前の話 目次 次の話




 性器に残った滴を拭き、トイレを済ませきった後。
 水を流すなり、ヴィーヴル女は即座に命じてきた。
「壁に両手をついてもらえる?」
 ショーツを穿き直し、その直後の命令だった。
「そんなことをして、どうするっていうの?」
「私が好きなポーズを取って欲しいの。それとも、逆らう? 逆らっちゃう?」
 言外にそんな力もないくせにと、そうした意図を含ませながら、逆らってくれればそれはそれで楽しいかのように、いかにも楽しみそうに繰り返し尋ねてくる。
「ねえ、逆らっちゃう?」
 鬱陶しいことこの上ない。
「いいわよ。ポーズくらい」
 フィアメッタは戸に両手を当て、尻をほんの少しだけ、軽く突き出してみせていた。
 すると、ヴィーヴル女はすぐさま後ろから抱きついて、背中に胸を密着させてくる。やはりというべき行為に顔を顰めて、強張った我慢の顔で堪えていると、手前に回って来た両手がブラジャーの生地をくすぐった。
 すぐに乳房を揉んでこない。
 膨らみの周囲だけを指でなぞって、ブラジャーの生地を介した淡い刺激が絶え間なく送られ続ける。その焦らすような感覚に唇を引き締めて、フィアメッタはぐっと堪え続けていた。
 乳首がとっくに突起している。
 固い突起がブラジャーを内側から押し上げて、そのせいか乳房とブラジャーのあいだには、ミリ単位の僅かな隙間が生まれている。カップの山なりの周囲が指になぞられ、ブラジャー全体が微妙に前後するたびに、かすかな摩擦が乳首を襲う。
「んぅ…………」
 フィアメッタは堪えていた。
 先ほどより、さらに気持ち良くなっている。
 しかも、まだ全ての愛撫はブラジャー越しで、乳首には一度も触れられていない。ましてアソコも触られていない事実を考えると、この快楽には次の段階が残っていることになる。ここまで気持ち良くてもまだ、それは本来のものではない。
「くっ、くぅぅ…………」
「ほらほら、我慢しないで?」
「別に、我慢なんて……してないわ…………」
「強がらなくてもいいのよ? もっと溶けて、トロトロになった顔を私に見せて?」
「お断りよ。そんな……んぅ…………」
 息が乱れてきている自分に気づく。
 熱っぽい呼気を吐き出して、赤らんだ頬から色気を放出している自分自身の表情に、鏡を見たわけでもないが自覚が強まる。きっとそんな表情に違いない感覚が湧くにつれ、フィアメッタはどうにか顔や唇を引き締めようと意識していた。
 誰がだらしのない顔をするものかと、ぐっと堪えんばかりとなっていた。
「んぅ…………ぐっ――――――」
 乳房が両手に包み込まれた。
 五指を埋め込み、揉みしだいてくるだけでなく、その中でも人差し指は乳首を捉え、爪を駆使してブラジャー越しに刺激してくる。
「あらぁ?」
「ぐぅっ、ぐぅぅ…………!」
「どうしたのぉ?」
「うっぐぅ……!」
 フィアメッタは苦悶していた。
 快楽を堪えるため、歯茎を潰す勢いで強く歯を食い縛り、フィアメッタはまるで激痛にでも耐えているような歪み切った表情を浮かべていた。戸にべったりと張り付けていた両手は、いつの間にか力が籠もり、爪を立てた形へと変わっていた。
「ねえねえ、苦しい? もしかして痛い?」
 実にわざとらしかった。
 ヴィーヴル女の嬉々として上擦っている声は、フィアメッタの様子をわかった上で、煽るためだけにわざとらしく別の可能性を提示していた。指を食い込ませているせいで痛いのか、そうではないと知った上で執拗に尋ねてきた。
「んっ、ぐぅぅぅ……!」
「言ってくれないと、わからないわよ?」
「ぐぅぅ……!」
 フィアメッタは強く歯を食い縛っている。
 乳房に蠢く指により、顎の力を緩めれば、たちまち喘ぎ声が出てしまうことをわかっていた。迂闊に口を開くことが出来ずに、煽るような嬉しそうな声を聞かされ続け、それが神経に障って怒りを煽られ続けるという循環に陥っていた。
「肩がもぞもぞ動いているわよ?」
 言葉の攻めは、耳の裏側に唇が触れかねないほど、嫌に近い距離から行われた。
「くっ、ぐぅ……くぅ…………」
「あ、肩が凝ったのね? ブラジャーの紐が辛いのね? だったら、これは外してあげないといけないわねぇ?」
 まさか、そんなはずはない。
 肩など凝っていない。ブラジャーの紐も辛くはない。
 だが、ヴィーヴル女は楽しげに乳房から手を離し、フィアメッタの背中に指をやる。ホックの下に指を通す瞬間の、皮膚に擦れてくる刺激にさえも両肩が跳ね上がり、フィアメッタは思い知っていた。
 媚薬のせいなのはわかっている。
 わかっているが、普通は性感帯でも何でもない、そんな場所ですら今の自分は感じるようになっている。それほどまでに、全身で感度が上がってしまっている。
