漠然と、いけないことのように思っている。
中学生の斉藤愛は、貧相な部類であろう肉体を曝け出し、一人ベッドで仰向けとなる。腰はあまりくびれておらず、胸の成長もまだいまいちで、大人の体つきにはほど遠い。毛も随分とささやかで、産毛よりは濃い程度にしか生えていない。
思春期という性的好奇心の膨らむ年頃で、もう何ヶ月も前からオナニーを覚えたのだが、マナの中には性に対する薄らとした罪悪感があった。
エッチなものは悪いものであり、子供に見せるべきではない。
そのようにタブー視して、蓋をしようとする大人の態度を知っている。何となくタブー視する空気感を知っている。性格からしても、そういう話題をオープンに行うことはできず、だから誰にも知られることのない秘密として、マナは密かにそれを抱えていた。
実はオナニーが好きで、ハマっているという秘密を。
「ゆー……くん…………」
ベッドに背中を沈めつつ、頭の中には異性を浮かべ、マナは秘所を触り始める。日頃からの経験で、それなりに感度は良いので、たまにムラムラした時に行う愛撫で、一分もしないうちに指は愛液に濡れてくる。
「ゆーくん……」
まずは汗ばむような湿りを感じて、なおも愛撫を続けることで、糸が引くようになってくる。ここまで濡れれば、指を入れて楽しむ段階だ。
しかし、そこで一人、マナは表情を曇らせる。
感じ始めの入口あたりで、マナはやはり罪悪感を覚えたのだ。
小心者で挙動不審、嘘もまともにつけない内向的な性格のマナなのだが、実は年下の子とは仲が良い。年下はこんなマナでもお姉さんとして扱ってくれ、同世代のようにマナを軽んじないので、マナの方も付き合いやすいのだ。
そしてマナも年下を軽んじるほどの強さも自信も持っていないので、結果として子供からの受けもいい。
要するにメンタリティーが同世代より年下に近い。大人になれば性を学び、その受け止め方も自然と心得ていくものだが、そのあたりも幼いマナは、そういうことに対する漠然としたタブー感を抱いている。
小学生の感覚に近いタブー感。
深い理由というもののない、何となく悪いことと思う感覚。
それでいて、タブーとは感じながらも欲望には流されるので、マナにとってのオナニーは、ろくに自制心も持てずに行う悪いことなのだ。
もちろん、オナニーで人に迷惑はかからない。頭の中ではマナなりの分別もあり、さすがにイジメや万引きと同列には捉えていないが、より程度の低い悪事だと感じていた。
指だけなら、その罪悪感ももっと薄らとしていただろう。
しかし、マナのオナニーは指で慰めるどころではない。ひとしきり愛液を掻き出して、指を挿入しても痛みはないとわかったところで、より過激なことを始めるのだ。
マナはバイブの所持者であった。
通信販売での買い物は、時間指定やコンビニ受け取りなど、受け取り方法にも種類があり、誰にも知られることなく物を買うのは難しいことではない。貯まっていたお小遣いの範囲で購入可能だったこともあり、つい買ってしまったのだ。
アダルトの世界に好奇心を働かせ、インターネットで知識の吸収が始まった時、好奇心の一環で調べたアダルトグッズを、最初は買うつもりがなかった。その頃にはもうオナニーを覚えていたが、わざわざ道具まで購入して、それを使ったオナニーをしようなど、いくらなんでもと思っていた。
だが、ふとした拍子に気づいたのだ。
そういえば、バレずに買う方法があり、しかもお金も足りるではないかと気づいた瞬間、買ってみたい衝動は膨らんでいた。衝動に突き動かされ、不意の思いつきこそが購入のきっかけだった。
一度知恵が働くと、電池のいらない充電式の方が、誰かに咎められる可能性が減らせることにも考えが及んでいた。
その電池、何に使うの?
と、人に見つかる機会があったら、当然のように聞かれるだろう。そこで上手い嘘がつける自信がない。コンセントからの充電なら、電池を持っていたという理由で追及される恐れはない。
かくして、マナが買ってしまったバイブは、空色のややスタイリッシュなデザインを意識した形状で、あまり太すぎないものを選んでいる。初めて指を挿入した時、痛かった覚えがあるせいで、極太を膣に迎える勇気はなかった。
そして、初めてバイブを使用した際、痛みは案の定のものだったが、小指の挿入も最初のうちは痛かったのだ。二回目からは必ず慣れると、何度か使用を繰り返し、今となっては快楽を感じるまでに至っている。
「あぁっ、んぅぅ…………」
マナは脚をM字にして、セックスを想像していた。
きっと、自分なんかに恋人ができることはない。
男子の中で、唯一仲の良い馳尾勇路とは幼馴染みで、マナの方からそういう感情を抱いたりはしていない。勇路の方も、おそらく恋愛的な好意はないだろう。
だから将来的にそうなる可能性はなく、恋愛感情の有無を聞かれれば、それははっきりと答えられる。勇路を好きだという気持ちは、家族や友人に対する好意と変わらない。ただ縁が深い分、身内としての愛着があるだけだ。
とはいえ、他にまともな男子を知らない。
「ゆーくん…………」
男子との関わりが薄いあまりに、誰が魅力的で、誰がそうでないかという序列が、マナの中には形成されていないのだ。積極的に恋愛を求め、そつなく彼氏を作る女子なら、誰なら対象になり、どういう人ならNGかの感覚もはっきりするが、クラスメイトの男子について、マナが理解しているのは顔と名前くらいである。
よく喋る相手もいない中、あまり中身がわからないのでは、ルックス程度しか良し悪しを付ける要素がない。
そしてルックスであれば、マナとしては勇路の外見で十分であり、加えて勇路なら中身についても知っている。荒っぽいところはあるが、悪い人ではないこともわかっている。そういう対象でこそないものの、性的魅力を感じることは可能であった。
「んぅ……ゆーくん……」
マナは勇路とのセックスを夢想していた。
もしもの想像がしやすかった。
