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 その後も、デートと称した辱めは続いていった。
 再びレンタルショップに赴いて、AVを借りてくるように言われたことで、男の中に混じって物色を行うことになる。男と同じことをして、男に奇異の目で見られる感覚に耐えながら、ローターの刺激にも耐えるのだ。

 ブィィィィィ…………。

 やはり、音が漏れているはずである。
 店内には音楽が流れているため、曲に紛れて聞こえにくいのが幸いだが、耳さえ澄ませば気づくだろう。そして、誰かの携帯電話がマナーモードの振動を起こしているのかと、最初はそう思うのかもしれないが、止まることなく延々と続く駆動音で、いつかはローターを疑い始めることになる。
 そうなる前にここを出たいのが心情だが、しかし唯華はいくつかのディスクを手に取って、ラベルやタイトルを眺めては元に戻すといったことを繰り返していた。
(んぅ……くぅぅ…………)
 ほどよいタイミングで止まるのだ。
 唯華に刺激を与えるだけ与え、いかにも快感が膨らんだところで停止する。その数秒後には再びスイッチが入るわけだが、その停止と起動の繰り返しもまた、唯華の中から我慢の力を目減りさせ、忍耐力を削ってくる。
 寸止めになっているのだ。
 まさか、姿も見えないのに絶頂のタイミングが読めるはずもなく、ただの偶然がほとんどで、大半は単に快楽が膨らんだところで止まるだけだが、いいところで止まってしまうかのような、もっと欲しかった瞬間の停止がされているようでたまらない。
 もちろん、本当の意味で欲しかったわけではない。
 やめないで欲しい、続けて欲しかった感覚は、あくまでも生理的な反応の一部である。肉体的な反応は、刺激さえあればしてしまうので、体としてはいいところで止まって焦らされる感覚があるという話である。
 気持ちとしては、ずっと止まっていて欲しい。
 一度止まったら、そのまま動かないでいて欲しいが、停止時間はものの数秒、長くても十秒ほどがいいところだ。

 ブィィィィィ……。

 こんな駆動音が続いていては、いつどのタイミングで気づかれたり、人に注目されるかもわからないのが辛かった。
 だから、できれば早々に選び終え、早めにアダルトコーナーを出て行きたいが、健太には一〇分以上はいるように言われている。早く出ていき過ぎれば、怒られてお仕置きをされるだろう。そして、では一体どんなお仕置きがされるのか、それを想像すると少しばかり興奮してしまう自分に気づき、唯華は自分の中にある性癖の歪みに葛藤する。
 いつまでも、こんな言うことを聞き続けていいはずがない。
 だが、それを聞いてしまっている自分がいる。膣内にローターを加え、リモコン式のスイッチで弄ばれることを良しとして、受け入れている自分がいる。
 それどころか、停止の瞬間を寸止めであると感じるほど、肉体的には興奮している。
 いや、本当は心でもそうだ。
 マゾヒズムが育ってしまっていることで、理性では思っているのだ。こんな自分でいるべきではない、早くかつての自分に、健太と出会う前までの自分に戻るべきだと訴えるが、本能では今この状況を悦んでいる。
「あれぇ? イキそうだった?」
「悪い悪い。また寸止めしちゃった」
 言われてもいない、そもそもこの場にはいない健太の、しかし言ってはきそうな言葉が脳裏に浮かび、それが健太の声で再生されている。
「イキたいんだったら、おねだりしてみてよ。どうかイカせて下さい、健太様って」
 絶頂に向かったこの肉体の状況が伝われば、健太はきっとそんな風に言うだろう。
(なんで、妄想しちゃってるわけ……)
 息を荒くして、肩を上下させながら、唯華はますます肉体を興奮させる。
 このままでは様子のおかしさが周囲に伝わり、余計な注目が集まるのは時間の問題だ。見られたくない、注目されたくない、そんな意識のあまりに焦ったようなそわそわとした挙動が滲み出て、かえって人目を引きそうな自分自身の様子を自覚して、唯華はそれを懸命に堪えていた。
 赤くなり、恥辱の浮かんでいそうな表情を引き締めて、背筋もしっかり伸ばしておき、堂々としていようとするのだが――。

