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 それから、男子全員が愛撫体験を終了して、一人ずつ感想文を書いて提出した。
 白石冬馬もその例に漏れず、恋人という立場から、ああいった形式での愛撫を体験してどうだったか。こうした形で彼女の裸を見てどう感じたか。そんなことを書かされる流れとなり、一体何をどう書けばいいというのか、不満や怒りのような感情を膨らませたものだった。
「では皆さんに一人ずつ評価シートを配っていきたいと思います」
 この保健体育の教室は、男女別に分けられて、今は女子が一人もいない。
 男子だけの集まる教室内で、教卓に立つ校長はクラスメイトの名前を一人ずつ呼んでいる。呼ばれた順から席を立ち、評価シートを受け取っている。冬馬もまた校長の手から評価を受け取り席に着き、その内容を見るのに大きな緊張を抱えていた。
 沙弓はマスクとヘッドホンをかけた状態で、相手の区別がつかないままに愛撫を受けた。
 冬馬の前ですら、沙弓からは冬馬であることがわからずに、だから好きでもない男子に触られているのと同等の反応が返ってくる。まるで自分は好かれておらず、授業を良いことに触っているだけであるような気持ちがして、決して気分の良いものではなかった。
「ご存じのように、この評価シートは沙弓ちゃん本人が付けたものです。女子自身の意見によって、何が良かったか、何が悪かったか。悪かった場合は、何を改善するべきか。様々なことが記述してありますので、きちんと将来のパートナーのために役立てるように」
 校長はひとしきりのことを言った末、それから話を切り替える。
「ところで、高評価の方にはご褒美を用意していると言いましたが、皆さんもその内容が気になって仕方がないことでしょう」
 その時、校長の唇がおそぞましく吊り上がる。
 いかにも邪悪な悪魔を見たようで、ぞっとするほどの笑顔が浮かんでいた。

「本番です」

 教室がざわつき、もちろん冬馬もそわそわした。
「挿入有りのプレイがご褒美です。さて、そんなご褒美の対象となる生徒は三人ほどいらっしゃいますが、羨ましいでしょう? 妬ましいでしょう? ですから、名前はここでは発表しません。後でこっそり、個別に呼び出して伝えるので、我こそは高評価に違いないと思う方は是非とも楽しみにしておいで下さいね」
 妬ましさ、羨ましさ。
 そういったことで、ご褒美にありついた男子の立場がクラス内でどうなるか。そんな心配をするくらいなら、最初からご褒美内容など言わなければいいのに、嬉しそうに発表してくる校長は、始終冬馬に視線を寄越していた。
 きっと、わざと発表したのだ。
 冬馬がどんな顔をしているか、それが見たいがための発表に違いないと、あの意地の悪い笑みを前に感じていた。
「では皆さん。評価シートをそれぞれ確認してみて下さい」
 そわそわとした男子達が手元の用紙に目を落とし、冬馬もまた自分の評価をチェックする。
 そして、そこに記されたアルファベットに冬馬は衝撃を受けていた。

「え…………」

 呆気に取られ、放心した。
 ――Eだった。
 最低評価だ。

 ………………わかっている。

 沙弓だって、相手が冬馬だとわかっていたら、きっとこんな評価は付けないはずだ。どうしてあの形式で行ったか、校長からも事前に説明されている。沙弓が恋人を特別贔屓しないため、相手の判別を不能にしたのだ。
 まさか自分が冬馬に最低評価を付けているなど、沙弓自身思ってもいないだろう。
「最低評価Eの方には特別補習授業を行うので、これも個別にこっそり呼び出します。なので皆さん、お互い相手の評価を話題にすることはしないように。お前評価いくつだった? みたいなね。そういう話は一切禁止とさせて頂きます」
 頭がくらくらした。
 脳天を打たれたような衝撃で眩暈がした。

 補習授業?
 どうして、僕が……。

 ショックのあまり、記述欄に書かれた理由に目を通す余裕がしばらくなく、やっとの思いで目を通したのは、帰宅後のことだった。

     ***

 ほとんどキスしかして来なかった上、胸や性器への愛撫はほんの数秒しかしていない。
 この授業ではいかに愛撫をきちんと行うか、女の子のことを気持ち良くできるかといった内容なので、胸や性器へのタッチがあまりにも少ない場合、減点しなければいけないことになっています。
 それに、相手が冬馬とは限らないキスは嫌でした。
 冬馬なら良かったけど……。

    ***

 複雑だった。
 スマートフォンに入ったあれらの動画で、本当は見るべきでないものを使ってオナニーをするような自分でありながら、あの授業の場では思ったのだ。

 こんな形で沙弓に触っていいのだろうか?

 女子の裸を前にして、思春期の少年としては大いに興奮したわけだが、それを自制しようとする気持ちがふつふつと沸き起こった。彼氏でありながらこんな形でするというのは、どうしても受けつけなくなったのだ。
 動画についての自覚はある。
 だが、黙っていればわからないのと、本人の肉体が目の前にあるのとでは話が違う。きちんと堂々と誘った上で触れられるはずの立場にありながら、ああいった形では嫌だった。初めて沙弓の裸に触れるのは、どうしても自分の言葉で誘った上での方が良かった。
 もっとも、ほんの数秒かそのくらいは、どうしても触ってしまったあたりが、やはり所詮は男という生き物だったが。

 ――キスは嫌でした。

 この一文が書かれた事情くらい、頭では汲み取れる。
 そう、頭では……。
 沙弓だって、相手が冬馬とわかっていたら、キスを嫌がることはない。そもそも、いつも沙弓の方からしてくるのに、こんな風に言うはずがない。それくらいの理解はしているが、だからといって、この文章が沙弓の手で書かれたこともまた事実で、ショックはどうしても受けてしまった。
 それから、密かな呼び出しによって受けた補習授業の内容は、クラスの男子三人が行った沙弓に対する愛撫を視聴するだった。

「君の場合、有村沙弓ちゃんという決まったパートナーの弱点を知った方が、よりためになるからねぇ? 私からも、いつも沙弓ちゃんがどうやって気持ち良くなってるか、きっちりとレクチャーしてあげるよ」

 録画映像を見せられながら、校長とのマンツーマンの授業時間を過ごすのは、冬馬にとってかなりの苦痛となるのだった。



 
 
 

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