実際にはありえないこととはいえ、もしも勇路がマナを押し倒そうと画策して、二人きりの瞬間を狙っていたら、一体どんな風にされるだろう。そういうもしもがあった場合の、勇路の態度や言動は妄想として浮かべやすい。
イメージが膨らみやすい以上、頭の中でシチュエーションも作りやすかった。
レイプ気味なのか、真剣な眼差しで好意を口にしてきてか。
その時の気分によって、脳内に展開するネタを変えながら、マナはバイブを出し入れする。正常位のつもりになりきって、手で動かすバイブの、いつしか振動のスイッチを押していた。
本物の肉棒がこんな振動などしないのはわかっているが、快楽を求めるマナの衝動に、そんな現実は関係無い。
「あぁ……ゆーくん…………」
あの勇路が自分に向かって腰を振り、自らの肉棒に快楽を溜め込んでいく。
射精に向かってペースを上げ、ある瞬間で解き放つまでの、極めて具体的な妄想を終えたところで、マナは膣内からバイブを抜き放つ。引き抜いたバイブの表面は、すっかり愛液を帯びて輝いていた。
†
最後にオナニーをしてから、しばらく経ってのことだった。
一人の友達が行方不明となり、それをきっかけにマナは家から連れ出された。最初は仲間同士で寄り集まり、変わったことはなかったか、他に異変はないかと報告をし合いながら、ただ秘密を守っているだけだったが、何があってか連れ出された。
血相を変えた馳尾悠二に引っ張り出され、パジャマのままで出て行くことになったマナは、ほとんど手ぶらのまま、机や引き出しから適当に掴んだものだけを唯一の荷物としていた。
あっても仕方のない持ち物をポケットに揺らすマナに対して、勇路はキャンプ用の大きなザックを背負っていた。数日以上か、少なくとも一晩は余所での寝泊まりを想定した荷物の量で、無理矢理にでも引きずり出されたマナはパニック気味だった。
わけもわからず、道中ずっとすすり泣いていた。
事件をマナのせいだと思っており、関係者を見境なく殺して解決しようとする人物がいると、勇路の口から説明こそ聞いてはいるが、どうしてそんな事態になるのか、マナには理解できなかった。
勇路に霊感があることは知っている。そして霊能者の集まりのようなものがあることとも、その説明の中には出てきているので何となくわかったが、ではその霊能者というのは、一体どうしてマナを疑うのか。
しかも、命まで狙われなくてはいけないのか。
その恐怖とパニックから、やっとのことで少しは落ち着きを取り戻したのは、この地区のコミュニティセンターに到着してからのことだった。
その実態は横文字の似合わない消防倉庫を兼ねた平屋の集会所だが、実はこの建物は窓の鍵の一つが壊れていて、簡単に中へと忍び込める。そんな秘密をどうやって知ったのかはわからないが、万が一の緊急避難所として候補にしていたらしい勇路によって、マナはその場所へ押し込められた。
そして、時間が経つことで動悸も収まり、パニック気味に荒く激しくなった情動も、少しは収まりがついてきた頃、勇路が外へと出てしまい、マナはまたしても落ち着きを失いかけていた。
頼れる少年が行ってしまい、取り残されたことの不安が広がっていた。
一人にされたわけではない。
一緒にここ残った子と、二人で過ごしているものの、不安の種類を言うとするなら、一人取り残されての心境がもっとも近い。誰かに命を狙われているらしい中、守ってくれる勇路が不在となって、もしものことになったら自分など無力であることからの、漠然と胸を漂う不安は、分厚い雲のように心の晴れやかさを奪っている。
それにやはり、自分の状況を本当には理解しきれていない。
命を狙われるほどの、一体何が自分にあるというのか。勇路の言っている霊能者は、一体どんな人物なのか。本当に漠然としたことしかわからないまま、ただ勇路の言うことを聞かなければ危ないという、その一点だけを理解して従っていた。
元々、強く言われたことに逆らう気力など持たない性格だが、とにかく従っていた。
「………………」
「………………」
しかし、こうして二人だけで置かれても気まずいばかりだ。
勇路はここにもう一人、田上瑞姫を置いていっているのだが、瑞姫は勇路がいなくなると、マナとは反対側の隅に座り、それからというものずっと無表情に、見張るか睨むかでもしているようにじーっとマナを見つめているのだ。
人の視線が苦手なマナとしては、気まずいし、気後れするばかり。
視線を合わせられない。最初のうちはお姉さんとして何かすべきかとも思っていたが、気まずさを感じているうちに機会を逃してしまい、結局そのままになっていた。
「………………」
「………………」
じっ、と暗闇の中に、二人の沈黙。
空気は重いというよりも、がらんとした広さの中で、むしろ例えるなら、薄い。
何の取っ掛かりもない気まずさの中、二人はそれぞれ勇路を待って、ただ黙って膝を抱えていた。時折遠くから聞こえる車の音以外は、音も聞こえない、どうしようもない夜の静寂が、部屋の中に満ちていた。
やがて、他に何もすることのないマナは、一つの不安に駆られ始める。
勇路の言っていたことは、本当にぼんやりとした理解しかできず、命まで狙われる意味がわからないままなのだが、マナの脳裏にはだんだんと、あの出来事は明確に浮かび上がってきているのだった。
もしかしたら、あの秘密が発覚したのだろうか。
だからマナを殺そうとする霊能者がいて、勇路はそれを何とかしようとしているのか。
マナの胸に漂う感情は、漠然とした不安の曇りから、しだいに恐怖の陰りへ移り変わる。自分の知らないうちに秘密が暴かれ、発覚しようとしているのか。それとも、もう発覚してしまっているのか、という恐怖が、心に広がる灰色の雲をより暗いものへ染め変えていた。
そして、そんな恐怖を抱えている時でも、トイレに行きたくなったり、喉が渇いたりはするもので、マナはおもむろに立ち上がる。
「………………」
それに対して瑞姫は何を言うでもなく、黙ってマナの動きを追ってくる。
じーっと、目で追ってくる。
