永雪氷織は耐え忍ぶ。
再び乳房を揉まれ始めて、負けた悔しさに加えての、好き勝手に乳を揉まれる屈辱まで味わいながら、氷織は静かに目を瞑り、ことが過ぎ去るのを待とうとしていた。
一回目に行ったのはポーカーだった。
お互いに手札を引き、より強い役を引き当てた方が勝利する。引きが悪いと思った場合、一回の勝負につき一度だけ、好きな枚数まで手札を交換することが許される。ゲーム用のコインを賭け合い、持ち金がゼロになった方を敗北とするルールであったが、氷織の引きはことごとく悪く、女社長は氷織の手札よりも必ず強い役を引き当てていた。
その敗北によって、先ほどまでの時間を過ごしたわけだが、もう一度ポーカーをやってみて、やはり氷織は負けたのだった。
「ふふっ、また揉まれちゃってるわね?」
調子に乗った上擦った声がかかってくる。
「うるさいです」
「悔しいかしら? だったら、何回でも受けて立つわよ? せいぜい、勝つまでやってみればいいんじゃないかしら?」
その言葉が心に熱を注いでくる。
負けたことが悔しくて、そのせいで胸を揉まれているのが屈辱でならない感情を、どうしても晴らしたくて仕方がない。このままで終わるなど、絶対にあってはならない。必ずやこの雪辱を果たさなければ、決して気が済みそうにない。
「ねえ、今はどう? 感じてる?」
「いいえ、何も」
「あら、そうかしら?」
そう言って、女社長は乳首を重点的にくすぐり始める。
氷織は決して顔色一つ変えることなく、表情に浮かべているものといったら、こんな目に遭っていることの屈辱や不快感だけだった。間違っても、快楽を顔に出し、頬を赤らめる真似などしてはいなかった。
だが、本当のところは感じている。
ユニフォーム越しの指遣いは、表皮をほどよく刺激して、乳房の内側から少しずつ甘いものを引きずり出す。ほんのかすかな、それ自体は細やかな塵程度のものであっても、積もれば山となるように、氷織の乳房には快楽が蓄積していた。
感じたら負けだ。
誰も勝負だと言ってはいないが、いい気になって揉みしだいてくる女社長に、快楽を感じていると知れてしまうのは敗北に他ならない。そうはなるまいと、ぐっと堪えて、固めた拳にはより力を込めていた。
さーっと、ユニフォームの表面を指先で撫で回す。
そのタッチは乳首を重点的に狙っており、人を感じさせようとしてくる意図が見え透いている。ニヤニヤとしたいやらしい表情のこともあり、わかりやすい分だけ氷織の中には、思い通りになってたまるかという対抗心は膨らんでいた。
感じない、絶対に感じない。
そのつもりで目を瞑り、まぶたの裏側にある闇だけを静かに見つめた。
「ふふっ、我慢しているのがわかるわよ」
「していません」
即答する。
「あら、そうかしら? 乳首が突起しているようだけど」
「気のせいでは」
「確かに固くなってるわよね? 感じちゃってるわよね?」
声が上擦り、テンションが上がっているのがよくわかる。
「気のせいでしょう」
氷織は即座の否定を繰り返すが、内心は決して穏やかなものではない。
確かに、固くなっているからだ。
ユニフォームを内側から押し上げようと、乳房に血流が集まって、乳首は徐々に大きく育っている。少しずつ敏感になりながら、硬度を増していく乳首の周りに、甘い痺れが僅かながらにピリピリと、神経を伝って拡散していた。
このまま刺激が続いていれば、いつかは明確な快楽を感じてしまう。
(……必要ない)
氷織はより意地になる。
(私に快楽なんて)
確かに、そういったことに興味がないわけではない。
だが、こんな形で、しかも心を開いてなどいない相手の手で感じるなど、そんなものは屈辱に他ならない。
感じるものか、感じるものかと、氷織はしきりに心の中で繰り返し、乳首の周りに走る小さな痺れを拒んでいた。生理的な反応は、念じればどうにかなるわけではないが、そうとわかってはいながらも、氷織は乳房に対する念を強めていた。
こんなことで気持ち良くなってはならない。
女社長の指になど、決して反応してはならない。
脳から指令を送り続けていれば、いつかは体がそれに応えてくれると期待して、氷織は延々と念じ続けた。
その成果もなく、甘い痺れは徐々に活発なものとなる。
水を一滴ずつ垂らしていくように、本当に少しずつ、乳房の内側は快感で満たされようとしているのだった。
