空閑旭姫は連行され、アジトに捕らわれていた。
彼女は今、自分の身に起きている出来事をわかっていない。どうやら宝箱の中に眠っていて、目が覚めれば六年という月日が経っていた。幼馴染みの天羽陽翔が露骨に旭姫のことを無視したり、かと思えば幽霊呼ばわりしてきたり、てっきり何かの遊びか、それともからかっているのかと思っていた。
しかし、ログアウトが表示されない。
実際に西暦を確認しても、陽翔の言うように六年の時が流れ、しまいには運営に問い合わせても、『空閑旭姫のアカウントは存在しない』と返答が来たという。陽翔は頭を悩ませて、旭姫はとしても、いよいよ何かがおかしいことに気づき始めていた。
だが、その矢先だ。
レオーノヴィチ・ベズボロドフが現れて、こちらのパーティに入れと旭姫に強要してきたのだ。
まだ話も途中なのに、邪魔を嫌って突っぱねたが、その次に起きた出来事が旭姫には衝撃だった。かつてはHPが減ることすらなかった相手に、陽翔はまるで歯が立たなくなっていた。
それどころか、旭姫でさえも思うようにセンスが使えない。
センスがものをいうこの世界で、大人から赤ん坊に戻ったほどの減退は致命的だ。
簡単に倒せたはずの相手が陽翔の格上となり、一方的にいたぶられ、もはやゲームオーバー直前だった。
その時、旭姫は咄嗟に両腕を広げ、陽翔を後ろに庇っていた。
そうしなければ、二度と会えないと思ったのだ。
理由はわからないが、メニュー画面にログアウトが表示されない。運営への問い合わせでも、空閑旭姫のアカウントは存在しないことになっている。謎は多いが、ただ一つわかるのは、ログアウトできないのなら、旭姫はこのゲームの世界に囚われ、現実に帰ることもできないということだ。
一度ゲームオーバーになれば、二度とログインできないとされるこの世界で、陽翔と引き離されることを恐れたのだ。
──お前が言うことを聞くなら、そいつを生かしておいてやる。
露骨にいやらしい視線を送り、人の体を舐めるように見てくるレオーノヴィチに対して、力のない二人は折れるしかなかった。
*
レオーノヴィチのギルドは、牢屋のような施設を持っていたらしい。
天羽陽翔はどこか別の牢へと入れられ、顔を合わせることすらできなくされて、空閑旭姫もまた鉄格子の内側に放り込まれた。
「約束通り、言うことを聞いてもらおうか」
レオーノヴィチは取り巻きを背に、自分達も牢屋の内側に踏み込んでいた。さらには鉄格子の外側からも、旭姫の様子を覗き見ようと、隙間に顔をねじ込んでくる面々がいる。
鉄格子に挟まった顔がずらりと一例に並ぶ光景の、そのどれもが鼻の下を伸ばしている気持ち悪さといったらない。
レオーノヴィチも、その取り巻きも、誰も彼もが向けるいやらしい考えが丸わかりの、胸や太ももばかりを見てくる視線に、旭姫の中に生理的な嫌悪感が湧いてくる。
取り巻きの中には、陽翔がクラスメイトだと言っていた田茂も混ざっていた。
「どうすればいいの!? それ聞いたら陽翔に会わせてよ! いっぱい話さなきゃいけないことがあるんだから!」
「ああ、会わせてやるぜ? お前が奴隷になってくれたらな」
「奴隷なんて、そこまでならかいから!」
「ならなきゃあいつをゲームオーバーにしちまうぜ?」
「陽翔……」
人質を持ち出されれば、旭姫は下手に強がれない。
いくらゲームの中の出来事でも、ログアウト不能の旭姫からすれば、自分のいる世界から陽翔が消えることと同じである。本当の死ではないとわかっていても、まるで本物の命を握られているような気持ちになってしまう。
「まずは身体検査と洒落込もうか」
レオーノヴィチのおぞましいほどにニヤけた顔に、旭姫は戦慄で肌中を泡立たせた。
「な、なに? どうするの?」
「何か武器を隠し持ったり、牢屋の脱出アイテムがないか、探っておかないとなぁ?」
鼻の下が伸びきって、吊り上がった口角からはヨダレの筋まで光っている。こんなにもあからさまな顔で、本当に検査を目的にしているとは思えない。
