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 商人達は身なりが良く、一人一人が貴族と見間違うような上等なスーツを着込んでいる。
 扱っている荷物については聞いていないが、小耳に挟んだところでは、食料や衣料品が多いらしく、市民なら誰もが手にする食事や雑貨は案外多そうだ。それら荷物を載せた商品用のトラックが列を成しつつ、その周囲には傭兵として雇われた強面達が馬車や小型車両で並走している。
 それら荷物用のトラックに交じって、人間用のトラックもある。
 荷物というより人間を乗せることを想定して、快適に過ごすための絨毯やソファが敷かれた中身は、走る休憩所と言えるだろう。
 こうした人間用の荷台には、医療ベッドを置き、医者を随伴させた車両もあるという。
 感染者を隔離したのは、たまたま商品が空になり、空いていたトラックの中に一台だけベッドを移した臨時特別車両だ。感染者に理解ある人間が運転手となり、理解ある傭兵が周囲を走ると聞く。
 そして、それとは別に良い環境の中に招かれたジェーンは、絨毯の上に足を置き、ソファの皮に腰を沈めていた。
「いやぁ、ヒロック郡の騒ぎは聞いていますよ。なんでも、駐屯軍が人民を弾圧し、それを救ったのがダブリンだとか」
「…………」
 ジェーンは答えなかった。
 ダブリンによって、確かにそんな声明が出されてしまった上、その声明において指摘された駐屯軍の行いは、なまじ真実が羅列されていた。多くのターラー人には、きっとダブリンに恩義を感じてしまっている。
 外部にも、もう情報が流れ始めているらしい。
 そうとわかったジェーンだが、思い出される数々の光景に自然と顔が下がっていく。
「ああ、失礼。きっと、色々と思い出させてしまったのでしょうな。これは失敬、私が配慮に欠けていました」
「いえ、そんな……」
「ま、ところで。私は払うべきを払っているわけだ」
 その時、商人はジェーンの太ももに手を置いた。
 これがなければ、今頃は自分だけが優遇される申し訳なさについてでも悩んでいた頃だろうか。
 いやらしい手つきでさすられて、ジェーンは咄嗟に強張るが、自分が約束を違えれば、他のみんなも一緒に隊列から叩き出される。然るべき地点への移動を完了するまで、それは決してあってはならない。
 そんな責任感から、咄嗟にその手を払い退けるような反応はできず、ただ緊張に固くなるだけだった。
「こういう働き方は、もしや初めてで?」
「そうね。そうするしかない事情は、今までなかったもの」
 ジェーンは自分の震えを抑え、少しでも柔らかな声で答えた。そう意識していなければ、声さえ酷く強張ったものになりそうだった。
 隊列のトラックには、大型もあれば小型もあるい。
 特に小型の場合は、金のある商人が運転手を雇い、ほどよい個室環境を荷台の中に整えて、そこで過ごす者もいるという。
「そうですね。ジェニー、あなたにも事情がおありでしょうが、後には引けないはずでは?」
 太ももをさするばかりか、さらに乳房にまで手を伸ばし、服の上から触り始める。普通なら払い退ける手を受け入れて、ジェーンはこれで対価を得るのだ。
 娼婦として雇われて、雇い主の取り分を引いた金額がジェーンの稼ぎになるらしい。
