前の話 目次 次の話




 そして、渋谷凛はパトカーに乗せられた。
 手錠がかかった上、こんな車の中に入れられて、いよいよ本格的に犯罪者だ。
(何も……してない……)
 心臓の鼓動は止まらない。
 一体、これからどうなるのか。未来に何が待ち受けているのか。先のことを思うたび、胸を締め上げられるような苦しさを感じてしまう。
 サイレンが鳴っていた。
 窓の外に目をやれば、道路にある建物の壁や植木に赤いパトランプの光が当たっている。自分は本当に犯罪者として運ばれて、これから刑務所に行くのだという実感はますます強まり、凛は震えて縮みきっていた。
 肩が内側に引っ込んで、俯きながら自分自身の膝ばかりを見つめていた。
(どうなっちゃうんだろう……)
 何度も何度も、これからのことを思い描いた。
 どうにか誤解が解け、釈放されるという未来を懸命に胸に抱こうとしてみるが、どうしても暗い未来の方が大きく膨らみ、胸中では不安ばかりが大きく育つ。
 パトカーが停まり、車を下ろされる時も、やはり服は着せてもらえない。
 せいぜい、今になってようやくスリッパを渡されただけで、もはや毛布すら与える気のない警官に挟まれていた。
 しかも、運転手はわざわざ凛の方を振り向いて、写真まで撮ってきたのだ。
「え……!」
 その撮影に凛は驚愕するが、凛の両側に座る二人の男は、それを咎めるどころか呆れた顔をしているだけだった。
 これがこの国の警察かと思うと、凛の中でまずまず絶望は膨らんでいた。
 そして、パトカーが到着した後、やがて警察署へと入っていく。
 署の中を歩くにも、裸の凛に対する好奇に満ちた視線が飛び交い、恥ずかしさと不快感でたまらなかった。
 やっと部屋に入れられて、少なくとも不特定多数からの注目を浴びることはなくなると、その一点だけについては安心する。
 しかし、その代わりのように別の不安が浮き上がった。
 一体、ここで何が始まるのか。
 やはり取り調べだろうか。
 恐喝めいた取り調べで、無理にでも自白を引き出そうとするといった話を一度は聞いたことがあり、それが自分の身に起こったらどうしよう……と、そんな恐怖がみるみるうちに湧いてくるのだ。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
 こんな一大事になって、一体どうするべきかを必死になって考えようとしてみるが、凛には何の知恵もない。法律に強くもなく、この国の言葉も話せない。有力者が何の容疑で捕まったかもわからないのに、彼の容疑と自分は無関係であることなど、どうやって証明すればいいかの想像がつかなかった。
 凛はしばらく待たされた。
 部屋の真ん中、ぽつりと置かれたテーブルの席に着かされて、日本の警察ドラマでも見る典型的な取調室の作りの中に、本当に捕まって入ってしまったことに、体中の騒がしさが止まらない。
 心ばかりか、細胞までざわざわと蠢いている。
 落ち着きのないまま、無意識のうちにそわそわして、妙に足踏みしたり体を揺すったり、自分でも気づかないうちに凛は体を動かし続けていた。
 そして、やがてドアが開く。

