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 鷺沢文香はプールサイドへ出て行った。
 誰かに見つかったらどうしよう。見られないようにしなければと、人目を恐れたように両腕で胸を隠して、肩を小さく縮こめながら更衣室の外へ歩んでいく。テレビ撮影の企画なのだから、人目どころか撮影スタッフが待っているのはわかっているが、頭でそうとわかっていても、体の方が反射的に隠そう隠そうとしてしまっていた。
 プールは屋内施設である。
 広々としたドーム状の空間に、ウォータースライダーのような遊具や売店を入れた一種のテーマパークとなっており、通常ではチケットを購入しての入場となる。今回は撮影のため、テレビ局が事前に使用料を払っており、出演者達は特に気にすることなく、案内されるままに更衣室で衣装に着替えた形だ。
 恐る恐るといった具合にプールサイドへ出ていくと、そこでは数人の男児がはしゃいでいる様子にカメラが向き、スタッフが微笑ましい様子を見守っていた。
 しかし、文香の存在に気づくと、大型のカメラを肩に担いだ一人の撮影スタッフは、文香の方にそのレンズを向け始める。
(やだ……撮られて、しまいます……」
 文香はますます固くなり、腕のクロスをぎゅっと強める。
「文香くん。こっちだよー」
 その時、一人の男が手招きをしていた。
 子供達に泳ぎを教えるコーチである。
 この番組はコーチが子供達に軽いレッスンを行って、その後は自由時間を与えて遊ばせるといった流れになっている。そのコーチ役の男には、実際にインストラクターの経験があるらしく、プールを舞台とした撮影には適任というわけだった。
「は、はい……」
 文香は恥ずかしながらに足を速めて、男児達の中へと合流した。
 当然、撮影には台本というものがある。アドリブも許されるが、基本的には企画で想定している流れに沿って、シナリオ通りに決まった台詞を言っていく。ただ、その脚本も厳密に台詞を決めているとは限らない。
 ここは遊ぶシーン。ここは泳ぐシーン。
 といった指定で済ませてあり、そこで実際にどんな台詞を口にするかは、ほとんど出演者に任せてしまっている箇所も多々あるのだ。良く言えば自由でゆとりがあり、悪く言うなら何を喋るべきかわからない局面が出て来て困ることもありそうだ。
「そろったねー? じゃあ、整列して」
 コーチの指示で四人の『男児』が並び立つ。
「祐樹くん」
「はい!」
「拓也くん」
「はい!」
「勇美くん」
「はい!」
「文香くん」
「はい……!」
 点呼に合わせて一人ずつ大きな声で返事をして、しかし中でも文香の声だけに覇気がなく、どこかボソボソとしていた。大声ではしゃぎ回る性格でなく、元からという部分もあるが、やはり場違いな状況で、恥ずかしい格好をしているせいで、今にも消えてしまいたい思いに駆られているのも大きいのだった。
 だが、そんな文香にカンペによるメッセージが送られる。
『もう少し堂々と』
 文香は三人の男児の中にバレずに混ざっている『設定』であり、胸が薄く、年齢もみんなと近いため、本当は女の子だというのに気づかれていない『こと』になっている。そんな無理のある設定だが、設定に沿って両腕はきちんと下ろすことが求められた。
 男同士なのに隠していては、かえって不自然なので、いっそ堂々としろというわけだ。
(仕方……ありませんね……これも、仕事ですし……)
 文香はすっと両手を下ろし、気をつけの姿勢を取る。
 その瞬間に、コーチにどこか嬉しそうな視線が乳房に来る。撮影スタッフ達の何気ない視線も集まって、さらには隣に並ぶ三人の男児達からも、チラチラとした目が集まっていた。
 男の子達には企画の意図を説明してしまってあるという。
 本来、何も知らない男児の中にこそ、男のフリをした女の子を混ぜ、バレるかバレないかの様子を見るというのが企画意図としてはあったという。だから当初は企画意図を正確に伝えることはせず、男児への説明ではテーマパークの宣伝PVの撮影ということにするはずだった。
 予定通りにありすが出演していれば、切らせることはしないまでも、髪型はどうにか工夫した上、男だけど伸ばしていることにして押し通す予定だったと聞く。
 それが文香とあっては、乳房を切り取りでもしなければ誤魔化しは効かず、年齢も明らかに離れすぎている。こうなると、男のフリをして混ざっているがバレていない、だけどいつバレるかわからない、といったシチュエーションは成立しない。
 元の企画が成り立たない以上、男の子達にはいっそ事前に説明してしまい、女性が混ざっていることに気づいていない『こと』にして欲しいとスタッフ達から頼んである。
 無理にでも押し通す方針で、滑稽さを撮る方向に舵を切っているわけだ。
「さーて、みんな集まったところで、まずは準備体操から始めていこうね」
 コーチの指示により、ラジオ体操が始まった。
「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち」
 というコーチのかけ声に合わせ、文香と三人の男児は腕を動かす。
「にー、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち」
 腕を前から上にやり、バンザイに近いポーズを取ってから、左右へと下ろしていく。そんな最初の体操から入っていき、言うまでもなく回されているカメラによって、四人のラジオ体操の様子はじっくりと、静かに撮影されていた。
「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち」
 上半身を隠すことが許されない。
 声出しを行いながら、コーチはさりげなく視線をやり、何度となく文香の胸を視姦する。男児達も絶えずチラチラと、文香の胸を気にし続け、それら視線に裸体は晒され続けている。今ここにある視線に加え、テレビ放送までされるかと思ったら、ますます顔が歪みそうだ。
 しかも、ラジオ体操の中にはジャンプを繰り返すものがある。
 文香は腕や胴体を動かしながら、その時が来る瞬間を半ば不安混じりに待っていた。ブラジャーによる締め付けがなく、丸出しの状態でジャンプをしたら、大なり小なりぷるぷると、上下に揺れるであろうことは明らかだった。
 そして、カメラがそれを狙わないはずがない。
 視聴者を喜ばせるための、少しでも面白い映像を撮るために、撮影スタッフは必ずや集中的に狙うに決まっていた。
「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち」
 実際にその時がやってきた。
 コーチが足首の力で弾み上がって、それに合わせて四人も一斉に同じ運動を行って、文香の乳房は本当に揺れていた。

 ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ、

 と、文香の丸っこい膨らみは、上下運動に合わせて角度を変え、振動を帯びて弾み上がった。茶碗を少しばかり上回るほどのサイズ感で、瑞々しい乳首と共にぷるぷると、その乳揺れにカメラはしっかりと向けられていた。
 肩に担がれた大きなカメラは、確実に文香だけを集中的に映していた。
 チラチラとたまに見ていただけのコーチの視線も、集音用にマイクを持ったスタッフも、それに男児も揃って視線を集中させ、これまで以上の視姦に文香は赤面しきっていた。
(こんなに……胸に、注目を浴びるだなんて……)
 恥ずかしさに顔が温まっていた。

 ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ、

 それでなくとも、文香は羞恥を感じていた。
 上半身を晒していること。水着がブーメランパンツであり、ありすが穿くはずだったサイズがぴっちりと食い込んでいること。だからアソコの形は浮き出ており、尻にもゴムが食い込んでいること。
 みっともない格好の上、そして乳房が揺れている。
 その恥ずかしさに、この場から徐々に透明にでもなっていき、消えてしまいたい衝動に駆られるのだった。

     *

 鷺沢文香の水着だが、実を言うなら当日まで説明がなかった。
 男水着チャレンジというコンセプトに関してのみを聞いていて、だから文香が想像したのは、短パン型の水着だったのだが、いざ当日になってみてブーメランパンツを渡されて、文香は大層驚いたというわけだ。
 つまるところ、陰毛を処理していない。
 こういう水着だとわかっていれば、毛がはみ出る可能性を考慮したが、よりにもよって撮影当日に事実を知ったため、対応する時間などありもせず、そのまま穿かざるを得なかった。そうして穿いた結果として、アソコにぴったりと張りつきつつ、ゴムが皮膚に食い込んでいて、その部分の血流が止まっていそうな程度に負荷を感じる。
 もっとも、今ははみ出ていない。
 穿いた直後にアソコを気にして、何度か布の位置をずらしたり、毛を内側にしまおうと指で弄るなどしてきたため、陰毛はきちんと収まっている。
 ただ、色が白なのだ。
 水着だから透けないように出来ているとは思うのだが、濡らせば透けかねない色というのが心許ない。
 しかし、プール現場での撮影である以上、やはり入水しないわけにはいかず、文香は足から順に水に浸していった。手で身体に水をかけ、肉体を水温に慣らす準備の上で入っていき、泳ぎの練習をすることになるのであった。
 低年齢への指導のため、ビート板を使ったバタ足が主である。
 コーチが見守っている前で、一人ずつ順番に泳いでいった。まずは祐樹から、続けて拓也が、勇美が、最後に文香がバタ足で直線コースの先を目指して泳ぐのだが、撮影スタッフが注目するのはその際の尻だった。

