観察眼を光らせて、こちらの目論見を躱そうとしているのは、何となくだが察していた。
フレ女のエース志波姫唯華が巧みなゲームメイクを行うことは知っている。コートに立てば理性の固まりとなって相手のクセや得手不得手を見抜き、効率的な運びを組み立てる。圧倒的な競技IQの高さで全国上位に君臨する名選手だ。
生徒を脅した経験は決して豊富ではない。
成績や生活態度についての注意をする機会こそあれど、弱みを握って付け込むような脅しは志波姫で二度目だ。
だが、きっと彼女は警戒している。
やれニュースだの、話題が下手に広がったらといった言い回しも、こちらを牽制したいがためのものではないだろうか。
(……やめとうこうかな)
副顧問は内心弱気になっていた。
下手に脅して警察沙汰にされては怖い。
(でも、諦めきれない……)
好みのルックス、スポーツで引き締まった肉体、それに対する欲望は抑えきれない。知的な一面や女子部員に対するセクハラなど、あらゆる面が副顧問にとってはストライクゾーンを突いており、なんとしても志波姫を味わいたい。
(こうなったら、リスクも承知で……)
副顧問はスマートフォンの中から動画を選び、テーブルに置いて志波姫に見せつける。
「これを見て欲しい」
それは件の万引き部員が謝罪を行う動画である。
『このたびは窃盗の罪でご迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ございません』
頭を下げて謝る動画を撮影したのだ。
君は犯罪を犯したのに、のうのうと日の下を歩くつもりか。これからも部員を気取り、今までのように練習に参加するつもりか。そうしたいのなら、それ相応の罰を受けるのが筋ではないかと脅しかけ、押し通した結果の動画である。
もちろん、わざわざ謝罪動画を撮っただけでも、傍からすれば驚きだろう。
だが、本当の問題はそこではない。
「なんですか……これ…………」
志波姫は戦慄していた。
信じられないものを見る眼差しで、瞳を震わせていた。
「見ての通り謝罪動画だ。少しばかり非常識なのはわかっていたが、犯罪をお咎め無しにすることについては、どうしても迷いがあったからね」
しゃあしゃあと言ってみせてはいるが、志波姫の反応は当たり前だ。
――裸なのだ。
わざわざ服を脱ぎ、全裸となってこちらに頭を下げている。
「少し!? これのどこが少しですか!」
志波姫がいきり立つのも無理はない。
ここからが、正直賭けだ。
脅しが成立するか否かの大博打である。
「おや、一体なにがおかしいのかな?」
「おかしいじゃないですか!」
「確かに頭を下げる動画をわざわざ撮ったが、窃盗罪を許すことについて、僕にもどうしても迷いがあった。これが僕なりの落としどころだと思ったんだよ」
「だから、どうして裸なの!」
――よし。
副顧問は口角を釣り上げた。
ここからが勝負だ。
「裸!? 何を言っている!?」
まず、演じてみせた。
動画の中の生徒は間違いなく裸であり、志波姫の反応は当然のものなのだが、副顧問はさも何を言われているのかがわからないかのように振る舞った。大仰なまでの身振り手振りを交えて、声を大きく荒げていた。
「裸じゃないですか」
「何故? どうして、そんなデタラメを言う?」
デタラメは副顧問の方だ。
自分で裸の動画を出しておきながら、志波姫の発言の方をデタラメ扱いするなど、支離滅裂もいいところだろう。
「何故も何も……」
志波姫の視線は、テーブルに置かれたスマートフォンに突き刺さる。
それと副顧問の顔とを見比べ、こちらが一体どんな心理でいるのかを図りかねている様子だ。
「わかったぞ? 録音しているな?」
などというのも、賭けの一部だ。