「検査なんて、武器はもう没収したじゃん!」
ここに入る直前に、メニューの中から武器は奪われ、太もものホルスターにもあるべき銃は入っていない。
旭姫は確かに無防備だ。
しかし、下品な笑みを浮かべる男には事実など関係ない。
「それは改めて、よーく確かめさせてもらうぜ? メニュー画面の操作なんて味気ない真似はせず、きっちりと一枚ずつ脱いでもらう」
「裸になれっていうの?」
旭姫は我が身を抱き締め後ずさる。
「そうすりゃ、嫌でもわかるだろ? おおっと、そうだ。仮にも検査なんだから、外した装備は手下達に点検させる。下着の点検は俺が直々にしてやるから、楽しみにしろよな」
聞くに旭姫はぞっとしていた。
現実には高校生のはずの旭姫は、しかし心は当時のままである。人を偽物呼ばわりしてきた陽翔に対し、幼稚な旭姫は陽翔にホクロを見せるため、身体的な特徴を示すべくして、人前で脱ごうとしたほどには羞恥心が欠けていた。普通の小学六年生に比べても、みだりに肌を見せようとした旭姫ではあるわけだ。
だが、それは陽翔に心を許しているからだ。
心を許す陽翔がそこにいたから取った行動だ。
今ここには、旭姫が心を許している相手は一人もいない。かつてのユニオン時代にもいたレオーノヴィチを除いたら、あとは名前すら知らない男が並んでいるのだ。
わざわざ裸になりたいわけがない。
まして、レオーノヴィチの露骨な視線は、心の幼い旭姫からしても、胸やお尻を触りたがっているのが見え見えだ。
「ふん。それでも決心がつかねーなら、大事な大事な陽翔くんを拷問したっていいんだぜ」
レオーノヴィチはホロウィンドウを出現させる。
「陽翔!」
その瞬間、旭姫は叫んだ。
旭姫の前に浮かんだ映像には、同じく牢に入った陽翔が映し出され、旭姫よりも酷い有り様だった。
装備のシャツがボロボロに、両手を枷と鎖で拘束され、腕が頭上に吊り上げられている。身体が浮いてしまうほど高く吊り上がっているせいか、爪先立ちでを余儀なくされ、自分自身の体重で腕に枷が食い込んでいた。
ゲーム上の設定があるから、さほど痛みはないだろう。
しかし、現実ならば、皮膚がどれほど痛んでいるか。
「この世界でも拷問で苦痛を与える方法があるらしくてな。あの天羽陽翔をこんな風に扱える日が来るとは思わなかったぜ」
「ひどい! はやく陽翔を出してよ!」
「おおっと、言うことさえ聞けばな? 命は保障してやるし、そのうち会う機会があるんじゃないか?」
レオーノヴィチの口振りから、さらさら会わせる気などなさそうに感じられたが、陽翔を本当にゲームオーバーにさせられたら、それこそ元も子もなくなってしまう。
「旭姫、これでも決心がつかないなら、拷問を再開させるぜ!」
「や、やめて! やるから! 服を脱げばいいんでしょ!?」
「ああ、そうだ。早くストリップを見せてくれよ」
レオーノヴィチがヘラヘラを笑って見せると、周りの取り巻きにまで下品な笑い声は広まっていく。嘲るようなニヤニヤが止まらない表現が並んだ前で、脱ぎ出そうとする旭姫の指は震えていた。
*
白銀のガントレットを取り外し、足からは同色のグリーブを、太もものホルスターを、次々に留め具の部分を弄ってはテーブルに並べていく。
さらにはベルトを外した時、上着の締め付けが一気に緩む。
その上着は袖無しの、肩を剥き出しにしたもので、腰から下はファスナーを閉めず開いておくことで、スカートの両サイドに丈を垂らしたファッションとなっている。
そんな上着の胸から腹にかけてのファスナーを開いた時、旭姫は空気の変化を肌に感じて、引いたような嫌悪の顔で身を縮ませた。まだ素肌は出ないとはいえ、前をはだける脱ぎ方をした瞬間、それがよっぽど男達の期待感を煽ったらしい。
(やだ……)
羞恥心に欠けていたはずの旭姫が、上着を脱いでテーブルに置いたなり、頬を桃色に変え始めていた。