 お尻はほとんとTバックと化している。

 布は元より割れ目にずれ込んで、尻たぶがはみ出てはいたものの、身体を水に浮かせて泳いだことで、バタ足によって余計に露出は広がっていた。Tバックと変わらないまでの丸出しとなり、水面から浮き出た尻をカメラはプールサイドから追いかけていた。
 コーチの視線も、スタッフの視線も尻にある。
 そして、泳ぎ切った男児三人は、そのままプールサイドへ上がっており、ちょうどコースを見下ろすポジションに立ち並ぶ。男の子達にも丸出しの尻はよく見えて、それが少年心をくすぐっていた。
「おおっ、すっげー!」
「ケツ丸出し!」
「ケツが泳いでる!」
 男児という年齢でも、性的な好奇心は皆無ではない。
 しかし、それ以上に面白おかしいものでも見ているような、奇抜なものに対する喜びが大きい様子であった。
「ケツ泳ぎ! ケツ泳ぎ!」
「お尻島だ!」
「ケツ島ぁ!」
 完全にはしゃいでいた。
 もちろん、背中や頭も水面から浮き出ており、お尻島というほと特別に尻だけが目立っているわけではないが、子供達としては『お尻島』や『ケツ島』に『ケツ泳ぎ』など、面白い言葉を思いつくことで楽しんでいる。
 面白おかしい何かを見出して、それを笑って楽しむ幼稚で無邪気な笑いが上がっていた。
 そして、息継ぎの時にしか水面から顔を出さない文香は、泳いでいるのにそれに気づくことはできないまま、端から端へとコースを泳ぎ切る。壁にビート板が当たったところでバタ足を止めて立ち上がった。
 水面から顔を出し、乳房を隠したいがために胸は沈めて、見上げた先にある子供達の顔を見ることで、文香は初めて気づいていた。
(何を……笑って、いるのでしょう…………)
 巧妙なことに、男児達はただニヤニヤしているだけで、文香がやってきた瞬間にそれまでの言葉を封印した。人に隠れて何かをする楽しさの延長とでもいうべき心理で、三人は楽しく秘密を共有していた。
(楽しそうなのはいいのですが、何か……笑われているような……)
 文香にはいまいち、子供達の反応を読み切れない。一体、何がそんなに面白くて笑っていたのか。秘密を共有している雰囲気こを感じ取れても、それ以上のことは何もわからず、ただ首を傾げるだけだった。
(まあ……いいのですが……)
 わからないことを気にしても仕方がないと、文香はそれ以上は何も考えないようにする。自分の格好を恥ずかしく思っていても、この時点での文香は泳ぐ最中の尻にまで考えが及んでいなかった。
「次はカエル泳ぎの練習だ。一人ずつ順番にやるからなー」
 と、コーチが言う。
 プールサイドに上がっていた男児達は次々に降りてきて、水に入り直して水中に立ち上がる。子供達から順に水面に背中を浮かべ、コーチに手を取ってもらう形でキックを行い、フォームが悪ければその都度注意がされていく。
 もっと外側に、もっと力強く。
 コーチはそんな指摘をしているが、どうやら伸ばした両手を握り支えての、頭側の位置から足の動きがきちんと見えているようだった。
(カエル……泳ぎ…………)
 待っているあいだ、文香は始終胸を隠し続けているのだが、順番の早い男児を見ているうちに気づいてしまう。両足を左右に広げ、大胆な開脚を交えるフォームは、女がやればはしたないことにならないかと。