(感じない……感じない……感じない……)
それでも、氷織はやはり、念じることをやめなかった。
制御を諦めきれないようにして、脳の中に命令を反芻させ、いつかは神経が快感を無視してくれるまで、延々とそれを続けるつもりでいた。心で唱え続ける言葉は、強い意思で繰り返してさえいれば、きっと必ず、神経細胞を伝わる正式な脳からの指令となって、肉体へ伝わるはずだと信じていた。
信じ続けて、最後の最後まで念じていたが、結局はその瞬間は来なかった。
制御に成功するより先に女社長の手が引いて、乳房や乳首への刺激の方が終了してしまっていた。
*
三回目のゲームは神経衰弱だった。
二回もポーカーで負けたなら、リベンジを果たしたいならポーカーで続けるはずだと、人は考えるものかもしれない。
しかし、氷織の理屈は違う。
(ゲームは変わっても、トランプで勝てばトランプでの勝利)
氷織はそのつもりでテーブルに並んだカードを捲り、元の裏側へと戻していく。
「私の番ね?」
女社長は得意になって、氷織が今さっき捲ったばかりの二枚のうち、片方のカードを捲っていた。
「そうですね」
「次の条件、もちろん飲んでくれているのよね?」
「ええ、次は負けませんから」
「勝つから関係無いってこと? 二連敗なのに?」
煽らんばかりの、人を見下した表情を向けられて、氷織はすかさずムッとする。
「次は勝ちます」
「でも、既に私の方が勝ちそうじゃない? ほら」
女社長が二枚目のカードを捲ると、Aが揃った。
これで彼女の得点が増えた形となり、そして彼女は続け様に三枚目のカードを捲る。その三枚目もまた、氷織が前のターンで触れたうちの一枚だった。
(この人は……!)
氷織は歯を食い縛る。
女社長のプレイングは、最初のターンからずっとそうだ。氷織に先行を譲った上で、氷織が狙いを外した瞬間、これみよがしにそのカードに手を伸ばす。氷織が触ったカードに集中的に狙いを定め、正確に的中させ続けている。
もちろん、神経衰弱というものは、情報をいかに記憶できるかである。
捲らない限り、どこに何があるのかは判明しない。
氷織が捲ったカードを記憶に刻み、ルール通りにやっているだけといえばその通りだが、女社長は自分自身で捲ったカードより、氷織が捲ったカードを明らかに優先している。氷織が外した瞬間に、その本当の答えを見せびらかしてきているのだ。
性格の見え隠れするプレイには、だから苛立ちや焦燥のようなものが募って、氷織は自然と睨むような視線を浮かべつつあるのであった。
「キス、していいのよね?」
「私が勝ちます」
「もし負けたら?」
「負けません」
「あら、そう。でも、もうじき勝負はついちゃうわよ?」
「そうでしょうか」
この時点ではまだ、まだまだテーブルにカードは残っていた。
しかし、数ターンもしたところで、女社長の言葉の意味はすぐにわかった。彼女のポイントが増えていき、手持ちの枚数があちらに偏っていくほどに、氷織が獲得できる残りの数が目減りしていく。
やがては盤面のカードが足りず、たとえ一ターンのあいだに全てのカードを取り尽くしても、あちらの枚数には届かないといったことになってしまう。
それでも、勝ってみせる。
必ず勝つのだと、意地になってカードを捲り、KとKを引き当てるが、その次に捲ったQの記憶を正確に思い出せない。数ターンほど前に一度見ており、どの付近にあるのかの、おおよその位置なら覚えているが、それは正確性に欠けた記憶なのだった。
氷織は狙いを外し、9のカードを捲ってしまう。
「残念ね? 答えはこっちよ?」
見せつけんばかりにして、女社長はまず真っ先に、氷織が刺さったQを捲り直す。その上でいかにもわざとらしく、9の裏面を指でコンコン叩きつつ、本当の答えはこちらであると言わんばかりに、その隣の方を捲っていた。
「ほら」
「……っ」
氷織は顔を顰める。
こんな風に煽られながら追い詰められる気分など、誰だって良いはずがない。
「次は9でも引こうかしらね?」
しかも、続け様に当たりを狙い、9を捲ってみせたその上で、続けて次のカードを取る。宣言通りに二枚の9が揃ったことで、さらに女社長のターンは続いていった。
「で、氷織ちゃん? あなた、何て言っていたかしら? うーん、凄く意地の張った言葉を使っていたわよね? なんだったかしら? うーん、うーん」
