?」
「おお……!」
 美波は一三歳になったばかりである。
 大人に囲まれながら、責任ある仕事をしているので、普通の小中学生に比べれば、これでも大人びている方なのだが、とはいっても子供である。知恵のある大人に言葉を尽くされれば、それをそのまま信じてしまう部分がある。
 何より、実績ある監督だというのが大きい。
 この監督に気に入られ、次もまた大きな仕事が来るようになろうものなら、確かに大きな一歩になるという、その点についてはなまじ嘘でないあたりが、美波のことを説得して、パンチラ撮影の同意を引き出すには十分な力を持っていた。
 ついでに言うなら、我が子が将来成功者になれるのならと、両親も両親でどちらかと言えば夢を見ているタイプのために、だから保護者の許可さえ済んでいるのだ。
 とはいっても、あくまで美波はお色気描写の存在を知らず、下着や肌を見せるといった覚悟をしてきていない。もっと前から承知しているのと、たった今になって急に覚悟を決めるのでは、気持ちの入りようが、心の準備具合が変わってくる。
 要するに美波には、恥ずかしさを堪える準備が少しばかり足りていなかった。

     *

 撮影方法はこうである。
 舞台となる街の中、男子が目の前を走り去る。その爆走に横切られ、風圧を浴びたせいで持ち上がるスカートから、穿いていた下着が見えるというのが、今日の撮るべきお色気シーンなのらしい。
 聞けば他にも何度かパンチラシーンが存在したり、入浴シーンが存在したり、知れば知るほど出演を後悔したくなってくる。漫画やアニメなら普通なのかもしれないが、実写となれば役者が恥ずかしい思いをするわけで、児童文学というだけで二つ返事でOKしたのは、やはり間違いだったろうかと美波は思う。
 だが、もう出演は決定していて、先ほどの監督とのやり取りでも、パンチラOKの意思を表明してしまったので後には引けない。
「はぁ……」
 と、ため息。
 しかし、撮影の開始直前には表情を引き締めて、美波は自分の心を演技モードへと切り替える。撮影中の自分は真原美波ではなく、児童文学の劇中に登場する『加藤リリナ』というキャラクターであり主人公だ。
 自分ではない存在に、別人の精神に切り替える。
 二重人格というわけではないが、自分ではない自分を前面に出すための、そんな心のスイッチが美波の中には形成されている。こうやってドラマに抜擢されるからには、きちんとした稽古の経験があり、演技を身に着けているわけで、もしかしたら素人目にも、彼女の中で何かが切り替わった感覚は、見ていて伝わってくるかもしれない。
 撮影の舞台は下校や通学路として使われる道のりだ。
 完成後の映像としては、まずは男子が校門から駆け出す場面に始まり、次々に道を駆け抜けていき、最後に美波の隣を横切っていく。その撮影はポイントごとに、場所を切り替えながらのものであり、撮り終わった映像をたった数秒感の場面として編集で繋げるわけだ。
 その最初の部分にあたる校門から駆け出すシーンと、他のいくつかの爆走シーンは、既に撮影を完了している。
 パンチラシーンだけを残した状態で、その撮影が開始となるなり、美波は悠然と歩き始めた。
 その意識から、周囲に存在するカメラスタッフは掻き消されている。
 今の自分は下校中に家へ向かっていく加藤リリナであり、ガードレールの内側をいつも通りに歩いていって、その道中にある美容院を通過していく。その美容院を目印に、後ろから追い越してくる形で、少年の爆走は行われる。
 そして、横切ってきた。
 美波の目に、駆け去っていく少年の背中が映る。全力疾走で身体は激しく上下し、そのランドセルが大袈裟に揺らされていた――瞬間、撮影機材の一部として用意され、スカートを捲るためだけに置かれた大型の扇風機が起動した。

