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 結論から言えば、冒頭には何も映っていない。
 長時間のバッテリーをいいことに、撮影開始の何十分も前から可動していたカメラである。何一つ代わり映えしない、ただ天井を眺めるだけの映像は、二十分も三十分もかけて続いているが、先輩はその部分をスキップして、撮影開始からの箇所を倍速で確かめる。
 確認方法はノートパソコンだ。
 透が出て行くのを見計らい、隙を見て回収したカメラからデータを抜き取り、少しでも見える可能性のありそうな部分のたびに、一時停止や低速再生を繰り返す。
 高度な暗視機能がスカートの中身を照らし出し、眩しい足を映していた。
 特に足首やふくらはぎは、どんなポーズであっても比較的に映りやすく、ショーツは見えないが足は拝める場面は随分多い。
 しかし、透の立っていたポイントは、必ずしも映しやすい場所ばかりでない。位置が一歩ずれただけでも、肝心のものが映る可能性はなくなるのだ。
 ショーツが見える場面はなかなかない。
 太ももの奥まで映り、惜しいところまでいっていたり、ミリ単位でなら見えなくもないところはチラホラあっても、ばっちりと拝める部分が見つからない。
 特に途中で椅子を使用し、着衣尻の撮影に集中した時などは、床置きのカメラに何かが映る余地などなく、そのあたりの時間も丸ごとスキップすることになる。
 だが、後半ではようやく目当てのものが映っていた。
「よし!」
 先輩は思わずガッツポーズを取っていた。

 サックスブルーが確認できたのだ。

 床置きを天井に向けたカメラなだけに、映るのはクロッチの部分である。
 角度からして見えるポイントは決まっており、手前側の布やお尻側は映りが悪く見えにくい。特に立ち姿勢の場合、スカートの丈が前や後ろにかかっていて、隠れてしまっていることも多々あった。
 しかし、色ははっきりと判明した。
 その色合いは水色に少しの灰色を足し、ややくすませたかのようなものであり、それが内股のあいだで性器を包む。アングルからして、膝や太ももの方が手前に来て、その奥に限られた面積が映る形で、だから見え具合は限られていた。
 どういう柄をしているのか。
 刺繍はあるのか、フロントリボンは付いているのか。
 細やかな観察はできそうになかったが、こういう映り方になることは、設置方法の時点でわかりきったことだった。
 見え方の問題は仕方がない。
 とはいえ、他にも良い映り方をしている箇所があるかもしれない。
 確認を進めていくと、ポーズ変更の際、その少し体を動かす瞬間に起きる微妙なスカートの揺らめきから、手前側の映る場面があった。
「これは……!」
 透の腰がくの字気味に折れていた際のものだろう。上半身に角度がつくことで、床からのアングルでも手前側の布が少しは見えて、柄の存在やフロントリボンが確認できた。
 解像度による拡大の限界で、柄は把握しにくいが、白い糸を使った刺繍が三角形の上端に入っているのはわかる。フロントリボンも距離感のせいでぼやけ気味だが、白いことだけは判明した。
 透の穿いているショーツはどんなものか。
 その正体に少しずつ近づいている感覚に胸を躍らせ、先輩はさらにその先の映像を確かめる。
 尻の映った部分があった。
 それはポーズを変える時、やはり体を動かす際に起きる揺らめきで、微妙に尻が見えやすくなった瞬間を一時停止したところにあった。
 バック側は無地らしい。
 ゴムの位置がずれていて、片方の尻たぶが微妙に見えかけになっているのがわかる。そのせいでショーツの面積が狭くなり、映りが悪いようでいて、その代わりにお尻が少しは見えているのだ。
 これもこれで、十分な収穫と言えるだろう。
 しかし、ならばもう少し食い込んで、お尻の露出面積が増えたりはしないものだろうか。
 そういえば、透は外に出ている。コンビニなりにでも足を運んで、それから戻って来る頃には、あわよくばショーツがずれていることだろう。今の時点で見えかけになっているのだから、歩いているうちに割れ目に食い込み、尻の面積が広がっていても不思議はない。
 そうあって欲しい願望を抱きつつ、先輩は元の位置に隠しカメラを仕掛け直す。
 やがて透が帰って来た時、先輩は撮影を再開させた。