いかにも思い出せずにいるような、わざとらしさを究めたフリを見て、その嘲った顔での煽りに腸が煮えくりかえる。
「馬鹿にしてるんですか」
それだけ記憶力を持っていながら、人の言っていた台詞を思い出せないはずがない。それをわざわざとぼけた上で、ピンと伸ばした人差し指を顎に当て、しきりに首を傾げている。その苛立ちを煽る仕草を見れば見るほど、氷織の中で静かな怒りは込み上がっていた。
「あ! 思い出した!」
最初から忘れてなどいないくせに、わざわざ思い出したという体裁で、満面の笑みで大きな声で言ってくる。
「次は勝つ。負けないから問題ない。そうよね?」
わかりきったことを、まるで大手柄を見せびらかしたいようにして、嬉々として言ってくるのだ。
「どうせ自分が勝つ。今度こそ勝つから、負けたらキスって条件でも問題ない。そういう話だったわよねぇ?」
そして、女社長はカードを捲り、3を表にした瞬間、そこから遠いカードへ手を伸ばす。
「でも、もちろん約束は守ってくれるのよね?」
そのカードを捲って出て来る数字は3だった。
「そして、氷織ちゃんは記念すべき三連敗を記録して、その罰ゲームとして私に唇を奪われるのよ? そのあと、どうする? もちろん、もう勝負が嫌になって、負けて帰るっていうのも悪くはないわよねぇ?」
女社長はさらにカードを捲っていき、次々に当たりを引く。
ターン数が重なっていることで、テーブルに残っているカードのうち、実に半数近くが一度は捲られている。その記憶さえ正確に残っているのなら、女社長にとってこのターンは、ただ答えのわかった組み合わせを順番に捲ってみせていくだけの、単なる作業と化しているはずだった。
次々にカードが消える。
氷織の目の前から、氷織の得点たりえるカードがまた一枚、また一枚と消えていき、勝利の見込みが急速に薄れていく。薄れるどころか、もう完全に勝ち目はなくなっていた。
「はい。この辺りにしておこうかしら」
そう言って、女社長はわざとカードを外していた。
氷織にターンを回すため、わざとであるのが、顔や態度でわかりきっていた。
「こ、こんな……」
氷織はきつく歯を食い縛り、悔しげに女社長を睨んでいた。
勝負は決まっているのだ。
テーブルに残った全てのカードを取り尽くし、全てを得点に変えたとしても、女社長の枚数にはもう届かない。その状況が本当に出来上がり、つまりゲームの勝敗が確定している状態で、わざとらしく与えてきたチャンスなのだ。
ほら、そっちのターンだ。
頑張って、最後まで諦めずにやってみたらどうだと、女社長は目で言っている。既に勝負が決まった状態だとわかった上で、底意地の悪い目を向けてきている。
ここでお互いの枚数差を考えず、諦めずに頑張ってみせようものなら、この女社長は人をどこまであざ笑い、楽しげに見下してくることか。勝敗の確定に気づきもせず、まだチャンスは残っているはずだと、最後の最後まで頑張り抜こうとする姿の滑稽さは、さぞかし面白いものなのだろう。
今まで知らなかった女社長の性格が、この短い時間のあいだに完全に見えてしまった。
*
神経衰弱で敗北したのは、もはや言うまでもない話だ。
既に勝敗は決しているとわかっていながら、その上でカードを捲る時の気持ちといったらない。たまたま当たりを引いた時、女社長はわざとらしい拍手まで送って来たのだ。
「あらぁ! やったじゃない! チャンスよ? チャンス!」
だから諦めずに頑張りなさい。
最後の最後までやり抜きなさい。
そんな応援を、勝利の決まった立場からやってくる。
(最低……)
腹の底では軽蔑しつつ、それでも氷織がカードを捲ったのは、やはり性格のせいだった。勝敗がわかっていても、降参とは口にできずに、だからあえてカードに触れ、自分自身に対する敗北へのカウントダウンを刻んだのだ。
二つ目のペアまでは引き当てて、氷織の運はそこで打ち止めとなったのだが、そこで女社長が取った行動は、なんとまた、わざと外すというものだった。
そのおかげで、氷織だけがカードのペアを当て、残りを回収し続けていた。
「あー間違えちゃった! でも、おかげでチャンスよ?」
「ほらほら、頑張って!」
「ファイトよファイト! でないと、キスしちゃうんだから!」
うるさくてたまらない応援を聞かされながら、敗北へ一歩ずつ近づいていく時の気分といったらなく、もう本当の本当に、心の底から悔しくてならなかった。
