恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだ。
一糸纏わぬ姿となり、そういえば靴下だけは残っている以外、下着の一枚すら身に着けていない。丸裸で男の前にいるだけでも辛いのに、体中のあらゆる部位を計測され、その数値を紙に書かれた挙げ句、中身まで見せているのだ。
(恥ずかしすぎる…………)
顔から熱気が放出される勢いで、有香は激しい恥じらいの渦に飲み込まれる。
じぃぃぃ……。
と、医師の顔は数センチの距離まで迫った上、しかも視線はじっくりと、桃色の肉ヒダに注がれている。裸だけでも本当は抵抗があるというのに、性器の中身まで観察される状況には、頭の熱が上昇する一方だった。
恥ずかしさで脳の温度が上がり続けて、その末には頭にすっかり火が通り、まともではいられなくなる未来さえ予感していた。
だが、恥ずかしいだけではない。
今の今まで、この太野という名前らしい医師は、有香から見てただの大人に見えた。大人が仕事をしているだけで、子供をいやらしい目で見ているような気配は、決して感じてはいなかったのだ。
ところが、今になって太野の顔を見た時だ。
にたぁぁぁ……。
と、おぞましいほどに口角が吊り上がり、太野は笑っていた。
邪悪に見えるほどの笑顔を見た瞬間、全身に寒気が走り、有香の体中に鳥肌が立ち始めていた。
(え? え……?)
困惑すらしていた。
そんな素振りは一度もなく、そもそも子供に性的な目を向ける大人など、普通はいるわけがないと有香自身思っていた。自分さえ我慢していれば、大人にそんな気はないはずだと信じていたのだ。
しかし、今の太野の目はどうか。
好奇心たっぷりに、楽しそうに有香の性器を覗き見ている。
(やっ、やだ……!)
拒否感は始めからあった。
何の抵抗もなく服を脱いだり、性器を見せるはずはそもそもないが、それにも増して余計に拒否感は膨らんでいた。
「じゃあね? 測るからね?」
金属の硬く冷たい感触は、クリトリスの位置に当たってくる。アームの調整によってサイズを測られている感覚に、こんなところの数字まで書かれてしまうのかと、羞恥に加えて悲痛の思いに苛まれる。
だが、それ以上に目つきだ。
(なんであんなに……大人、だよね……)
子供を性的に見る大人は滅多にいない、いないはず。
大人の男性が好むのは、二十歳を超えた女性ばかりで、それより低い年齢に興味を示すことはほとんどないと、有香は盲目的に信じていた。
世間の風潮であったり、女性自身さえ「自分はこうやって育ったのよ?」と唱える世の中で、有香は大人の指示に義務的に従って、義務的に羞恥心を堪えている。大人が子供に痴漢をするはずがないからこそ、有香にもきちんと我慢しなくてはいけない意識があった。
では、あの目つきは何なのか。
まるで肉食獣が獲物を見つけ、ヨダレでも垂らしているかのような、欲望の気配を醸し出した顔は何なのか。
(この人の目……怖い……)
恐怖心さえ湧き始める。
「クリトリスは二ミリくらいだね?」
「う……」
数字を声に出されたことで、頬から火花でも弾け出て来たような羞恥に駆られる。
「では膣口の方はっと」
そして、次できっと最後である。
ノギスが微妙に位置を変え、穴のサイズを測り始めた時、これで終わりであって欲しいと願いながら有香は堪えた。その願いは実に切実で、急に目つきが怖くなり、不安で堪らないので一刻も早く病院の中から脱出したい、不審人物から距離を取りたい気持ちそのものだ。
ぎゅっと有香は目を瞑る。
そのうちにノギスは離れ、やっとのことで計測が終わったかと思いきや、しかし太野は告げてくる。
「ああ、まだポーズはそのままだよ」
(そんな……まだ何かあるの……?)
