前の話 目次




 その翌朝だった。
「街中で全裸露出をしてもらう」
 まるで罰を言い渡すように告げてくるウェインに、ゼノヴィアは即座に声を荒げた。
「街中!? どういうことですか!」
「昨日、途中で気絶したな? その罰だ」
「罰って……」
 ゼノヴィアも好きで気絶したわけではない。
 しかし、ここでそんなことは考慮されない。
「さあ、早く裸になれ」
 今のゼノヴィアが持つ衣服は、ボディスーツとマイクロビキニの二着のみ、あとは就寝用の寝間着があるくらいだ。
 それなら寝間着で出歩きたいが、それが許されるはずもなく、ウェインの命令が解除されるまでのあいだは、必ずビキニかボディスーツを着るしかない。そのどちらかでしか、人前に出ることは許されていないのだ。
「…………」
 ゼノヴィアは顔を背けていた。
「どうした」
「……できません。街中なんて」
「命令拒否か?」
「だって! 街中だなんて! 殿下の前でなら裸になります! 貴族達にも、もう見せてしまった後です! 内々でなら脱ぎましょう! ですが青空の下だけは、どうかご容赦頂けませんか!」
「駄目だ」
「殿下!」
 ゼノヴィアは食ってかかるが、ウェインは決して容赦しなかった。
 ウェインが顎で命じると、脇に控えた兵士が即座に動き、ゼノヴィアを羽交い締めにする。
「なっ、なにを! こんな真似! 殿下! 私はただ、せめて外だけは勘弁をと――!」
 ゼノヴィアは抗弁しながらもがき出すが、兵士の力の前に抵抗しきれず、ボディースーツのジッパーが下ろされる。どんなに身を捩っても力ずくで抑え込まれて、呆気なく脱がされて、ゼノヴィアは簡単に全裸にされた。
「うぅぅ…………」
 しかも、頭の後ろに両手を縛られたのだ。
 さらには性器に木彫りの細いペニスを咥え込まされ、肛門にはアナルパールを差し込まれ、何かの軟膏を乳首とクリトリスに塗り込まれる。何か飲み物も飲まされて、その中に利尿剤が入っていることは、昨日と同じくゼノヴィア本人には伝えられない。
 いかにも惨めな姿にされ、ゼノヴィアは結局のところ外を徘徊させられる。


 屋外に出て、青空の下。
「さあ、行くぞ。ゼノヴィア候」
 白のウィッグでフラム人になりきり、眼鏡をかけて変装したウェインの隣をゼノヴィアは歩いている。周辺には護衛が配置され、何かが起きても即座に対応できる体勢こそ取ってはあるが、屋外の空気を全身の肌に浴びる感覚は、もはや落ち着かないなどというものではない。
 肌中がざわめいていた。
 両手が縛られている以上、手で隠すことなど許されず、せいぜい出来ることがあるとするなら、腰をくの字に折ってアソコを見えにくくしてみたり、肩を内側に丸め込むくらいのことである。
 屈辱はそれだけではない。
 クリトリスに器用に紐を結びつけ、それを引っ張ることで、さながら犬の散歩のように歩かされているのだ。
(なんなのよ! こんなのどうやって思いついたのよ!)
 ウェインの進行に合わせて歩いていると、大きな乳房がたぷたぷと、大胆に上下に揺れる。この揺れ動く有様もさることながら、当然のようにお尻もプルプルと振動している。
「なんだあれは……」
「えらい可愛い子だが」
「罪人か?」
 通行人が壮絶なほどにぎょっとして、大きく目を丸めている。
「ママー! なんで裸なの?」
 親子連れに目撃され、女児がゼノヴィアを指差して、大声で母親に尋ねている。
 貴族の顔が必ずしも一般に知られているとは限らない。
 いかに優れた容姿のゼノヴィアとて、前後を兵士に囲まれながら、このような扱いを受けていては、間違っても領主と思われることはないだろう。
(ってわけで、問題ない!)
 ウェインの変装も決して上手なものではないが、適当な民草を誤魔化すには十分だ。瞳の色を確認されれば、フラム人ではないことなど一目瞭然ではあるが、遠目から目の色を確かめる者などいない。
 そもそも、前髪を長めにしてあるので誤魔化しが効く。
(歩かせてるのが俺じゃないっていうのがポイントなんだよな)
 マーデンからゼノヴィアが訪問している情報は知られており、その矢先にゼノヴィアそっくりの少女が全裸で歩かされていたともなれば、あらぬ噂が流れるきっかけとしては十分だ。
 だが、ウェインとゼノヴィアにはアリバイが生まれる。
 貴族達はウェイン側の人間なので、噂を確かめようと調べる者がいたとしても、ウェインはこの日この時間、パーティー会場にいたものと証言する。ゼノヴィアも会場にいたと証言する。みんながみんな、事実でないことを事実として広めるわけだ。
(つまり! どこぞの密偵がどう頑張って調べても、ここでこうして歩いているのは、容姿端麗でちょっとゼノヴィアに似てるかもってだけの、ただの民草の一人ってことになる!)
 ウェインはこの作戦で得意げになりきって、何の心配もせずにゼノヴィアを歩かせている。
 たびたび様子を見ていると面白い。
「うおっ、マジだ! 一体あいつ何やったんだ!?」
 男の声が聞こえるなり、ゼノヴィアはその方向から顔を背けて真っ赤になる。
「盗みでもやったのか?」
 背けたその先からまた声が来て、今度は思いっきり勢いよく俯いた。
 こうして、四方八方からかかってくる声に反応して、右を向いたり左を向いたり、俯いたりを繰り返す。
(媚薬も聞いてますなー!)
 風が吹けば、体をぶるっと反応させる。
 それが寒さによるものではなく、大気が乳首に擦れただけで気持ち良く、甘い痺れを感じてしまってのものであると、ウェインは看破しているのだった。
「……も、もう限界です! もう許してください!」
 ゼノヴィアは懇願してきた。
(ああ、オシッコか)
 すっかり内股になり、もう歩けないとばかりに蹲ろうとしている。下腹部に力を込め、太ももを全力で締め付けている様子は、昨日の放尿直前にも見たものだ。

