(まさか、この宿に来るとはな)
男は依然として胡座をかき、滝に打たれる修行僧のように同一の姿勢を保つ。集中しきった彼はぴくりとも動くことがなく、呼吸によって肺を収縮させ、薄らと肩の上下が見受けられる点だけが、その肉体にある唯一の動作であった。
外から見れば精神修行の様子にしか見えないが、見栄えに反して彼は煩悩に耽っている。
(日向ヒナタのパンツは白か。あの刺繍、水色の糸で作った花柄に、フロントリボンも薄水色で、余計なフリルがないのは普段使い用だからだろうな)
無表情の裏側では、煩悩に満ちた分析さえ行っていた。
(尻の感触も、確かに味わったぞ)
男には尻に肉棒を押しつけた際の快楽も伝わっており、少し思い出すだけでも、つい先ほどまでの感触が蘇る。ズボンの内側に隠れた肉厚なボリュームを、固い竿の側面で押し潰し、すりすりと摩擦をしたり、ぐいぐいと腰を押しつけての、柔らかな肉の感じが残っている。
(さて、あの二人がこの宿にいるということは、見つかる可能性も上がったわけだが……)
しかし、同時に距離も縮んでいる。
男がナルトにかけた術は、魂の紐を通じてチャクラを送り、さらには念じた言葉を伝えもする。距離が遠ければ遠いほど、魂の紐を長く伸ばして、本体や欠片の質量を下げる必要が出てくるが、逆に近づけば伝達効率は上昇する。
問題は日向の持つ白眼である。
使用中はほぼ三六〇度の視界を保ち、透視や望遠を行う血継限界は、もしや男の打ち込んだ魂の欠片も見抜くかもしれない。打ち込む際には欠片の周りをチャクラに包み、体内に入った後は、逆に魂の内側にチャクラはこもる。
侵入後は少量のチャクラで良い点、その忍者自身のチャクラに紛れて、異なるチャクラを外側からは見分けにくい点もあり、おそらくはうちはの写輪眼にも気づかれない――はずなのだが、あくまで理論上の話であり、実際に写輪眼を欺けるか否かを試した経験はない。
白眼についても同じである。
理論上はバレないはずだが、使用者の熟達度によっては話が変わる可能性もある。
もっとも、チャクラ隠蔽術を持っているのだ。
ナルトの体内にある男のチャクラにも、もちろん隠蔽術は施してある。シノの持つ虫に察知されることはない。
だが、ひょんなことから白眼を使われ、この宿にある部屋を一つ一つ透視されたら、この胡座をかいた様子も見られてしまう。術のために神経を集中して、いかに隠蔽術を使っていても、印を結んでチャクラを練り上げている場面が見つかれば……いや、それ以前に顔を知られているのだ。
(とはいえ、まだまだ溜飲は下げておかないとな)
逃げた方が良い可能性もあるが、外には未だキバやシノが奔走している。無臭化やチャクラ隠蔽術があるとはいえ、目視で偶然にも見つかれば、それは防ぎようがない。
運が悪ければ、出たらアウトだ。
それにあの二人も途中で捜索を打ち切って、この宿に来るかもしれない。厄介な四人が一箇所に集まったところで、自分は素早く宿を出る。シノの虫を警戒して、ある程度離れたところで、初めてチャクラ隠蔽術を解き、変化で顔を誤魔化しながら去ればいい。
今回は暁との接触機会を逃したが、どうせ里に帰れないのなら、二度目の接触機会に望みを託せばいい。
(さて、次はどうしたものか)
まだ楽しみようはないか、そろそろ限界か。
考えてみたところで、不意に浮かんだアイディアを試すため、男は思念を送り込む。
女湯……女湯……!
