スタジオを借りての撮影らしく、透は待ち合わせの上で案内された。
照明やホワイトバックのかかったスタジオは、随分と久しぶりに見た気がする。かつてはこういう場所で撮影をこなすのも仕事のうちだったが、もう二度とそんな機会はないものと思っていた。
これも何かの機会だろう。
復帰の意思はなくとも、トラウマと向き合い乗り越える意味を兼ね、透はここでの撮影を受け入れることにした。
しかし、約束の前日になって、衣装を用意するからサイズを聞きたいと、急に言われた時は本当にどうしたものか迷ったものだ。スリーサイズを答える気にはならず、身長とL・M・Sで答えるだけでお茶を濁して、ウエストが合わなかった場合はベルトを使うか、調整機能の付いたものを用意するということで話をつけた。
「答えにくいことを聞いてごめん」
と、先輩は一応謝ってきた。
なので、サイズを聞かれたことは水に流すにしても、いざ撮影現場にやって来て、スカートが用意されていた時には、さすがに拒否感が湧いてしまった。
先輩としては、可愛い衣装の一つとして、ただ何気なく用意しただけなのだろう。スカートに対する苦手意識も、あんな事件について打ち明ける機会などあろうはずもなく、だから日々の会話べも、ジーンズやスラックスが好きだとしか話したことはなかった。
殊更にスカートを避けているとは、先輩も知らないだろう。
悪気があったわけではないだろうが、それにしてもスカートを穿くのは遠慮したい。
「あの、ごめんなさい。スカートはちょっと……」
どうしたものか迷ったが、結局はスカートNGということにした。
後出しでこんなことを言ってしまって申し訳なくはあったが、スカートが用意されている可能性は、迂闊ながらに頭から抜け落ちていた。
「うーん。困ったなぁ……スカートしか用意してなくて……」
そう言われると、ますます申し訳なくなってくる。
やはり、穿くべきだろうか。
いいや、やはり拒否感が湧いてくる。
衣装の用意という話は、前日のうちに出ていたもので、だから透には前もってスカートNGを伝える機会はあった。それが頭から抜けていたのは落ち度なので、先輩には悪い気がして心が揺れ動く部分はある。
なので、スカートを穿いてみた自分を少しは想像した。
……駄目だ。
世の中の誰もがごく普通に穿いているスカートで、特別に丈が短いわけでもないのに、それでも捲れる可能性の高いものは穿きたくない。普通にしていれば見えることはないにせよ、強風があれば捲れうるもの、というのが透の中でのラインであった。
たとえ無風の日であったり、そもそも屋内であったとしても、捲れる余地のあるスカートには拒否感が湧いてならなかった。
もっとも、先輩はいくつか用意していたらしい。
「だったら、ロングスカートはどうかな」
先輩が次に候補に挙げた衣装は白のロングスカートで、純白の生地が光を反射してまぶしく見える。その反射具合によっては、何かまばゆいオーラを放って見えもするだろう。
「んー……まあ、これなら……」
これだけ安全なスカートなら、家にもいくつか置いてある。
ズボン類に比べれば、それでも心許なさはあるものの、ロングであればいいだろう。
「本当?」
「まあ、なんとか」
「よかった。いや、ごめんね? そういえば、いつもジーンズなのにね。スカートに抵抗があるとは思わなかったから」
「いえ、お気になさらず」
そこまで抵抗があると、話したこともなかった。
ともかく、これで衣装は決まった。
白のロングスカートに着合わせぴったりの、上も白のブラウスに決まり、透はそれらの衣装を持って更衣室で着替えることになる。
ドアにはしっかり、内側から鍵をかけておく。
テーブルの上に抱えたカゴを置いた上、着替えを始める透であるが、しかし習慣的に下着を隠しながら着替えていた。
クセや習慣、なのだ。
そこには何らの疑念や警戒心もなく、つまり覗きや盗撮の可能性を想定しているわけではない。
ただただ、本当に習慣的にそうしていた。
スカートを穿く際は、一度ジーンズの上から穿いた上、スカートの内側からジーンズを下ろしていく。シャツを脱ぐにも、まずはブラウスのボタンを外しきり、マントのように肩に引っかけた状態を作ってから、少しでも見える面積を減らしてシャツを脱ぐ。
そんな隠しながらの脱衣の上、内側にはキャミソールまで着ているので、覗こうと盗撮しようと、何なら目の前で見られていようと、下着は一瞬たりとも露出しない。少しでも可能性があるとするなら、キャミソールの肩紐の下からブラジャーの紐がずれて見えるくらいだが、この場においてはそれさえ起きない。
中高生の時から、着替えはだいたいこういうものだった。
