目次 次の話




 三日目の朝、四人の男達の顔を見るなり押し黙る。
「あれ? どうしちゃったのかな?」
 首を傾げる愛野。
「おはよう。お二人とも、何かあった?」
 尋ねてくる津馬。
 その二人の奥で、火亜と土良井も不思議そうにしながら見て来るが、そんな四人に対する視線には疑惑が籠もっていた。
 もしやと、内心では思っている浅倉透。
 樋口円香も彼らを疑っている。
 ただ、そこに確証はない。
 荷物の中から、スパッツや下着がなくなったのだ。
 着替えはバッグの中にしまっておくものであり、着替えの時でなければ特に出し入れすることもない。紛失のしようもなく、どうして消えるのかが不思議なものだ。
 透と円香、どちらか一人だけがなくしたのなら、何か驚くようなうっかりをやらかして、どうにかしてなくしたものと思っただろう。
 しかし、二人同時になくすだろうか。
 酒でも飲んで二人して酔っ払えばあり得たかもしれないが、飲み会への出席でも飲酒はしていない。飲み会といっても未成年への配慮があり、アイドルとして顔を出し、軽く歌を披露して、二人の退場後にようやく酒が出て来るといった段取りだった。
 一滴たりとも飲んでいない。
 だが、二人同時になくすなどありえない。
 だったら、盗まれたのかもしれない。
 そんな恐怖と不安を抱き、宿の女将に頼んで防犯カメラの確認をしてもらうが、そこには何も映っていないという。
 やはり自分達でなくしたのだろうか。
 いいや、そんな馬鹿な。
 一着ぐらいなら、ここまで疑問にはならなかっただろう。真っ先に自分でやらかしたと思うだろうが、二日分の下着とスパッツである。それが綺麗に二人分。こんなこと、いくらなんでもありえない。
 釈然としないまま、二人は女将の元を後にして、ふらふらとロビーの方へと歩んでいく。
 すると、同じく部屋を出ていた四人組と鉢合わせ、何となく気まずい思いで顔を合わせることになったのだ。
 様子のおかしさが顔に出ていてか、どうかしたのか、何かあったのかと尋ねられたのは、この時のことだった。
(言えないよね)
 円香の目配せ。
(だね。言えない)
 透もそれに視線を返し、目だけのやり取りを行った。
 正直、彼らを怪しいとは思っている。
 ただ、それはいかにもセクハラじみた視線であったり、胸や尻を意識していそうなカメラの動きであったりと、ひたすら印象が悪いせいである。初対面の時から透け具合がどうだのと言ってきた愛野に、同じく視線の怪しい三人と続いたため、二人の中で彼ら四人の好感度は極めて低い。
 水着強要の件もそれに拍車をかけている。
 そして、そんな中で衣類が消失したわけなので、こいつらならやりかねない、といった思いがある。
 防犯カメラが何も押さえていない以上、自分達でなくしたとするのが妥当なのだが、どうしても疑念が薄れない。証拠もないのに人を犯罪者扱いは良くないと、頭の中ではわかっているが、印象の悪い彼らに対して疑いの目を向けたくなる。
 まさか、それを本人達に直接伝えることはできない。
 それに一連の事実を伝えれば、四人だって言うだろう。なら自分達で紛失したのではないかと、当たり前の結論を口にしてくるに違いない。
 だから、言う気にはならない。
 伝えることで、ますます雰囲気を悪くするのも、あまり良くない。
 なので二人は黙っていた。
「別に、何もないですけど」
 何かあったのかと問う愛野や津馬に対して、円香はそっけなく返すだけだった。
「ねー。フラフラしてただけでーす」
 と、透もそう答えておいた。
 それに、時間もない。
「うーん。なら、いいんだけどね? 出発まであと二十分くらいだから、準備をしておいてもらえるかな」
 仕事の開始時刻のこともあり、だから今はこの件についてこれ以上掘り下げる時間がない。
 二人は部屋に戻っていき、軽く準備を整える。
 引き続き夏服のワイシャツとスカートで外に出るが、いつも通りの格好なのに落ち着かない。学校への行き来でも、私服で町を歩くにも、わざわざスパッツを穿くことはあまりなく、それだけでそわそわすることはないのだが、今回ばかりは本当に落ち着かない。
(証拠も何もないし、印象が最悪ってくらいしか根拠はないけど……)
 それでも、透はこう思う。
(この人達と過ごすの、なんかな……)
 きっと、本当に盗んだわけではないのだろう。
 念のため、女将さんには落とし物に衣類が届いたら教えて欲しいとも伝えてある。ふとした拍子に出て来るかもしれない。
 しかし、やりかねないだろうとは、やはり思っている。
 例えば、ドアがたまたま半開きになっていて、そんな不用心な状態で透と円香がすやすやと眠っていたら、きっと彼らは侵入してくる。機会さえあれば下着泥棒に走りそうだとは感じている。
 もちろん、スカートの中身を狙った盗撮行為も……。
 そんな人達と一緒に過ごすのに、今のスカートの内側にはスパッツを穿いていない。だったらズボン類を穿けばいいのだが、こんな状況を想像していなかったので、スカートしか持って来ていなかった。
 心許ない気持ちのまま、二人は三日目の仕事を開始する。