それに気まずさを感じながら、水でも飲もうと思っていると、急にポケットが軽くなり、床でことりと音が鳴る。物を落としたことに気づいた瞬間、マナは咄嗟に自分の足元を確認するが、それは少しばかり転がって、瑞姫の方へ転がってしまっていた。
「あ……」
マナは自分自身の持ち物に絶句した。
何でもいいから、何かを持って行こうとして、ゆっくり確認などする暇もなく、慌てて物をポケットに突っ込んだ覚えはある。自分が何を持って来たのか、そんな気分にもならずに放っておき、今までポケットの中身など気にせずにいたが、マナはそれを激しく後悔した。
余計なものなど持って来なければ、それか確認さえしていれば、きっと起きなかったであろう事態が起こっていた。
バイブの所持が発覚した。
これほど総毛立つことはない。
性的な話をあけっぴろげに行う女子は、クラス内にいるのでわかっている。平気な人は平気というか、オープンにしていることを、何となくわかってはいるのだが、そんな性格ではないマナにとって、この秘密がバレるのは禁忌の領域を暴かれることと同じである。
どくり、と心臓が弾む。
見れば瑞姫の視線は、マナからバイブへと移っている。
やや細めのものを選んだため、そう太くはない空色の、スタイリッシュを意識したデザイン性のフォルムへと、瑞姫の視線は注がれている。
「あ、そ、それ…………」
咄嗟に言い訳をしようとするが、その言い訳すら出て来ない。心臓をバクバクさせながら、まずいものを見られてしまった気まずさと戦慄ばかりで、ろくに言葉が出て来ない。
「それ、何?」
初めて、瑞姫は言葉を発する。
幸いなことに、瑞姫はバイブを知らないらしい。生まれて初めて目にするものへの、きょとんとした目がそこにはあった。
「な、なんでもないよ? なんでも」
すぐにポケットに隠そうと、バイブに手を伸ばすのだが、そんなマナの手は途中で止まる。
「ゆーくんって書いてある」
ぞくっと、怖気が走った。
瑞姫自身はバイブが何かをわかっておらず、本気で首を傾げているが、瑞姫を通じて勇路に伝わらないとも限らない。
まずい、と本能的な警笛が鳴る。
いけないことをしていると、勇路に知られる可能性が少しでもあると思ったら、その恐怖はみるみるうちに膨らんでいた。早く何とかしなければ、知られないためには一体どうすればいいのかと、マナは必死に考え始めていた。
この場で誤魔化しても、大きくなればいつかはバイブというものを知る。
そして後になって疑惑を抱くのだ。
どうしてバイブに「ゆーくん」と書いてあったか。マナとしては恋心を抱いてのことではないが、性的妄想に勇路を使っているのは事実だ。バイブについて、将来的に瑞姫が知識を身につけた時、そこでマナの罪は発覚する。
鼓膜の内側をうるさく感じるほど、心臓は激しく鳴る。冷や汗は引き出して、頭の中では必死に良い知恵を捻り出そうとしているが、良い案など出て来ない。
どうすれば、どうすれば。
必死な思いだけがぐるぐると頭を回り、何のアイディアもないどころか、バイブを拾おうとする手さえも止まったまま、マナは硬直しきっていた。
どうすればいいのだろう。
罪を誤魔化す方法なんて、一体何があるだろう。
そうだ、ある。
罪を誤魔化すために方法なら、マナは身を以て知っているではないか。
それを思いついた時、マナはまるで命でもかかったような必死の目で、引き攣りながら震えた声で、そっと小さく言い出すのだった。
「ねえ、これが気になる?」
マナは問いかけていた。
「教えてあげよっか?」
巻き込めばいい。
共犯者にしてしまえば、秘密を漏らすことはできないはずだ。
†
斉藤愛にはトラウマのような記憶がある。
友達の環に対して、密かに大きな負い目を持っているのだ。
かつて、凛に片棒を担がされた。
小学校低学年の頃の、抑えを知らなかった頃の凛は、異常に強くかつ子供じみた喝采願望と嫉妬心に突き動かされて、優等生の振りをする裏で、飢えた狼のようなエネルギッシュさで陰険な行動を繰り返していた。
友達がちょっと珍しいものを学校に持って来たりすると、凛は表向きはみんなと一緒にはしゃいで褒めたり羨ましがったりするのだが、その内側では燃えるような嫉妬心を抱え込んでいて、チャンスがあれば盗んでこっそりと捨てたり壊したりといったことを、幾度か繰り返していた。
盗みが騒ぎになり、自分に嫌疑が向くのをかわすために率先して口を出し、裏では何をしていても、皆に慕われる優等生であり続ける。
マナはそんな凛の気質に付き合わされ、悪事の片棒を担いだことがある。
ある時、凛は環の人形を盗んでいて、それに気づいたマナを共犯者に仕立て上げた。バレた瞬間の、咄嗟の凛の行動で、人形の破壊に付き合わされたのだ。
じょきじょきとハサミを入れ、バラバラ殺人のように壊していった。人の大切にしていたものなのに、手足を切断して、首を斬り、出て来た綿は臓物が飛び出たもののように思えてしまった。そして無惨な人形の姿と、ハサミを入れた際の感触は、それ以来密かなトラウマとなり、環への負い目となり続けた。
「教えて」
疑惑の宿った視線が今、瑞姫からマナへと向けられている。
罪を咎めるような目は、鋭い刃のように深々と突き刺さり、マナの胸を抉らんばかりだ。追求されているのは、あの時のことなどではないのだが、疑いの目が向いていると、心の中ではトラウマがぶりかえす。
その痛みから逃れるため、マナは一度思いついたことを衝動的に実行しようとしていた。
「し、知りたい?」
声が震えていた。
「なんで『ゆーくん』って書いてあるの」
バイブにはマジックペンで書いてある。
そこに深い意味はなく、そうすることで妄想の質が上がって、より気持ち良くなれる気がしたからだ。気がした、というだけの理由で、どうせ勇路とのセックスしか想像しないから、つい書いてしまったものだった。
いくらマナの中での真実がそうであっても、人がそう受け取ってくれるとは限らない。名前を書いてある以上、バイブをその人の肉棒に見立てているはずであり、しかもその一点は否定できない。