志波姫には自分のバッグを視線で気にかけ、意識しているような素振りが一瞬あった。ここに入室して、座った際の本当に一瞬だけ、明らかに何かを意識した視線を及ばせていたのだ。
録音の根拠などそれだけで、まさに憶測もいいところだが、副顧問は危険なギャンブルに打って出ていた。
「陥れようとしているな? 裸など、ありもしないことを言い、もしも僕が狼狽えたらどう聞こえる? 録音した音声だけで、裸じゃないですか――っという発言に狼狽えたら、声だけのやり取りなら、何かそういう事実がありそうに聞こえるじゃないか!」
心臓がバクバクしている。
鼓動のあまり、胸の内側で爆発しそうだ。
「ありもしない事実で僕を貶め、そんな手で後輩を守ろうとする! それが君のやり方というわけか!? ええ!? 志波姫ぇ!」
「さっきから何を言ってるんですか! だって、その動画は……」
「まだ言うか!」
もう無茶苦茶だ。
もしかしたら、作戦としても無茶苦茶で、やりかたが乱暴すぎるのかもしれない。
そんなことはわかっているが、こうなったら勢いしかない。裸の動画というカードまで切ってしまって、もう引っ込みなどつかないのだ。
無理にでも前に出るしかない。
「志波姫! ちょっとそのバッグを見せてみなさい!」
副顧問はテーブルの向こうへ身を乗り出し、素早くバッグを取り上げる。中身を手早く漁っていき、荷物の中からスマートフォンを見つけると、まず表示されるのはロック画面でも、そのロック画面の中にアプリ起動を物語る通知が出て、会話の録音は明らかになった。
(マジで録音してやがったか)
恐ろしい用心深さだ。
きっと、志波姫が副顧問の下に頭を下げにやって来て、どうか許してやって下さいと訴えに来たその時から、彼女からすればおかしな様子が出ていたのだろう。脅迫材料をネタに揺する妄想は確かにしたが、まさか気取られていたとは思わなかった。
無理な脅迫をしていれば、証拠を握られていた事実に戦慄しつつ、録音中のスマートフォンを突き返す。
ただし、単に返すはずもない。
「アプリを止めて、電源を切りなさい」
「できません」
即答だった。
ならばと、副顧問は自分のスマートフォンを持ち上げて、これ見よがしに画面を突きつける。とっくに動画再生は終わっているが、この中に入っているものを考えれば、志波姫も自分の状況を悟るだろう。
志波姫の動き一つによって、こちらはこの動画をどうにでも扱うことができる。
もちろん、下手にバラ撒いても捕まるだけなのだが、秘密を守ってくれそうな仲間を探して共有することは可能である。クラスメイトの男子に送ると言ってやるのも、脅迫効果は高いだろう。
(お前の後輩をいつでも脅迫して、言うことを聞かせられるんだぞ)
と、そういうわけだ。
志波姫からすれば、自分の下手な行動一つで後輩を危険に晒すリスクが生まれたことになる。
「どうしても、録音を切らせたいわけですか」
「君があくまで教師を疑い、そういった失礼なことをするのなら、あの子の処遇もそれなりのものになる。だってそうだろう? 君はどうか後輩を許してやって下さいといった主張をしている立場じゃないか」
という、この言葉が録音に入っても問題はないだろう。
言葉だけなら真っ当なはずだ。
ここで生まれるのは、ただ録音を停止させた事実でしかない。裸などというのは言いがかりで、志波姫が一方的に教師を陥れようとした。という扱いで押し通すのは、いざとなったら可能なはずだ。
「……わかりました。録音は切ります」
「電源もだよ」
「わかりました」
ようやく志波姫はスマートフォンを受け取って、電源を落とし始める。
どうにか、状況は出来上がった。
(だいたい、ここまでしなければ脅し抜くのは無理だったのか?)
