前の話 目次




 そして、その夜だった。
 秋月からの連絡で、瑠璃は自分の動画がアップロードされたことを知る。自分でもサイトを確認して、スマートフォンの画面上に流れる自分自身の乳房やアソコに顔を赤らめ、恥じ入りながら殺しを決定するのであった。
 その心中に、並ならぬ羞恥を抱えたのは言うまでもない。
 自分自身の痴態を、動画を介して見てしまったこと。秋月も動画を確認していること。不特定多数の、世の男達にも見られていること。もろもろの事実が折り重なり、それはそのまま瑠璃の胸中で複雑な心理となって、恥じらいの形で漂っている。
 だが、凶器として使用するカラスロを握った時、その眼差しは冷たい暗殺者のものへと豹変するのだった。

 …………
 ……

 池山信夫は院内の一角にいた。
 個人経営のために建てた建物の、その一室は彼しか出入りすることがなく、他に秘密を知る者は誰もいない。これを打ち明けている身内は一人もおらず、彼自身しか盗撮動画の数々についてなど知りはしなかった。
「いやぁ、いいねぇ?」
 その一室で、信夫は動画編集を行っていた。
 両手を広げるほどの大きなモニターを前にして、複数のウィンドウに表示した動画を、さながらマルチモニターのように眺めている。既に一本の動画は投稿済みだが、まだまだ良い具合にまとめた上、公開したい動画はいくらでもある。
 特にオナニーについて言わせる場面に、そして放尿の瞬間は外せない。
 当の本人が知ったらどう思うか、できることなら見てみたい気持ちでいっぱいに、信夫はウィンドウのうちの一つを見る。
 放尿の場面である。
 壁紙の裏に隠したカメラによって、診察台の様子を捉えたものだ。仰向けの瑠璃を真横から映す形で、高らかなアーチがしっかりと抑えてある。手前の時間に戻してみれば、潮吹きの際の滴すら映っているのだ。
 また別のウィンドウには、肛門が大きくばっちりと映っている。
 乳房が、アソコが、複数ウィンドウのそれぞれに映る中、信夫は動画のどの部分を編集して、投稿用にまとめようかと選別を行っていた。さながら映画やテレビ監督の気持ちになりきり、自分はクリエイターであるような顔で得意げに、盗撮映像を眺めているのだ。
「あー……。ちょっと、抜いちゃおっかなー」
 しかし、そのうちムラムラしてきて、信夫は背もたれに背中を沈めて、ズボンの中身を取りだし始める。背もたれ部分のアームが体重を受け止めて、ぎしっと音を立てつつ傾くと、信夫の身体はやや上向きに角度を変え、より高い位置を眺めやすくなっていた。
 大きなモニターである分だけ、信夫にとってはこの姿勢での視聴が一番心地良い。
 自らの肉棒をしごき、数分後にはティッシュを使う。
 ちょうどその時、動画ウィンドウの中でも診察台の、絶頂からの放尿場面を含む動画の、その絶頂部分が流れていてた。先ほどまでは見ていた放尿から時間を戻し、それがたまたま射精と絶頂のタイミングを合わせいた。
「イっちゃったよ。瑠璃ちゃーん」
 瑠璃の裸体をオカズにして、射精してやったことで得意げに、しかしその背後に立つ一人の影に、信夫はまるで気づいていない。
「今日はオジサン元気みたいだし、もう一回イっちゃおうかなー」
 などと、ご機嫌になっている後ろで、人影がさらに一歩近づいても、信夫はなお気づかない。侵入者の存在など知りもせず、自分一人しかいないつもりで鼻歌まで歌いつつ、精液のティッシュを丸めてゴミ箱へと、そして新しいティッシュに手を伸ばそうとした。
 ティッシュを取るため、背もたれに沈めた背中を持ち上げて、デスクに向かって身体を前のめりにした。
 その瞬間――

「行くならあの世に行って下さい」

 誰かの声が聞こえたと思った時、信夫のうなじには既に何かが刺さっていた。ビリっと激しく、静電気の弾けるような痛みが走ったかと思いきや、みるみるうちに熱を感じて、信夫は驚愕に満ち溢れた表情で悟っていた。
 具体的に何が起きたか、後ろに一体誰がいるのか。
 何の前触れもない突如とした痛みに対して、細かいところは何一つわかっていない。あるのはほとんど動揺だけで、自分の状況を冷静に分析など、そんな余裕すら彼にはない。
 ただただ、うなじに何かが刺さっていて、それが骨の隙間に入り込んでいることと、テコの原理のようにして骨をずらされ、より致命的な損傷を与えられていることだけを、医学知識のせいか無意識のうちに悟っていた。
 そうとわかったからといい、今から治療が出来るはずもなく、それよりも先に意識が薄れ、もう起きていられないようにして床へと倒れる。全身が脱力して、椅子から転げ落ちた身体は、そのまま床に頭をぶつけているが、信夫はもう、その痛みすら感じることなく、永遠の眠りについたのだった。