     *

 再開してからの撮影には違和感があった。
 最初はあまり感じておらず、今の今まで抱くことのなかった感覚だが、急に寒気を感じたり、妙な嫌悪感が湧くような気がしていた。
 そんな気がするという程度の、実に薄らとしたものではあるが、微妙な何かを感じてならなかった。いくら薄らとはいっても、欠片も感じることがなかったものを急に感じて、それが違和感として働いていた。
 何がそこまで、違和感なのだろう。
 自分でも不思議に思い、内心で首を傾げながら、透は撮影をこなしていた。かつて経験したこととはいえ、我ながら慣れたものだと思いつつ、そつなくポーズをこなしていった。
 そのうち、ふと気づく。

 目つきが似ている。

 少しだけ、本当に少しだけだが、あの時の四人が透や円香に向けた視線に似ている。
 そう感じてしまうや否や、背中にぞくりとしたものが走りかけ……。
(いや、失礼かな……)
 湧きかけた何かは、そう思う気持ちによって引っ込んだ。
 先輩はそんな人ではない。
 特別な信頼であったり、好意を抱くわけではないが、身近な人間が『そんな人』であるとは思いたくないものである。何より、仮にも二人きりの状況で、そういった危うさなどあって欲しくはない。
 しかし、繰り返しポーズを撮るうちに、透はさらに気づき始める。
「今度は後ろ向きで、振り返る感じ? 足はもうちょっと前後に広げてさ」
 先輩は思いつく限りのポーズを指定していた。
 透はそれらに従って、一つずつ着実にこなしていくが、休憩前に比べて足を開くことが増えている。肩幅程度であったり、片足を前に出すだけなりと、立ちポーズとしておかしくない範囲のものではあるものの、足への言及が増えすぎている。
 どうして、こうも足を開かせたがるのだろう。
 まだ決定的な疑念は抱いておらず、内心では首を傾げているが、先輩の目つきの変化はだんだんとはっきりとしていた。
 男が女を見る目である。
 いいや、かといってそこまで怪しくはなく、美人が町を歩いていたり、可愛い女の子がいた時に、大なり小なり関心を抱く程度の、ごくごく日常的な目つきのはず。はっきりと胸や尻を目つきほどにはおかしくない。
 せいぜい、日常の範囲である。
 この程度で騒いでいたら、生涯一度も外を出歩くことなどできなくなる。
 だいたい、せっかくアイドルをやめたのに、怪しくいやらしい目つきを向けられてはたまったものではない。
 考えすぎなはず。
 そんなことはないはずだと、透は自分に言い聞かせる。
「次はそうだね。ちょっと挑発的っていうか、肩幅よりも広めに開いてもらえるかな?」
 違うはず、違うはず。
 頭の中で否定しながら、透は次のポーズでも指示に従う。
 先輩の頭の中には、どういった絵のイメージがあるのか。それを汲み取ろうと想像力を膨らませ、透自身も絵のイメージを浮かべてポーズをこなす。
 きっと、本当に考え過ぎなのだ。
 あの時のトラウマがあるせいで、良くも悪しくも敏感になりすぎている。痴漢や暴漢を見抜くセンサーが魔法のように発達しているのならいいわけだが、ちょっとしたことが過剰に怪しく見えるようでは、ただビクビクとしすぎているだけである。
 恐らく、それだ。
 また被害に遭ったらどうしよう。あの人も、この人も、あの時の四人のような人間だったらどうしようと、潜在的な不安が大きくなって、必要以上に警戒をしてしまう。何もかもトラウマのせいであり、こういったことを乗り越えるのが、そもそもの撮影を引き受けた理由のはずだ。
 トラウマと向き合い、乗り越えて、過去を忘れて真っ直ぐにやっていくつもりで引き受けた撮影なのに、ここで何かを再発させては意味がない。
 だが、そこで気づいてしまう。