女子同士であっても、わざわざ見せ合ったりすることはなく、よしんば盗撮されたとしても下着は見えない。ブラジャーの着脱さえも、全て衣服の内側で行う技があり、だからプールの授業であったり、健康診断で下着を外す指示だあったとしても、クラスメイトにさえ肌を見せてはいない。
こうして着替え終わった透は、ドアにかけた鍵を外して、スタジオへ戻っていく。
待っていた先輩は、一言二言、透に服が似合っていることを褒めた上、それから撮影を始めるのだった。
*
「……チッ」
少し時間を遡り、透が更衣室で着替えている最中――。
先輩はスマートフォンの画面を睨み付け、そこに映っていたものを見るなり、期待外れの映像に舌打ちしていた。
肝心のものが見えていない。
いくら切り替えを行っても、これではまるで意味がなかった。
――先輩は盗撮を行っていた。
透をただただ撮影に誘ったわけではない。
やれ練習だのと理由を作り、自分の用意した環境に連れ込むことで、透を隠しカメラだらけの部屋に入れることこそが目的だった。
画面をタップすることで、複数あるカメラの映像を切り替え可能に設定しており、ありとあらゆるアングルからの映り具合を生中継で確認したわけだったが、そのどこにも見たいものは映っていなかった。
「んだよ。せっかく手間暇かけたってのによォ」
このレンタルスタジオを利用して、自分自身の着替えを撮影してのリハーサルまで行い、きっと下着が映るのを楽しみにしていたのに、結果がこれではがっかりだ。
「ま、キャミくらいは見えたか」
下着ほどの色気はないが、それでもどうにか映った肌着はキャミソールだけだった。
せめて少しでいいからブラジャーに透けて欲しかったが、内と外で色を合わせてあるのだろうか。それとも、そもそも透けにくい素材なのか。いずれにせよ、キャミソールからは下着の色さえ見えることはなく、それどころか肩紐すら映らなかった。
とはいえ、膨らみ具合が見て取れる。
先輩はキャミソールの胸を一時停止して、画面を拡大しながら視姦した。
真っ白な生地が山なりに膨らんで、内側から大きく押し上げられている。透が何カップなのかはわからないが、天井から注ぐ照明が胸の上弦を照らすことで、下乳側にはちょうど良く影を作って、その影の色合いこそがサイズ感の想像を手助けしてくる。
「これも収穫ではあるかな」
普段の日常であれば、キャミソールすら見ることはできない。
ひとまず、今はこれで満足しておくことにして、着替え終わった透が更衣室からスタジオまで戻ったところで、先輩は表情を切り替える。不満不平のたっぷりと浮かんでいた顔から、全ての陰りや苛立ちを取り除き、明るく爽やかな人柄を演じていた。
「よく似合ってるよ。浅倉さん」
「ん、どーも」
「うん、まるで本当にモデルみたいだ」
「あー……そう、ですか……」
どうも微妙な反応である。
だが、ともかく撮影を開始することにして、透には所定の位置についてもらった。
白ホリ――撮影用の背景布を天井から垂らしてあり、それが床に達することで、L字となって下の方にも敷かれている。これで背景と足元は真っ白に、被写体をより浮き彫りにした状態で撮影に臨める形を作ってあるわけだが、このレンタルスタジオを借りる際、背景布は自前の物を持ち込んでいる。
カメラを仕込むためだ。
服のボタンのようなサイズのカメラを布の下に隠しておき、見た目で気づかれない程度の、小さな小さな隙間から真上を映す。その部分の繊維だけを薄く削って、透かした向こう側を映しやすいようにも措置してある。
レンタル用品を破損させるわけにはいかないので、部屋はともかく、背景布は自前である必要があった。
上手くいけば、ショーツが撮れるはずだ。
是非、上手くいって欲しい。
「はい。じゃあ行くよ? 軽くポーズ取ってみようか」
先輩はカメラを構え、床に膝を突きながら、レンズ越しにルックスを覗き込む。
やはり、綺麗だ。
透のルックスを見ていると、惚れ惚れしてシャッターを押し忘れそうになってしまう。透の取ったポーズは腰に手を当て、頭の後ろにも右手をやって、片足重心を決めた簡素なものだが、随分とサマになっている。
とりあえず、そのポーズに向けて何度かシャッターを押してみる。
白いロングスカートが実に眩しい。
真新しいせいなのか、照明を浴びながら発光めいて輝いて、純白の背景に今にも溶け込んでしまいそうだ。
もっとも、照明の角度を付ければ、影で浮き上げることが出来るので、本当に溶け込ませることはしないのだが。
「前屈みになってみようか」
胸を狙ってみようと思うのだが、露骨すぎれば気づかれてしまうだろう。
「こうですか?」
「うーん。もうちょっと? いや、そのくらいかな」