 ぽたり、

 と、一滴の尿が流れて、膣に差し込んだ器具を伝って土の上に染み込んだ。
「もう少しの辛抱だ。ここから先は抱えてやろう」
「えっ、か、抱えるって――えっ、え――――――」
 ウェインは背後に回り込み、ゼノヴィアを抱っこして持ち上げた。
 当然、M字開脚だ。
 膝の下に両手を入れ、左右に開いてやりながら抱き上げて、アソコが丸見えとなって目立つことなど言うまでもない。肛門に刺したアナルパールも、豊満な乳房も、何もかもが住民達の目を引くはずだ。
「エロい! エロいぞ!」
「歩くたんびにプルプル揺れるおっぱいがたまんねーよ!」
 野次が飛ぶ。
(いや! 聞きたくない! 耳を塞ぎたい!)
 ゼノヴィアにはそれすら出来ず、野次に苛まれる最中、嫌だ嫌だと首を振りたくっていることしかできはしない。
 しかも、我慢の限界を迎えた。
「やっ、だめ! もう――もう――ど、どこか物陰っ、あっ、あぁぁぁ…………!」
 ゼノヴィアは大慌てで声を上げ、せめて木陰に駆け込んで欲しいと、そう懇願しようとしたのだが、利尿剤の効果が急激に現れて、瞬く間に決壊の迫って間に合わない。

 ジョロォォォォォォォォ!

 黄金のアーチが飛び出ていた。
 青空の下で、明るい太陽の光を反射しながら、ジョロジョロと水の噴き上がるアーチが土を叩いて、最初は少しばかり埃を立てる。それも一瞬のうちに立たなくなり、あとは水気の染み込んだ土の上へと、そのまま尿が足され続ける。
 染みが広がり、そこに水溜まりが出来そうな勢いだったが、ウェインはしかし歩き始めた。
「やっ! やだ! いやです! やめてください!」
 ゼノヴィアは激しく首を振り、必死になって懇願するが、ウェインの足は止まらない。
 進めば進むほど、オシッコによって描かれた直線が伸びていき、それを見ている住民達は奇異や侮蔑の視線を容赦なく投げつける。
「よく見りゃアナルパールが刺さってるぜ!?」
「おいおい、小便出しながら、アソコもオッパイも、アナルパールも丸見えって、一体どんな悪事を働いたら、ここまで恥をかかされるんだ?」
「誰だか知らねぇけど、もうお嫁に行けませんなぁ?」
「なーに、娼館で働くさ!」
「おっ、そうなったら俺が一晩買ってやるぜ!」
「はっはっはっはっはっは!」
 そう、誰もゼノヴィアだとは思っていない。
 こんな目に遭う領主貴族がいるものかと、先入観からどこぞの民草の一人と思い込み、だから野次にも遠慮がない。自分はマーデン王家の血筋に向かって汚い言葉を放っているなど、そんな自覚をする人間などいるはずがないのだ。
 ゼノヴィアの頭が羞恥に燃え上がり、これ以上ない屈辱で脳が捩れる。
(やだ! やだやだ! やだやだやだやだ!)
 顔から蒸気を発する勢いだった。
 その羞恥心に野次馬も気づいてか。
「お? 顔から煙が上がって見えるぜ?」
「恥ずかしいねぇ? オシッコ止まらないねぇ?」
 ますます煽られ、それが頭の炎に油を注ぐ。
 羞恥の火柱が上がっていると例えても過言ではないほどに、ゼノヴィアは狂おしいほどの恥じらいに飲み込まれていた。屈辱と恥ずかしさだけでパニックを起こすまでに至り、もう自分がどうして首を必死に振りたくったり、ぎゅっと全力で目を瞑っているのかさえわからない。
 ゆうに十メートル以上はオシッコの線が延びたところで、やっとのことで放尿は途切れるが、いっぱいいっぱいになったゼノヴィアは、自分のオシッコが止まったことさえ自覚できない。
(もう! もう――こんなのもう――――――)
 ボルテージが際限なく上がっていき、ついに限界を迎えた時だ。
「あぁ………………」
 ぷっつりと何かが途切れ、ゼノヴィアは気を失ってしまうのだった。