 ――ニヤッ、

 と、先輩は口角を釣り上げていた。
「!」
 透はそれに驚きながら、そのせいで浮かべる笑顔が引き攣って、どことなく無理のあるものに変わっていた。
 いいや、違う。
 違う、違う、違う――考え過ぎるから、そんな風に見えたに決まっている。
 本当に、ここで吹っ切ることができなければ、ここに立っている意味がない。
(私は大丈夫、大丈夫にならなきゃ……)
 先輩がシャッターボタンを押した時、そのシャッター音声が耳に届いて思い出す。
 あの盗撮、あの隠し撮りの数々を……。
 問題なく撮影をこなしていたはずなのに、何故だか急に脳裏に蘇った。
 愛野の顔が、津馬が、土良井が、火亜が、どういうわけか鮮明に浮かび上がって、その強烈なイメージを透は頭から振り張る。
(駄目だ。やっぱり、カメラとか、男は苦手……)
 今更になって撮影を辞退したい気持ちが湧く。
 だが、本当に今更がすぎるだろう。
(こういうフラッシュバックみたいのが起きないように、乗り越えに来たんだから、ここで引いたら意味が……)
 トラウマを吹っ切りたい。
 乗り越えようと思う気持ちがあればこそ、かえって決めつけてしまっている。胸に抱く予感は気のせいであったり、考え過ぎる自分が生み出すものに過ぎないと、透は己の心をそのように解釈していた。
 ニヤっと、本当に口角を釣り上げている顔を見てでさえ、だから透はそれを見間違いや気のせいとして片付けようとしてしまう。
 バランスが悪かった。
 もっと適度な感覚で見ていれば、危険の兆候を見逃すことはなかっただろうが、気のせいや考え過ぎとして片付けようとする考えに傾くことで、今の透は致命的なものを見逃している。
 しかし、見逃している本人がそれに気づいているはずがない。
 だが、いよいよ気づきうるきっかけは、着実に迫っていた。
「次はジャンプしてみようか」
「え、なんでですか?」
「体が宙に出てる瞬間に合わせてさ。シャッターを押してみたくて」
「まあ、いいですけど」
 そのリクエストに応え、透は何度かジャンプを行って、身体の舞い上がった先でポーズを撮る。僅か一瞬しかない滞空時間のあいだだけの、一秒も維持できないポーズを撮ろうと、先輩はカメラで狙いを定める。
 それをひとしきり行うと、また次の要求が飛んで来た。
「座ったポーズとかどうかな。体育座りとか」
 立ちポーズを中心に撮っていたのが、先輩のその一言で座りポーズに変わっていく。
 床に直接尻を置いてのポーズを撮り、その際にはもちろんスカートに気を遣う。見えないように手で押さえたり、足の角度や開き具合に気をつける。
 なのでもちろん、決して中身は見せていない。
 ロングスカートなので、そもそも大きくは捲れない。
 安全なはずと思い、正座が横座りなど、様々な座り方のポーズこなしていくうち、次に先輩がしてくる指示は、再び立ってのものだった。
 立つといっても膝立ちだ。
 膝立ちで足を肩幅ほどに開きつつ、スカート丈を持ち上げてみせるポーズを言われ、一瞬は躊躇いつつも、拒むことはせず従ってしまう。
(ちょっと丈が、ね……)
 スカートの左右をつまみ、エレガントな挨拶よろしく持ち上げる。
 そうしたポーズを膝立ちで取ることで、スカート丈は膝の二センチほど上に来ている。後ろ側も似たようなものなのは、太ももに触れる感触でわかる。
 抵抗のあるスカートの長さだ。
 もう決して穿くことのなくなった丈の長さに、少しだけ抵抗を感じつつ、しかし今なら誰に中身が見えるもないのは確実だ。
 少しのあいだポーズを取るだけだ。
 これで一日過ごすわけではないのだから、多少の我慢で何とかなる。これくらいなら乗り切ろうと、ポーズを維持してカメラ目掛けた表情も作ってみせる。
 何度かシャッターを切られた後、さらにポーズの指示は続いた。
「今度は四つん這いになってもらえる?」
 次に先輩が言ってくるのは、四つん這いで上半身を前に出し、片手で髪を掻き上げながらカメラを見つめるポーズである。
 それだけなら、まだ決定的な疑惑を抱くことはなかった。
 湧いてくる嫌悪感も、余計な想像も、全てはトラウマで過敏になった神経が生み出すもので、ただの考え過ぎである。という、自分自身に対する捉え方を越えてまで、はっきりとした形で疑いを胸にすることはなかったはずだ。
 しかし、先輩は言う。
「脚はもうちょっと開こうか」
(なんで……本当にさっきから……)
 どうして、こうも脚に対する言及が多いのか。
 さすがに下心を感じ始めた。
 何か目論見めいたものがありそうだ。人にセクハラをしたがる潜在的な意識から、脚の開き具合に言及している。はしたないポーズの強要、というわけではなく、セクハラと言い切るほどではないが、その何歩か手前の位置に先輩は立っている気がした。