「え、いやぁぁ!」

 美波は――否、加藤リリナは叫ぶ。
 パンツが見えてしまったことで悲鳴を上げ、大慌てでスカートの中身を隠す。太ももに両手を叩きつける勢いで、実に素早くスカートを押し返すが、それに合わせて風向きが切り替わる。正面方向の扇風機が停止して、後方にある二台目の扇風機が起動することにより、せっかく前を隠したのに、後ろが捲れ上がるというわけだ。
(はあ、もーサイテー……)
 途中までは登場人物になりきって、本来の自分から切り替えていたものの、スカートが捲れた瞬間から、それは演技であって演技ではなくなっていた。視聴者には決して見せることのない、撮影用の装置である扇風機が起動して、その風によって捲り上げてくる際の、下着が見えて恥ずかしいといったらない。
 しかも、下着は衣装じゃない。
 着ている服は撮影用に用意された衣装だが、下着については家から穿いてきた私物であり、役者たる真原美波の、張本人のものがテレビに映る。専用の見せパンを用意するのなら、少しは羞恥心が軽減されたかもしれないが、これではそういったわけにはいかない。
 しかも、最悪なことにスタッフ達は何か難しい顔をしている。
 その時点でもう、空気からして察してはいたが、監督が扇風機役のスタッフに詰め寄って、小言を言っている光景を見たからには、予感は確信に変わっていた。というより、美波としても、少年が駆け抜けていく瞬間と、扇風機の起動とで、微妙にタイミングがずれていたのわわかっていた。
 スイッチが入ったその瞬間から、即座に風力が出るわけでなく、最初の一瞬だけゆっくりと、徐々に設定通りのプロペラ回転に至るので、そのせいかタイミングを合わせにくい。
 きっとそのせいで、ずれてしまったのだ。
 つまり、やり直しになるわけで、せっかく走った少年も、走り直しというわけだ。
(次の一回で終わるといいけど……)
 不安になりつつ、二度目の撮影に美波は臨む。
 スタート地点に戻っていき、少年もまた美波の遙か後方で、スタッフの合図を待ち始める。撮影開始の合図と共に、美波は再び演技のスイッチを入れ、加藤リリナになりきって、下校の道のりを歩んでいった。
 今の自分は真原美波ではない、中学生でもない。
 劇中小学校に通う六年生であり、その帰り道を進んで行って、劇中の自宅に帰る。母親役の俳優を脳裏に浮かべ、自分はその人の娘なんだとさえ思い込み、すっかり別人となって歩いている最中に、また後ろから爆走少年が追い越してくる。
 そして、扇風機のスイッチは入っていた。
 大人の腰ほどまである大きさの、家庭用よりも遥かに大きな扇風機――いや、送風機と言うのだろうか。その起動は先ほどよりもタイミングが合っていそうで、送り込まれる風が大胆にスカートを捲ってくる。
「え、いやぁぁ!」
 加藤リリナとしての悲鳴を上げ、また先ほどのように勢いよく、激しさを帯びた腕の動きでスカートを押し戻す。すると、すぐさま後方の扇風機が起動して、後ろ側を捲ってくるので、お尻を見られる恥ずかしさに顔を歪めた。
(こ、今度こそ……)
 これで二回目だ。
 ドラマに出るのは初めてでなく、撮り直しに経験は過去にもあるが、今回は下着の露出を伴うのだ。早いところ終わってくれるに越したことはなく、だったらお願いだから上手く撮れていて欲しいと祈るのが、美波としては当然の思いであった。
 だが、無情にも撮り直しとなる。
 前側の捲れるタイミングは良かったが、後ろ側のタイミングがいまいち良くなかったそうだ。