「ほら、取ってあげるわ」
 背中の上で、ホックが外れる。
 カップが緩み、そのままブラジャーを取り去られる。その瞬間に対するモスティマの感情は、これから直接触られて、指で乳首をやられるに違いないことへの、不安と期待の入り交じったものだった。
 心には不安しかない。
 頼んでもいないものを与えられることへの、不満に近い感情ばかりが渦巻いている。
 だが、ここまで性感が高まって、感じやすくなってしまった肉体は、これから与えられようとしている刺激に対して期待感の方を高めているのだ。
「ほーら、ブラジャーが取れちゃったわよぉ?」
 ヴィーヴル女はさらに声を高ぶらせ、興奮に震えを帯びさせていた。
「だったら何よ……」
「ねえ、あなたどうなっちゃうの? 直接揉まれて、乳首まで触られたら、どういう顔をしちゃうのかしら?」
 それをわざわざ、質問としてぶつけてくるのだ。
「知らないわよ」
「ふふっ、なら試してみるしかないわよねぇ?」
 ヴィーヴル女は改めてフィアメッタの背に抱きつく。
 背中にブラジャー越しの乳房が潰れてきて、さらに両手が手前に回ってくると、フィアメッタは激しい形相で食い縛り、頬を極限まで強張らせた。筋力抑制剤を使われているとはいえ、それでも発揮しうる筋力の限りだけ、フィアメッタは表情を歪め尽くしていた。
 手が乳房に近づいている。
 焦らさんばかりに、触れそうで触れない距離から、いかにもわざとらしく触らずに、ただ触ろうとするフリだけを繰り返す。視線を下にしてみれば、自分の乳房に迫った指は、乳首に性格に接近しつつ、触れる直前になって遠のいていた。
「ば、馬鹿にして……!」
 フィアメッタは憤った。
 完全に遊ばれている。
 乳首に指が触れかければ、身も心も自動的に覚悟をしてしまう。ブラジャー越しでも、我慢していなければ声が出るほど気持ちいいほど、感度は増してきているのだ。そんな中で直接の刺激を受ければ、一体どれほどの電流が乳房を襲ってくるかは未知数だった。
 それを知ってか、わざと触らずに、近づけるだけ近づけて遠のかせる。
 何度も同じようにすることで、今度こそ触られてしまうのか、次こそは刺激を与えられるのか。体が繰り返し身構えて、その身構えがただの空振りに終わるのを、ヴィーヴル女は楽しんできているのだ。
「え? 私が? 何を馬鹿にしているの? どう馬鹿にしているの? ねえ、教えてよ。私が何をしているのかしら?」
 何が何だかさっぱり理解できないと、ヴィーヴル女は殊更にアピールする。
 そう、指を近づけたり遠ざけたり、やっていることはそれだけだ。
 乳首にギリギリまで接近させて、あと数ミリで接触を果たすところで、たちまち遠ざかるということを繰り返す。それを性感帯に対してやっている以上、ある種の煽り行為には決まっているが、本人に言わせれば無意味な仕草を繰り返しているだけなのだ。
「黙りなさいよ。さっきから、うるさいわ」
 フィアメッタは肩越しに睨みつける。
「はーい」
 人を馬鹿にしきった明るい返事と共に、その時だった。
「――――っ!」
 ついに乳首に触られた。
 接触して、ピンと弾くようにされた途端に、激しい電気が走ったような快感が炸裂する。乳首から乳房全体にかけてのおぞましい電流は、その甘ったるさで神経を内側から溶かし尽くして、細胞をどうにかしてしまうかのようだった。
「な……なに……今の…………」
 フィアメッタは動揺すらしていた。
 驚きのあまりに目を見開き、その瞳を揺らしていた。
「あらあらぁ? どうしちゃったのぉ?」
「うるさい!」
「怖いわねぇ? 怒鳴らないでよぉ」
 再び乳首がつままれる。
「――――っ!」
 必死に歯を食い縛った。
 声が出ないようにと懸命に、できる限りの力を顎に込め、それでもフィアメッタは全身で快感を示してしまっていた。さも全身で驚きを表現するように、肩をわかりやすく弾み上げ、足腰さえビクっと反応させていた。
(媚薬って、こんなに……!?)
 フィアメッタは戦慄しきっていた。
 感度を上昇させる薬というのは、これほどまでに威力を発揮させ、体をおかしくしてしまうものなのかと、心の底から動揺していた。乳首でこれだけ気持ちいいなら、いずれアソコやクリトリスをやられた時、自分はどうなってしまうのか。その想像を今のうちからしてしまい、途方もない不安に心が囚われていた。
(いいえ、耐えてみせるわ……)
 いずれ必ず助けが来る。
 モスティマが来てくれることを信じて、フィアメッタは改めて歯を食い縛る。
「んぅぅぅぅ…………!」
 しかし、声を抑えた代わりに背中をビクッと反応させ、体の方に快感を表してしまっていた。