 ブィィィィィ…………。

 その振動がどうしても気になった。
 ディスクを物色するはずの唯華の右手は、しきりにアソコの近くへいき、無意識のうちに性器を手で押さえようとしてしまっている。太ももを引き締めて、手で押さえてしまっておけば、少しは振動を和らげて、刺激が弱まるはずだった。
 あからさまにやれば人目を引く。
 だから少しでもさりげなく、かつ堂々と振る舞おうとしていた。誰にも気づかれない範囲で、瞳だけを動かしながら周囲を伺い、極限まで怪しまれないように意識して、振動を抑え込もうとしているのだった。
(また……)
 止まった。
 抑え込む努力の途中で、逆に止まった。
 焦らされた感覚に陥り、また十秒もすれば起動する。

 ブィィィィィ…………。

 膣口に収めたローターは、卵形でつるっと滑りやすい材質で、ただでさえ下腹部を引き締めていなければ、いつ外に落ちてしまうかもわからない。脱力すれば、愛液のヌルヌルとした滑りに引かれ、徐々に下垂していく感覚で焦燥を煽られるのだ。
 股からローターが転がり落ちたら、近くにいた男はどんな目を向けてくるであろうか。
 その恐怖心が唯華の中で具体的な形となって膨らんでいる。セクハラ目的で声をかけ、何かしてくる変質者が、ここにいない保障はない。しかも、性被害にまつわる「油断があったのではないか」「隙があったのではないか」という落ち度論の存在を考えると、自らアダルトコーナーに入った上、股からローターを落とす流れは、いかにも自業自得と言われそうで気が気でない。
 痴漢を働く人間がここにいないで欲しい願いは、唯華にとって切実なものだった。
 いっそ、外に出してしまいたい。
 誰にも見つからないようにこっそりと、健太にもバレないうちに取り外し、楽になってしまいたい衝動にも駆られていた。
 膣内でたびたび位置が気になるのだ。
 ぎゅっと引き締めれば、壁の狭間に飲み込むように奥へ入り込ませていられるが、脱力すれば徐々に下がって、いつしかぽとりと落ちそうになる。その少しでも落下の迫った状態が気になって気になって、いっそきちんと手で直したい気さえしてくる。
 そうまで気になる以上、取り出してしまえればどんなに楽か。
 だが、実際にはスカートの中に手を入れて、アソコの中身を引っ張り出す機会など、よく見れば監視カメラもあるのにありえない。たとえカメラの存在がなく、誰にも見えないタイミングがあったとしても、ふとした拍子に振り向かれたり、覗かれたりはしないかと怖くてならず、結局はそんな真似などできないだろう。
(そろそろ、時間ね)
 もう引き上げても良いはずだ。
 時間を確認した唯華は、さっさとAV選びを終わらせようと、手早くタイトルを確認する。どれがいいのか、どういうものが好みであるか。聞かされている趣味と照らし合わせているうちに、唯華の隣に一人の中年がやって来ていた。
 それは唯華の気づかないうちに、今になって暖簾の向こうから現れた新しい客だった。
 そして、自分の隣に来たことで、唯華は初めて新しい客の存在に気づくのだが、構っている暇はない。隣の中年がどれくらい唯華に関心を寄せているかなど、引き上げる直前の今ならどうでもいい。
 さっさと出ていくために素早く選ぼうとする唯華の、その様子を中年はジロジロ見ていた。
 今の唯華は快楽で頬が火照って、息も荒い。
 どことなく色気に満ちた横顔で、興奮気味にAVを選ぶ美麗な女の、しかもよく見ればシャツから乳首が透けている。そんな存在が近くにいれば、堂々と視姦を始める男が現れても、決して不思議はないのだった。
 チラチラとした視線が唯華の胸や顔に絡みつき、目によって堪能されていた。
(こりゃプレイ中かなぁ?)
 などと、そこまで気づかれてしまっていることに、唯華の方が気づいていない。
 気づかないまま選び終わって、唯華はディスクを片手に暖簾へ向かう。アダルトコーナーの外にさっさと出ようと、早足になった瞬間だった。
「……っ!」
 唯華は咄嗟に歯を食い縛り、手で口を押さえていた。
 そうしなければ、確実に声が出ていた。
 急に振動が強まったのだ。
 ローターの勢いが切り替えられ、周囲に聞こえても不思議ではない、今までよりも大きな駆動音が鳴った時、唯華は耳まで赤く染め上げていた。

 ――ば、バレた……また……!