(こんなエッチな目つきだらけの中で脱ぐなんて……)
旭姫の内側に着ていたシャツは、形状を例えるならバニースーツの上に近い。袖がなく、肩紐もない。乳房を覆う三角形の、ブラジャーめいた形に胸を隠したシャツは、普通のTシャツに比べて布の量は少なかった。
次の一枚を脱ごうとした時、旭姫は両手を腹の近くに彷徨わせ、躊躇いの気持ちと戦っていた。
シャツとスカート、どちらを脱いでも恥ずかしい部分が見えるのだ。
最後には丸裸で、ショーツまで手放すのだとわかっていても、順番を決めることができずに、ただただひたすら抵抗を感じるだけの時間が流れる。
「どうした旭姫ぃ、そんなに陽翔を拷問して欲しいか?」
改めて危機感を煽られて、旭姫は引き攣り叫ぶ。
「なんで!? ちゃんと脱いでるじゃん!」
「手が止まってるだろ?」
「でも脱いでるじゃん! ちゃんと裸に……裸に、なるから、変なこと言わないで!」
旭姫は赤らみながら声を荒げていた。
「ああ、なら待ってやる。だが時間をかけすぎると……」
「わかったから、待っててよ」
焦らされ、どちらとも決めかねていた旭姫は、思い切ってシャツの方を握り締め、動作としては見せてやらんばかりにたくし上げていた。シャツのカップ機能に任せ──いや、そもそも乳房の下垂を本当には気にする必要のないリユニオンの世界で、ブラジャーのない肌を晒すと、当然のように男達の視線という視線の数々が絡みつく。
「はっはっはっは! なんだ! 意外と膨らんでるなぁ? あんまり昔にそっくりだから、てっきりお胸も小学生のままかと思ったぜ!」
レオーノヴィチは嬉々として旭姫の胸を語った。
「このオレの手で包んでやるのにぴったりだなぁ? ま、巨乳には遠いが、パイズリだってやってできないことはないんじゃないか? 乳首が桃みてーな色で可愛い可愛い」
自分の乳房について数々のコメントを与えられ、旭姫は染まりきった顔を背ける。
戸惑ってもいた。
旭姫自身の記憶では、平らな胸がわずかに膨らみの気配を見せている程度のものだったが、知らぬ間にサイズが変わり、茶碗を超えているかいないかの半球ドームとなっていたのだ。
「なに、これ……どうして……」
恥じらいと同時に、戸惑いもあった。
よく浦島太郎に例えるが、目覚めたら肉体の年齢が知らないうちに変化していた違和感に、旭姫はここで初めて気づいていた。
「おっと、その白いパンツが残ってたな。さっさと脱げ」
「だから、わかってるってば……」
ショーツのゴムに親指を入れ、一気に高まる緊張感で心臓を早鐘のように鳴らしながら、旭姫は最後の一枚を脱ぎ始める。
赤面した顔の温度が上がっていく。
腰をくの字に折っていき、お辞儀のように脱いでいき、白いショーツはするすると下がっていく。それが膝を通過して、前屈のような姿勢となって、床まで下がったものから片足ずつをどかせてやる。
「言っておくが隠すなよ? 隠したら……」
「ど、どうせ、そういうこと言うと思ったもん」
脱いだものはテーブルに、旭姫は両腕を横に垂らした。
「ほーう? 下の毛も生えてるなぁ?」
「え……」
旭姫は思わずアソコを気にかけた。
そして、軽く驚愕した。
確かに陰毛の発達は始まっていたが、旭姫自身の記憶では、辛うじて産毛ではないとわかる程度の、極めて薄いものでしかなかった。気をつけなければ産毛との違いがわからない程度の、本当にささやかな陰毛だった。
それが遠目に見てもわかるまでに伸びているなど、当の旭姫には困惑しかない。
これでも、本来の年齢にしては薄らとして、淡い生え方でしかないのだが、旭姫自身は自分の陰毛にギャップを感じていた。
「確かユニオン時代は小学生だったか? 今は高校生だもんなぁ? いくら昔のままに見えても、そりゃあ毛ぐらい生えてるわけだ。ちょいと薄い気もするがな」
陰毛について言葉にされる羞恥に苛まれ、旭姫は頭に熱さえ感じた。