 ただ働きになることのない、額面上は真っ当な契約だが、ジェーンが散々申し出た内容はことごとく突っぱねられ、あくまで娼婦としての役割のみを求められた結果である。不本意にも交わした契約は、素直な気持ちで喜べるものでもなかった。
「後には……そうね……」
 悲しげにジェーンは頷く。
「そんな顔をしないで下さい。きっと気持ち良くなれますから」
「……そう」
 その言葉でジェーンは思い知る。
 この商人はあくまで客で、ジェーンのことを買ったにすぎない。ジェーンの身の上を真に案じているわけでもなく、ただ口先だけで真摯的なポーズを取っているだけなのだ。そもそも、金を支払った上で招き入れているのだから、それが普通に決まっていた。
 ますます悲しい思いに駆られつつ、ジェーンは静かに商人の手を受け入れる。
 どれほど乳房を揉み尽くされ、太ももを好きなように撫でられても、商品として買われた立場であるジェーンは、ただ物静かに座り込んで俯いていた。
「さあ、ジェニー。あなたもするべきことをして下さい」
 商人はおもむろに手首を掴み、ジェーンの腕を股間へ導く。
「あ……」
 ズボン越しの膨らみに触らされ、ジェーンはかすかに顔を背けた。頬に初々しい赤らみを浮かべつつ、そうしなければ自分も仲間達も、あの感染者となった彼女も、みんなして追い出されると思って指を動かす。
 ジェーンの知識の中には、男に対する奉仕もある。
 性的な好奇心は人並みにあったため、そういった本をこっそり読んで学んだが、こんな形で実践の機会を迎えるなど、当時は夢にも思わなかった。
「……あの、口でするの?」
 緊張ながら、ジェーンは尋ねる。
「そうだね。それと、本番も」
 商人の目がベッドを向いた。
 この荷台の中には、ソファはおろかベッドまでが設置され、就寝さえ可能としてある。さすがにシャワーやトイレはないものの、宿泊部屋に近しい環境に連れ込まれ、自分はここで最後までする運命にあるのだとジェーンは悟る。
「わかったわ。やってみるけど、あたしは初めてだから、上手じゃないと思うの」
「ははっ、構いませんよ。初心者のつたない舌使いというのも悪くありませんからね」
「で、では……」
 ジェーンは隣に身をやって、ベルトの金具を取り外す。チャックを下げて、その内側にある下着もずらし、勃起しきった肉棒をつまみだすと、血管の浮き出た雄々しい隆起に息を呑み、自分はこれを口に入れるのかと心が震える。
(覚悟しないとね……)
 ジェーンは目を瞑りつつ、口を近づけ亀頭に触れる。背もたれに背中を預け、うっとりとした顔を天井に向けた商人の、その股へと頭を上下に動かし始める。すると、すぐさま尻に手が置かれ、ジェーンは尻を撫でられながらの奉仕に励んだ。
「んずぅ……じゅぅ…………」
 きっと、つたないものだ。
 ただただ、口に咥えるという行為が知識の中にあるだけで、熟練の娼婦が見せるお手本を観察したことなどありもしない。自分が上手にできているのか、やはり初めてで下手なのか、それすら想像がつかないまま、ジェーンは心を殺してフェラチオを行った。
 そして、しばらくすればベッドの中へ連れていかれて、この商人に全てを捧げることとなるのであった。