恋愛感情というわけではない。
しかし、それならそれで、惚れてもいない相手を妄想のネタにするのかと、別の角度からの追求もありえることの一つに思えて、マナはますます卑屈になる。追求を受けるのは、まるで犯罪が暴かれて、罪が世間に晒されようとしているような恐怖に駆り立てられる。
「え、えっとね」
「ゆうじを『ゆーくん』っていうのも、やめて」
ぼそ、と瑞姫はさらに言う。そしてそのままマナを見つめた。無表情の中に、何となく敵意のようあものを感じた。
「あ、えっと……」
「……」
「知りたいんだよね」
「…………」
言葉に代わり、こくっと頷く。
「じゃあ、教えるよ? 教えるけど……これって、特別な道具で、使うためには服を脱がなくちゃいけなくて……」
言ってみて、我ながら思う。
「なんで」
当然の答え。
服を脱がせる要求など、普通に考えて通るだろうか。そんな当たり前の疑問に、マナは今更になって気づいていた。
「え? えっと、だから、脱がないと使えないから……」
「なんで、脱がないと使えないの?」
「あのね? だから……あ、そうだ……なんで脱がないと駄目なのかは、脱いでくれたら教えられるよ?」
マナは本当に必死であった。
罪を隠し通すには、瑞姫にも罪を被ってもらうしかない。オナニーという悪事に手を染めさせ、今ここで快感を知ってもらうのだ。それしか道はないと思い込み、マナはもうそれに向かって衝動のまま、どうにか駆け抜けようと必死であった。
「…………」
嫌疑の目だけが、マナには向けられ続けている。
「あ、そうだ。使い方も教えるけど、なんで書いてあるのかだよね……もしかして、ゆーくんのこと、好きなの?」
「…………」
たどたどしいマナの問い。瑞姫は黙って抱えた膝に自分の顔を埋めた。
言われたくないことを指摘した時の、子供の反応。マナは、お姉さんとして近所の子供たちの相手をしている時に、たまに見かけることがあるその態度に、瑞姫が年相応の子供であることを理解して内心少しだけ安堵した。
無知で、自分よりも幼い相手。
自分なんかでも、これならいけるかもしれない。
無理を通せる可能性が、少しくらいはあるはずだ。
「え、えーと、信じて欲しいんだけど、わたしは、ゆーくん取ったりしないよ?」
「……取ってる」
視線を外したまま、瑞姫。
「……あう。で、でもね? 結婚したいとか、恋人になりたいとか、そういう風に思ってるわけじゃないよ? 好きっていっても、そういう好き、ばっかりじゃないと思うよ?」
「…………」
「瑞姫ちゃんは、ゆーくんのこと好き? 恋人になりたい?」
「…………」
返事はなく、膝に埋めた顔がますます深まる。
「わ、わたしね? 恋とか、そういうのは全然駄目で、詳しくはないんだけど、ちょっとだけなら力になれるよ? 本当にね、本当にちょっとだけ……だけど、どうかな?」
「…………」
相変わらずの無言。
しかし、瑞姫の顔は上がった。
「これの使い方、教えるよ? 服、脱いで? そしたら、色々教えるから」
バイブを片手に、幾ばくかの狂気を宿した目で、マナは瑞姫に言っている。
「本当に?」
「え」
「本当に、力になる?」
「う、うん! なるよ! だから……」
「わかった。脱ぐ」
瑞姫は初めて立ち上がり、黙々と脱ぎ始める。
ついに押し切り、自分なんかでも人を言いくるめ、思い通りに誘導できてしまったことへの、歓喜と衝撃を同時に胸に持ち合わせた。それはたまたまスポーツをやってみたら、うっかりプロに勝ててしまった衝撃と例えてもいいくらい、大きな動揺となっていた。
大成功のあまり、やってしまった、という感情がかえって膨らみ、自分自身の行いがそれはそれで怖くなってきているのだった。
†
白野蒼衣は少し、難しい顔をしていた。
この<泡禍>の全容が、まだ掴めていないのだ。
神狩屋からの話を聞いたり、色々と調べてみたところ、グリム童話における赤ずきんには、元々ペロー版というものがあり、そのペロー版にもまた大元があったという。その大元のフランス民話には、少女が裸になる描写があった。
童話の原典には性的な描写がつきものだと、これまでの経験からもわかっていたが、悪夢の内容を理解するには、そうした面からの考察もいるのだろうかと、少しだけ抵抗を感じつつ、頭を悩ませていた。
例えば、それが関係者から性的な話を聞こうとして、嫌な顔をされなくてはならない理由になったら、それは少し嫌だなと思うのだ。オープンな者同士の仲でもなければ、その手の話は普通はしない。
蒼衣が新たに知ったのは、こういったものだ。
まず、そのフランス民話でも、狼がおばあちゃんの家まで先回りして、赤ずきんで知る内容とほとんど似たようなやり取りを行うが、その掛け合いに服を脱ぐ描写があったのだ。
「さあ、服を脱いでごらん。ここに来て、ベッドにお入り」
「脱いだスカーフは、どこに置けばいいの?」
「暖炉の火にでも焼べておしまい。お前にはもういらないんだから」
「脱いだエプロンは、どこへ置けばいいの?」
「暖炉の火にでも焼べておしまい。お前にはもういらないんだから」
こうやって、繰り返される。
脱いだシャツは、脱いだスカートは、脱いだペチコートは、と裸になり、女の子は狼と同じベッドに入る。
これもまた、理解のためには必要なのか。
蒼衣にはまだ、<神の悪夢>を読み解けていなかった。
目の前で、瑞姫が裸になっていた。
同性同士だからか、警戒らしい警戒心は感じない。瑞姫から感じる嫌疑の目は、バイブをわかっていないせいだ。バイブというものの用途を知らないから、裸になる理由を瑞姫は理解できないのだ。
ごくりと、マナは息を呑む。
本当に裸にさせてしまった。
凛や勇路でもないのに、人を従わせてしまった。年下が相手とはいえ、自分なんかでも人を口車に乗せ、コントロールできる奇跡があるのかと、小心者のマナはこの成功で逆に恐怖すら感じていた。