     *

 その後も、向こう数回にわたってNGが繰り返される。
 こう何度も続くのでは、その分だけ下着を見られる美波にはたまったものではない。いい加減に早く終わって欲しいと思うのは、少年子役の方も同じ話で、彼の場合は何度も何度も繰り返し走っているから、疲れでイライラし始めていた。
「ちっ、またかよ」
 小声だったが、その呟きはたまたま美波の耳にまで届いて来た。
 監督の面持ちも、心なしか険しく見える。
(あー。なんかイヤな空気だよ)
 このままでは雰囲気が悪くなる一方なので、本当に早く終わって欲しいと思いはするが、次に行う撮影もまたNGで、少年の苛立ちがいよいよ見るからに伝わってくる。これでは美波の居心地も悪いので、演技のキレが少しばかり悪くなり、その様子を見かねたスタッフが、監督に何やら話し始めまでしているのだ。
 その結果だろうか。
 休憩を挟むことになった。
 さすがにストレスが溜まるばかりで、ここは一旦時間を空けようという話になり、小休憩を挟んだ上での撮影再開になるわけだが、こう時間がかかっているせいか、撮影現場の周りには、何やら野次馬が集まっていた。
(ってことはだよ?)
 スタッフが野次馬の相手をしているが、追い返しているわけではない。
 カメラに映り込まない位置に群れを留めて、その上で再開される撮影は、つまり一般大衆の見ている前でスカートが捲られることを意味している。さすがに距離も遠いので、見えにくいとは思うのだが、ともかくより視線の増えた中、美波の下着は風で丸出しにされるのだ。
 少年子役が爆走する。
 その後ろ姿――上下に揺れるランドセルを目にした直後、すぐさま吹き付けてくる強風にスカートが捲れた時、スタッフや監督だけには留まらない、一般大衆の視線の数々を思って赤らんで、美波はより大きな声で悲鳴を上げた。
「イヤァァァ!」
 本当に恥ずかしくて、思いっきり力強くスカートを押さえていた。
 その瞬間、後ろから吹き付ける風により、後ろ側も丸見えに、しかもそちらの方向にも野次馬は集まっている。前と後ろのどちらも一般人に見られての、より恥ずかしい思いを味わって、とはいえこれで撮影は終わったはずだと信じた時だった。
「ちょっと来てくれる?」
 監督に呼ばれ、美波は小走りで前まで行く。
 その瞬間に少し俯き、ほんのりと頬を染め直すのは、監督が映像をチェックしているからだった。最初に撮った時から一回一回、毎回必ずチェックするために、監督の座る椅子の近くには、テーブルとモニターが設置され、撮ったものを直ちに流すように設定してあるのだ。
「な、なんでしょう……」
 自分のパンチラが、下着がチェックされている。
 何度も、何度も。
 しかも放送に使われて、数多くの視聴者に見られたり、ネット上でお色気シーンを切り取ったものが拡散されるであろう未来を思うと、ますます恥ずかしい気持ちになる。
「これ、見てみなよ」
 そう言われ、美波は自分自身の映像に目を向けた。
『イヤァァァ!』
 大胆にスカートは捲れ上がって、一瞬だけ白いパンツが見えている。それは思いのほか大きく、繊維まで細やかに映さんばかりに拡大して撮られていたので、赤いフロントリボンの存在から、その下にあるリンゴ型の刺繍まではっきりわかり、美波は思わず目を背けそうになっていた。
 しかも、その直後には後ろ側の映像へ切り替わり、お尻が丸見えになっている。強風によって持ち上がり、そのままはためくスカート丈のすぐ下で、腰をくの字に突き出された美波の尻は、くっきり、はっきりと映っている。
(これをさっきから? 何度も何度も?)
 わかってはいたことだが、こうして真実を確認してしまうと、心に来るものは大きかった。
「美波ちゃんさ。これ、何が問題かわかる?」
「え、いえ……」
「あー。わかんないかな? これね、パンツが見えて恥ずかしいってシーンだよね。もちろん、そこはわかってるわけでしょ?」
「そりゃまあ、当然というか……」
「でもさ。何回も撮り直しになっちゃって、心の中で『さっさと終われ』ってなってきていたでしょ」
「…………」
 返す言葉がなく、美波は唇をきゅっと結んだ。
 とはいえ、衆人環視を意識したので、下着が見えて恥じらうという絵は、きちんと撮れたはずだと思うのだが。
「演技が雑になったせいかな? 加藤リリナのキャラクター的にはさ、ちょっと声のトーンが違うっていうか、大袈裟なんだよね」
「あ……」
 言われて気づく。
 美波の演じる加藤リリナには、お淑やかなお嬢様的な一面があり、物静かでかつ知的な面がたびたび強調されている。それを原作通りにこなすべく、美波はきちんと読み込んだ上で演じているが、言われてみればつい先ほどの映像は何か違う。
 具体的に何が違うか。
 キャラクターとしての違和感を説明するには、美波の語彙力では咄嗟の言語化ができず、そのでいで「何か違う」という以外に言いようがなかったが、しかし監督は明確に教えてくれた。
「この作品がさ。全体的に? 普段は大人しいリリナちゃんが、ギャグの突っ込みとか、イタズラされて怒る時とか、そういう時には大きな声を出すよね? お淑やかな感じとのギャップがあるんだよ。でもさ、さっきのはね? 普段大人しい子がその時だけたまたま出した大きな声、って風じゃないの。元から騒がしい子の出す声っぽいの。大声を出しちゃった時のさ、あら私ったら、こんなに騒いじゃって恥ずかしい、みたいな感じも抜けてるんだよね」
 と、ここまで言われた内容の、美波は全てを理解していた。
 演技が上手であればあるほど、眉の動き、頬の筋肉、唇の形さえも使いこなして、肉体を駆使した『表現』を行うのだ。絵描きなら絵で、物書きなら文章で、情景や心理描写を行うように、美波はそれを体でやらなくてはならない。
 キャラクターになりきるためには、お淑やかにゆったりと歩いていた最中、急にアクシデントに遭ったお嬢様の上げる悲鳴でなくてはならない。そういう変わったハプニングでない限り、決して絶叫などしない人物なので、たまたまその時だけ出してしまった大声に、何か思うところのあるような、騒いじゃって恥ずかしい、といった雰囲気を顔や仕草で描写しなくてはならない。
 しかも、それは下着が見えた恥ずかしさの中に、別の種類の恥ずかしさをミックスして行うものだ。
(ムズ……。えー、なにそれ。できるかなぁ)
 そう上手く演技が出来るのか、仕事をこなしきれるかの不安が湧く。
 だけではなく、このままNGが繰り返され続ける限り、美波は何度でも下着を晒し直し、それをここでチェックされ続けるのだ。
 そうなると、自分の映像がどんどん増えて、データに蓄積されている状況が落ち着かなくなってくる。