     ◆◇◆

 目が覚めたのはベッドの上だった。
 まず意識が戻って来て、次の瞬間に蘇るのは、街中で全裸徘徊をさせられて、あまつさえ放尿までしてしまった屈辱の記憶だ。
 その際の感情までもが、フラッシュバックのように蘇る。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ゼノヴィアは絶叫しながら飛び起きて、初めて自分の居場所に気づいた。
「……あれ? 寝室?」
 大声で叫んだ手前、何事もない平和な寝室だった上、見ればいつの間にやら寝間着を着せられている。その内側には真っ当な下着の感触もあり、ただまともな服を着ているだけで、恋しかったものにようやくありつけたような気持ちがした。
「はぁ……悪い夢、ではないのよね…………」
 ゼノヴィアは頭を抱えた。
 ここまでの仕打ちを受けた以上、マーデンに対する悪感情はさすがに払拭できていなければ困る。せめて期待通りの成果を持ち帰ることで、自分で自分を慰めたい。
「はぁ…………」
 元気は出ない。
 ここまで味わった数々の体験を思い返せば、それだけで顔が赤らむ。

「おはよう。ゼノヴィア」

 少女の声がして、ゼノヴィアは咄嗟に聞こえた方向に顔をやる。
「……ニニム?」
 そこには椅子に腰掛けたフラム人の少女、ウェインの補佐官であるニニム・ラーレイの姿があった。
「しばらくウェインの元を離れていたけど、予定よりも早く帰って来られたわ」
 方や王家の血筋、方や被差別民族。
 敬語や敬称を使わないなどありえないが、お互い会ったばかりの頃、ゼノと名乗って男装をしていた際に、ゼノヴィア自身が不要だと伝えてある。公の場では友達同士のような感覚では話さないが、こうした私的な場であれば別である。
「そ、そうなの…………」
「色々と大変だったようね」
「そっか。知っているのね。色々と…………」
 ゼノヴィアはうなだれた。
 あれほどの体験をしたのもそうだが、それをニニムに知られているのも辛かった。
「そういうわけで、元凶はこの通りよ」
 ニニムが床を指す。
 その時、ゼノヴィアは初めて気づいた。
「え!? ウェイン殿下!?」
 王子のはずのウェインが、従者のはずのニニムの足下で、一糸纏わぬ姿となって土下座をしていた。ゼノヴィアへ頭を下げつつ、その背中をニニムの足に踏まれていた。
 王族の尊い血筋の者を足蹴にする。
 本来なら、処刑を言い渡されてもおかしくはない光景だが、そんな可能性など露一つ分すらないように振る舞うニニムと、むざむざ踏まれるウェインとで、ある意味では二人の関係性が窺い知れる。
 しかし、察するにひどく怒られたウェインが身ぐるみを剥がれ、土下座をさせられているわけなのだろう。
 これを微笑ましい光景とは言えなかった。
「さあ、ウェイン。きちんと謝りなさい?」
「ど、どうぼ……ずみまぜんでぢだ…………ゼノヴィア様………………」
「どう? 許す?」
 ニニムに問われ、ゼノヴィアは答えに詰まった。
「あ、それはその……私にも原因はあったわけで……」
「戦争でしょう? とはいえ、不満の声を利用して辱めたのも事実よ? まだ鬱憤が晴れないようなら、私が代わりにやってあげる」
 もっと痛めつけてやっても構わないとしながらも、手を下すのは自分であると明確に述べてくる。事情はどうあれ、ゼノヴィアには手出しさせないつもりらしい。
「……そうね。もうちょっと踏みつけてもらっても」
「うぇ!? そ、そこは『もう十分です! これで私の気持ちは晴れました!』ってならない!?」
「なりません! お願い! ニニム!」
「わかったわ。十回くらい踏んで上げる」
 椅子に座ったままのニニムは、片足だけを持ち上げて、ウェインの頭を遠慮なく踏みつけている。
「ふごっ、ごっ、んぉぉ……ニニムさん? もう少し加減というものを……!」
「もっと強く踏んで欲しいの?」
「逆ぅぅぅ! 逆! もっと優しくしてぇぇぇ!」
「お黙りなさい」
 足で踏みつけ、そのままウェインの頭を床に押しつける。
 見れば見るほどとんでもない光景だ。
「ゼノヴィア様! マーデン領につきましては、あれら全ての出来事を弱みとして握っておき、いざとあらば付け込む用意をしてございます! どうぞ、必要に応じてお使い下さい」
 寝ているあいだに、敬語まで使うように躾けられていたらしい。
「そう。それはありがたいわね」
「し、しかし! そもそも不満の感情は晴らしたはずです! 故に今後はマーデン優遇政策を出したとしても、殊更に反対する者はいなくなるかと思います! これを表の成果としてお持ち帰り頂ければと考えているしだいであります!」
「ありがとう、ニニム。ウェイン殿下のこんな姿を見たとあっては、さすがに溜飲が下がったと言わざるを得ないわね」
 ゼノヴィアがそう言うと、ニニムはため息をつく。
「また何かあったら、すぐに私に言うといいわ。私じゃないと、こういう懲らしめ方はできないから」
 ついでのように、あと一回だけニニムはウェインの頭を踏みつける。
「いだっ!」
「はいはい。後で手当てしてあげるから」
(手当てしてあげるんだ……)
 懲らしめたとはいっても、忠誠心は本物なのだろう。
 ウェインの行ったことを知り、なおも変わらず隣に立ち続けるニニムの姿は容易に想像できた。
「さあ、早く着替えなさい。ウェインの裸なんて、わざわざ見たくないんだから」
「了解しました。すぐに着替えさせて頂きます。ニニム殿」
 ニニムのテーブルには、ウェインの服が綺麗に丁寧に畳んで置かれている。
 ウェインは肝心な部分を手で隠しながら立ち上がり、一人だけ裸でいる状況が落ち着かなくてか、そわそわと着替え始める。
 しだいに元の格好へ戻っていくが、その時だった。

