不幸中の幸いだった。
タコ遊具は無人であり、無事に人目を避けた羽矢子は、しかし急に誰が入って来てもおかしくない、一切の落ち着きのない場所で、袖の内側に両腕を引っ込める。外側の服を脱がずして、下着だけを外すテクニックは心得ており、羽矢子はワイシャツの中でブラジャーの位置をずらす。
最後まで外しきる必要はなく、乳首に指さえ届けばいい。
スクールバッグの中からチューブを取り出し、その中身を指に出し、左右の乳首に順々に塗りつける。即効性が強いため、突起していた乳首はみるみるうちに柔らかく、大きさも元へと戻り始めた。
だが、塗っている最中に、羽矢子はふと意識してしまう。
このタコの内側は、トンネルから覗き見なければ中は見えない。八本足は扇の半月状に広がっていて、だから片側には穴がない。U字を逆さにしたような、やや塔に近いドーム形状の内側で、羽矢子はその壁の部分に寄りかかり、立って薬を塗ったわけだが、妙なことを考えてしまったのだ。
(一応、外なんだよね……)
着替えたり、裸になったりすべきではない、遮蔽物に隠れているだけの、一応は外である。トイレの個室のように、プライバシーをきちんと確保できるわけではない。
こんなところでショーツの中に手を入れて、指でアソコに触れる必要がある。人に見られる可能性は低くても、いくら塗り薬のためとはいえ、隠れてコソコソとアソコを触る行為は、まるでオナニーではないか。
野外でこっそり行う自慰行為など、まるで変態の所業である。
(やだ。何考えてんだか)
余計なことを考えても、塗りにくくなるだけだ。
しかし、乳首の分のウイルスは沈めたのだから、ならば今からトイレに行って、間に合いはしないだろうか。症状の悪化速度と、トイレの到着にかかる時間との兼ね合いは、計算が合うだろうか。
(駄目だ。ちょっと不安……)
是非ともそうしたいのは山々だが、こうしている今にもショーツは愛液で湿っている。
(やるしか、ないかな)
羽矢子は思いきってチューブの中身を指先に、右手の人差し指に取り出した。ジェル状の固まりを五ミリほど、指の腹に乗せたところで、チューブの方は一旦置く。左手でスカートを持ち上げつつ、内側にあるショーツのゴムに指を引っかけ、少しだけ下ろしていった。
前側のゴムだけが下にずれ、ささやかな陰毛を露出した状態が出来上がる。
手を入れやすくなったところで、羽矢子は右手もスカートの内側へと、さらにショーツの内側にまで潜り込ませた。
(オナニーみたい……)
行動だけを考えるなら、人目を忍んでショーツの中を触っている。薬を塗るためとはいえ、ワレメに沿って指を上下に動かしている。
ビリっと、電撃でも走ったような、何かが弾けるような刺激に頬を歪めた。
それは快楽だった。
塗れば症状は治まるといっても、その塗る瞬間には指による摩擦が起きる。即効性があるといっても、少しは経たなければ効いてこない。実際に効果が出るまでのタイムラグのあいだで快楽が迸り、あまりの刺激に股がぶるっと震えていた。
しかも、触ってみれば、自分がいかに濡れていたかを実感する。
先ほどからの感触で、ショーツに染みがあることには気づいていたが、思っていた以上に湿っている。肉貝の表面にはべったりと、ぬかるみの層が出来上がり、その上から塗り込んでも、おそらく薬は薄れている。
濡れたところに何かを塗っても、溶けて薄れるばかりか混ざり合い、きっと効果も発揮されにくくなっている。これではどこまで効くかわからないが、アソコの場合は膣内まで塗った方が良いとされているので、羽矢子は指を入れようと試みる。
(ちょっと……やばい……)
しかし、羽矢子は躊躇っていた。
ショーツに手を潜らせた時点でさえ、これだけ気持ち良かったのだ。手の平の内側には、温かな愛液の生み出す蒸しっぽい空気すらあり、それが表皮に張りついて、だんだんと蒸れてくる。膣口に指先を潜らせて、その音がにちゅりと鳴った時、それだけで腰が先ほどのようにぶるっと震え、これ以上の挿入はまずいと直感した。
(ど、どうしよう……)
既に症状は悪化している。
ひとたび快楽を貪れば、そのままオナニーに夢中になりかねないほどに、脳が快感に蝕まれている。判断能力の低下する恐ろしさをひしひしと感じつつ、かといって薬を塗らないことには仕方がない
だったら、始めから選択肢は一つしかない。
(よ、よし。やるぞ)
羽矢子はさらに指を進行させた。
いくら遮蔽物の内側とはいえ、仮にも野外でアソコに触れ、膣に指まで入れている事実には、頭がくらくらと揺れてくる。媚薬ウイルスのことなどなくとも、この状況だけでどうにかなってしまいそうだ。
にちゅりと、音が鳴っていた。
膣壁の閉じ合わさっていた隙間には、まるでびしょ濡れの布のように愛液が溜まっていた。少し触れれば吸った水分が出て来るように、挿入した指の隙間から玉が流れて、それは左右の内股どちらにも伝って滑り落ちていた。
(やだ……やばいって……!)