      *

 ちゅぱ……ちゅぱ……ちゅぱ……ちゅぱ……。

 そんな唾液による水音が続いている。
「んっ、んんっ! んん! んん!」
 その分だけ、フィアメッタもまた声を抑えていた。より正確に言うのなら、抑えきれていない声が出ているために、呻き声のようなものが連続していた。
「んっ、んっ」
 フィアメッタは手の甲を口に当て、唇を塞ぐ形にしながら堪えていた。

 ちゅぱ……ちゅぱ……ちゅぱ……ちゅぱ……。

 ヴィーヴル女が乳房をしゃぶっている。
 あれから、部屋に戻った後、改めてベッドに寝かされたフィアメッタは、こうして胸を刺激され続けていた。

 ちゅぱ……ちゅぱ……ちゅぱ……ちゅぱ……。

 人の胸に顔をやり、しゃぶっている姿そのものは、傍目に見ればヴィーヴル女の方がフィアメッタに甘えて見えておかしくない。しかし、意地悪な悪魔の笑みで、ニヤニヤと唇を駆使するヴィーヴル女の、どちらの乳首も交互に刺激している姿は、弄んでいる側のものに他ならない。
「んんっ、んんんっ」
 フィアメッタの漏らす我慢の声は、しだいに抑えが利かなくなる。
「んんぁ……んっ、んあっ、んぁっ、んぁぁ…………」
 色っぽい声を出すことで、この女を楽しませてやりたいとは思っていない。
 フィアメッタは顎や唇に力を入れ、どうにか引き締め続けていようとするが、筋力抑制剤によって力が出ない。それでも発揮しうる力の分だけ、表情筋こそ強張っているものの、顎にも唇にも本来通りの力はなく、そのせいか抑えが利かずに漏れ聞こえる声がある。
「んんんっ、ん! んぁっ、んぁぁ……!」
 しかも、ヴィーヴル女は上手かった。
 媚薬成分が浸透して、体中を駆け巡っているのはもちろんあり、もっぱらそのせいで気持ちいいものの、ヴィーヴル女のテクニックも侮れない。乳首に対する歯の当て方にも無理がなく、痛みを与えるわけではない、かといって加減しすぎるわけでもない、ほどよい甘噛みによって乳首を微妙に噛み潰そうとする刺激に、いかにほどよい具合なことか。

 ちゅぱ……ちゅぱ……ちゅぱ……ちゅぱ……。

 そうやってしゃぶり続ける乳房から、たまに唇を離しては、もう片方の乳房をしゃぶる。
 その唇が離れる際の瞬間には、乳首からねっとりと、太い唾液の糸が引く。
 とろりと、口から乳首へと流れ落ちていた。
 まるで瓶の口から中身を注ぎ、物に液体を被せようとしているように、舌から伸びる糸が濃密な質量を帯びて、乳房へと注がれている。その唾液濡れが放置され、大気を浴びてひんやりとする一方で、もう片方の乳首がしゃぶられる。