「いちいちうるさい! 脱いだんだから、検査でも何でもしてよ! それで早く陽翔に会わせて!」
「まあ焦るな。お前ら、パンツは俺が調べる。他は自由に決めてくれ」
レオーノヴィチはテーブルのショーツを手に取って、他の取り巻きも、その中に混ざった田茂も、旭姫の脱いだ装備を選んで調べ始める。
言い知れない感覚だ。
ついさっきまで、自分の身につけていたものが、あらゆる男達の手に渡った上、くまなく観察されている。シャツやスカートまで容赦なく、レオーノヴィチに至ってはショーツをこれみよがしに誇示している。
「ほーら、調べてやるぜ?」
レオーノヴィチは旭姫の前にやって来る。
「早くしてよ! あたしは陽翔に会いたいの!」
「陽翔陽翔って、雑魚に成り下がったあいつのどこがいいんだ?」
レオーノヴィチはニヤニヤとショーツを弄り回した。わざとらしく顔に近づけ観察して、生地を裏返して確かめる。
「旭姫ぃ、ゲームの中のパンツだもんな。そりゃあ、おりものの跡なんかあるわけねーか。とはいえ、脱ぎたてホヤホヤの体温は再現されているみたいだぜ?」
見せつけるため、わざわざ旭姫の顔まで近づけて、文字通りの目の前ですりすりと、手の平に乗せた生地を指先で撫で回す。ついさっきまで、自分のアソコに触れていた部分に触られて、間接的な痴漢を受ける気分になる。
ただ布に触っているだけで、それは旭姫に対する立派な辱めとなっていた。
嫌すぎて、嫌すぎて、屈辱感で拳に力が入っていく。手の内側に爪が食い込み、旭姫の肩は震えていた。
自分だけが全裸なのだ。
この男という男の数々がいる中で、衣服を奪われ裸で立たされることの恥辱といったらない。
「おおっと、そういやぁ、さっき指で何か光ってたな」
「っ!」
旭姫は急に焦りを浮かべた。
「なんだ? なにか、取られたら困るものだってか?」
そう、取られたら困る。
しかし、それはレオーノヴィチが思うような、後で牢屋を脱走したり、何か逆転の一手を打つ代物かといったら、決してそういうものではない。
思い出の指輪なのだ。
スバルの皆で揃えた大切な──。
「そいつも没収だ」
「やだ! これだけはダメ!」
旭姫は必死に指輪を庇い、手で拳を覆い隠してしゃがみ込む。
「ああ? お前、断るなんて出来る立場か?」
「裸になったんだよ!? 装備だって、パンツまで調べてるくせに! 指輪くらい許してよ!」
まるで命に変えても守りたいかのように、懸命な思いを込めて叫んでいた。
「ほう? よほど大切なようじゃねーか」
いやらしくも口角の吊り上がる表情に、旭姫は警戒心で身構えた。
もし、あくまで指輪を奪おうと、陽翔の拷問やゲームオーバーをチラつからせたら、涙ながらに差し出すしかない。いくらなんでも、陽翔の命には替えられないが、それでも本当に大切なものなのだ。
取られてたまるものかという気持ちは膨らんでいた。
そして、あくまで没収してしようとしてはこないか、警戒心もまた膨らんでいた。
「指輪があったくらいで脱走なんてできないし、これくらい見逃してよ」
これは懇願だった。
お願いだから命だけは許して下さいと、決して抵抗できないような、強い力の持ち主を相手にすがりつく。お願いする立場へと、旭姫の心は成り下がっていた。
「なら、穴を見せろ」
「穴って……」
「アソコと肛門だ」
「……っ!」
邪悪な影のかかった卑猥な顔つきで見下ろされ、旭姫は戦慄と共に引き攣った。
「そんな……」
「選んでいいんだぜ? 陽翔を使って脅されて、結局は指輪を差し出すか。それとも、オレに従う代わりに望み通り指輪だけは見逃してもらうか」
「……見せればいいの?」
「ああ、いいぜ?」
レオーノヴィチは勝ち誇っていた。
対して旭姫は負け犬に成り下がり、勝者に尽くす奴隷の立場を味わっているのだった。
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