それでなくとも我慢に我慢を重ね、頭の沸騰しそうな思いの中で耐え忍んでいるというのに、まだ次の内容があると言われて涙が出る。
「改めて、色々と質問をしていくんだけど、有香ちゃんはオナニーの経験者らしいね?」
心臓を掴まれた思いがした。
尋ねてくる太野の顔は、やはり邪悪に満ちていた。
もちろん、恥ずかしい質問である。おいそれとは答えたくない、抵抗のある質問なので、それ故の純粋な抵抗感は大いにある。それに加えての、まさか子供を性的に見ていそうな、欲望を感じさせる眼差しを前にして、より一層の抵抗感が有香の中で湧き起こっていた。
これはセクハラではないのだろうか。
有香はそう感じ始めていた。
あまりにも目つきがおかしいせいで、心理調査やアンケートといった意図というより、わざと性的な質問をして反応を楽しもうとしていないか大人の立場を利用して、無理にでも答えさせて辱める目的なのではないか。
疑念が湧き始めていた。
これはもう、調査上の質問ではなく、そういった行為に変わっていそうな予感があった。
「は、はい……」
自分は性犯罪の被害に遭い始めているのだろうかと、不安と恐怖を胸にそっと答える。
どうか、この正直な答えのせいで、何か悪いことが起きませんように、と。どこか祈りまで込めての返答だった。
「そっかぁ、オナニーをしたことがあるんだね?」
「そう……ですけど……」
「気持ちいいのかな? ちゃんと感じてる?」
「え、あの……」
答えにくい、やめて欲しい質問が繰り返される。
本当にただの質問、調査であって欲しい。
口調や目つきが変わった以外、何もおかしいことがありませんようにと祈りながらも、有香は続け様の質問に答えていく。
「快感はあるか、膣分泌液は出ているかってことだね。あ、膣分泌液は知ってる?」
「一応、知ってます……」
まるでエッチな知識を暴露させられるかのようで、知っていると答えるのは気が引けたが、かといって嘘がつける気概もなく、有香は正直に答えていた。
「クリトリスはわかる?」
「わります……」
「じゃあ、女性器はどうかな? 男性器にはペニス、陰茎、チンポ、おチンチン、色々と言い方があるけど、女性器にもあるよね?」
その知識も有香にはある。
性器の呼び方どころか、この世にはどんなプレイや性癖が存在するか、どんなマニアックな変態がいるかも知っている。
「チンコやチンチンみたいに、どちらかと言えば下品な部類っていうのかな? そういう女性器の言い方はわかるかな?」
きっと、言わされる。
そうは予感していながら、やはり嘘をつくのも怖い。いざ嘘をついてしまって、それが嘘だとバレた時、どんな風に怒られたり、注意されるのかもわからない不安を抱いてしまうのが、有香の性格なのだった。
「はい……」
言わされませんように、などと願って有香は答える。
「じゃあ、言ってごらん?」
願ったところで言わされるのは、悲しくも予想の範疇だった。
「お、おマンコ……です……」
「膣分泌液が出るのはどんな時?」
「性的な快感がある時です……」
「女の子は膣分泌液、エロ本やエロビデオみたいな言い方だとマン汁が出るわけだけど、男の子が出すのは何かな?」
「精……液…………」
「精液というのは、どういうものか把握しているかな?」
「白くて、その……精子が卵子に届くと、受精して……」
「そうだね? 赤ちゃんができるよね?」
太野がどんどん気持ち悪くなってきた。
最初はただ、単に外見が悪いだけというべきか、容姿の問題に過ぎなかった。見た目が微妙だとは思いつつ、だから特別にどうこう、といった気持ちは何もなかった。
それがしだいに、質問が繰り返されるたび、下品に鼻の下が伸びている。吊り上がった口角に、血走った眼差しを見ていると、どんどん不安が大きくなる。
しかも、ポーズを崩す許可をくれないため、アソコの中身を晒したままだ。
こんなM字開脚で、肉ヒダまで見せながらのやり取りは、いかにも屈辱的で耐えがたい。何かの刑罰かと思うほどには辛く、苦しく、心がどんどんすり減りそうだ。
「それで、いつから知識があるのかな?」
「いつからって……」