怪しまれないため、しだいに腰を折り曲げていく動作を自分の方から停止させ、透にはそのまま膝に両手を置いたポーズを取ってもらう。閉じ合わさった膝に手をやっての、前屈みでこちらを見つめてくるポーズは、自分で取らせておきながら、真正面から見ているとドキリとしてくる。
透明感のある表情に魂が吸い込まれ、油断すれば見惚れたまま時間が経ってしまいそうだ。
それに、何やら貫禄がある。
もうずっとこういう仕事を続けていて、これしきの撮影など労働のうちにすら入っていないかのような、こなせて当然のことを苦労なくやってみせている雰囲気は、自分が大物女優を相手にしているような錯覚さえ引き起こす。
先輩は透に向けてシャッターを切り落とす。
最初の数枚は、きちんとポーズ全体を写し、モデルや服を可愛くみせんばかりの写真を意識しておく。その次からは胸を狙い、密かなズーム操作で白いブラウスの膨らみを狙ってみるも、きちんとボタンの締めてある胸元は、残念ながら隙間が見えない。
もっと緩めのシャツだった方が、ブラチラを拝むには適していただろう。
狙いが露骨すぎれば気づかれる確率が上がると思い、かえって慎重になりすぎた結果として選んだのがブラウスだったが、少しばかり失敗だったか。こんなことなら、せめてシャツにはしておけばよかった。
だが、それもいいだろう。
ここまで慎重になっていることで、相手の警戒心を薄めながらことを進めて、しだいしだいに目的を果たしてやればいい。
「じゃあ、次は……」
「これとか、どうですか?」
「お? いいね?」
次に取らせるポーズが即座には出ず、迷いかけた瞬間に、透の方から脚をクロスさせ、横向きでどこか遠くを見つめる形を作り、それが実に絵になっていた。
それに向け、シャッターを押す。
前屈みのポーズを取らせた以外、あとは怪しい目論見は封印して、ほとんど真面目に撮影を行った。警戒されないため、きちんとした撮影と思わせるため、先輩自身も少しでも良い写真を撮ろうとしていた。
その枚数が重なるうちに、やがて誘導を開始する。
「後ろ向き、いってみようか」
そう告げると、透は背中を向けてくる。
肩越しに振り向くポーズを決め、先輩はそれにシャッターを切り続けるが、頭の中では思案を開始していた。
ロングスカートは薄手の生地を選んである。
かといって、そう透けやすいわけでもないが、このあたりでだんだんとお尻を狙った写真を撮りたい。怪しまれず、警戒されず、セクシーなポーズを撮るためには、一体どんな作戦を取るべきだろうか。
――椅子だ。
先輩はふと思いつき、スタジオ内にある椅子に目を付けた。
「次は小道具を入れてみようと思うんだ」
「ポーズのバリエーション、ですね」
「そうそう。物があると、また色々と変わって来るからね」
椅子を使えば、座り方や足のかけ方によって、より様々なポーズを作り出すことが可能となる。
背もたれに顔をかけてもらった。
机に寝そべるかのように、背もたれのてっぺんに両腕をかけ、顎も乗せてのポーズを取らせる。それを横から撮りたいとすることで、尻が後ろに突き出たポーズを横合いから確かめて、先輩はシャッターを切り落とした。
いい感じだ。
背中がアーチのようなカーブを成し、腰がくいっと後ろに出ることで、椅子に置かれた尻は上手い具合に突き出ている。
ならば、尻をすぐ真後ろから見上げ、近くから接写することができたなら、とても迫力のある絵になるだろう。
しかし、先輩は慎重に振る舞う。
(狙いがバレたら、元も子もない……)
先輩はまず、透の正面へと回っていった。
カメラを構える初期位置を、壁掛け時計でいう六時の方角とするなら、だんだんと八時の方角に向かっていく、透のポーズを斜めから見た形でシャッターを押していき、ひとしきり真面目な撮影を装ったら、いよいよ後ろ側を狙いにいった。
目指すは三時の方角だ。
内心では慎重に、かといって恐る恐るな様子を表に出せば、透に違和感を抱かせることになる。さも何でもない風に振る舞い移動して、背中を写す形での斜め撮影を行った。
デジタルカメラの内側は、透の写真によって容量が使われていく。
(……平気だな)
いけると踏んで、いよいよ真後ろの位置に立つ。
遠すぎず、近すぎず、足りない距離はズーム機能で補いながら、先輩は椅子に置かれた魅惑の尻に狙いを定めた。
くの字に突き出た尻の、それも椅子に置かれながら目立ったカーブは、その表面にスカートの布地がぴったりと皺なくい沿い合わさっている。尻の形が浮き出てきそうな勢いの、よく目立った着衣尻を画面一杯の大きさにして撮っていく。
(よし……いいぞ……)
内心では興奮しながら、先輩はレンズ越しの尻を見た。
……パンティラインが見えていた。
太ももの下にスカートの布を敷き、布地がピンと張っているおかげで、皺無く尻に沿い合わさったスカートには、ショーツのゴムが浮き上がっていた。
(これは……!)
