その時代において、女児の裸など性の対象ではない風潮が強かった。
成人した男性が小学生の女子になど興味を持つはずがない、低年齢に性的魅力を感じる人間など幻想である。ロリータコンプレックス、ペドフィリアなど存在しないかのような認識で、それ故に大人は子供の性に対して無頓着だ。
そういった感覚だからこそ、健康診断や身体測定といった場において、思春期の羞恥心に対して配慮に欠ける。
特に身体測定は下着一枚での実施が多い。
いくら大人自身が子供の裸に無関心でも、恥ずかしいものは恥ずかしいというのが少女なりの感覚だが、それをわかってもらえない。
恥ずかしがる少女に対して、何を大袈裟な……と、本気で呆れる大人ばかりだ。
両親や親戚など、身の回りの大人に助けを求め、どうにかして欲しいと訴える少女も世の中にはいる。
そして、そんな女の子に対するお決まりの回答がこれである。
「私達も子供の頃はそうだったよ?」
何の疑問もなくそう答え、我慢を強いる。
当時は自分も恥ずかしかったが、今にして思えば大袈裟だった。大人は誰も気にしないから大丈夫。世の大人達の答えはこんなもので、そして小さい頃は訴えかけた少女自身、母親として子を持つ頃には同じように答えている。
まさしく時代性だ。
時代が違えば、近所のおじさんが登下校中の子供に声をかけ、挨拶をしてくる光景など普通であった。公園に紙芝居のおじさんがやって来て、物語を読んでくれる光景があった。時代特有の感覚、時代特有の光景というものは往々にしてあるもので、下着一枚で行う身体測定の存在も、そんな時代の光景の一部であった。
*
体育の時間が迫り、着替えが始まる。
学校という場において、着替えというものは珍しくない。日常の景色の一部だが、小学校高学年にもなって男女同室だ。
しかし、皆が疑問も何もなく、当たり前のように服を脱いでいた。
唯一ある性別への意識といえば、男女で左右別々に固まりを作り、基本的に背中を向け合い着替えるという暗黙のルールくらいなものだ。それもあくまで暗黙に過ぎず、絶対性のある決まりではない。
「なあ、ぶっちゃけたところ誰のオッパイに興味ある?」
「ん?」
ひそひそと声をかけられ、友達の声に応じるのは伊藤拓也だ。
「拓也くーん。エッチなことに興味がないとは言わせませんぞ?」
「ないとは言わないけど」
拓也は決して、その手の話を人と出来ない性格はしていない。誰のオッパイが見たい、あの子が可愛い、あの子に惚れた。そういった話をオープンできるタイプだが、肝心の興味の方が育ちきっていない。
小学六年生なら、人によっては精通している。
性行為の知識まで揃える手合いもいるが、拓也はそういった部分で遅れている。パンツを見て喜んだり、オッパイを見て興奮するのは、珍しい昆虫や格好良いモンスターで喜ぶ感覚に近く、性知識も保健体育で習った印象しか持ち合わせていないのだ。
お尻、おっぱい、なるほど興味はある。
あるにはあるが、ゲーム機で遊んだり、ボールを追いかけて走り回ったり、まだまだそちらの方に夢中である。エッチな話題になれば乗りはするが、逆に言えば自分からその手の話をすることはない。
「むへへ、ボクならやっぱり天羽有香ちゃんですかねぇ?」
ニヤニヤとした顔で、彼は女子の集まりに目をやった。
拓也もそれに釣られて振り向くが、窓際に固まる女子の着替えの光景には、知的で物静かな風貌の少女が交ざっている。休み時間にはいつも本を読んで過ごしており、喋れば透き通った涼やかな声が耳に心地良く響いてくる。
黒髪ロングのお嬢様というのが有香に対する印象だ。
あまりにも上品で、着ている服も高級な感じがするので、本当にお金持ちのお嬢様に違いないと思い込んだことがある。実際に金持ちの生まれではあるが、何も漫画やアニメに出て来るお嬢様ほどではない。豪邸暮らしでもなければ別荘もなく、とはいえ良いマンションに暮らしている。
「有香か。まだ薄っぺらいだろ? ていうか、小六で巨乳とかあんまいないし」
「おやおや、おたくは巨乳派で?」
「んー」
先ほどから猥談を仕掛けてくるこの友達は、高木竜司という小太りの男子だ。丸っこい腹に、丸っこい頬、愛嬌のある顔立ちだが、こういった話題でニヤける時は実にいやらしい。
「ボクはね。大きいのもいいと思うけど、やっぱり可愛い子なら何でもいいかなって」
「へー。俺は……うーん……」
巨乳派かどうかと聞かれても、まだ性的趣向が定まっていない。セックスによる挿入に関してさえ、保健体育の教科書にある図解そのままのイメージだ。
セックスという言葉から、アダルト映像で見る絡みを想像できない。パンツやオッパイが最大の性知識のまま大幅に遅れた拓也では、どんなAVが好きか、巨乳派か貧乳派か、そいうったことが固まっていない。
「ま、あえて見たり触ったりするなら先導美樹かな」
ちらりと肩越しに振り向くと、ショートカットの後ろ姿が目に入る。
「美樹ちゃんかー。他の子達よりちょっと大きいもんね」
「大きさっていうか。なんだろう」
自分でもよくわからずに、とりあえず名前を出しただけである。
美樹の髪型は男であれば長髪の部類だが、女子としては短いもので、後ろ髪もうなじを隠すくらいにしか伸ばしていない。やや長めの前髪のかかった顔立ちは中性的で、女っぽい男子か、凜々しい女子か、初対面では判断がつきにくい。
去年初めて同じクラスになり、まさに性別を区別しかねたが、活発でボールを追い回すのが大好きな性格とわかってからは意気投合した。今ではよく遊ぶ仲で、だから女子と聞いてとりあえず浮かぶ顔として美樹が上がってくる。
一番仲の良い女子だから、誰のオッパイを見てみたいといった話題なら、まずは美樹を浮かべている。恋愛感情の上で好きかどうかを聞かれれば、そんなことは本人にもわかっていないが、少なくとも友達としては大好きだ。
どうせ性的な興味を満たすなら、よく見知った相手の方が面白い。
それが辛うじて芽生えている性的な趣向であった。
喋るうちに着替えも進み、クラスのほとんどが白い体操着と短パンに身を包む。女子もブルマを穿き終わり、全員の着替えが済んだ時だった。
「先導、天羽。ブラを着けたいって言ってたな。今のうちにチェックするから、こっちに来てくれ」
担任が二人に呼びかける。
「へー?」
悪戯っぽい笑みで拓也はニヤけた。
性的な遅れのある拓也だが、友達をからかって遊んでやろうという考えは一人前だった。
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