「ごめん、ちょっとトイレに行ってくるね?」

 と、先輩は急にスタジオを出る。
 一人ぽつんと残された透は、仕方なく先輩を待ちつつも、脚についての露骨さにもろもろの思いを馳せる。気にしすぎだろうか、しかし薄らとは意識しているに違いない。
 やはり、自分は過敏になっており、他の女子なら気にしないようなことでも、必要以上に気にしているのではないかと、透は自分で思い始める。
 だが、ふとした拍子にそれに気づいた。
 カメラがないので姿勢を崩し、そのまま適当に座りって床に指を走らせる。何気ない仕草の一環として、背景布の敷かれた上からなぞっていると、指が奇妙な感触を捉えていた。
「なに、これ……」
 その次に気づくのは、今の今までわからなかった微妙な切れ込みの存在だ。
 それだけなら、布の一部がたまたま破損していだだけとしか思わない。そこにあるミリ単位の隙間から、一体何が真上を覗き見ているかも、見た目でくっきりとわかるようなものではなかった。
 しかし、透は隙間を広げてしまう。
 切れ込みに気づいたなら、やはり何気ない仕草の一環で、それを何の気なしに触ってしまうのが心理というもので、すると隙間が思った以上に広がった。この指で穴を広げてしまった感触はなく、三センチか四センチほどの切れ込みは、元から入っていたらしい。
「なんなの……」
 表情を凍りつかせて、ボタンのようなものをつまみ出す。
 ただ物が落ちていただけだと思った。
 それが何であるかなど、こうして持ち上げてみなければ、決して判別できなかっただろう。

 ――小型カメラだった。

 ほとんど偶然見つけたようなボタンサイズのカメラは、コートやブレザーに付けるものと変わらない直径で、しかしカメラやバッテリーを内蔵するため、ある程度の厚みを持っている。カメラレンズとしか思えない、スマートフォンなどのレンズ部分としても見かける円形の部位に戦慄して、その瞬間から今まで受けたポーズ指定についての真実が駆け巡る。
 具体的な疑念は抱いていなかった。
 怪しい気がするたび、考え過ぎで片付け続けてきた。
 そんな透だったが、こんな物を見てしまっては、これまで抱いた疑念や違和感は、全て真実だったと確信していた。何一つ考え過ぎではなかった上、むしろ敏感なセンサーが危険の兆候をキャッチしていたのだ。
 今まで、これで人の下着を狙っていたのだ。
 だから、だんだんと脚に言及するポーズが増えていた。
 だとしたら、もう映るべきものが映っているかもしれない戦慄に駆られ、透の表情はみるみるうちに引き攣っていた。



 
 
 

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