「ま、それでなんだけどさ。今ここで、僕にパンツ見せてくれる?」

「え……」
 さすがに絶句する。
 撮影のために我慢していることを、個人的な欲望のために披露するのは、いくら何でもできっこない。引き攣りながら息を呑み、すっかり硬直していると、監督は言葉を尽くして説得にかかってくる。
「演技のためだよ? 恥ずかしいって気持ちをね? 感覚を養うために、今ここでパンツを見せて欲しいんじゃないか」
 大物の監督が言う言葉である。
 そして、美波はたった一三歳の少女であり、その上で美波の味方をしてくれる大人はいない。断るに断れない相手からの、強い圧力を感じた美波は、最初こそ躊躇うばかりで、なかなか言うことを聞けずにいるものの、繰り返し言葉をかけられ続けることにより、やがて両手はスカートへ伸びていく。
 演技が上手くなりたくないの?
 君のせいでますます撮影に時間かかっちゃうよ?
 みんなイラついてるよ?
 と、撮影状況まで引き合いに、今この場でスカートを捲り、監督にパンツを見せるということが、いかに重要であるかが美波の脳に植えつけられる。プレッシャーに潰されようとしている頭は、いつしかその考え方を受け入れて、美波はスカートを上げたのだった。
 撮影のため、演技のため、つまりは仕事のため、美波はスカートをたくし上げていた。
「うーん。いいねぇ?」
 監督が前のめりとなって、下着に顔を近づける。
(や、やだ……だいたい、監督みたいな歳の人でも、私に興味とか……ないよね……)
 四十歳を超える人物が、まさか一三歳を性の対象に見てはいないはず。きっとそうであって欲しい願望が湧くこと自体、それを恐れて不安がっていることの裏返しだ。
 今まさに突き刺さっている視線は、ただ人の下着を見てみたかっただけの、欲望ありきのものかもしれない。
 その可能性が少しでもあるかと思ったら、何か気持ち悪いような、そして恥ずかしさも増していき、赤らんだ顔で美波はぐっと堪え始めていた。
「いいよ? その顔その顔」
「は、はい……」
「その感じを忘れないで、もう一回いってみよっか」
「…………はい」
 すっかり、美波は萎れていた。
 撮影のため、道路の方へ戻って行って、なおも顔には恥ずかしさの余韻が残り、頬には微妙な桃色が残されている。恥じらいの薄らとした気配を漂わせ、そんな顔のまま美波は撮影開始の合図と共に歩き始めた。
(下校……下校中……)
 そうだ、切り替えろ。
 今の自分は加藤リリナで、リリナが通っている学校から、リリナの自宅へ帰る途中だ。歳も一二歳であり、だからランドセルを背負っていることも当たり前だ。
 そんな加藤リリナの足が美容院の前を横切る。
 その時、後ろから追い抜いてくる形で、少年子役が爆走して、それに合わせたタイミングでスカートに風が吹き付ける。
 ばっと、捲れ上がった。
 まさしく、カメラへの映り方からしてみれば、少年が駆け抜けたせいで起こった風圧にしか見えはしない。完璧なタイミングでスカートは浮き上がり、腹に貼り付く勢いで持ち上がり、たった一瞬だけ丸見えに――