     *

 士堂瑠璃は藍色のコートを纏っていた。
 日常生活ではかける眼鏡を今は外して、氷のように冷たい眼差しで死体を見下ろす。大きな桃色のリボンを頭に結び、その結び目の尾を長く垂らした瑠璃の相貌には、命が消えたことへの深い情動などありはしない。
 自分のせいで自殺者が出てもなお、罪の意識もなく同じ行為を繰り返した悪人など、いなくなって当然なのだ。
 瑠璃の右手には、先端を少しばかり血塗れにしたカラスロがぶら下がっていた。

 そして――

 ハッ、

 と、急に我にでも返ったように、瑠璃はモニターに目を向けていた。
 そこに大きく映った自分自身の肛門を見ることで、信夫の視線に晒されて、直腸検診と称して指の挿入までされた記憶がありありと蘇る。四つん這いで頬は下にべったりと、みっともないポーズで下半身を差し出して、肛門をずぷずぷとやられた感触は、皺の部分の表皮に如実に蘇っていた。
 意識してしまった瞬間から、まるで今まさに指が入っている最中のようにして、感触が再生されてしまう。
 瑠璃はそのカラスロを握った拳を尻に映して、他に誰がいるわけでもない中で、自然とスカートを抑えていた。人目どころか、コートの丈でスカート自体が隠れているのに、それでも肛門が気になるあまり、手の甲でその部分を抑えていた。

 ジョォォォォォ――――

 複数ウィンドウである。
 いくつもある動画ウィンドウの一つには、診察台を真横から映しての、放尿のアーチを成した映像が流れていた。直前に潮を噴いてから、その直後に決壊しての、びちゃびちゃと床から聞こえる水音は、瑠璃の鼓膜にしっかりとこびりついている。
 放尿の記憶まで蘇った。
 尿道口から放出している感覚と、耳に染み入る水音は、如実な記憶として再生される。
 乳首を弄られている映像でも、アソコに指が入っている映像でも、いちいち記憶は蘇り、それが五感を伴いながら再生される。果ては診察中の信夫の顔まで脳裏に浮かび、まるで今まさにその最中であるように、瑠璃は恥じらいを浮かべていた。
 冷たい暗殺者の眼差しなど、もうそこにはなかった。
 恥ずかしくてたまらない、赤面しきった表情こそがそこにあり、蘇る記憶を気にするあまり、内股気味に太ももを擦り合わせ、左腕で胸やアソコを気にしていた。
 たまらずに逃げ出していた。
 自分が殺人を行った事実より、映像の方から逃げ出したのが、今の頭を沸騰させた瑠璃からでも見受けられる、唯一の暗殺者としての一面だった。

     *

 士堂瑠璃は一人、股を両手で押さえていた。
 その休日、半袖のシャツに短パンという、実に素朴な格好でいて、一人の時間を過ごしている最中に、不意に動画の記憶が蘇る。大元を断つことで、それ以上のアップロードはされていないが、既に投稿されている一本だけでも、数十分にわたる内容となっている。
 具体的にどこをどう切り取って、その時間にまとめたのかは、怖くて怖くて確かめられない。
 最低限、自分が映っていることだけを確認して済ませた瑠璃なので、動画の内容を全て把握しきっているわけではない。
 ただ、殺しの際に目の当たりにしたモニターから、自分の恥部が公開されてしまった実感は、より深いものとなっていた。
 記憶が再生されている。
 肛門をまじまじと見つめられ、視線が注がれ続けた際の、何かが表皮を這っていたような感覚が五感で再生されている。指が埋まって、ピストンまでしてきた際の、ジェルをまとったにゅぷにゅぷという音にかけてまで再生される。
 アソコに指が入った感触も、クリトリスでイカされた感触も蘇り、何をされている最中でもないのに、体が勝手に快感を思い出していた。再生される記憶のせいで、衣服の内側では乳首が突起し、クリトリスにも血流が集まっていた。
 耳がじわじわと熱されて、赤らかに染まっていく。
 思い出してしまっている。
 ただそれだけの理由で、瑠璃は赤面しきっていた。眼鏡をかけた眼差しは、涙目のようにうるんでいき、お願いだからもう許して欲しいような表情で、頬を赤熱させていた。

 長い長い時間が経てば、やがてはそれも薄れるのだろう。
 だが一体、どれだけ経てば、この記憶は薄れてくれるのか――



 
 
 

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