 ちゅぱ……ちゅぱ……ちゅぱ……ちゅぱ……。

 これがもう、数十分は続いていた。
 飽きもせず口を使い、延々と刺激しているヴィーヴル女の愛撫によって、フィアメッタの表皮には一体どれほどの唾液が浸透しているか。皮膚に広がる唾液が乾燥する暇もなく、繰り返し足され続けて、もはやそれでふやける勢いだ。
「あー美味しい。あなたはどう? 気持ちいい?」
 わざとらしい声で、ヴィーヴル女はフィアメッタに尋ねていた。
「べ、別に……何ともないわ……こんなの……んっ、んぅぅ…………」
 返事をしている最中に、隙を突こうとするようにしゃぶられて、フィアメッタは咄嗟に口を塞ぎ直した。そうしなければ、もっとはっきりとした声が出ているはずだった。
「ねえ、アソコはどうなってるの?」
 そしてまた、ヴィーヴル女は楽しそうに尋ねていた。
「……うるさいわ」
 フィアメッタは顔を背ける。
「どうなってるの?」
 わざわざ重ねて尋ねてくる声に、フィアメッタは憤りの炎を目に宿し、睨み返してみるものの、そんな怒った表情さえ、ヴィーヴル女にとってはこの場を彩るスパイスにすぎない。
 体を散々嬲られて、その上で行われる質問は、恥辱や苛立ちを煽るのは言うまでもない。
 その上、それはわかりきった質問でもあった。
 フィアメッタはトイレの後でショーツを穿き直し、だから今は下着一枚の姿というわけなのだが、アソコにはとっくに愛液が染み出ている。溢れんばかりの分泌液で、ショーツが内側から濡れているのは、フィアメッタ自身もとっくに自覚しているところだ。
 濡れた部分に大気が触れて、ひんやりとしてくることで、感触によってわかりきっていた。
 さらには愛液の香りすら漂って、ヴィーヴル女の方でも見た目や匂いに気づいていないはずがない。わかりきったことをあえて尋ねて、人の恥辱を煽ろうとする行為になど、フィアメッタは応じてやりたくないわけだった。
 だからわざと答えを渋ってそっぽを向き、顔を横向きにしてしまう。
「へえ? 触って欲しいの?」
 答えてもいないというのに、さもそういう答えを聞いたかのような、勝手な振る舞いによってより煽る。
「何を言っているの? そんなわけないでしょう?」
「でも、触ったらどうなっちゃうのかしらね?」
「……やめなさい」
 その瞬間だ。
「あら、どうして? 気持ちいいわよぉ?」
 今の答えが嬉しくてたまらなかったのか、飛びつく勢いで顔を近づけ、ヴィーヴル女は間近からフィアメッタの眼差しを覗き込む。輝く瞳だけを見るのなら、純粋無垢な子供が無邪気に何かを楽しむ瞬間そのものだが、ヴィーヴル女が楽しむものはフィアメッタの辱めだ。
「いいから、やめなさい」
 繰り返し、フィアメッタはそう答える。
 そう言っておかずにはいられない。
 心を許していない以上、アソコという一番のプライベートゾーンに踏み込ませたくないのは当たり前だが、今のフィアメッタにとって、理由はそれだけではなくなっている。

 一度も触られていないのだ。

 まだ、ただの一度も愛撫を受けていない。
 せいぜい、ヘソの周囲や鼠径部など、性器にほど近いところを撫でられたことがあるだけで、きちんとアソコに触れられたことは一度もない。
 その上で、もうショーツが濡れているのだ。
 触られもしないうちから、媚薬の力とはいえ敏感になりきって、愛液まで放出している肉貝である。そこに指が来てしまったら、自分は一体どうなってしまうのか。それはフィアメッタ自身にも想像がつかなかった。
「触っていい? ねえ、触っていいかしら?」
 どうせ勝手に触るくせに、嬉しさのあまり裏返り、上擦りきった奇怪な声で、ヴィーヴル女は執拗に尋ねてくる。
「嫌に決まってるでしょう」
「あらぁ? どうしてぇ?」
「うるさいわ。嫌なものは……嫌よ……」
 嫌な理由の答えとして、至極常識的なことを答えても、何らの意味も成さないに決まっていた。女性の体は大切なものだから、勝手に扱うべきではないなど、そんなことを痴漢やレイプの犯人に言ったとして、無意味に決まっているわけだった。
「ふふっ、さわっちゃおーっと」
 悪戯でも思いついたような無邪気な顔で、ヴィーヴル女はフィアメタの顔を見ながら、これみよがしに右手を動かす。

 つー……。

 と、指先で身体のラインをなぞっていた。
 乳首の指を置くことで、手始めにビクっと反応させてから、表面をスライドさせていく形でだんだんと、皮膚をなぞってショーツを目指す。くすぐるようなタッチが皮膚を刺激しながらの、一本の線を描いていく手つきが下着の領域に達した時、フィアメッタはかつてないほど強張っていた。
「………………っ」
 緊張しきった顔で、フィアメッタは頬を固くしきっていた。
 そして、これからアソコを触られることに対しての、他にどうしうようもなく、ただ覚悟を決めるしかない表情へと、ヴィーヴル女の視線は注がれている。緊張というエッセンスに満ちた横顔を、崇高な芸術でも愛でているような、尊いものに対するような眼差しで鑑賞していた。

「――――――っ!」

 そして、途方もない快楽が炸裂した。
 フィアメッタの両足がバネで弾けたようにビクっと動き、腰さえ大きく浮き上がり、ただの一瞬で頭は真っ白になっているのだった。



 
 
 

コメント一覧

    コメント投稿

    CAPTCHA