「ええっと、渋谷凛さん。といったね」

 入って来たのは、なんと日本人だった。
「え……」
 一瞬、驚く。
 だが、今になってようやく日本語のわかる相手が現れたことに、何か希望の光が差し込んできたかのような、凛の表情にはそんな明るさが差し込んだ。
「あの! 私……!」
 凛はすぐさま、飛びつく思いで自分の状況を伝えようとしていた。
 しかし、いざ口を開いてみると、何から話せばいいのか、急には言葉がまとまらない。有力者とセックスをしていた事実はどう話すか、枕営業のことは打ち明けるのか。どうするべきか判断しかね、自分自身で開いた口を自ら噤んだ。
「まあ落ち着いて。えっとね、まずは状況を知りたいだろう?」
 その男はテーブルの椅子を引き、凛の正面に座り込む。
「は、はい……! 一体、なんで……」
 とにかく、言葉さえ通じるなら、無実を訴えることができる。
 凛はそこに希望をかけた。
「ま、率直に言うんだけどね。枕営業ってやつ? 君が相手していた男の人は、前から麻薬容疑で捜査されていたらしい。それがこのタイミングで捕まって、一緒にいた君も重要参考人として連行したそうだ」
「麻薬って……」
 心が冷え込んだ。
 凛はもちろん、そんなものに関わってはいない。
 しかし、麻薬をやっていた人間と親密な夜を過ごし、あれだけ喘いでいた以上、肉体関係のあいだに薬を受け取ってはいないか。何かそういった疑いがかかり、今まさに調査を受けているわけなのだろう。
「ホテルに残した荷物も、今頃は回収されているはずだよ。一通り調べて、何もなければ返却されるわけなんだけど……っと、その前に遅くなったけど、僕は通訳の人間でね。見ての通りの日本人で、日本語を話せるわけだ」
 その男は三十歳ほどだろうか。
 大人の顔立ちで身を前に乗り出して、にやりと笑う。
「あ……」
 その視線が乳房に向いて来ていると気づいた時、凛は軽く身を竦め、今になって両腕で隠していた。
「僕は君から話を聞くように言われている。彼とはどうやって知り合い、どうやってホテルに入ったのか。枕営業の話は君の関係者に繋いで確認済みだから、普通では話しにくいような話も、捜査のためだからきちんと話してくれると助かるね」
「はい。では、その……」
 凛は普段から枕営業を行っていて、いつもは決まった相手と性交しているが、別の相手が用意されることもあること。この国に到着した時、現地の有力者が既に用意されていたこと。飛行機の到着初日にホテルに入り、突如として警察が雪崩れ込んできたこと。
 全てを打ち明けていくと、通訳は凛の話を聞きながら、その途中途中で何度も頷き、親身であるような顔を浮かべていた。
「なるほど、それは災難だった。しかし、僕は味方だよ」
「ありがとうございます! あの、私は一体どうしたら……」
「君の証言は警察の調査で裏付けられる。どの便の飛行機で、何時に到着して、いつホテルに入ったのか。そこら辺は間違いなく調べるし、だからこそ、会って初日で急に麻薬を受け取ったりなんてしてはいないって証明にもなると思うよ」
「それじゃあ……」
 希望が見えてきた。
 これで無実が証明され、必ず釈放されることになる。

「ただ、身体検査は必要かな」

 しかし、その言葉を聞いた時、凛の希望の光を帯びた明るい顔は、そのままの形に凍りついていた。
「身体……検査…………」
 果たして、そこにある感情は絶望なのか。
 いや、違う。
 絶望でも、不安でも何でもない。

 ……期待、してしまった。

 期待感が、湧いてしまった。
 一体、どんな風に調べられ、どんな辱めを受けるのだろうと、凛の心に浮いてきたのは恥辱を望む気持ちであった。

     *

 そして、入って来た二人の警官はニヤニヤしていた。
 気味の悪い薄ら笑みを浮かべつつ、尿瓶やカメラを持っている。もうその存在を目にしただけで、これから自分の身に起こる展開の全てが想像できた。