「あ、あのね? 男の子と恋人同士になったら……ほら、するよね……え、エッチなこと……」
震えた声で、言いにくそうにマナは言う。
「う、うん」
瑞姫にとっても抵抗のある話だったか、今まで恥じらっていなかったのが、急に薄らと頬を染め変えていた。
「でね? もしゆーくんが彼氏になったら、瑞姫ちゃんも……する、っと思うから……」
自分で言って、生々しい想像をしてしまう。
勇路が裸になっていて、その逸物を瑞姫に押し込む。そういうことがありえるのか、勇路と瑞姫で脈はあるのか、マナにはいまいちわからないが、今は罪を被せるのだ。
瑞姫にも、罪のない人間から、罪人に成り代わってもらわないと。
「……せ、せ……セックスって、わかる?」
「…………」
無言だが、答える代わりに瑞姫は首を横に振る。
「えっと、じゃあ胸は……自分の胸を揉んだり、アソコを触ったり……」
「………ない」
「や、やってみない?」
マナはさらに声を震わせた。
やはりまた今更になって気づくのは、何も知らなかった瑞姫に知恵を吹き込み、淫らなことを教えようとしている罪についてだ。学校でも性教育は行われ、アダルト知識を得ようと得まいと、精子や受精といった用語は目にするが、先生でもない自分が性的なことを教えている。
しかも、罪を被せる目的である。
かえって余計に悪いことをしているが、ここまでやっておきながら、もう引き返すことなどできっこない。
「自分の乳首を触ったり、あと……アソコも……」
「関係あるの?」
と、疑念の眼差し。
「あ、あるよ!? あの、だから……これ、バイブって言うんだけど、その……何に使う道具か、教えるためで……。それに、勉強にもなるし……」
「勉強?」
「ほら、言ったでしょ? ゆーくんが彼氏になったら、裸になって……それで、体を触らせたりするから、その勉強……」
「……やってみる」
疑念の晴れていない眼差しだが、疑わしげであっても、瑞姫は自分の胸を触り始める。中学生で、一応膨らみ始めているマナと、まだ成長の見受けられない瑞姫では、同じ薄らかな胸でもボリュームはやや異なる。
見たところ、微妙な差だが、マナの方が大きいようだ。
瑞姫は自分の乳房を揉み、両手の五指を踊らせたり、乳首をくすぐるようにしてみている。そこに何の意味があるというのか、まだまだ理解しきっていない、不思議そうな表情で愛撫をしていた。
「……どう?」
恐る恐るマナは尋ねる。
「どうって?」
「え? えっと、気持ち良くない?」
まずい、と恐れながら、マナは瑞姫の答えを待つ。確かに感度が発達していなければ、感じるものも感じないが、ここで気持ち良くなってもらえなければ、バイブの教え方もわからない。
何をすれば気持ちいいのか、どうすれば快楽を得られるのか。
それをバイブについて説明する取っ掛かりにしようとしているので、口下手で頭の回転も鈍いマナには、取っ掛かりを失うのは致命的だ。何より、最終的な目的は共犯者になってもらうことなので、根本的に感じないようでは意味がない。
もしや、駄目なのか。
その恐れで心が冷え切った時だった。
駄目だったとしたら、ただ余計に罪を重ねただけになってしまう。
「気持ちいい」
ぶっきらぼうな答えに安堵した。
「そ、そっか……」
人の快楽でこんなに安心することなど、人生で二度とない出来事になるだろう。
「気持ちいいけど、これが何?」
瑞姫がマナにぶつけるのは、素朴な疑問なのだった。
だんだんと疑念の顔ではなく、単なる疑問を胸に不思議そうにしている反応に変わっているが、やはり瑞姫には性的な知識がないのだろう。
「あ、あのね。それがエッチな快感っていうか……いやらしいことなの……今は自分で触ってるけど、本当は男の子に触ってもらって、それで気持ち良くなるの……」
「ゆーじ……」
「そうだよ? ゆーくんに、触って欲しいよね?」
「…………」
瑞姫は答えず、ただ困った顔をする。
「あ、あのね? 別に、すぐに触らせなきゃいけないわけじゃないんだよ? なんていうか、恋人同士になったとして、それからもうちょっと経ってからっていうか……お互いを理解してからっていうか……」
「…………」
「ええっと、つまり……エッチな願望はあってもよくて、でも簡単に裸になるんじゃなくて、自分で決めてなるっていうか……。そうだ、嫌な頼み事をされたら断るけど、嫌じゃなかったら断らない、みたいな……」
自分でも上手く説明できているとは思えない。
エッチな願望はあってもいいなど、漠然としたタブー感をそのまま抱いていながら、マナに言えたことではない。よくぞ言えたものだと思いつつ、マナはどうにか体についての説明を始めていた。
マナが伝えようとしているのは、いつ誰に裸を見せるのは、自分の意思で決めるべきということだ。頼まれたらすぐに裸になるのは違うが、相手をきちんと認めたその時こそ、お互いの合意によってエッチなことはするべきだと、口下手で説明も上手ではない、挙動不審な身振り手振りを交えたマナの言葉では、瑞姫に理解させるには時間がかかった。
裸の瑞姫に向かって、バイブを握ったマナが、必死に言葉を尽くす状況は、傍からすれば実に奇怪な光景のはずだった。
「……なんとなく、わかった」
やっとそう言ってもらえる頃には、どれほどの言葉を出し尽くしたか、マナ自身もうわかったものではない。
しかし、瑞姫はこう続ける。
「でも、バイブの説明がまだ。なんでゆーくんって書いてあるのかも、まだ」
「も、もちろん教えるよ? まだ順番が……あ、ほら、胸で気持ち良くなったでしょ? 女の子の体って、アソコでも気持ち良くなるようにできてるの」
「…………」
疑わしいものを見る視線を、瑞姫は向けてくる。
「ほ、本当だよ? もちろん、最初は……えっと、慣れてからじゃないと感じない人もいるから、もし痛かったら、慣らさないと……」
マナ自身、一度でも痛いと感じた覚えがあり、まして瑞姫の体はマナより小さい。体格が異なる分だけ、瑞姫の膣口の方が狭いとみるのが普通のことだ。
「痛いの?」