こんなにも大きな屈辱を味わったことが、かつてあっただろうか。
わざとターンを回され続け、その末に残る全てのカードを取りきって、すると女社長は本当にうきうきで、有頂天になって自分の枚数を数え始める。
「あらぁぁぁ! 私が勝っちゃったのね? なんかごめんねぇ? でも約束は約束だから、キスはさせて頂戴ね? あ、約束は守ってくれないと、どんな勝負も受けないわよ? リベンジのチャンスなんてぜーったいにあげないからね?」
目の前の顔に拳を叩き込み、暴力で屈服させて、土下座でもさせてやりたいような衝動が、あまりの煽りに本当に湧いてきていた。
良くも悪しくも、それを実行に移すことなく、衝動を抑えるだけの理性が氷織の中には残されていた。だから事件など起こさない一方で、そのために氷織は社長の唇を受け入れることとなる。
もちろん、拒みたければ拒めばいいのだろう。
口約束など破るのは簡単だが、他ならぬ氷織自身の性格がそれをさせなかった。
どうしても、この女に勝ちたい。
ここまで煽り倒されて、小馬鹿にされては、屈辱を晴らさないではいられない。絶対に、何としても、最後の最後には必ず勝ってみせなければ気が済まない。その思いのあまり、女社長が唇を接近させてくるのに対して、氷織はすっと目を瞑り、強張った顔で受け止めていた。
約束を守ってくれないと、リベンジ戦は受けつけない。
それも理由の一つであるが、そもそも罰ゲームから逃げてしまうと、ただでさえの敗北感が余計に大きく膨らむ気がして、そんなことはプライドが許さなかった。それで唇を許すなど、自分でも馬鹿なことをしているとはわかっていながら、プライドを優先してしまっていた。
(最悪……だわ…………)
心など開いていない、好きでも何でもない相手の唇だ。
そこには抵抗感があるに決まっていた。
潤いを纏った唇の、しっとりとした感触に、舌が触れてくることで感じる唾液のぬめりの、全てがおぞましいものだった。
甘くとろけるようなキスとよく言うが、友人としての好意すら怪しい相手では、そんな気持ちが湧くはずもなく、氷織にあるのはふつふつと毛穴が開いてくるような、鳥肌が広がっていく感覚ばかりであった。
抱き合うような距離感にあるせいで、女社長のスーツが触れてくる。乳房と乳房が押し合って、潰し合う形となって、さらには両手が背中に回る。キスをするから接近していた状態から、その両腕に力が籠もってくることで、より明確な密着が出来上がった。
乳房がより深く潰れ合い、何の温もりも感じられない密着感に、湧いてくるのはただひたすらの抵抗感だ。今にも両手で女社長を突き飛ばし、押し退けてやりたい衝動がいっぱいに膨らむが、それもまた敗北の一種に思えて、氷織は自制しているのであった。
「いいわぁ……あなたの唇……」
恍惚しきった顔で、さらに頬張る。
氷織の薄桃色は、女社長の大きく開いた唇によって頬張られ、唾液が口周りにより広がり、浸透を深めていく。女社長の成分が自分の身体に染みつくことにも、激しい拒否感が湧いてきて、氷織の体中に信号が飛び交っていた。
生理的な拒否感を訴えるための信号が神経という神経の数々を行き交って、体中に拒否反応が行き渡る。それを行動には出さない代わりに、表情が極限まで険しくなり、拳に籠もる力もつよくなり、氷織の全身から信号は発せられていた。
拒否感という名の情報を帯びて、体から電波でも出しているように、氷織の全身から感情が伝わっている。どんな人間であろうとも、この場に立ってさえいれば、氷織の感情ははっきりと感じ取れるはずだった。
「ちゅっ、ちゅくぅ……」
舌を入れようとしてくる動きに対して、氷織は唇を固くして抵抗する。
(そこまで約束した覚えは……)
「はじゅぅ……」
しかし、女社長はなおも激しく頬張って、唇を舌で執拗になぞりつけてくる。その活発さのあまりに唾液の水音が聞こえてきて、自分がいかに大胆に貪られているのかを、音によっても実感するのだった。
「ちゅくぅ……ちゅくぅ……」
キスは続く。
一体、いつになったら終わるのかと、辛抱強く堪え続ける氷織に対して、女社長は飽きる様子を見せることなく、ひたすらに味わい続けていた。
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