そう考えると恐ろしい。
「ついでに荷物もどこかに置いてきなさい」
他の録音手段も、念のためだが警戒する。
しかし、さすがに靴だのペンだの、さりげないところで証拠を取っている可能性は、あるいは志波姫ならありえるだろうか。
だが、そういったツールは値段もそれなりで、それを急に用意してくるはずもない。
だから本当に念のために過ぎないが、バッグは部屋の外に出してもらい、手ぶらになったところで改めて話し合いを再開することにした。
*
唯華は動揺していた。
胸に手を当てれば、かつてないほど心臓が高鳴っている。
(まさか、録音を止められるなんて……)
唯華にとって、脅迫行為はあくまでも可能性の話であり、きっと考えすぎに終わるだろうといった思いは、ギリギリまで残っていた。
しかし、ギリギリのラインが目前に迫った時には、どうか考えすぎであって欲しい願望に変わっていき、そして今では青ざめていた。
(本当に脅されることになるなんて……)
副顧問の手にあるのは、後輩の運命という反則的なカードである。
いっそ、それが唯華自身の裸なら、開き直って警察に行く手もあっただろう。バラ撒きたければお好きにどうぞと言い張る選択肢はあった。
だが、それは自分の裸ではない。
自分の身の振り方一つにより、人の命運が左右されるとなれば、その心理的な拘束力は計り知れない。
まして、唯華は部員を大切に思っている。
フレ女の皆は家族と一緒、とさえ口にしたことのある唯華には、後輩を危険に晒すような真似はとてもできない。
「君には誠意を見せて欲しいね」
「誠意ですか。もう録音はしていないんだから、はっきり言ってはどうですか?」
「なんだね。まさか僕が録音されてはまずい発言をするとでも? まあ、不愉快なのは確かだから、荷物には消えてもらったがね」
「もうそんな風にとぼけるつもりはないんじゃないですか? 下着くらいなら見せますよ? ブラやパンツでどうにかなるなら安いですから――ただ、いくら後輩の動画があるからといって、私が警察に行かないとは限りませんよ?」
いいや、心理的には行きにくい。
私は性的被害に遭いましたと、そう告げることさえエネルギーが必要だ。まともに取り合ってもらえるのか。取り合ってもらえたとして、きちんと解決するのか。それにこうした事件には、必ずといっていいように「被害者にも落ち度があったのでは?」と語る論調が出てくるものだ。
理不尽な非難が飛んでは来ないか。
唯華自身がそれに晒される可能性はもちろん、後輩がセカンドレイプを受ける可能性もありえるのだ。
(レイプ……。せめて、レイプはされていないといいけど)
それはもう、祈るしかない。
起きてしまった事実は、過去の出来事は撤回できないのだ。
(相手はもう……犯罪者ね……)
ただ誰にも発覚していないだけの、立派な性犯罪者が目の前に座っている。
その事実を改めて認識すると、水が少しずつ染み込むように恐怖が広がり、顔から血の気が引いていく。
とにかく、頭を回さなければ――。
(あの子は継続的な被害には遭っているの? それとも、裸で謝る動画だけ? それに、この人は一体どこまで考えているの?)
もう目的は変わっている。
後輩の処遇をいかに軽く済ませるかという目的から、いかに守って自分の被害も少なくするかという段階だ。
(どうしても避けられなければ、下着を見せるくらいは覚悟して……。でも、それだってできれば避けたい……)
「まあそうだね。これから一週間ほどかけて、じっくりと話し合いの場を持とうじゃないか」
「少なくとも、一週間は継続的な関係を持とうということですか」
「それか、きちんと本人と話し合い、一週間かけて反省の様子を探るという手もあるね」
(余裕ぶっちゃって……)
唯華は気づいていた。
デタラメに怒鳴りつけ、勢いでまくし立ててきた時、この副顧問は少しばかり腰が引けていたのだ。こんな犯罪に手を出している事実に、彼も内心ではビクビクしている。怖がりながら欲望を満たそうとしている。
(落としどころを見つけて、これ以上は警察に言うってラインを作れば……。それとも、もう既に警察沙汰にするべき?)
「どうすべきかな? 僕は主将と本人のどちらと話し合いの場を持つべきだろう。志波姫さんの意見を聞きたいね」
「私ではないでしょうか?」
怖がっている様子は決して見せない。
強く余裕な風でいなければ、また無理にでも押し通される。
「では志波姫さん。君が誠心誠意を込めて僕を説得して、万引きを表沙汰にはしないようにお願いしてくれるわけだね?」
「……説得、ね」
そんなことを言って、もう既に何かをさせるつもりでいる。
どうすればいい?
どうすれば切り抜けられる?
何か手は、方法は……駄目だ、浮かんで来ない。
「とりあえず、立ってくれたまえ」
(……立つ、だけ?)