     *

 撮影は最終日を迎え、今日の予定では様々な史跡や城を巡ることになっている。
 貝塚や城跡、古墳跡地といったスポットを紹介するため、その都度車で移動して、降りた先での撮影をこなしていく。
 ハンドカメラの土良井を正面に、透と円香は笑顔やポーズ作りを繰り返す。スポットを悠々と歩いて回る絵を撮らせ、愛野による歴史解説も行われる。画面には登場せず、ナレーターになりきったり、必要に応じて二人に呼びかける。
「透さん。貝塚はご存じですか?」
「あー。確か、載ってたね。教科書に」
「そうそう、その貝塚の跡地なんですね。ここは」
 といった具合に、わざとらしい質問を行って、その質問をきっかけに歴史解説を開始するというのが、この撮影における脚本上の構成だった。
 そして、表面上は仕事に徹している四人組は、密かにほくそ笑んでいた。
「いやぁ、今日のパンツはどんなものかねぇ?」
 小声であった。
 二人が自分達に背を向けて、少しばかり先を歩いている時、愛野は仲間内での密かな会話を始めていた。
 ――映像に自分達の声が入っても、それはどうせカットする。
 映像自体、ノーカットで長々と無駄に流すわけがない。
「わかってるくせに」
 と、顎髭の津馬は言う。
 見た目だけならダンディチックな外見だが、その目はいやらしく歪んでいる。鼻の下を伸ばしきり、ハンサムな顔立ちが驚くほどに台無しになっていた。
「まあまあ、それを実際に撮って確かめるのがオツってもんでしょうが」
 土良井は長身でヒョロヒョロとしており、手足も脂肪と筋肉が少なく細い。骨と皮のような外見で、頬も痩せこけている。然るべき舞台でボロ絹を纏ったなら、まさにスラム街の貧民に見えるだろう。
「津馬ぁ、もう獲物は撮ったんだろう?」
 スキンヘッドの火亜は強面で、上等なスーツを着込めばヤクザに見える。懐に手を忍ばせ、そこから拳銃を取り出したら、それはそのままテレビや映画に出て来るヤクザの動きに見えるはずである。
「見るかい?」
 津馬が自信ありげにデジタルカメラのモニターに映し出す。
「おおっ」
「これはこれは」
「ったく、いつの間に」
 それを見た三人は揃って感嘆する。
 が、その直後だ。
「いやいや、私も負けませんぞ?」
 愛野もスマートフォンを取り出して、自分の方がより素晴らしいものを撮ったと言わんばかりに見せびらかす。
「俺も負けちゃいない」
「はんっ、なら俺もだ」
 結局、四人が四人とも、それぞれの手で盗撮を済ませていた。
 後ろからスカートに手を忍ばせ、尻を撮るのが最もバレにくく、確実な方法である以上、アングルは限られている。どうしても下着の後ろ側に絵は絞られ、決まったアングルの角度だけが揃ってしまう。
 似たような写真が何枚も並んでいるが、それにもいくらかの差異はある。
 スカートにカメラを忍ばせる際の、いわば入射角が写真毎に異なるのだ。右の尻たぶが大きく映ったり、左の尻たぶが目立ちもする。横軸の入射角によって、右寄りか左寄りかの違いで見栄えが変わってくる。
 そして、縦軸の入射角もある。
 より直角に近い角度で入るほど、スカートの中身は見えやすい。逆に立って真っ直ぐ前を見るような角度に近ければ近いほど、覗けて見える面積は減ってくる。
 こうした縦入射角、横入射角により、下着の写り方には変化が生まれる。
 いずれの角度から入るにせよ、尻を真下から見上げた写真が並ぶ。似たような価値の写真がフォルダに溜まり、ものによっては揺れたスカートのぶれた像が入り込み、下着写りの悪い写真なども混ざってくる。
