屈辱だった。
こんな豚のような男に頭を下げ、あまつさえこれからお尻を露出しなければならない。それが嫌で父にまで頼っていたのに、こんなことで今までの守りが崩れたのだ。
もっと上手くやっていれば、上手な口実さえ思いつければ穏便にこの場を抜け出せたかもしれない。口論で足元をすくわれなければこんなことにはならなかった。急に自分自身の愚かさが見えてきて、情けない気持ちにさえなってきた。
「亜由美ちゃぁーん。検査受けたいんだよね?」
「そ、それは……」
受けたいわけがない。
亜由美は校医から顔を背ける。
すると、佐倉が噛みついてくる。
「亜由美さん? 本当にいい加減にしないと、内申にも響きますよ?」
脅し文句が亜由美の心を揺るがした。
「ちゃんと受けようよ! 私達だって我慢したんだから!」
「私達だってこれから受けるんだよ? だからちょっとだけ我慢しよ?」
カーテンの向こうから、クラスの女子達が亜由美を諭そうと声を張る。れっきとした検査を前に駄々を捏ねているのは亜由美であって、周囲の声の方がよほど正当なのだ。
ここ十年のあいだにお尻の病気が増加して、新種の症状による死亡者も続出している。お尻にできるガン、通称ケツガンや、肛門周辺にできる様々なアナル病の発見により、学校や会社へのお尻検査の導入が余儀なくされた。
それらはどういうわけか若い女性にばかり発症し、だからお尻を曝け出すのは女の子だけである。男には何もないというのに、こんなことは不公平だと亜由美は思っている。
「ほら、亜由美さん?」
佐倉が今度は優しげな口調で諭してきた。
これでは自分がまるで我がままな子供みたいだ。
「……受けます。ちゃんと検査を受けます」
泣きたい思いで亜由美はそう口にした。
「受けたいのなら、もう一度ちゃんと謝ってくれませんか? 暴言を言ってごめんなさい。どうか私のお尻をじっくりと観察してください。とね」
「そんな見てくださいなんて――」
「亜由美さん?」
今一度プレッシャーをかけてくる。
教師からの圧力に勝てなくなり、亜由美はついに折れてしまった。今にも泣き出したいほどの気持ちになりながら、悔しい気持ちを噛み締めるかのようにスカートの丈を強く握る。
「ぼ、暴言を……ごめんなさい」亜由美の声は酷く震えている。「ちゃんと検査を受けたいので、どうか私のお尻を見て下さい」
嫌な台詞を屈辱に耐えながら発しきる。
「じっくりと観察、でしたよねぇ?」
違っていた部分を言い直すように促され、亜由美は再度震えた声で台詞を述べる。
「ごめんなさい……。どうか私のお尻をじっくりと観察して下さい」
こんなことを自分自身で頼まされるなど、生まれてこの方思いもしなかった。政治家とピアニストのあいだに生まれ、裕福に育ってきた自分がはしたない台詞を口にするなど、亜由美自身が信じられなかった。
しかし、亜由美はそんな台詞を言ってしまったのだ。
「そんなに私にお尻を見せたいのでしたら、仕方ありませんねぇ」
見せたいわけなどない。
だが、検査の始まりを暗示するように佐倉はそっとこの場を離れていき、カーテンに囲まれたこの一帯は亜由美と校医の二人きりになる。
「それじゃあ始めましょうか。亜由美ちゃん」
校医のねっとりとした声はまるで耳を犯すかのようで、背筋にゾッと寒気が走った。
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