疑惑の眼差しで、唯華はソファから立ち上がる。
「さっきも言ったが、君は後輩の罪を軽くしようと訴えかける立場だろう? その君が僕の機嫌を損ねるのは良くないわけだ。そんなことをしたら、結局は万引きで退部を迫ることになるだろうからね」
裸で謝る動画を撮られ、それなのに退部など、たまったものではないだろう。
……どうにか、それは避けたい。
しかし、そう思っていればこそ、近づいて来る副顧問を前に、唯華は身動きが取れなかった。至近距離まで迫られて、手を伸ばせばいつでも触れられるポジションに立たれた時、体中が警戒信号を発信していた。
このままでは、今にも良くないことが始まる。
神経という神経の数々がアラートを放ち、体の持ち主である唯華へと、逃げるか何かの選択を迫ってくる。
(でも……)
やはり、唯華は動けない。
真隣に立たれ、伸びてくる手に対して、後輩への思いが自縛となって固まってしまっていた。
にぎっ、
伸びてきた手は尻へ置かれ、ユニフォーム越しに指が食い込む。
「っ!」
その瞬間にピクっと小さく肩が弾んで、みるみるうちに悪寒が広がる。手の平から不快な物質が注ぎ込まれているように、嫌悪感は神経を伝って拡散して、反射的に手で払い退けてしまっていた。
「やっ、やめて下さい……」
「おや、では退部処分の方向にでも……」
「……っ! 待って」
唯華は歯噛みして副顧問を睨む。
これでは相手のペースだ。
そうとわかっていても、自分の動き一つで人の未来が左右される状況ほど、心を縛るものはない。
「だったら、主将の志波姫さんにはきちんと誠意を示してもらわないとね」
一度は払い退けた手は、再び唯華の尻へと置かれ、ぐにぐにと指が食い込み始める。
(こんなことになるなんて……)
唯華は強く歯を食い縛り、激しい拒否反応を抑えていた。意識して耐えなければ、手が勝手に動いて払い退け、再び副顧問の機嫌を損ねそうだった。
(……いいわ。いえ、良くないけど。もうお尻は触られている。だったら、どうにかこれだけで済ませないと)
尊厳を切り売りするかのようで、本当はこんな決断はしたくない。
誰が好きでお尻を触らせたいものか。
しかし、裸の謝罪動画を握られては、下手な動きは取れないと感じていた。警察が問答無用で副顧問のスマホを押収して、中身を調べてくれればいいのだが、警察がそういきなり動いてくれるとも思えなかった。
(気を確かに保って、弱気になっても駄目……)
拳を震わせながら、唯華はキッと横目で睨む。
「それにしても、これでまたやってしまいましたね?」
ぴたりと、尻を撫でる手が止まる。
「私が泣き寝入りするとは限りませんよ? 私が訴えに出ようとした時のことは、考えていらっしゃいますか?」
できるだけニコやかに、尻くらいで何も感じていない風に、少しでもサディスティックに笑ってみせる。
「今更になって警察だ何だ言う気か? そうすれば、万引きのことも表に出るが?」
「一週間でしたね。これくらいなら、問題にしたりしないと、約束しましょう。ただ、あまり過剰なことをやられては、私も自分のことを優先すると思いますよ?」
「そうか。こうされるのは諦めたか」
撫で回す手が動き出し、手の平の摩擦がすりすりと、ユニフォームから衣擦れの音を鳴らしている。
「早めに満足して下さいね。気が済んだら帰らせてもらいますから」
「さて、なら遠慮なく触ってやる」
手が尻中を這い回り、ナメクジでもくっついたような不快感に襲われる。それどころか、もう片方の手が胸を掴んで揉み始め、唯華はますます身震いした。
(耐えられない……でも、耐えないと……)
副顧問はいつでも退部強要や動画バラ撒きといったカードを使える。
逆に言えば、一度でもカードを切れば、もうこうして楽しむ機会もなくなるのだ。
(だから、これであの子には手が出ない……はず……)
そう思い、我慢に徹する。
この日の副顧問は、こうして唯華の体中をまさぐって、アソコの部分さえもなぞってから、ひとしきり楽しんだ挙げ句にやっとのことで解放した。
次の日からが問題だ。
あと六日も、こうして触らせなくてはならないのだ。
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