「きゃあああ!」

 リリナは大慌てでスカートを押さえていた。
 役になりきっている彼女の中では、野次馬として集まる数々の視線は、道端の通行人のものとして変換される。通行人に見られてしまった恥ずかしさで、真っ赤になって勢いよく、手の平を太ももに叩きつけるように押さえていた。
 その押さえ込む勢いあまって、リリナは腰をくの字に突き出していた。
 ぶわっ、と。
 突き出た途端に後方からの風がかかって、捲れ上がるタイミングも完璧なものだった。白い下着に包まれた尻は丸出しに、しかもこの頃には何度も何度も、同じ道のりを歩き直したり、休憩場所との行き来をしたりで布はずれ込み、本人の知らないうちに片方のゴムが割れ目に入りかけていた。
 完全とはいかないまでも、右の尻たぶをほとんど出し切る直前だった。

「あっ、あぁ……!」

 リリナは後ろも押さえ込む。
 通行人に下着を見られ、それが恥ずかしいといったらなく、透明人間にでもなり、もうこの世から消えてしまいたいほどには顔を真っ赤に染め変えている。
 そこにはもう一つの恥ずかしさも含んでいた。
(こんなに騒いじゃって、私――――)
 自然と浮かべる心の声は、無意識のうちにキャラクターになりきっていた。
 完全に加藤リリナとして、演技上の人物として、美波は恥じらっていた。
(余計に注目されちゃう……余計に恥ずかしいわ……)
 上げてしまった悲鳴のために、かえってどれだけ視線を集めたか――野次馬やスタッフは、別に最初からカメラの先を意識し続けているわけだが、彼女の中では完全に、通行人の注目を集めてしまったことになっていた。

     *

 やがて、この初回が放送される頃には、撮影中に話数も大分先へと進んでいる。第一話が話題になる頃には、撮影現場ではもっと先の回を撮っている。
 そんな中、美波はふとインターネットを見て、自分のお色気シーンがどれだけ拡散されているかを知ってしまった。特にSNSには下着の丸見えになった場面のキャプチャーが出回っており、しかもこの時の下着は衣装でなく、自宅から穿いてきた私物であることを思い出す。
「やぁ……!」
 スマートフォンで見てしまったSNSの様子に対して、美波はかぁっと顔を赤らめながら、慌ててアプリを落とした上に、画面すら切ってカバンの中へしまってしまう。
「あぁ……やだやだ……」
 今回のシーンだけではない。
 これから放送される回の中には、入浴シーンにカメラが入り込んだもの、プールの着替えを覗いたものなど、まだいくつかのお色気要素を残している。というより、今日の撮影スケジュールにすら、お色気は含まれている。
 これらがテレビで放送され、それが話題となってネット中で話題となり、果てはクラスメイトにすら見られるのかと思ったら、もう本当にたまらない。
 一体、どんな顔をして学校へ行けばいいのか。
 クラスの男子にからかわれはしないかと、未来を思ってますます頭に熱を溜め込みながら、美波は今日も撮影に望むのだった。


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