「どんな知識も、生まれた頃から知っているわけじゃないでしょう? 有香ちゃんがエッチな知識を手に入れたのも、何かきっかけがあるんじゃないかな?」
「そう……ですけど……」
言いにくい。
書斎で官能小説を読み、それがきっかけになったなど、とてもでないが言いにくい。まして今の太野ほど、調査というより好奇心のためだけに質問をしてきて見える顔はない。
「……」
だからすぐには答えられず、口を噤んでしまうのだが、太野は繰り返し尋ねてくる。
「ほら、教えて? どこで知ったの?」
「その……本で……」
「教科書? それとも、別の何かかな?」
「えっと、あの……」
「答えにくい本なのかな?」
「それは、その…………」
どんどん心が追い詰められる。
「最初は普通の小説で、その……でも、たまたま、そういうシーンがあって……」
「そういうシーンって、エッチなシーンのことかな?」
がっつりと踏み込んで、ぼかしたいところをはっきりと聞いてくる。
「そ、そう……です……」
認めるのは恥ずかしすぎて辛かった。
だが、大人という圧の前に、何も誤魔化すこともできなかった。
「そっかぁ、いくつの時の話かな?」
太野はより具体的に聞き出そうとしてくるので、ついには洗いざらい全て吐き出すことになってしまう。きっかけとなった本のタイトルから、そこにはペニスを挿入する具体的な描写があったことまで、全てを細かく白状させられた。
最初は衝撃を受けたのだが、時間と共にショックが引いてくる頃には、逆に興味を持つようになっていて、同一作者の本を漁るようになっていた。同じ作家が書いたものなら、またどこかに濡れ場はないかと期待してのことだった。
そんな風に性描写に触れ始め、やがては保健の教科書だけでなく、医学的な解説本にまで目を通し、様々に知識を身につけていったのだ。
レディース向けの官能小説に辿り着いた頃には、より多彩な性描写を読むようにまでなって、もはや並みの小学生どころではない。
全てを語りきる頃には、太野は感心しきっていた。
「へぇぇ? とんだエロ博士だねぇ?」
「博士って…………」
最悪だった。
ひどくデリカシーのない称号に、大いに心を傷つけられて泣きたくなるが、しかし大人対子供なのである。子供の羞恥心や自尊心が軽く扱われる世の中で、こんなことを他の大人に訴えても、まともに受け取ってはもらえない未来が見えて、薄暗い気持ちさえ抱いていた。
「ではエロ博士な有香ちゃんに質問だ。レイプものは読んだことがあるかな?」
「は、はい……」
「痴漢もの」
「はい……」
「レズ、百合」
「はい…………」
「ボーイズラブ」
「はい……………………」
聞かれれば聞かれるだけ、答えるたびに声は小さくなっていく。
「男性向け官能小説」
「…………………はい」
もう本当に死にたい。
いつまでこんな辱めを受けていればいいのだろう。
「スカトロ」
「……い、いいえ」
やっと、聞かれたことを否定する機会が巡って来た。
だが、すると太野は聞き方を変えてくる。
「じゃあ、次の質問からは、言葉の意味がわかるかどうかで、『はい』か『いいえ』で答えてね?」
語彙を知っているか否かの形式で、有香に否定できるものは何も無かった。
「スカトロ」
「はい」
「SM」
「はい」
「騎乗位」
「はい」
「フェラチオ」
「はい」
卑猥な単語ばかりが並べ立てられ、そのたびに有香は『はい』と答える。それが性癖のうちに入るかどうかで聞かれれば、首を横に振る機会もあるのに、言葉を知っているかどうかであれば、有香はその全てを知っていた。
セックスの体位から、フェラやパイズリといった言葉を並べられ、アナルという言葉まで聞かされた上、有香はそれら全てを知っていた。
「やっぱり、エロ博士だねぇ?」
「そんな…………」
有香はひどく震えていた。
ここまで色々と知っている以上、博士呼ばわりされても仕方がない。その説得力を自分自身で補強してしまったのだ。
しかも、太野の表情はより大きな邪悪に満ちていた。
(やだ……)
一瞬、恐怖で身震いしてしまうほど、太野の顔に色づく影は濃いものとなっていた。
コメント投稿