収穫だった。
先輩は直ちにシャッター音声のモードを切り替える。音を出さずに撮影ができるように改造してあり、隙さえあればバレずに撮ることが可能となる。先輩はその機能によってシャッターボタンを連打して、執拗なまでに尻の写真枚数を増やしていった。
(いいぞ……いいぞ……!)
興奮で鼻息が荒くなりそうだ。
それを表に出してはいけない。
怪しい視線、興奮の息遣い、そういったものを悟られれば、この撮影はその時点で中止になりかねない。
(もう少し撮っていたいけど……)
長々と背後を取っていれば、透を嫌な気分にさせかねない。
後は写真でたっぷり楽しむとして、撮影はここで切り上げ、そろそろ床に仕掛けた隠しカメラでスカートの中身を撮ってみたい。
「そろそろ次にいこうか。また立ちポーズで頼むよ」
そう言って、椅子を透の元から引き上げる。
頭の後ろに手を当てて、青空を眺めている風にしてもらう。どこか町中を歩いている風にしてもらう。待ち合わせの相手を待っていると思いながら立ってもらう。ちょっとしたシチュエーションを背景に、無難なポーズを決めてもらい、先輩はその果てに言うのであった。
「今度はスカート、持ち上げてみよっか。ほら、貴族のお嬢様が挨拶するアレみたいな?」
「なんかありますよね。そういう立ち振る舞い」
「そう、そのイメージでさ。足はちょっぴり……もうちょっとかな、肩幅よりも少し広いくらいの感じで……」
今、透が立っている位置は、ちょうど真下にボタンサイズのカメラを仕掛けてある。一見してもわかりにくい、ごく小さな切れ目の隙間からレンズを覗かせ、真上にあるスカートの中身を狙わせている。
スカートを持ち上げるポーズなら、中身を映せる確率は上がるはず。
「こうですか?」
透は特に疑う様子もなく、先輩の思う通りのポーズを決めていた。
「いいよいいよ? それでいこうか」
カメラ越しに透の顔を覗き見ながら、先輩はその足元に意識をやる。
本当に、いい位置だ。
先輩はシャッターを押しながら、床のカメラにはもっと別のものも撮れているはずであることへの、楽しみな気持ちを密かに胸で膨らませていた。
一体、何色を穿いているだろう。
どんな柄の、どんなデザインなのだろう。
早く確認したい思いを抑え、真っ当な撮影を装い続けた。
その後も、いくつかポーズを変えてもらい、決して気づかれることなく下着を狙った。見えやすいポーズでなくとも、姿勢を変える際の挙動で見え隠れする可能性もあると考え、思いつく限りの指定を口にした。
そして、数十分かけた撮影の末、先輩はいよいよデータの確認を試みる。
「そろそろ休憩にしよう。俺はトイレに行ったりとか、色々してくるから、そのあいだに何か飲み物でも買ってくるといいよ」
「そうですか? なら、ちょっとだけ出て行きますね」
「うん。休憩後が終わったら、もう五分か十分くらいで終わりにするから」
「了解でーす」
そんなやり取りの末、先輩はスタジオを出てトイレに向かう。
透もまたビルの外に出たところで、早速のように映像確認を開始した。
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