     *

 隊商がそれぞれ車を停め、休憩地点の大地に降り立つ。
 大人数でテントを張ったり、折り畳み式のテーブルを広げるなどしていくことで、辺り一帯には一時的な集落が出来上がっていた。
 ロドスに到着するまでには、まだ位置が遠すぎる。
 もう少し移動に乗せてもらう必要があり、つまりその分だけ、ジェーンの娼婦としての時間は続くのだ。
 仲間達の顔が見たかったが、移動中は直接会っての交流は禁止され、ここまで通信でしか言葉を交わしていない。会話のたびに、彼らはジェーンの身の上を案じてくるが、きっと娼婦として働いていることは、伝えられていないのだろう。
 あえて秘密を晒したいとも思わずに、何か嫌な目に遭っていないかと聞かれれば、顔も合わせていないのに、自然と作り笑顔を浮かべながら答えていた。
 そんなことはない、みんな親切だ。
 などと、口を突いて出て来る言葉は嘘の数々で塗り固まり、いくばくかの罪悪感が胸を漂う。
 日が落ちると、商人も傭兵もこぞって酒に手を伸ばし、それぞれに酔い始める。トラックを背にした酒宴が始まると、ジェーンにはコンパニオンのような役目が求められ、お酌をして回ることになるのであった。
 多くの椅子やテーブルが並べられ、そこには酒と食事が置かれている。
 ジェーンは一つ一つの席へ回って、彼らのグラスに酒を注いでやるのだが、ただ注いでもらったり、一言二言の会話をして満足するのはごく一部だ。大半はぎらついた眼差しでジェーンを見て、尻や胸にあからさまな視線を送ってきた。
 ここでの自分は娼婦に過ぎない。
 きっと触られるだろうと覚悟しながら、酒瓶を抱えて注いで回ると、屈強なフェリーンの戦士の席へ向かった時、とうとう尻に手がおかれた。
「よ、ねーちゃん。ヴィーヴルか?」
 空になったグラスに酒を求めてくる戦士の、その手に持った杯の中へと注いでやると、即座に尻たぶが掴まれていた。
 顔が強張りそうになる。
 昨晩買われ、既に奉仕も本番も体験したが、名も知らぬ男に触られて、それでも平気な顔をしていなくてはいけない立場に、ジェーンはまだ慣れきっていなかった。
「ええ、見ての通りよ」
 ジェーンの作り笑顔はぎこちない。
「わかるぜ? アンタ素人だろ」
「他の女性は違うのかな」
「この隊商には、娼婦どもも目を付ける。金払いがいいからな。プロって感じの連中ばかりで、それも悪くはねーが、それだけにアンタみてーのは新鮮だな」
 尻たぶに食い込んだ指のあいだに、きっと衣服がシワを深めている。強く掴んで来る力が抜けたとしても、その直後には手の平全体を駆使して存分に撫で回して来た。
「もし指名が空いてたら、今夜はアンタを買わせてもらうぜ」
「そうなの? ねえ、娼婦が稼ぎ時を狙うってことは、このお酌の時間って……」
「そうだな。余所の酒宴じゃあ、今頃は他の娼婦が自分を売り込んでいる最中だ。だから、そんなぎこちないところを見れば、ここが初めてだってすぐわかるぜ。本当は娼婦なんざやりたかねーんだろ?」
「い、いいのかな? そんな本音を言って。事情があるのは確かだけど」
 客に対して、自分は本当はこんな仕事などしたくないなど、普通は言いにくいことだった。
「事情を聞いたからって、ボランティアで金だけ置いてく男はいねぇ。みんな結局はアンタを抱きたいし、俺もそう考えてるぜ」
「そうね。そういうものよね」
 こうして話込んでいるうちに聞こえてくるのは、次の席から酌を急かしてくる声だった。
「おーい! こっちはどうした!」
 そう怒鳴られ、ジェーンは慌てる。
「ごめんなさい! あたし、もう行かないと」
「おう、引き留めすぎちまったな」
 ようやく尻から手が離れる。
 ジェーンは早足で次の席へ移って行き、その急かしてきた男のグラスに注ぐのだが、この時にも尻に手が置かれた。注いでいる間中、最後まで撫で回されて、会話を駆使して数分は引き留められる。
 また次の席へ行き、注ぐ際には触られる。
 中には胸を揉もうとしてくる男もいて、ジェーンはそのことごとくに下手に逆らうわけにはいかなかった。
 隊商の責任者達からは、くれぐれも言われているのだ。
 この隊商に加わる商人や傭兵のほとんどは、ジェーンにとって客となる。その客からクレームが来るようなら、その時点で理由をつけて全員を降ろしていく。そんな注意を受けていることもあり、ジェーンは触られるたびに心を殺した。
 咄嗟の反応に身を任せれば、きっと反射的に払い退けていたであろう自分自身を何度も抑え、心を殺し続けているうちに、とうとう麻痺さえしてきたのだ。
 どうせ次も触られる。
 あ、やっぱり。
 などと、次の男の手つきや狙いの箇所に予想をつけ、予め覚悟しておく自分がいた。何も短い時間でプロの感性が熟成しきるはずもなく、その直感は素人ながらのものだったが、どうせ触られると思いながら続ける方が、触られませんようにと祈るより、いくらか心が楽になっていた。
 これこそが、価値観の変化の一端なのかもしれなかった。



 
 
 

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