羽矢子は赤らみを強めていた。
このままでは本当に、快楽に脳をやられて、ここでオナニーを始めかねない。あらん限りの理性を総動員して、一旦は奥まで指を埋め込む。その動作は慎重そのもので、少しでも加減を間違えれば、一瞬で壊れるものを扱う緊張感があるのだった。
そんな緊張感を背負って指を埋めきり、また引き抜いていったところで、羽矢子の中指には濃密な愛液がまぶされていた。コーティングの層を作ろうとする量がぬらぬらと、光沢を放っているのであった。
(あ、あれ?)
少しばかり待ってみるが、薬が効かない。
正確には、効き目が足りていない。
(薄れたの?)
もしかしたら、濡れているせいで薄れたため、量が足りていなかったのではないか。
ならば再び塗るしかないと、羽矢子はぐっと羞恥を堪え、左手でスカート丈を持ち上げる。引っ張り上げた丈の先を口に咥え、すっかりたくし上げた状態で、羽矢子は左手に握ったチューブから、右手の指に改めて中身を出した。
毛が見える程度まで、前側のゴムだけをずらしたショーツに右手を潜らせ、すぐさま膣口の部分に埋め込んでいく。
にじゅぅぅぅ――と、たったそれだけで、ぐっしょりとした布を絞ったように、愛液が染み出していた。満杯のコップに物を入れ、表面張力を壊したように、玉が内股を流れ落ち、太ももの表面には、いくつもの滴が伝った筋が出来上がる。
(オナニーじゃないのに……)
羽矢子は頬を真っ赤にしていた。
誰の視線もない以上、気にしなければ良いと言えば良いのだが、今の自分がしている行為は、ほとんど変態行為に近い。もしも人に見つかって、何をしていたのかと追求されれば、イケナイ蚊に刺された事情について、必死に説明しなくてはならない。
必死に言い訳して、納得してもらわなければ、野外で露出オナニーを行う変態の烙印を押されてしまう。
おかしなことをしている感覚は、誰に見られてもいないのに羞恥を生み出す。
内側に薬を擦り込むため、微妙なピストンで指を動かし、それがショーツを蠢かせる。手の甲が内側からショーツを押し上げ、指を埋める際にはやや沈む。その膨らんではやや萎み、また膨らんではやや萎み、といった繰り返しが、そのピストンによって続いていた。
「はぁ……あっ、はぁ……はぁ……早く……終わらないと…………」
快楽は容赦がない。
アソコから生まれる電流は、四肢の先まで伝わるほどに拡散して、気づけば両手の指にさえ、微妙な痺れが及んでいる。だらっとした左手の、握っていたチューブが脱力によってことりと落ちて転がって、その一方で右手は止まる気配がない。
もう、オナニーになっている。
このままでは本当に変態だと、羽矢子は空いた左手を右腕に伸ばし、そっと肘を掴んでいた。食い止めたいように力を込めて、あらん限りの理性まで総動員して、やっとのことで右手はぴたりと静止する。
そして、羽矢子は息を落ち着けた。
薬は塗ったのだから、即効性の効果が出るまで少し待ち、効果がきちんと出たところで、ゆっくりと指を引き抜けばいい。
(大丈夫……誰にも見られてないし、薬が効けば……でも、ちょっと足りない……)
薬が効けば、どのくらいのペースで快楽が収まり、元の状態に戻るものかは感覚で知っている。その感覚からして、あと少しだけ塗る必要があるとわかった時、羽矢子は初めて自分がチューブを落としていたことに気がついた。
無意識に落としていたものを拾おうと、羽矢子は視線を下にする。
――ドクン!
その時ほど、心臓が大きく跳ね上がったことはなかった。
心臓が飛び出ると比喩では言うが、胸の中身が肋骨や皮膚を破って、本当に露出してしまわないかと、たった一瞬でも本気で思うほど、羽矢子はひどく驚いていた。
見られていたのだ。
それが拓也あたりの覗きなら、一体どんなに良かったことだろう。
拓也が相手なら、追い回した掴まえて、ボコボコにでもしてやれば、好きなだけ溜飲を下げられる。この手で制裁を下せる相手と、そうでない相手とでは、見られた際のショックも変わって来ると、こんなにも危険な状況で、こんな時にどうでもいい気づきを得た。
不審者が覗き見ていた。
ニヤニヤとした嬉しそうなオジサンの、いかにも怪しい眼差しが、四つん這いの姿勢で羽矢子のことを見上げていた。トンネル状の足から入ってきて、ドームの中に顔だけを出した男の視線は、果たしていつからのものなのか、今の今まで気づかずにいた羽矢子には、まるで想像もつかなかった。
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