魂の紐を通じて、脳裏に強く思い浮かべた言葉は、ナルトの脳へと送信される。それは受信する側からしてみれば、自分自身の心の声に思えるのだ。
「女湯?」
ナルトの声だ。
感覚を共有しているため、意識さえすればナルトの見ている風景がわかる。ナルトは今ベッドで仰向けに、ぼんやりと天井を眺めている最中で、その天井だけが視界を占めていた。
「そっか! 女湯だってばよ!」
視界が一気に反転する。
ナルトがベッドから飛び起きたのだ。
(よし)
この宿は綺麗で設備も整っているが、閑散期らしいため、今日は他に女性客の姿がない。ヒナタ一人だけが温泉に入ってくれれば、人数が少ない分、こっそりと忍び込めばバレにくい。
(入浴前後に白眼は、まあないと信じておくか)
その時は簡単に発覚するが、バレても罪はナルトが被る。
ナルトには自分が操られている自覚がない。
(というか、簡単すぎる)
術のかかりが浅い関係上、本当はもっとゆっくり脳を侵食して、時間をかけて思考誘導をする必要があるが、こうもあっさりとコントロールできるとは、元からスケベで、風呂の覗きくらいは企む少年なのだろう。
*
ナルトの様子がおかしい。
あのまま抵抗せずにいたとしたら、ナルトは一体どこまでしてきたか。それはいくらなんでも、ナルトらしからぬことに思えてならない。
分身まで使ってヒナタを辱めた時のナルトは、本当にナルトだろうか。
(今はお風呂、入ろうっと)
考えても仕方がない。
ナルトの回復力なら、きっと明日にはダメージも回復して、元気いっぱいになっているだろう。あのことは、その時にでも勇気を持って注意して――しかし、いざそういうことを言うとなったら、一体なんと言うべきか。
考え事と共に、ヒナタは女湯の暖簾をくぐる。
他に女性客がいないため、結果として貸し切りと化している脱衣場で、ヒナタは服を脱ぎ始める。脱衣カゴを入れたロッカーの手前、ヒナタはパーカーのチャックを下げて、その内側にある鎖帷子も脱ぎ去っていく。
そして、薄手のシャツを脱ごうとした時、不意にヒナタは気配を感じた。
「!」
勢いよく、ヒナタはその方向を見てみたが、誰もいない。
いない、はず。
人影が引っ込んだような気はしたが、気のせいかもしれない。
(大丈夫だよね。ナルトくんは休んでるし……)
シャツをたくし上げていき、上半身はブラジャーのみとなった時、やはりまた人の気配を感じていた。
じぃぃ……
と、見られている気がするのだ。
きっと気のせい、考え過ぎと思いたいが、一度気になり始めたら、本当に覗かれはしていないかと落ち着かない。このままブラジャーを脱いだなら、中身も見られてしまいそうだと気が気でなく、しかし改めて気配の方向に目を向けても、やはり誰もいないのだ。
(どうしよう……)
白眼を使えば確認できる。
だが、真実を知ってしまうのも、それはそれで怖い気がして躊躇っていた。もしも本当に覗かれていて、それがナルトだったりした時には、一体なんて言えばいいのかがわからない。次からどんな顔をして会えばいいのかもわからない。
(大丈夫、見られてなんかいない……)
ヒナタはそう自分に言い聞かせ、髪に隠れたホックを外す。
ブラジャーを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、パンツを下ろして全裸となるが、裸に近づけば近づくだけ、やはり落ち着きがなくなっていく。本当は見られているのに裸になり、みすみす胸や尻を晒してしまったような、失態を犯した気になって、羞恥心さえ湧いてきていた。
こうして晒している乳房に、本当は誰かの視線が来てはいないか。
不安で不安でならないあまり、タオルでそっと隠してお湯へと進む。
(見られてない……見られていない……)
自分に言い聞かせているものの、顔の赤らみが引く気配はない。
体を洗い、湯に浸かり、その一連の流れのあいだ、ヒナタは最後の最後まで、誰かの視線を感じ続けた。
じぃぃぃ……。
と、覗かれている気分を味わい続ける時間など、とてもリフレッシュになりはしない。ヒナタにとってこの入浴時間は、人に視姦されながら過ごす恥ずかしい時間と化し、ヒナタは始終顔を赤らめ、しまいには誰もいないのに胸やアソコを隠し始めていた。
それでも、犯人の存在を確かめていない以上、気のせいである可能性は残っていた。考え過ぎや不安感から、いもしない覗きを心が生み出し、一人で勝手に恥じらう馬鹿馬鹿しい時間を過ごした可能性は高かった。
しかし、その可能性も、あくまで真実を確かめずにいる限りのものだった。
犯人は確かにいたという、決定的な証拠があれば、可能性は確信に変わってしまう。
ヒナタは思わぬ形で、その証拠と出会ってしまった。それは形としての証拠というより、状況証拠なのだった。
(そ、そんな……!)
タオルで体を拭き、バスタオルで裸体を守りつつ、着替えようとした瞬間、ヒナタは下着の消失に気づいたのだった。
(盗まれてる? 嘘、なんで!?)
新しい方は残っている。
だが、今日一日身に着けていて、戦闘時の汗も吸っている方が消えている。もちろん、うっかり変なところに置いていないかは確認するが、確かに消えている以上、誰かがここに侵入していたのは間違いない。
覗かれていたのも、間違いがなくなった。
気のせいではなかったと知った途端、ヒナタはさらに顔を染め上げながら、秒速の勢いで着替えを済ませる。羞恥に歪んだ表情を両手に覆い、逃げ込むようにして自分の部屋へと閉じこもるのだった。
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