 ことりと、固いものが床に音を立てていた。

 ウェインのポケットから、手の平ほどの大きさの何かが落ち、それを見るなりニニムは怒ったような恥ずかしそうな顔で赤らんでいた。
 ゼノヴィアもだ。
「それ……それ…………!」
 震えた指でそれを指す。

 ゼノヴィアの裸を描いた絵画であった。

 あの場にいた画家のものか、それとも模造品なのか。
 ポケットに入りきるサイズに描かれたものが、ミニサイズの額縁に納まっているのだった。
「やば…………」
「そうね。やばいと思うわ」
 青ざめているウェインへと、ニニムは静かに詰め寄っていく。
 ウェインは後ずさりしていくが、背中に壁がぶつかって、文字通りに後がなくなった。
「ゼノヴィア、一発だけ許して上げる」
「ありがとうニニム。すっごく、すっごく感謝してるわ」
 ゼノヴィアが拳を固め、ニニムもまた拳を握り締め、二人の鉄拳がウェインの顔面に綺麗に埋まる。
「ぬごぉぉぉぉ!」
 ノックアウトである。
 壁に寄りかかった背中をだらりと落とし、力尽きたように座り込む。
 その傍ら、ゼノヴィアは額縁を拾い上げ、中身の絵を取り出すなり、真っ赤な顔でビリビリに破き捨てていた。これでもかというほど執拗に、破片をパズルのように繋げることさえできないように細かく千切り、執念深く刻んだ挙げ句、床にばらまいたものを何度も何度も踏みつける。


 以後、ナトラとマーデンの関係性は解消された。
 その裏にあった数々の出来事は、決して表沙汰にはならないものの、貴族達の記憶には深く刻まれ、秘密裏の宝物としてゼノヴィアの絵は保存されている。
 そして、シューチ・シューチェスの書物もまた完成に近づいていた。
 ただ表沙汰にならないだけで、裏では広まったまま、ヴィンス、ジェローム、ブラフォードの三人の手元に至っては、詳細な記録でさえも残ることとなる。
 ゼノヴィアは書物のことまでは知らないが、ともかくだ。
 時折、この事実を思い出しては、フラッシュバックのように赤くなり、何気ない瞬間に急に恥じらう日々を送り始めるのだった。



 
 
 

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