 だが、入射角が違いを生み出す。
 その時々の光の入り方で、尻という名の球体は見栄えを変える。影と陽光のグラデーションは、基本的に上弦ほど暗く、下弦ほど明るいわけなのだが、その時の太陽との位置関係、入射角の違いによって、影と光の領域に変化が生まれ、似たような写真でも少しずつ違いが出て来るのだ。
 そして、四人はそれらを比べ合っていた。
 いわば競技だ。
 決まったルールの中で、いかに芸術点の高い写真が撮れるか。後ろから撮った尻の中で、誰が一番良いものを撮っているか。
 本気で競っているわけではなく、仲間内だけで通じるノリ、内輪の感覚としての側面が強いながらに、四人はそれぞれの写真を出し合う。
 さながら、一番強いカードを出した者が勝ちであるかのように、皆が皆、似たような写真を見せ合った。
 透が青、円香がピンクだ。
 まだ後ろ側しか撮れていないため、バックが無地のショーツからは、きちんとした柄はわからない。昨日の晩に確認してはいるので、色合いから特定することは可能だが、それをあえて口にするのは無粋なことだ。
 言ってみるなら、ネタバレを知った状態で映画を見るのに、知らないフリをしてあえて驚き楽しもうとしている。ミステリーものの犯人を知っているのに、知らずに見ているつもりになりきっている。
 そして、二人がどんなショーツを穿いているのか、まるで検討がつかない気分になりきっているわけだ。
 今の四人が求めているのは穿いた状態のパンツである。
 それはそれ、これはこれ。
 温泉の脱衣所や宿泊部屋で、二人の下着を床に広げて写真を撮るのは面白かったが、今は隠し撮りを楽しんでいる。
 それにしても、前から撮るチャンスが欲しい。
 しかし、一筋縄ではいきそうにない。
 段差を上がらせる。階段を上らせる。景色を眺める絵を撮りたいと言い、後ろを向かせて隙を作る。思いつく手口を使ったり、隙あらばカメラを差し込むことは可能でも、前から撮る機会は中々ない。
 やはり、正面から撮るのはリスクが高い。
 前から撮るなど、バレやすいどころの話ではなく、目撃も何も気にせず堂々と犯行に走るようなものである。ただでさえ、正面からの盗撮というのは無理が出やすい。それこそ、都合の良い風でも吹いて、その瞬間に合わせてシャッターを切るのでなければ、隠し撮りで正面を撮るなどやりようがない。
 だが、それでも撮ってみたい。
 撮ってはみたいが、どうしても難しい。
 だいたい、後ろから撮れる回数さえ、時間が経つにつれて減ってきている。
 休憩時間を挟む際も、それまで撮った写真を見せ合い、自慢し合っていたが、四人は揃って感じていた。
「だんだん警戒心が上がってますなー」
 飲食店での休憩時。
 二人がトイレに行っているあいだに愛野が話題を切り出すと、残る三人はそれぞれ頷く。
 段差や階段では、必ずスカートを手で押さえるようになったのだ。初めのうちはそうでもなかったのが、だんだんと後ろを気にする回数が増え、しまいには高い場所へ移る際、毎回必ずスカートを意識するようになっていた。
 それでも、どうにか撮ろうと密かなシャッターを切り続けるが、ここ一時間のあいだは一枚も下着が撮れていない。
「次の現場に賭けようか」
 と、火亜は言う。
 それに周囲の面々は頷いた。
 この後に向かう天守閣なら、いい絵が撮れるかもしれない。