 ……ごくり。

 期待混じりに、赤らみながら息を呑んでしまっていた。
 違う、違う。
 何を期待などしているのか。
 カメラまで出て来ているのに、その何が嬉しいものか。記録を残され、それがネットにでも出回ろうものなら、それは苦痛以外の何でもない。快感を感じたり、喜びを覚えるのはどうかしている。
 そうは思っていても、そのどうかしている気持ちは湧いてしまう。
「――――」
「――――」
 二人の警官は、通訳の男に何かを話す。
 その外国語を聞きながら、通訳はしきりに頷き通した後、そして凛に顔を向けるなり、その内容を伝えてきた。
「今話したのは、身体検査の内容についてだ。君とあの男が初対面で、麻薬の受け渡しをする暇なんてほとんどなかったのは調べがついたみたいだ。そもそも、彼もあの場では何も持っていなかったようだけど、疑いを完全になくすためには、やっぱり検査で薬物反応が出るかどうかを見る必要があるらしい」
「そうですか……」
 残念そうに、暗い表情を装ってみるものの、凛はチラチラと警察がテーブルに並べたものを見てしまう。
 あの尿瓶に、用を足すというわけだ。
「で、この国では容疑者の権利っていうのは、あんまり保障されていない。ここまで来るにも、君は裸のままでしょう? だからね、たとえ納得できなくても、ここのやり方で検査を受けない限り、無実の証明はできないんだ」
「それで、一体どうすれば……」
 もう検査の内容などわかっていながら、凛は不安そうに尋ねてみせていた。
「写真撮影、尿検査、肛門検査だね」
「……」
 凛は口を閉ざし、赤らんでいく。
「まずは撮影から行うそうだから、立ってもらえるかな」
「……はい」
 椅子から立ち、凛は素直に位置につく。
 カメラを持った警察を前にして、真っ直ぐに気をつけの姿勢を取ったところで、まずは一回目のシャッターボタンが押されていた。
 パシャリと、シャッター音声が鳴ることで、あのカメラの中に直立不動の裸が収まったのだと実感できた。
「それにしても、乳輪が大きいね」
 通訳が急に体つきについて指摘してくる。
「え、な、何を……」
「毛も濃いね。その気をつけで、しっかり腕を下ろしているのに、よーく見ると脇毛が何本かはみ出て見えるね? どうして処理をしていないのかな?」
「それは……」
 取り調べとは関係のない話だ。
 枕営業の相手の趣味で、そのために放置しているなど、わざわざ言いたいことではない。
「ちなみに、これも捜査の一環だそうだ」
 そう言われると、今の立場では答えざるを得ない。
「相手の趣味で……」
 と、まずは小さな声で言い、そして詳しく語っていく。
 未処理である理由を伝えきると、通訳はそれを警官にも訳していた。
「よろしい。ではね、このままもう何枚か撮影するけど、この写真は無罪の証明のために使われるんだ。この国の麻薬容疑者は、体に銃痕があったり、タトゥーの入っている傾向にあるから、裸が綺麗な場合は統計的に無罪の確率が上がるとされているんだ」
 通訳が説明しているあいだにも、警官はカメラを構え直して、同じ直立不動の裸に何度もシャッター音声を鳴らしていた。同じ姿勢の、同じアングルの写真がそう何枚もいるのかと思っていると、今度は胸にレンズを近づけ接写してくる。
 パシャリ。
 音が鳴った次の瞬間、警官は凛にモニターを見せつけてきた。
「うぅ…………」
 バストの大きく映った画像の、大きな乳輪の目立つ写真を前にして、凛は赤らみながら目を背けた。
 先ほどの、急に乳輪の大きさを指摘してきた言動に、こうして見せつけてくる行為。
 凛は恥辱感に身を包まれた。
(わ、私っ、密室で……!)
 せっかく、味方が現れたと思っていた。
 しかし、無実を証明できると思いきや、今度は別の形で危機の中に立たされている。こんな密室の、他には男しかいない環境で裸になっているのもそうだが、凛にとっての味方は日本人の通訳だけだ。
 その通訳がセクハラな言動を取ってきた。
 警察官も、モニターを見せる行為は性的な嫌がらせなのだろう。