瑞姫は抵抗感を示していた。
「た、たぶん……だよ? 穴の中は、無理しないで、もし痛かったらやめていいから……ほ、ほら、とりあえず、試しに外側から……」
「うん」
そして、瑞姫はオナニーを開始する。
バイブを片手にしたマナの前、全裸の瑞姫は立ち尽くし、右手をアソコへ運んでいく。ワレメに指を絡め付かせて、拙い愛撫を開始していた。
†
蒼衣は何度か、思ったことがある。
童話にはグロテスクな描写もあれば、性的な描写もある。性描写が絡むのなら、<神の悪夢>にその手の内容が絡む可能性もまたあるのだろうか。
この概念上『神』と呼ばれるものは、<泡禍>を上手く説明し、理解するために用いられる。
ある時、神が見てしまった悪夢。全能なので、眠りの邪魔になる、この人間の小さな意識では見ることすらできないほどの巨大な悪夢を切り離す。捨てられた悪夢は集合無意識の海の底から泡となって、いくつもの小さな泡に分かれながら、上へ上へと浮かび上がる。
という、この説明に倣うなら、では悪夢の中に性描写が混じっていた時、関係者にも性的な衝動が現れるケースはあるのだろうか。
などと素朴な疑問として、蒼衣はそれを胸に抱いていた。
†
瑞姫は驚くほど感じていた。
「はぁ……はっ、はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……あっ、ふぁ…………」
淫らで熱っぽい赤みを浮かべ、瑞姫の股からは愛液の香りが漂う。
オナニーという言葉を知らず、自分で自分の体に触って気持ち良くなる、ということすら知らずにいた瑞姫の、ろくに開発などされていない体から、それでも濃密な汁が出て、指に絡みついている。
「すごい…………」
見ていて、マナは驚いていた。
もちろん、初めてオナニーをする瑞姫が、ここまで濡れるのに何分もかかったが、生まれて初めて試した時の自分は、果たしてここまで濡れただろうか。せいぜい、触れば気持ちいいことに気づいたくらいで、初めての時は膣に指も入れていない。
「き、気持ちいい?」
マナは尋ねる。
「気持ちいい」
どこか熱に浮かされた顔で、瑞姫は答えていた。
「そ、そのね? 気持ちいいことを、男の子にしてもらうの。それが恋人同士になるってことで、さっき言ったみたいに、すぐに裸にならなきゃ駄目ってわけじゃないんだけど……とにかく、男の子と女の子で仲良くなったら、いつかはすることなんだよ……」
「ゆーじとも?」
「そう、だよ? 付き合ったら、いつかは」
「じゃあ、それは?」
瑞姫の目は、バイブを向く。
「え、えっとね? そろそろ、教えよっかな。でも、その前にあと一つだけ覚えて欲しいことがあって、その…………」
ここまで言って、マナは口を噤んだ。
バイブとは、つまりペニスに見立てた道具だ。
マナとしては、バイブの説明にはセックスの知識が不可欠だと思っている。例えば指の挿入だけをやらせて、その後でオナニー専用の道具があるとでも言っておけば、バイブの説明はできるのだが、当のマナ自身がそれを思いついていない。
そして、セックスについて教えるためには、ペニス、男性器、おチンチン、いずれかの語彙で男の股間について言わなくてはならず、それを口にするのが恥ずかしかった。
だが、しどろもどろにマナは言う。
まずセックスという行為が存在して、赤ちゃんを作るために行うこと。しかし、コンドームなどで避妊を行うことで、ただ快楽のためだけのセックスもできること。それをやはりマナの拙い説明で、いかにもたどたどしく行うので、聞いている瑞姫は始終訝しげな顔をしていた。
やっと理解してもらえる頃には、濡れたアソコの表面で、愛液が乾いてしまっていた。
「じゃあ、ゆーくんって書いてあるのは……」
理解してもらった時、あるべき嫌疑の眼差しが向けられる。
そう、そこが問題だった。
「あ、あのね? わたしはゆーくんとは、付き合いたいとか、結婚したいとかは思ってなくて、ただ……なんていうか、妄想のためだけっていうか……」
言い訳がましく、マナは説明を繰り返す。
マナにとってはそれが真実なわけなのだが、それをそのまま信じてもらえるとは限らずに、人を疑う視線は案の定向けられる。
だから、最後の最後にはこう言った。
「ね、ねえ、応援するよ? わたし、瑞姫ちゃんとゆーくんのこと……」
「嘘」
「嘘じゃないよ? そ、そうだ、瑞姫ちゃんは胸とアソコで気持ち良くなったでしょ? 男の子だって、気持ち良くなるんだよ? ぺ、ペニス……で、気持ち良くなるの……どうやって気持ち良くしてあげるか、教えてあげるね……」
マナの行動は、ほとんどが衝動と思いつきを背景にしている。とても論理的な行動を取れているとは、本人ですら思っておらず、我ながらグダグダだとは感じていながら、後には引けずにフェラチオの真似事を始めていた。
マナ自身、これは初めてだ。
バイブを壁に突き立てて、男性器を咥えたつもりになりきるなど、未だかつてないことだった。この手の奉仕は完全に頭の中で、妄想と実際の行動を絡み合わせたのは、バイブの挿入を介したセックスの妄想だけだった。
「はむぅ……」
と、マナは咥える。
「えっと、ね。こうするの。他にも方法はあるんだけど、こういうことをやって、男の子を気持ち良くするの」
そう説明して、マナはそのままフェラチオに耽り始める。
「はじゅぅ……ずぅ……ずっ、じゅぅぅ…………」
頭の中にはだんだんと、勇路の姿が浮かび上がった。
目の前には勇路が立っていて、自分はその前で正座して、こうして頭を前後に動かしているのだと、しだいにそんな気持ちになる。瑞姫にお手本を見せているはずが、不思議と夢中になってしまい、奉仕のつもりになりきっていた。
「んずぅ……じゅっ、ちゅぶぅ…………」
自分でも驚くほど、唾液がたっぷりと染み出ている。
舌に感じるバイブの素材は、もちろん男性器のそれと異なり、人間の皮膚を舐めればもっと違う味がするはずだ。その現実を薄々とわかっていながら、それでもペニスを口に含んでしまった気になって、マナは少しでも勇路を気持ち良くしようとした。