     *

 浅倉透は粘っこい視線を感じて密かに顔を顰めたり、円香と視線を合わせることが多かった。
 スパッツを穿いていないから、というだけでは説明がつかない。
 下に何もなく、捲れれば見えてしまうから、ついつい意識してしまう。という、ただそれだけの話であれば、こうも粘っこい視線は感じない。四人の視線は本当にスカートばかりをチラチラを向いてきていて、いつ中身を撮られるかわかったものではない警戒心を煽られるのだ。
 もう既に撮られている。
 その事実までには気づいていないが、狙われている感覚だけは十分ある。
「あんまり、言いたくないけどさ」
 と、透が口を開いたのは、休憩先の飲食店で一緒にトイレへ行ってのこと。
 個室を出て、手洗い場で二人並んで鏡の前に立った時、透はそこに映る自分自身を見ながらぼんやりと、円香に向けて口にしていた。
「言っちゃいなよ。たぶん、私も同じ気持ちだから」
 そう円香は言う。
「そうかな? じゃあ、言うんだけどさ」
「うん」
「昨日より、キモくない?」
「キモい」
 円香は即答していた。
 初対面での印象、水着の強要、ドン引きする機会は最初から今まで何度かあったが、その時の寒気だけでは済まされない。
 何と言うべきか。
 自分達のことを獲物と見做し、隙さえあれば飛びついてくる獣の中にいる気持ちだ。下手をすれば喰われるので、なるべく周囲を気にしておかなくてはならない。すると、何やらねちっこい視線を送ってくる際の、妙にニヤついたいやらしい目つきが視界に入り、そのたびにゾクっとする。
「……ないね」
「マジ、ない。本当にないから」
 円香は透よりもはっきりと、憤然としたものを表面に滲ませていた。
「次で最後だっけ」
「そうだよ。早く済ませて、さっさと戻りたいね」
 もう完全に、円香はこの仕事を嫌がっている。
 その気持ちは透も同じであった。
 下着とスパッツの消失、それに対する確証のない疑い。防犯カメラに何も映っていない以上、自分達でなくしたと結論するしかないのだが、どうも釈然としない気持ちが四人に向き、透の心の中で育つのは、彼らならやりかねないという疑念だ。
 やりかねない、きっとやる。
 そう、だから嫌だ。
 下着泥棒をやったり、盗撮をしてくる可能性のある人物と、どうして一緒に過ごしたいと思うだろうか。隙を見せればやられる相手とは、安心して過ごせない。絶えず警戒していなくて気が休まらない。
「……疲れる」
 あの四人といると、疲れるのだ。
 だから、まだ仕事が残っているのかという気持ち半分、次で最後だから解放されるという気持ちが半分、それぞれを半々で抱え、透と円香はトイレを出る。
 休憩が済んだ後、車での移動によって最後の撮影現場へ向かっていった。

 そして、車を降りて城へ向かう。

 その坂道を歩く最中、津馬が大きなテレビカメラを肩に担いで、後ろ歩きを行っていた。地方行政の公務員ではなかったのか、スタッフを雇わずこんなことまで自分でするのか。よほど予算が絞られているのか。
 様々なことが気になったが、透と円香はスカートの警戒を忘れない。
 何せ、坂道だ。
 前からカメラが回っていることで、自然と正面に視線を肯定して、きちんと撮影用の表情を作っていなくてはいけなくなる。顔の方に意識を割き、スカートへの意識がおろそかになりかねない。
 二人して両手を後ろにやり、始終スカートを押さえていた。
 それでも、後ろからの視線は妙に感じて、覗こうとしてきてはいないか、気になって気になって仕方がなかった。
 それから、到着後。