 ちょうど、出ようとした瞬間に、二人組の青年と鉢合わせたのだ。暖簾から入って来た二人組は、唯華を見るなりぎょっとした表情をした上に、後ろからも何やら数人分の視線を感じて、ついに注目が集まってしまったことを唯華はひしひしと感じていた。
 まず、二人組の驚いた表情は、アダルトコーナーに女がいたという、その事実に対してだけとは思えない。いかにも気まずそうに、いけないものを見てしまった顔で、無言で唯華の隣を通り過ぎていく二人組に、唯華もまた気まずくなっていた。
 駆動音に、間違いなく気づかれていた。
 振り向けば、他の誰かの視線も集めているのかもしれない。
 怖かった。
 後ろを見て、本当に視線が集まっている事実に直面するのは、唯華にとって恐怖に他ならない。後ろなど振り向かず、このままさっさと前に進んで、一刻も早く健太と合流し、レンタル手続きを済ませるべきだと頭ではわかっていた。
 しかし、人間の心理とは厄介だった。
 怖い怖いと思うほど、かえって怖い物見たさの気持ちが働いて、首が後ろに向かって動いてしまう。見えない力に引っ張られ、首が勝手に動きでもしているように、唯華は少しずつ後ろを向き始めていた。
 そして、唯華は見てしまった。

 ジィィィィ…………じぃ…………
 じぃぃ……ジィィ…………

 このアダルトコーナーの中にいる限り、全ての男の視線が集まっていた。
 二人組の青年も、先ほどまで隣にいた中年も、二十代や三十代の男達も、揃って唯華を見つめていたのだ。
 二人組にいたっては、何かヒソヒソと話している。
 本人達は小声のつもりだったとわかる声量でも、こんな時に限って耳に神経が集中して、聴覚が鋭くなり、それらの声を聞き取れてしまっていた。
「バイブだよな」
「ぜってー彼氏にやらされてるわ」
 プレイの一環で恋人にアダルトコーナーへ送り込まれて、AVを選ばされている最中と見做されていた。完全には当たっていないが、半分以上は当たっている。恥ずかしい真実を見透かされてしまった羞恥心で、頭が爆発しそうな勢いだった。
(最悪……!)
 唯華は小走りで外へ出た。
 アダルトコーナーを背にして少し進んで、すぐに健太と顔を合わせるも、そこにあるのは安心感とは少し違う。
「あれぇ?」
 嬉しそうな顔の健太を前に、唯華に与えられる感情は、先ほどまでとはまた別の種類の恥辱であった。
「なんかあったぁ?」
 唯華は確信した。
「わざとなんだね」
 ああまで音の出るローターでは、気づかれる確率が高いに決まっている。健太はきっと、わかっていて切り替えたのだ。
「へぇ? バレちゃったのぉ?」
 健太は嬉々としていた。
 唯華が恥ずかしい目に遭って、その事実に健太は大喜びのようだった。
「そいつはお仕置きだねぇ? あ、それ早く借りてきてねー」
 パン! と、いいながら尻を叩いてくる。
 こんなに惨めな扱いを受けていて、どうして何も言わずに従っているのか。だんだんと、自分でもわからなくなってくる。
 セルフレジで行うレンタル手続きの最中も、ローターは絶えずオンとオフを繰り返し、焦らしながらの攻めを繰り返す。

 ブィィイィ!

 と、音が急に強まって、体がビクっと反応した時、隣の女性がぎょっとした顔で唯華のことを見た上に、逃げるような足取りで早々と去っていく。
 その変態か不審者に対するような反応ほど、唯華にとって辛いものはないのであった。



 
 
 

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