 つまり、何をしてくるかもわからない男の中で、凛は無実の証明を行うのだ。

 この国において、警察が違法な捜査をしたり、裁判で間違った判決が出た場合、それが覆る可能性は一体どれくらいあるだろうか。凛にそんな司法の知識はなく、日本のケースですらよく知らない。
 彼らの胸三寸により、無実の証拠を握り潰され、共犯者ということにされてしまったら、果たして牢から出られるのか。
 途端に恐怖が蘇る。
 一度そう気づいてしまうと、ここにいる全員の機嫌を取らなければ、決して無実を証明できない気さえしてきた。
「後ろを向いてね」
 凛はひとまず、撮影には従っていた。
 本当は裸の写真も撮らせたくはないが、この国ではこれが正当な捜査の一環で、何も違法ではないと言われては、嫌でも受け入れざるを得ない。凛は警官に背中を向け、背筋を伸ばした綺麗な気をつけの姿勢を保つが、後ろから聞こえるシャッター音が心をチクチクと刺激してきた。
 音が一回鳴る毎に、カメラの中に凛の画像は増えている。
 パシャリ、パシャリと、凛の画像枚数は積み上がる。
「いやぁ、しかしお尻も凄いねぇ?」
 通訳が感心したような蔑むような声をかけてくる。
「写真にもね? 割れ目の中から伸びて来た毛先がいくらか映ってるよ? 相手さんの趣味に合わせて伸ばしてるっていうのはさ、まあ君の事情だし仕方ないんだろうけど、いやぁなんていうかねぇ?」
 わざとらしく、蔑むような口調もあえて取っているのかもしれなかった。
 言葉で責め手、楽しんでいる気持ちが伝わってきていた。
「今度は前屈して、足首掴んでね?」
 ポーズの指示に、凛は身体を折り畳む。
 前屈のような形で頭を落とし、それに合わせて髪も床へと垂れていく。自分自身の股の向こうで逆さまになった景色が見えた時、近づいてくる警官の足がまず飛び込み、次の瞬間にはシャッター音声の連続が鼓膜を責めた。
 パシャリ、パシャリと、何度も何度も連写してくる。
 その音が辱めの一種であった。
 撮られている実感を刻みつけ、恥辱を感じさせてくるシャッター音は、立派に鼓膜に対する責めだった。
(こ、興奮……しちゃう……)
 こんな状況なのに、やはり変態性が出てしまう。
 シャッター音声ですら興奮して、アソコの奥が熱っぽく引き締まる。まだ見た目でわかるほどではないと思うが、少なくとも膣口の内側では愛液の分泌が始まっている。それが表面に現れて、外からわかってしまうのは、きっと時間の問題だった。
(まずい……でも、期待しちゃってる……よくないのに……)
 このまま辱めを受け、快感で登り詰めたい。
 無実の証明を盾にされ、体を要求される妄想まで湧いてきて、もはや手がアソコを目指しそうにまでなっていた。モゾモゾと、快感を求めて手が忍び、密かにアソコを弄りたがってしまっていた。
 もちろん、本当にオナニーなど始めはしない。
 ただ、そんな欲求が湧いてきたというだけで、手は太ももの上にやるのがせいぜいだが、アソコが切なくなってきていた。
 思えば、捕まった時はセックスの途中であった。
 あの時は興奮が収まり、体は萎えてしまっていたが、本当はまだまだ物足りない状態だったのだろう。おかげで興奮がぶりかえし、いつ愛液が外に垂れだしても不思議はなくなっていた。
 カメラが一旦、離れて行く。
 遠ざかった次の瞬間、聞こえてくるのはビニール手袋を嵌める物音だ。何かビニール状の物を手に取って、それを扱う小さな音が聞こえることで、一体どんな準備をしているかは十分にわかっていた。
(……アソコだ)
 凛には先が読めていた。
 その通りに、今度はアソコに指が来て、ワレメが左右に開かれる。片手で肉ヒダをあらわにして、もう片方の手にはカメラを持っているのが、真後ろにいる警官の状態だ。そしてシャッターが押された時、中身でさえも記録され、とっくの昔から処女膜を失っている膣口は、何枚もの枚数をメモリーに刻んでいた。



 
 
 

コメント一覧

    コメント投稿

    CAPTCHA