『故障中』

 そんな看板を立てたエレベーターに、二人は揃って引き攣っていた。
 いいや、それともこの四人と密室空間に入る方が気持ち悪かったか。これはむしろ、ラッキーだろうか。
「っていうか。あったんだ、エレベーター」
 円香がそう口にする。
「みたいだね。もっとこう、当時のままとか、想像したけど」
 城そのものは、何とかという藩主が使っていた歴史があり、愛野がその解説を行っていたが、腐敗による劣化があったため、大幅な改装が行われたことがあるという。そう聞いた時点では、痛んだところを修復したり、床に何かタイルを敷いてあったり、そのくらいに考えていた。
 エレベーターが作られるまでの改造ぶりとは思わなかった。
 故障中でなかったら、こんな立派な城の中なのに、エレベーターを使うことになっていたようだ。
 すると、次に問題になるのは階段だ。
 エレベーターが使えないので、頂上までは階段で上がることになる。それ自体は特に構わない。高層ビルでもないのだから、気にするほどでもない。学校の階段を上り下りする時と、さして変わりはしないだろう。
 問題は傾斜と構造だ。
「えぇ……」
 それを前にした瞬間、透は嫌そうな顔をしていた。
「わかるよ。浅倉」
 円香も隣で同意していた。
 傾斜が高い。
 下から見上げれば、さぞかし中身を見上げやすいことだろう。自然と警戒心が膨み、この先へ行くべきではないと、体内で信号が駆け巡る。危険を察知する器官があって、それが作動しているかのように、透はこの階段を上がることへの抵抗感をあらわにしていた。
 傾斜もそうだが、段差が梯子や脚立に近い。
 板張り、とでも言えばいいのか。
 柱と柱のあいだに板が並んだ梯子そのままの構造で、つまりは下から上を見上げれば、そこからもスカートの中身が見えそうなのだ。実際には足場が邪魔になり、上手く見えない可能性はあるのだが、そんなことは検証してみなければわからない。
「どうしたのかな? 二人とも」
 そんな透と円香の様子を気にして、ヘラヘラとした愛野が表面上は気遣ってくる。
「いえ、別に」
 透はそっけなく答えた。
「あら、そう?」
「ええ、別に」
 それがいかにそっけなく、透にしてはわかりやすい冷たさか。珍しい態度なのか。テレビやライブ映像を通してしか二人を知らない四人にはわからない。
「ま、とにかくね。階段で上に上がってくる二人、っていう絵を撮りたいので、まずは一人のカメラマンが先に上がってね。後から階段を上がる二人のことを、上から撮るっていう形でいくからね」
 そんな愛野の言葉に、二人は顔を見合わせる。
(うわぁ……)
 心の声がだだ漏れになるような、引いた表情を透はしている。
(……ないね)
 円香の面持ちも似たようなものだった。

     *

 天守閣は貸し切りである。
 事前に話を付けてあるため、定休日で客の出入りがない日に合わせ、この撮影スケジュールは立てられている。特に遅刻も何もしていないが、時間に遅れようものなら、こちらの方面に迷惑がかかっだ。
 樋口円香も、浅倉透も、二人ともそのあたりは理解している。
 だから仕事が嫌だとは言い出しにくい。
 しかし、ねちっこい視線が多い中、いつスカートの中身を撮られてもおかしくない予感があるのに、この傾斜のこんな階段を上がるのは不安が大きい。
「ほら、こっちだ」
 津馬が大きなテレビカメラを肩に担いで、撮影スタッフさながらに二人を見下ろす。
 それ自体はサマになっていたが、透と円香は一瞬躊躇う。
 不信感さえなかったなら、特に気にせず上がっていき、いつも通りの気持ちで撮影に臨んでいただろう。
 だが、残る三人がニヤニヤと二人を見送ろうとしているのだ。
 二人が階段を上がる瞬間を待ち侘びて、いかにも楽しみそうにしている。
「さあ、円香ちゃんから」
 愛野が促してくる。
 馴れ馴れしいちゃん付けに、肌中がぞわぞわとした。
(凄い嫌なんだけど……)
 階段は幅が狭く、一人ずつしか上がれない。
 円香が先行することとなり、まず一段目に脚をかける。ここから先は撮影の段階なので、それらしい表情を作っている必要がある。映像を見るのは、収録について知ったファンであったり、広告をたまたま目にした視聴者達だ。
 不特定多数の人間に対してまで、セクハラオヤジに対する視線を向けてはいけない。
 円香は表情を崩さないようにしながら上がっていき、手でさりげなくスカートを気にするが、あまり後ろばかりに手をやって、使えない絵を撮らせるわけにもいかなかった。



 
 
 

コメント一覧

    コメント投稿

    CAPTCHA