 わざわざ覗き込んでくる輩がいなければ、そう深刻には気にしない。
 しかし、これはお色気番組の撮影であり、そういうものを積極的にカメラに収める企画である。ならば色気に満ちたものにカメラが向かないはずはなく、なんと撮影スタッフの一人がシャツを脱ぎ、水着姿となって水中用のカメラを片手に入水してきた。
 そして、その上で文香に順番が回って来る。
「次は文香くんだぜー?」
「俺達よりおっきいんだからさ」
「一番上手にやってさ、お手本みせてよ」
 生意気とも無邪気ともつかないことを言いながら、三人の男児は文香にくん付けを行っている。文香は男のフリをしていて、男児達はそれに気づいていない。という、設定をきちんと守っているわけだった。
「で、では……」
 文香は前に出て、身体を水面に浮かべていく。
 水中に顔を入れ、ゴーグル越しの景色を見る一方で、後ろに固まる三人の男児達と、そこに混ざった水中カメラマンは、尻をニヤニヤと視姦していた。
「ケツ島だぁ」
「島が浮上してきたぁ」
「島って英語で何だっけ? お尻アイランドか?」
 ひそひそとした小声は文香本人には聞こえないが、子供達は再び水面に浮かんだ尻を面白がり、笑いながら眺めている。性への好奇心というより、面白おかしいものへの無邪気な喜びの前面に出た顔だった。
 では水中カメラマンやプールサイドのスタッフはどうかというと、もっと性的な興奮から、いやらしさに対してニヤニヤしていた。コーチも含め、色気に満ちたTバックの尻に対する好奇心を存分に目に浮かべ、思うように視姦し尽くそうとしていた。
 文香の手がコーチに握られ、そしてキック練習は始まった。
(凄く……見られています……よね……)
 両足を左右に広げ、直ちに直立のように真っ直ぐ伸ばして閉じ合わせる。はしたない開脚はものの一瞬で済むものの、カメラに撮られている以上は、編集時や放映時には、足の広がる瞬間をスローモーションや一時停止でじっくりと観察されることになる。
 男児達にも、水中カメラマンにも見られながらのカエル泳ぎの練習は、文香にとって実に恥ずかしい時間となった。
 足を左右に広げるキックで、また一瞬開脚する。閉じ合わせて、また一瞬開脚と繰り返すたび、広がる股がいやらしく見えているに違いなかった。
 しかも、男児達のはしゃぎ声は少しばかり大きくなっていた。
「ケツ島が浮いたり沈んだりしてるぅ」
「島が沈むぞぉ!」
「浮上したぁ!」
 脚の動きの生み出す波に呑まれて、尻が浮き沈みするかのようになることで、沈んでいる瞬間と、浮上の瞬間が作られている。男児三人はその浮き沈みを面白がり、島が沈んだ、浮上したと言ってははしゃいでいる。
 その声がとうとう文香自身にも聞こえてしまった。
(し、島って……!)
 顔が急速に赤らんでいた。
 その瞬間、文香は理解してしまった。ビート板を持った泳ぎの後、子供達が一体何を楽しそうにしていたのか。あれは何をはしゃいでいたのか。お尻を水に浮かんだ島と見立てて、面白おかしいものと見做して無邪気に楽しむ。幼稚な感性ならではの視点で凝視され、そんな風に面白がられていたことの恥ずかしさで余計に頬が熱っぽくなっていた。



 
 
 

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