ただのバイブだというのに、そんな気持ちが湧き出ていた。
「やらせて」
その時だった。
「え」
「やらせて」
有無を言わさぬ強い目つきで、瑞姫が急に隣へ座り、そんなことを言ってくるのだ。
「う、うん」
思わずバイブを譲ってしまう。
それは当然、マナが今まで頬張っていた分の、唾液をたっぷりとまとっているが、瑞姫はまるで気にせず咥え始める。マナよりも小さな口で、マナよりも大きく口を開け、どこか一生懸命なようにして咥え始めた。
「あむぅぅ…………」
瑞姫がバイブに奉仕を始める。
「ずずぅ……じゅっ、じゅぅぅ…………」
それを横から見つめるマナ。
自分のバイブを人が咥えてしまったことよりも、むしろ自分がきっかけで、瑞姫にフェラチオをやらせてしまった衝撃で、放心にも似た眼差しで、マナはじっと横顔を見つめていた。
アダルトの画像やイラストで、こうした奉仕の姿は見たことがある。
しかし、今目の前にある光景は、自分の見知った人物が、自分のいる前で行っていることなのだ。パソコンや携帯電話の画面を介するわけではない、現実の景色の中に、あってはならない奉仕が行われている。
瑞姫にそれをやらせてしまった罪の意識と同時に、瑞姫に悪いことをさせてやった優越感が湧いていた。
これで少しだけ、罪を被せられた。
瑞姫だって悪いことをした以上、これで共犯者に近づいたのだ。
「……ねえ、瑞姫ちゃん」
「ずずぅ……じゅむっ、ずじゅぅぅ…………ずっ、ずぅぅ…………」
「それ、アソコに入れてみない?」
そう問いかけた時、瑞姫の動きはぴたりと止まる。
ちょうど二人分の唾液をまとい、バイブの表面はローションで濡らしたも同然のものとなっている。それに感度の良い瑞姫なら、乾いたアソコを改めて濡らし、準備の整ったところへバイブを受け入れさせるのは、さして難しいことではないだろう。
普通の感覚をしていれば、他人と共有するのは抵抗のあるものがある。
例えば、歯ブラシを人と共有などしたくはない。アソコに出し入れするバイブも、本来ならば同じことが言えそうだが、今のマナからはそんな普通の感覚は消え去っていた。夢中なあまり忘れていた。
「ゆーくんだよ?」
マナは言う。
「ゆーくんとの、セックスだよ? 練習になるよ? 将来の備えになるよ?」
まさか自分が悪魔の囁きで人を誘惑に乗せているなど、当のマナは気づいていない。自分が一体、どんな魔力を言葉に含ませ、瑞姫の頭をくらつかせているかなど、マナ自身にわかるはずがない。
小心者のマナは、ただただ瑞姫にも罪人になってもらおうと、必死になっているだけなのだ。
†
瑞姫が寝そべっている。
その前に覆い被さり、マナは唾液濡れのバイブを手にしている。男性でこそないものの、ペニスを象徴する物を手に持って、裸の少女を見下ろす有様は、これから獲物にありつこうとうするケダモノそのものだった。
空いている手でアソコを触る。
「!」
ビクっと反応しながら、瑞姫は驚いた顔をしていた。
「気持ちいい?」
「……うん」
「よかった。じゃあ、脚、広げて?」
「うん」
素直に従う瑞姫の脚はM字に広がり、恥ずかしい部分があけっぴろげになってしまう。人様の性器をこんな風に見下ろすなんて、やってはいけないことをしている感覚に陥るが、同時に感心や感慨に似た何かが胸に広がる。
男の子が見たがる景色の一つがこれなのかと、実感してしまった感覚だった。
それを今、マナが見ている。
瑞姫と勇路が交際を始めた場合、勇路が将来的に見るであろう景色を、先に自分が見てしまっている。
「もう少し濡らすね」
そう言って、マナはワレメに指をスライドさせ、おりを見て挿入を試みる。指先で膣口を狙った時、マナの細い指先は、たっぷりと蜜を拭くんだ壺へとあっさり収まり、膣壁の熱気を皮膚に感じた。
自分自身の膣口に挿入した時と、感触そのものは変わらない。穴の大きさに誤差を感じる意外、感触は同じだとしても、自分のアソコで感じるのと、他人のアソコで感じるのでは、この熱とぬかるみに対する気持ちが何となく変わってくる。
しばらく、指をピストンさせた。
「んぅ……んっ、んぅぅ…………んぅぅ…………」
すぐに息を荒くして、何かを我慢でもしたような、感じた表情が浮かんでくる。
「じゃあ、入れるね? これ」
と指を抜き、入れ替えるようにして、『ゆーくん』と書いたそのバイブの、少しだけ亀頭に似せた先端を押し当てる。ぬにゅぅ――と、ワレメを開き、閉じた穴を広げるように、少しずつ埋まっていった。
「あっ、あぁぁ…………!」
瑞姫から聞こえる声は、ますます荒っぽくなっていた。
「痛くない?」
「へい、き……」
「気持ちいい?」
「……気持ちいい」
「よ、よかったね! これで瑞姫ちゃんは、ゆーくんとセックスする準備ができたよ?」
口を突いて出て来る言葉は、何故だか瑞姫を称える言葉であった。おめでたい出来事を祝おうと、祝福の眼差しを浮かべていた。
自分の目に宿った狂気に、マナ自身は気づいていない。
瑞姫も、気づいていない。
どこか狂った故と、無知が故の少女二人、だからこの部屋の中には、この状況を俯瞰して、異常さを感じ取る者は誰もいない。
「あっ、あぁ……あっ、あぁぁ…………」
瑞姫が喘いでいる。
マナの動かす腕により、その先にあるバイブによって感じているが、アソコに棒状のものが出入りしての喘ぎ声は、当然のようにセックスを連想させる。肉棒のピストンで感じる女の子を間近で見下ろしている気になって、マナは興奮気味に息を荒くしていた。
もっと見てみたい。
瑞姫の色んな姿を、もっともっと見てみたい。
レズビアンだった覚えはないが、成人向けの女性の姿を見ると、生々しい快楽を簡単に想像できる。自己投影とは少し違い、しかし想像力を刺激され、自分が同じ体位で犯された場合の光景を、脳裏によりリアルに浮かべやすくなってくる。
「……ねえ、立って?」
マナは一度バイブを引き抜いていた。
「はぁ……あっ、なんで…………」
快楽の余韻を引きずりながら、熱っぽい目で瑞姫は言う。
「あのね? 男の子の、その……ぺ、ペニスを入れるにも、色んな体位があって、なんていうか、ポーズを変えるってことなの……予習になるし、覚えてみようよ……」
「……わかった」
将来の役に立つことを示唆すれば、瑞姫はどうやら素直に従う。
立ち上がった瑞姫にさらに命じて、壁に両手を突いてもらう。腰をややくの字にして、尻を少しばかり突き出してもらったところで、マナは後ろから撫で回す。好奇心に駆られたように、熱に浮かされてしまった目で、触らずにはいられずに尻へ手を置き、瑞姫のまだ肉付きの薄い丸みを撫で回す。
瑞姫の体つきは、よく見れば少しくらいは腰がくびれて、尻のボリュームもこの歳としてはある方だろうが、大人のセクシーな肉体にはまだまだ遠い。巨乳でつ、腰のくびれはカーブを成して、尻は大きいといった、性的魅力を詰め込んだボディとは言えないが、この世の性的嗜好は様々だ。
勇路の性癖はわからない。
瑞姫の肉体に興奮するかもしれないし、しないかもしれないが、成長すればまだまだ体格は変化する。瑞姫の尻の具合には、マナから見ても将来性を感じるもので、ひょっとすれば大人になった瑞姫はグラマスかもしれなかった。
だとしたら羨ましいような、妬ましいような、そんな気がしながら、マナは後ろからバイブを突き出す。
「ほら、こうやって後ろからやるの」
バック挿入の存在を、マナはそうやって教えていた。
「あぁ……あぅぅ…………」
「ど、どう? これ以外にも、騎乗位とか、対面座位とか、色々あって……とにかくね、色々とポーズを変えながら、色んな形で繋がるんだよ? ゆーくんにも好きな体位があるかもしれないし、覚えておこうよ」
マナはバイブを出し入れする。
そのピストンをするたびに、腰が微妙にくねくねと、モゾモゾと動いていた。
「あっ、んっ、んぅぅ……」
喘ぎっぽく乱れた息遣いだけでなく、身体の反応にも快楽は現れて、さも尻をフリフリと、振りたくって見えないこともない。さらに内股に目をやれば、滴る愛液が広がって、いつしか膝に届かんばかりの筋まで伸びていた。
「あとね? これ、スイッチがあって」
マナはここでスイッチを入れる。
確か充電はしていたので、無事に起動し、駆動音を鳴らし始めた。
ブィィィィィ……。
と、バイブは振動を開始する。
「んぅぅぅ…………!」
喘ぎ声はより大きなものとなる。
試しにバイブから手を離し、両手を自由にしてみると、それでもアソコから抜ける様子はない。マナよりも小さな穴で、下腹部にきゅっと力を入れているせいか、抜け落ちそうな気配すらなく、しっかりと食い込んだ状態で、それはブルブルと震えていた。
振動に振り回され、尻が左右に動いている。
そのモゾモゾとした動きを見ているうちに、マナは何かに駆られたように、今度は両手で尻たぶを撫で回す。指を食い込ませ、思いついたように割れ目を開くと、皺の窄まりが親指によって左右に伸びた。
じっと、マナは肛門を覗き見た。
今の今まで、ずっと瑞姫の裸を観察して、アソコまで拝んできたが、またさらに見てしまった。見てはいけない部分があと一つだけ残っていて、それさえ暴いた感覚で、しかしさすがのマナも麻痺していた。
罪悪感に対する感覚の麻痺だった。
もうここまで瑞姫の体を辱め、いけないことを教えてしまった今、既に十分に感じてしまった罪悪感は、これ以上膨らみようがないのだった。
マナは肛門に触れる。
ピクっと、尻が反応していた。
直前に洗うなどしなければ、不衛生な場所だとは思っているが、アナルも性感帯のうちに入ることを知識的に知っている。一体、瑞姫はどう反応するか、見てみたいあまりに気づけばくすぐっていた。
指先でそっと、皺をなぞる。
さらにビクっと瑞姫は反応して、息もより淫らで荒っぽい。
「はぁ……はふぁっ、あぁ…………!」
反応が気になるあまり、マナは指まで押し込んでいた。ボタンでも押すように、指先を少しだけ入れてみて、ピストンかマッサージのつもりで愛撫する。それが刺激をもたらしてか、くねくねとした腰の踊りはより活発になっていた。
「あっ、あぁ――あぁぁ――――」
喘ぎ声は明らかにトーンを上げる。
今の瑞姫は、アソコでも肛門でも感じているのだ。
このまま続けたら、一体瑞姫は……。
――――ビクン!
と、ある瞬間、仰け反らんばかりの勢いで、今まで以上に激しく身体を弾ませる。
その時、生まれて初めて絶頂を前にしたのだと、マナは無意識のうちに理解していた。自分でもしたことのない絶頂を、瑞姫がしたのだ。
「い、今のは…………」
わけがわからないといった顔で、瑞姫はマナを振り向いてくる。
「……絶頂」
ぼそっと、小さな声で返していた。
†
一度戻って来た馳尾勇路は、不可解に思っていた。
マナと瑞姫が寄り添い合い、肩をくっつけながらしゃがんでいる。膝を抱えて、じっと大人しく座っている、それだけといえばそれだけだが、妙に顔が火照っているのだ。
それに、こんなに仲が良かっただろうか。
いや、マナはたまに年下の相手をしている。二人きりで残したことがきっかけで、今更になって仲良くなったのかもしれない。
「なんかあったか?」
一応、尋ねる。
「ううん? 何でもないよ?」
何かを誤魔化すような即答のマナ。
「別に」
ぶっきらぼうに答える瑞姫。
隠し事の気配こそ感じたが、今はそんなことに構っている場合ではない。笑美や雪の女王にここが見つかるわけにはいかないのだ。
二人のあいだに起こったことなど知る由もなく、勇路は必死で次の一手を考える。
マナを守り切るには一体、どんな手を打つべきなのか。
ブィィィィ…………。
と鳴る音は、勇路の耳に届くことなく、瑞姫の穿いた下着の内側から、それは密かに埋め込まれたバイブの駆動音なのだった。
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